29話 厄介ごとのお嬢様
「なんでこんな酒場にお前みたいな貴族が来てんだ?」
スイロウの助けがあって打ち首は免れた。いや、そもそも打ち首にされる謂われもないし……。
そんなことより、貴族のお嬢様が冒険者の酒場など安酒しか扱っていないところに来るわけがわからなかったので素直に聞いてみる。
「あらアナタ、冒険者なのにそんなこともお分かりになりませんの?」
今現在は俺とスイロウとアンジェラの三人だけがテーブルを囲んでいる。お付きの白銀の騎士と魔術師と神官は街中を散策しに出かけた。護衛も兼ねていただろうに放っておいていいのだろうか、具体的にはアンジェラが暴走したときに……。ひょっとして俺に任せて逃げたんじゃないか、あいつら?
で、なんでこの酒場に来たんだ……と、スイロウを見る。首を振るスイロウ、別に思い出の場所でもないのだろう、思い当たらないようだ。
「ワタクシも冒険者の端くれですから、依頼を確認しに来ましたのよ」
したり顔だ……。清々しいほどのしたり顔だ。たかだか冒険者の酒場に来ただけなのに、何でこんな清々しいほどのしたり顔が出来るのか?
俺とスイロウが呆れた顔になっていたのだろう、あからさまにムッとして俺に指さす。
「何が不満ですの!?」
「なんで第三区画の酒場なんだ……って話なんだが? 貴族だろ、上流階級の酒場で依頼受けた方が依頼料とかも高いだろう?」
『まったくだ』とスイロウも同意する。当然だが第二地区にも冒険者の酒場があり依頼料はそちらの方が高い。
急にアンジェラの顔が赤くなっていき、目が泳ぎだす。
「そ、そんなのワタクシの勝手ですわ……」
「いや、そうなんだが……」
「私も気になる」
「……そ……その、一般市民の生活が気になるからですわ」
「……は?」
「『は?』じゃありませんわ! ワタクシが一般市民の生活が気になったらイケナイとおっしゃるんですの!!」
顔を真っ赤にしながら剣の柄でズカズカと突いてくる。
なんだ、なんで一般市民の生活を知ろうとするだけで恥ずかしいのか? 貴族様は理解できん……というか……。
「なんで、酒場に来ると一般市民の生活が理解できるんだ?」
「それについては私が説明しよう。依頼があるからだ」
「ぅん? 依頼があるな。で?」
「バカですの! っていうかバカですの!! 依頼とは、それによって一般市民が何に困っているかわかるというモノですわ。いうなれば今起こっている事件や事故などが一目でわかるんですのよ。さらに事件、事故の大きさはその金額で察しがつきますわ。それに酒場とはその地域に暮らす人たちが集まる場所でもあります。そこに行けばどのような人が多いか傾向が見て取れますわ。それから露店の多さや街の規模などを確認すれば、一般市民の生活とは見えてくるものですわよ!」
熱弁を振るい肩で息をするアンジェラに拍手を送る。だいぶハイテンションで汗だくである。
「それにしてもなぜ、そんなに一般市民の生活を知ろうとしているんだ?」
(憧れ……ですわ)
「え? なんだって?」
「何でもありませんわ!!」
再び剣の鞘でガンガン殴ってくる。なんでこんな暴力的な貴族なんだ? アルーゾだってこんな感じじゃなかったぞ?
一通り殴り終えると両腕を組み見下すように睨み付けてくる。
「あれ、あれですわ、ほら、えーっと」
「どれだ?(ガスッ) イッター」
「貴族は一般市民を導く義務がありますわ、ですから正しく一般市民を知っておくということは重要だと思いますのよ? ですわよね、スイロウ様」
スイロウに助けを求める。なんだ、自信が無いのか? ないのに冒険者の酒場の視察をしていたのか? スイロウの『そうと言えないことも無い』と曖昧な返事に『それ見たことか!』と胸を張るアンジェラ。鎧があって気付かなかったが胸がデカい。いや、今必要な情報ではないな。
「なるほど、アンジェラは一般市民の為に来たくもないこんな酒場にきていると」
「そ……そうですわ」
顔が真っ赤だ、嘘くさい。
「何か隠しているんじゃないのか?」
「う、うるさい、うるさい、うるさいですわ! 何様ですの、アナタ! さっきワタクシのことを呼び捨てにしましたわよね。たかが一般市民のくせに!」
「別にいいだろ、こんな酒場にいるんだ、市民も貴族も関係ねーだろ」
「はぁ~、二人とも落ち着け……」
呆れたようなため息でスイロウが俺とアンジェラを制する。いつの間にか立ち上がっていたので、再び椅子に腰を下ろす。周りを見渡すと俺たちを気にしている客はいなかった。酒場では、この程度の言い争いは日常茶飯事だ。アンジェラの方は『はしたないところをお見せして申し訳ありません』とスイロウに頭を下げる。スイロウは……ウエイトレスさんを呼んでいる。何するつもりだ? 注文を始めたぞ? まだ食うのかよ!
