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32話 エロそうで エロくない でもちょっとエロい

 屈辱ですわ!


 これは失礼いたしました。

 ワタクシ、アンジェラ・アルーノと申します。あまりの屈辱に名乗る前に叫んでしまうなど伯爵令嬢としてあるまじき行為でしたわ。


 しかし突然、何も悪いことなどしていない私の素足を撫でまわし、(なぶ)り、拷問するなど誰が思いますの! ありえませんわわあわああわ。


「痛っ痛っ痛っ痛っ痛っ痛ったたたっぁあぁ、もう、もう許して下さいましっぃいぃ。」

「意外と凝ってるなぁ。お嬢さんだからあんまり動いてないのかと思った」


 失礼なことを平気で言う男ですわ! ワタクシが冒険者をしていると知っているでしょうに……。たしかに『マネゴト』だと言いましたが、本当にそのままの意味でとっているとは思いもしませんでしたわわわわっぁあっぁ。

 ちょ、本当に痛いんですけどっぉお、なにこれ、新手の拷問? 聞いたことも無い方法ですわっぁあぁわ。

 歯を食いしばってないと、悲鳴を上げてしまいそうですわ。


「痛いっぃいぃぃいいー」

「少しは歯を食いしばった方がいいんじゃないか? さっきから叫びっぱなしだぞ?」

「誰のせいでっぇ!! ウソですわっぁあ! すみません、ゆるしてくださいましっぃいぃ!! な、なんですか、目的はっぁお金、お金ですのっぉお」

「まぁ、本来はマッサージ料金は頂きますが、今はお試し期間ですので無料です……」


 いや、もう、そう言う話ではないんですのよ、この薄らトンカチ! 失礼、下品な言葉でしたわっぁ。ぐぬぬぬぬぅう。世の中にこんな痛みに耐えなければならない日がくるなんて思いもしませんでしたわ。

 たとえドラゴンに引き裂かれようとも、スライムに丸呑みにされようとも、悲鳴を上げるなんて情けない真似だけはすまいと思っていましたのにっぃい! こんな簡単に足の裏だけで、地獄の苦しみを与えられる彼は最高の拷問官になれることでしょう! しかし、マッサージはこんなモノではないハズっぅですわっぁ!!


 痛みに耐えかねて悶絶打つ私に構うことなく、足の裏の神経ををゴリゴリと押し激痛を送り込んでくる。私が暴れようとしても、軽く足首をひねるだけで動きを封じられてしまいます。恐ろしい技術! されど冒険者としては二流なのはいかがなっぁあっぁ嘘ですわっぁああ。


「ぜぇぜぇ……」

「本来ならもう少しやりたいところだが、あんまりやると痛いだろうからな」


 あんまりやらなくても痛いですわ、死ぬほどに。これ以上は絶対お断りですわ。

 なんとかヨロヨロと立ち上がり、扉へと向かうワタクシ。


「おいおい、まだ終わりじゃないぞ?」

「じょ! 冗談じゃありませんわ! これ以上、アナタのマッサージと言う名の拷問を受けていたら死んでしまいますわ!」


 ワタクシ涙目!

 生まれて此の方こんな屈辱を受けたことも無ければ、こんな回数『屈辱』と思ったこともありませんわ!

 唇を強く噛みしめる。だって、聖騎士であるこのワタクシが叫びまくっているなど仲間に話せるはずがありませんわ!


「なるほど、気にくわなかった……と」

「あれを気にいるバカがいるというんですの?! お兄様が『是非とも』というから来ましたが大間違いでしたわ!」


 力任せに扉を閉める。大音量が部屋を支配したでしょうが、それは三下冒険者が悪いのであってワタクシのせいではありませんわ。


「どーでしたかぁ?」


 受付にお金を払うために向かうと三下の妹さんが出迎えてくれます。……あら、でも確か只今、無料でしたっけ?

 あの三下……名前はラーズと申しましたか……の妹さんにしましては大変可愛らしい方で、私の妹といっても誰も疑わないであろう容姿をしております。世の中不思議なことがあるモノです。


「『どうでしたかぁ?』も何もあったもんじゃぁありませんわ。明らかに嫌がらせを受けましたのよ。貴方からもあのサディストに文句を言ってもらいたいくらいですわ。……と、貴方に八つ当たりしても、致し方ないことですが……」


 彼女はおそらく、兄の変態的マッサージ行為を知らない……知らないのに働かされているのだろう。不憫でならない。そうだ、父に言えば養子にすることも可能なのではないだろうか? あの変態兄から救って差し上げた方がよろしいのではないでしょうか?


