33話 料金設定
マッサージ店を開いてから数日が過ぎた朝。
最近は早起きになっている。マッサージ屋なんてやっている場合ではないのだが……と思いながら、いつもの通りガイアルの鍛冶屋で朝食を食べる。出勤はここからである。あそこは住居を兼ねていない作りにしたらしい。そうしないと第三地区に戻ってこなくなりそうだからとのこと。
たしかにスイロウやガイアルと連絡を取らなくなりそうだ。住居を造らなくて正解!
「で、調子はどうなんだ?」
「まだ、無料期間だからね~。なんともいえないよ。でも、これはキてるよマッサージブーム!」
「そんなブームは来ない」
「……」
たしかに満員御礼! 毎日、予約が詰まっているが無料期間だからだろう。さすがに一度受けた人は無料期間にはもう一度受けることは出来ないシステム。一日に出来る人数が決まっているから仕方ない。
料金設定などをスイロウ達と話し合う。
「ってーか、決まってなかったんだ!」
「私は20分2000G位じゃないかって思てんだけど、お兄ちゃんはどう思う?」
「高すぎだろ!」
酒場のスタミナ定職・750G……ステーキランチ・1300G。それを考えたら無茶苦茶高い。
「いや、あのマッサージ内容なら1時間当たり1万Gが妥当だろう。それを3分の1で割るなら3500Gじゃないか?」
さらに値を上げるスイロウ。
生ハムをムシャムシャしながら頷くガイアル。
お前たちの頭の中にはヒヨコでも住んでいるのか!? 脳みそは何処へいった。あと俺のチーズもどこにいった!? ファイレが食ってる!?
「おかしいだろ! どう考えても たかだかマッサージだ。せいぜい300G、多くても500Gだろ!」
「「はぁ~……」」
三人にめっちゃ、ため息つかれた。なんでよ! 昼食より高いマッサージとかおかしいでしょ!『考えてもみなさいよ。たかだか民間療法で傷が治るわけでもないんだぞ』と主張してみたものの歯牙にもかけない三人。
「じゃぁ、間を取って2500G位かしら?」
「キリが悪いな」
「うーん、3000G……3000Gが妥当な気がしてきた」
「高ぇーよ! どんな高級志向だよ!」
「それだ! 高級志向! 貴族は高いといいもんだと思ってるから問題ないぞ!」
「問題ありすぎだろ」
「でも、実際問題としてあんまり客が殺到しすぎても、マッサージ師がお兄ちゃんだけだから困るのよ」
「たしかに! 待て、そんなにお客が来ない可能性もあるだろ。というか、お客がいない可能性が大だろ! たかだかマッサージに」
「「はぁ~……」」
「なに、俺、間違ったこと言ってる!?」
「間違いよ、間違いだらけ、間違えだらけのマッサージ師よ」
そんな馬鹿な! だって俺がみんなをマッサージしてんのに? 俺が間違ってんの?