そう思ってたらガイアルが入ってきて無言で席に着いた。
「誰ですの、アナタ? ここはスイロウ様とワタクシの席ですのよ?」
「俺もいるが?」
「アナタは下僕なんですから立ってなさい」
「なんでだよ!」
ガイアルはスイロウの顔を見てアンジェラを指さす。頷くスイロウ。『厄介ごと』と理解したのだろう、アンジェラを無視してエール酒だけを注文する。スイロウが頼んだ料理だけ食べる予定らしい。
「いや、いや、いや! アナタ本当に失礼ですわよ! このワタクシ、アンジェラ・アルーノを無視なさるなんて!」
「彼女はガイアル。私の命の恩人だ。彼女がいなければ確実に死んでいた」
ペコリ……と頭を下げて、運ばれてきたエール酒を浴びるように飲むとお代わりを注文する。早ぇー、一気飲みだ、ガイアルが一気飲みするの初めて見た。およそ一秒で飲みやがった。話によると鍛冶場は熱くて喉が渇くらしい。仕事中は水分は欠かせないらしい。
「ですが、もう仕事中じゃぁありませんことよ!」
「まったくだ。仕事場で水を飲んでるだろ!」
「……」
「あぁ、ラーズとアンジェラは仲がいい」
「なんでですの!「なんでだよ!」」
「スイロウ様にしては笑えない冗談ですわ」
「まったくだ! どう見たってこんなアホな貴族と仲がいいわけがない」
「……」
「まったくだな」
「なに!? なんですの!? そのドワーフ嬢は何ておっしゃいましたの!?」
「喋ったのかよ! アイコンタクトかよ!?」
ガイアルは俺たちの言葉に無関心にハムハムと肉を噛み切っている。もう、話す気ゼロだ。いい根性をしている。
それとは別に、アンジェラが少々真面目な顔をしている。似あわない。
「アナタ、また、失礼なことを考えていたんじゃありませんの?」
「人の心を読むなよ。お前、魔法使いにでもなれば?」
「ふん! アナタの顔が単純ですから分かりやすいだけですわ。それはともかく、スイロウ様、このドワーフ嬢が命の恩人と言うのはどういうことですの? ひょっとして、こんな場所にいるのと関係がおありですの?」
おっと、とうとう確信を付いてきたか。遠回りにお断りしていたつもりだが、ガイアルが来たことで話が戻ってしまった。どこまで話して良いモノか。秘密は少ない人数で所有しているから秘密であって、みんなが知っていたら秘密ではない。
スイロウも自分のことをほとんど話せないだろう。徹底的にアンジェラが調べれば呪いを解こうと動いてスイロウ剣士を葬り去るという手段に出る可能性もある。
ガイアルは話すつもりはないだろうし、俺もスイロウの判断に任せるしかない……俺もスイロウには内緒にして計画を進めているわけだしな。
「すまない、アンジェ」
「何故ですの!? ワタクシ、スイロウ様の為ならなんでもいたしますわ。それともワタクシが信用できないと……」
「……逆」
「え? なんですの、ドワーフ嬢?」
「逆だって言ってんだよ。信用しているから話せないってことだ。お前ならスイロウが抱えている問題を解決できると思っている……と」
「なら何故!?」
「解決することによる不具合もあるってことだ」
「解決することによる不具合……?」
「私自身も戸惑っているんだ。答えが見いだせない」
「なら」
「私はここまでだ。あとはラーズ達に聞いてくれ」
立ち上がると、食事代をテーブルに置き振り返りもせずに出ていってしまう。アンジェラは追うか俺たちから話を聞くか迷っているうちにスイロウを見失い、ため息をついて席に座る。
「で、どういうことですの!」
怒っている、プリプリだ。俺たちのせいでスイロウが出ていったのだと言わんばかりだ。ガイアルは意に反していないが……。
「スイロウが話さなかったことを俺たちが話せると思ってるのか?」
「スイロウ様はアナタたちに聞けと言っていましたわ」
「だが、話を聞けばお前は俺たちと敵対する可能性がある」