「どこか痛むところがありますか?」

「『どこか?』ですって! 足の裏! 足の裏ですわ。貴方の変態兄は叫ぼうとも私の足の裏を容赦なく責め続け、神経も骨も押し潰し砕かれるかと思いましたわ!」


 妹の……たしか名前はファイレさん……は、初めのころと印象がだいぶ違いますが、おそらく受付嬢としての役割を果たしているのでしょう。でしたら、ここでハッキリと文句を言っておくべきだと声を荒げたのですが……。


「まだ、足の裏が痛い……と?」

「当然ですわ! 今だって…… ……。あら……あらぁ?」


 足の裏を地面にタンタンと蹴ってみますが、まったく痛みがありません。それどころかむしろ軽くなっているような、フワフワした感じがいたします。


「肩などはいかがですか?」

「肩? 肩がどうかなさいましたの?」

「少し回してみていただけますか?」

「こう……ですの? あら……あらあら?」


 なんというか、滑りが良くなったと言った感じでしょうか? 可動範囲が広がったような、錆が取れたようなスッキリした感覚。こんな感覚、初めて味わいましたわ。なんですの、これ?

 あちらこちらを動かしてみますと、全体的に身体が柔軟に動くような、それでいて軽くなったような気分です。気のせいか身体もポカポカしていますわ。


「あとは、血行が良くなっていると思いますよ。血の巡りですね。冷え性とかにいいという話です」

「まぁまぁ、本当ですの!? それは素晴らしい!」

「というのが、今受けてもらいました足裏マッサージ効果です。たしかに、マッサージ中は痛みを伴いますがそれはその時だけで終わった後には、すでに痛くなくなっているのです」

「そんなハズありませんわ!?」

「もし痛かったのなら立ってここまで歩いてこれるとお思いですか?」

「!?」


 たしかに!! 終わった瞬間からワタクシは受付まで普通に歩いてきましたわ!? これは一体!? まさか本当にその時だけの痛みだというのですか!? 信じられませんわ!?


「驚きのようですね。ですが、それはマッサージのほんの一部に過ぎません。本来は背中がメイン」

「せ……背中が?」

「天国を信じますか?」

「は?」


 突然わけのわからない質問に戸惑い、マヌケな声を出してしまいましたわ。


「こう見えてもワタクシ、聖騎士ですのよ。神に仕える騎士ですの。私の神は……」

「天国であるとは言いませんが、それに近い感覚を受けられると言ってよろしいかと思います」

「なっ!?」

「足裏マッサージとは違い背中のマッサージは痛みはほとんどございません。多少、あると思いますが、それを認識できないでしょう。それどころかその痛みすら心地よく感じられることでしょう」


 ゴクリっ……と、自分の唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえました。私は神を信仰する身。当然、天国の存在も肯定的です。天国ではないが、それに近い感覚とまで言われれば、否応なしに興味を引かれてしまいます。


「ただし、服を脱いでもらうことになりますが」

「な、なんですって!? あの男の前で裸になれとおっしゃいますのっぉ!?」

「マッサージ中はうつ伏せなので大丈夫です。それにバスタオルも用意されていますし、マッサージ中は兄はまったくと言っていいほど性欲がありません。普段は多少あるようですが……集中すると全然ないんです。どーなってるんですか! 私が裸になってもですよ! 『はい、そこにうつ伏せにー』ってまるで、丸太でも見るように! おかしいでしょ! ちょっとは自信あるんですよ私! まぁーそりゃー背丈が少々低いかもしれませんが胸もウエストもバッチリなはずなのにっぃいい!!」

「お、落ち着きなさいませ!」

「これが、落ち着いてられっかぁあ!! 私の誘惑は無視か! 無視なのか! 興味ないのかあるのかはっきりしやがれ! 今後の展開にどうすればいいか判断に困るだろぉ!!」


 だ、だいぶ妹さんはストレスが溜まっていらっしゃったようで、私の胸ぐらをつかんで何故か私が10分近く説教を受けましたわ。理不尽ですが、なにか女性として尊厳を傷つけられたのでしょう。この場合は諦めるしかなく、とりあえず相槌だけ打って難を逃れました。

 しばらくして、だいぶ落ち着きを取り戻しまして、再び背中マッサージの話に戻ります。


「失礼いたしました」

「いいえ、こちらこそ」

「それでですね、背中マッサージも受けた方がよろしいかと思います。ただ今、無料期間ですので。兄に襲われる心配もございません」

「そーですね……」


 あの三下冒険者は『プロ』らしい。裸の女を目の前にしても仕事優先できるとは意外でした……が、それはいままで、美しい女性がいなかったからではないのでしょうか? たしかに妹さんは美しい部類に入るでしょう。しかし肉親に手を出すほどの外道ではなかったというだけでは? と思いました。