朝からそんなマッサージ店の金額設定論議がかわされていた。もっともガイアルは頷くか飯をハムハムしているかの二択だったが……。
――――――――――――――――――――
同刻のアルーノ伯爵家。
アルーノ伯爵家は、全ての区画に家がある。この地域一帯の治安維持を担っていることもある。広い屋敷内で家族が揃うのは珍しい。朝食でも夕食でも王宮に出向いて昼食会、夕食会、晩餐会……どこかの貴族の顔合わせや政治的会合などが多いが、週に一度くらいは揃うことがある。それが今日の朝食。だが、一家団欒だというのに騒がしかった。父と母、それに6人の兄妹。
主な原因は父親と長女の言い争い。たまに長男のアルーゾが割って入るくらい。執事などは慣れたもので無言で控えている。
「どーーーーいうことですの!?」
「どうもこうもない! 60分だったものは60分だったと言っているだけだ」
「ワタクシは20分でしたのに!?」
ついていけない母と兄妹にアルーゾが掻い摘んで説明する。母が『マッサージが不満でしたの?』と言う言葉に揃って父・妹は首を振り賛美する。
「素晴らしいのですわ、お母様!」
「まったくだ。私はマッサージというモノを誤解していたとしか言いようがない」
「えぇ、ワタクシも初めは詐欺だとお思いましたわ」
「特に足裏マッサージは怒りを覚えたものだ!」
「『怒り』を!? 父上、どういうことですか?」
普段から沸点の低い父親である。だからと言って理不尽に怒るわけではない。納得がいけば不承不承でも怒りを抑えるくらいの倫理観は持っている。マッサージで怒りを覚えるのはよほど下手くそでなければありえないだろう。ただ、揉むだけなのだから。
「お父様が怒りやすい性格のせいではありませんわ。このワタクシですら大いに腹を立てたものです」
「まぁ、アンジェが?」
母親は大げさに驚いているが、兄妹は別に驚くところではない。アンジェラの怒りやすさは父譲りである。メイドの中には思わず吹き出してしまっている者もいるが、アンジェラに睨まれてすぐに背筋を伸ばす。
「そうですわ、お母様。あの三下冒険者がやった暴挙! お母様でしたら卒倒してしまいそうな振る舞い」
「足の裏にあれだけの痛みを走らせることが出来るなど今まで考えたことも無かった。アヤツを国に招いたら最高の拷問官になるのではないかと思えるほどだ!」
「思いましたわ、ワタクシも!」
何故そこでガッチリ握手しているのかわからない兄妹。アルーゾだけは納得がいっているようだ。母は拍手している。マイペースである。
「そこまでは最悪の男であると思ったのは間違いない」
「えぇ、そこまでは」
「そこからがその男の神の指の恐ろしさ。会計に行き文句の一つでも言ってやろうと思ったのだが、会計に声をかけられ、気づいた時には体が軽くなっているのだ」
「それどころか、足裏の痛みもなく! まさに神業……ですがそれはほんの触りでしかなかったのです」
アルーゾが流行らそうと画策していたのだが、父と妹が勝手に宣伝していきそうだと判断する。そう言えば自分はその『触り』の部分までしか知らないことを思いだす。
「背中……マッサージの本番は背中にありましたわ!」
「まさに天にも昇る気持ち良さとはあのことだ! 暇を見つけて一度、お前たちも行ってみるといい。筆舌に尽くしがたい」
「そうですわね。五感全てに訴えかけてくるような感覚は実際に味わってみないとわからないですわ」
『そんなにか……』とアルーゾが思う。足裏マッサージだけでも店舗を出すことを決めたほどなのに、背中については全く未知数だった。『ぜひ行かなければ』と思っていたのはアルーゾだけではなかった。父と妹の話は下手な商売人より魅力的な会話だった。兄妹だけで非ず、執事やメイドまでが今にも行きそうな雰囲気なのである。
「それなのに、それなのにですわ、お母様。お父様は1時間、背中のマッサージを受けたというのに私は20分これはどういうことなのでしょう!」
「それは、儂の威光のなせる業だからだろう」
「職権を乱用したとしか思えませんわ! 私のような美しい女性がたった20分で放り出されるなんて!」
「職権を乱用など儂がするわけないだろ!」
「いいえ、あのマッサージを受けるためならお父様ならしますわ!」
ぐぬぬ、と睨みあう。よくわからない者にはすでに入り込む余地のない話になってきている。