「どーいうことですの、やはりアナタたちはスイロウ様の敵ということですか!」
「そうでもあるし、お前がスイロウの敵でもある」
「何を訳の分からないことを! ワタクシがスイロウ様の敵になるわけがございませんわ!」
「……お金も時間も足りない」
「は? なんですの?」
「背に腹は代えられない……てか? いや時間が無いわけじゃねーだろ?」
だが、ガイアルは首を振る。時間が無い? だって一年近く放ったらかしだったんだよな、今さら時間が無いってどーゆーことだ? しかし、ガイアルがそんなことで嘘を吐くとも思えない。ガイアルの眼は真剣だ。
「絶対に誰にも話さないと約束できるか?」
「ワタクシを疑いますの?」
「その誰にも……ってーのがスイロウも入るんだぜ?」
「!? な、なぜですの!?」
「だから秘密だって言ってんだ。話せるなら秘密じゃないだろ」
アンジェラがスイロウのことを心配しているのはわかる。この様子からすると話すのは得策じゃない気がしてくる。彼女が心配しているのはスイロウ姫の方だろう。
「やめた方がいいだろう。敵になったら厄介そうだ」
「そこまで喋っておいて、今さら引き下がれるとお思いですの!」
「……全部、ゲロったほうがいい」
あれぇ、ガイアルってそんな言い回しするキャラだっけ!?
仕方ないので話してやるために場所を変えようと、俺は『よっこいしょ』っと席を立つ。
「なんですの、逃げる気ですの!」
「ちげーよ。こんな場所で話せると思うか?」
「場所を変えるんですね。よろしいですわ。あと『よっこいしょ』は年寄り臭いのでやめた方がよろしいですわよ」
「いいだろ、立ちやすいんだよ」
金を払って酒場を出るのだが、纏わりつくような嫌な視線を感じる。ガイアルもアンジェラも気が付いているようだ。俺が気づくくらいだから当然か。さてどーする?
「聞かれたくない話……なんでしょ。ワタクシがいいところを知っておりますわ。ついていらっしゃい三流冒険者とドワーフ嬢」
「なんで三流ってつけるかなぁ、冒険者だけでいいだろ」
ずんずん進んでいく。俺とガイアルは顔を見合わせて後を付いていくことにする。
すぐに大通りを曲がり、どんどん細い道へ人通りの少ないところへと進んでいく。たしかに人気が少なく内緒話が出来そうなところだが……。いや、違うな、さっきの視線を送っていた奴らを誘き出すのが目的か。10~15分、歩いたところでアンジェラの足が止まる。予定通りさっきの視線の連中だろう。囲まれているのか?
細く薄暗い通りで、進む先に男が道を塞いでいる。
「おおっと、行き止まりだぜ。貴族のお嬢さん」
すばやく後ろも二人の男に塞がれる。合計三人。相手は武器を持っていない。余裕そうだな。
「5……6……もう少しいますか?」
「……あってる、6人」
「6人な。そうだと思った」
「「…… ……」」
やめて、二人とも! そんな目で俺を見ないで。だいたい前と後ろ以外どこにいるんだよ! 屋根の上か?
「ところで何の用だ?」
「ラーズの旦那、スイロウ様の情報を手に入れたんだろ? 俺たちと組む気になったかと思ってな」
「誰だ、お前たち」
「おいおい、忘れちまったのか?」
先頭の男は若干、禿げあがった頭を手で抑えつけ天を仰ぐ。なんか見たことあるような仕草だな。なんか喉に魚の小骨が引っかかったような微妙な気分だ。
後ろ側から声が飛ぶ。
「おいおい、その恰好じゃわかんねーだろ」
「あぁそっか、この姿で会うのは初めてか。貴族がいると面倒だがしかたねーな」
そう言うと、半禿げオヤジがメキメキと音を立てて変身していく。
「アルビウス様、お客様です」
「忙しい! あとにしろ! だいたいお前らがこの書類を」
「しかし『ラーズの師匠だ』と言えばわかると」
「なんだと! あぁでもこの書類も……とりあえず、お通ししろ
あと、こっちの書類は第三情報局へ」
忙しいです