「よろしいですわ。私が試して差し上げましょう。ひょっとしたら私なら襲ってくる……」

「絶対ない! お兄ちゃんが私を襲わないのよ! たかだかちょっとプロポーションがいいだけの貴族のお嬢様を……はんっ! ありえない、ありえない。ぜーんぜんわかってないわね~。お兄ちゃんは普段は結構ヤラしいことを考えてんのよ。ただ表にださないだけで! まぁある意味紳士的ですけどぉ。妄想の中では私はきっと大変なことになってるわよ~。だけどマッサージ師モードになると女性の体に無関心になるのよ! 多少自信があるんでしょうけど、私より女性的だと思ってるんなら、その自信を120%粉々に砕かれるわよ!」


 もう、私が客だということを忘れているようですわ、この娘は。まるで宣戦布告のようにビシッと音が出ていそうなほど私に指を突きつけていますのよ。

 半ば呆れながら、マッサージ室に入っていきます。


「おや、お戻りで?」


 しまったっぁ! ワタクシ先程 怒鳴って出てきたんでしたわ。忘れてました、どのツラ下げてココに戻ってきてしまっているのでしょう。まさか『やっぱり足裏マッサージって最高』なんて言えるわけがございませんわ!


「じゃぁ、向こうに更衣室があるからそこで裸になってバスタオルだけで出てきて。あ、下着はつけたままでいいですよ。それでも恥ずかしいでしょうけど、それくらいは勘弁してください。鎧や服、コルゼットの上からではマッサージできないので」


 何事もなかったかのような指示。

 文句の一つも言ってやりたくなりますが、何を言っていいのかわからず口を開けたり閉めたり……。結局、指示に従うだけ。我ながら情けないと思いましたわ。しかし、今回、非があるのワタクシですから仕方ありません。足裏マッサージの見解を見誤ったのですから……。




 バスタオルと下着でベットの上にうつ伏せ……私の美しい裸体を撫でまわす男……マッサージとはいえ堪えがたい羞恥。部屋の中は何かの香りがします。


「この香りはなんですの?」

「えーっと妹が用意した、シナモンだか薔薇だかの匂いだとか」


 『香』と言わない辺り、本当に無頓着なのでしょう。軽く吸い込んでみる……ラベンダーの香りですわ……。無頓着にもほどがあります、お香の種類くらい覚えておいてほしいモノですわ!


 しばらくして、背中を伝う指が一定のリズムで圧力をかけてくる。

 初めは面白くもなく不快な感じだったの、だんだんと身体が柔らかくなっていく感じが妙な快楽に変わっていきます。

 筋肉が柔らかくなっていき、緊張やストレスから解放されていく感覚。さらにラベンダーの香りが鼻孔をくすぐり心地よい。


「んっ…………あぁっ……ぅぁ」


 気持ち良さのせいで、薄く声が漏れてしまいます。初めの羞恥心は何処へやら……いつの間にかすっかりリラックスして夢見心地。

 指圧されるたびに、そこから甘く熱せられた蜂蜜がトロ~リと流し込まれていくような、そして骨を伝い身体を熱くしていく。えもいわれぬ快楽。

 ファイレさんが言っていた言葉『天国のような……』大げさでなく、まさにその言葉がふさわしい。


 体内に入り込んでくる蜂蜜のような快楽が身体を重たくしていきます。指先一本まで浸み込んでいき、瞼まで重くなってしまいます。身体中がトロけていくような最高の気分。暖かく気持ち良く、まるで小鳥の(さえず)りまで聞こえてきそうで、口内には溢れんばかりの果汁の感覚が広がっていきます。


「んぁっ……こんなの、ダメ……ですわぁ……………口の中まで……」


 檸檬(レモン)のような酸味が喉を潤していき、唾液と声が口から洩れてしまいそうになってしまいます。いいえ、漏れているのかもしれません。ですが止めることが出来ないのです。恐ろしいほどに体の芯まで乗っ取られるような甘ったるさと爽やかさ。このまま何もかも忘れてしまいたくなるほど、神経を麻痺させていきます。


「ワタクシ……ワタクシは何を…………あっぁ……こんなにぃっぃ」


 ぼやける視界に美しい世界を感じることができます。ラベンダーの花畑? 違う、これはお香の香りのハズ……夢と(うつつ)の境が曖昧になってきています。

 そして、ここにきて足裏がフワフワしていた感覚が思い出されます。まさに雲の上にでもいるような感覚にさせられているのです。

 意識をしっかり持とうと思えば思うほど、全身がうっとりするような暖かな空気に包まれ夢の中へと引き込まれてしまいます。


「こんな素敵なっぁ…………トロけてしまいますわ……」


 もう、どうなっているのかも理解できないほど、頭の中まで幻想の蜂蜜で浸かってしまったようです。見るモノ全て、香るモノ全て、味覚も聴覚も幸せしか感じられなくなっていきます。


 この感覚に入ってからどれくらいの時間がたったのでしょうか。体感時間では1年以上この幸せの空間にいたような気がします。ですが、不意に世界が揺れ現実へと引き戻されてしまいました。


「時間ですよ」

「へっ?」

「マッサージは終わりました」

「お……終わりましたの?」

「あとこれを」


 タオルを渡される。意味が分からない。


「ヨダレ」

「ヨダレ? あっ、こ、これは違いますわ!」


 慌ててタオルでヨダレを拭きましたわ。まさか伯爵令嬢にあるまじき姿! そりゃーもう、大慌てで!


「では、更衣室で着替えたらさっさとお帰り下さい」

「なっ! なんですの、その態度!」

「タオルを巻かれた方がよろしいのではないですか?」


 下着姿の自分を思い出す! 一気に顔が沸騰しそうになるほど熱を帯びていることを感じてしまう。


「こ、こ、この変態男!!」

「いや、俺のせいじゃないですし。気に喰わないでしょうから次から来なくてもいいですよ」

「な、なんですってぇ!!」


 この男、ワタクシの足元を見ようってーんですの!? たかが三下冒険者のくせして!


「そんなの許しませんわ! 必ずまた来ますわ! そして今度は私を満足させてみなさい!」

「満足できませんでしたか?」

「…… ……で……出来ませんでしたわ。そう、アナタが一人前のマッサージ師になれるよう、わざわざワタクシが確認に着て差し上げてもよろしくてよ!」

「おかえりはあちらでーす」

「人の話を聞きなさいよ! ワタクシがっぁ!!」


 三下冒険者に押されて更衣室に入れられてしまう。全く容赦ない。

 それに、今 思えば襲う気配もない……この美しい私が下着姿で無防備だったのに!? 何たる屈辱! もう今日だけでどれだけの屈辱を受けたのか分かりませんわ!


 プリプリと怒りながら受付へと向かう。


「いかがでしたか……って怒っていらっしゃいます?」

「とーーーーーーーぜんですわ!」

「兄のマッサージに不満が?」

「そ、それは大変よろしかったのですが……」


 自分の顔が赤くなっていくのがわかる。マッサージの気持ち良さを思い出すだけでもウットリしてくる。イケナイ、これでは頭の悪い女性のようですわ。


「そ、そうじゃありませんわ! ワタクシが下着姿だったのに感想もありませんのよ!? どーゆーことですの?!」

「ですからぁ、最初に言ったじゃないですかぁ。『絶対に襲われない』って。マッサージ師モードになってると……」

「まるで養豚所の豚の品定めでもしているように肉質をたしかめるだけで……。欲情とかあの男にはありませんの!!」

「普段はあるんですけど……あのモードに入ると女性とか男性とかどーでもいいみたいで」

「ありえませんわ!」

「まったくなんですよ。ありえないんですよ。私なんて一番いい下着とか用意しても無反応なんですよ! ってーか、別人じゃんって感じなのよ。なにあれ! マッサージ神とか乗り移ってんの」

「たしかにありえますわ! マッサージは天にも昇る気持ち良さなのは認めます。ただ女の魅力を全否定するあれは何とかしてもらいたいんですのよ!」


 ファイレさんと話していると段々とヒートアップしていく。

 ありえないとか、信じられないとか……マッサージされる前はイヤラしいとか思っていたが、まったく無視されるとここまで腹立たしいとは思いもしませんでしたわ。

 これはなにかしら対策が必要ではないのかしら? という私とファイレさんの結論。


 とりあえずは、私たちだけでは評価が難しいということで第一区画と第二区画の女性陣に声をかけてみることにいたしました。マッサージの良さを教え、女性としてのプライドに自信がある方を募集してみます。とくに今は無料期間。第一区画でも第二区画でも、女性として自信を持っている方など山のようにいますわ。いいえ、むしろ自信の塊みたいな女性陣ですわ。王族、貴族、豪商などの夫人や令嬢は只それだけにお金を費やしているんですから。そして女の魅力で『あわあわ』言わせてやりますわ!

 難攻不落の三流冒険者を陥れてやりますとも!


「お兄ちゃんは二流冒険者だって!」

「お兄ちゃん、やっとタイトルの意味まで来たよ!」

「そーなのか?」

「女性と蜂蜜と指圧」

「指圧は刺す感じじゃないなぁー」

「プロローグは終わりだね」

「オイ!プロローグなら長すぎだろ!」

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