「まぁ、構いませんわ! ワタクシ、今日も様子を見に行ってまいりますから!」
「何!?」
「お父様は確か会合がございましたわよねぇ」
「くっ! 無料期間も短いというのに……あのマッサージなら料金は1時間3万は下らないだろう」
「さすがお父様、ワタクシの意見に近いですわね3~4万程度でしょう。20分で固定なら1~1万5000程度でしょうか? 第一区画にあればもう少し高くてもおかしくありませんわね」
「たしかに、しかしそれでは客が殺到してしまうかもしれん」
「もう少し値を上げた方がいいわけですね? では今日、会いに行った際にワタクシから忠告しておきますわ」
明らかに庶民と感覚がズレているのだが、それに気が付く者はこの場にはいない。アルーゾもその金額で妥当だろうと納得しているくらいなのだから……。
無論、執事やメイドは無料日に行ってからの判断としか言い様は無かった。
――――――――――――――――――――
「というわけで、20分、1万5000Gがこの辺の妥当な金額ですわよ」
「「高いよ!!」」
第二区画のマッサージ店で開店準備をしていたらアンジェラが入ってきて言った言葉に、思わずファイレと一緒にツッコむ俺。
俺が500Gとかでいいと思ってたんだぞ。何倍だ? 30倍くらいか? どこのギャンブラーだよ。 自己中心的すぎるだろ。
「いいえ、まったく高くありません!(断言) 良くお聞きなさい、愚民ども。第二区画では1万5000はあくまでも良心的な金額ですわ。これでは行列のできるマッサージ店になってしまいます。もう少し高級志向で行うべきです。2万は いきたいとこですわ。それでもお客で溢れそうですわね~。どうしたらよろしいかしら……」
「ならねーよ! 2万ってかなり大金だぞ。月30万Gあれば余裕ある生活ができんだぞ?」
「それは第三区画での話ですわ。第二区画は10倍くらいで換算なさいませ」
そんなのでマッサージ店が成り立ってみろ。冒険者なんてやる奴いなくなるだろ。単純計算1時間で4万5000×8時間労働×一ヶ月30日……えーと、いくらだ?
「休みなく働いたら1千万以上になりそうじゃない! ぼろ儲け? いや、人間としてやってはいけない気がするわ。3000Gでも多いかと思ったのに……」
「3000Gなんて只みたいなものですわ。そんな金額なら毎日ワタクシが貸切りますわよ! バカですの、ってーかバカですの!?」
「ど……どうしよう、お兄ちゃん?」
「3000Gだとしても……」
「月72万だよ。毎日働く必要があるけど。冒険者より儲かり過ぎだよ。なんか本来の目的がわからなくなってきちゃうよ」
待て待て~。情報収集が目的で第二区画にマッサージ屋を立てたはずだ。でも、この代金もアルーゾに返さなければならないんだぞ? あれ、そんな契約してないぞ。それは置いておいてもお金は大事だよ。違う、ネクロマンサー情報が大事だ。情報ってお金で買えるところもあるんじゃないかなぁ~。
「くっ、じゃぁ5000Gでいいんじゃないかな? これ以上は俺の良心が……」
「駄目ですわ1万5000になさい。そもそも、お兄様がこの店のオーナーのハズですわ」
「たしかに、そうなんだが……7000Gで勘弁願えませんか?」
「わからない人ですね~。わかりましたわ1万2000でいいでしょう」
「罪悪感を捨てても1万以上は無理です」
「仕方ありませんわ。その代り大混雑になっても知りませんわよ!」
渋々、アンジェラが納得する。かなり納得のいっていない顔だ。いや、1万じゃ誰も来ないよ。暴利も暴利でいいところだろ。あんまり暇だと情報が入ってこないんだが……それどころか誰も来ないで潰れてしまうんじゃないだろうか……無料期間もそろそろ終わりだ。アルーノ伯爵家の宣伝のおかげで、この期間は満員御礼。『次回来るのを楽しみにしている』というお客さんもいてくれたのに この金額では駄目だ。なんかどんどんネガティブな思考に陥っていく。
無料期間が終わった……金額がお客に伝えられる。さぞかしガッカリするだろうと思った。期待を裏切っただろうなーと……。
しかし、アンジェラの言った通りだった。朝から行列で対処しきれない状態になっていた。
都内だと10分1000円くらいぽいですね
マッサージの料金
この世界では独占企業。やりたい放題だ!




