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28話 休職中

 ドラゴン戦から2週間の休養を取るハメになる。教会から派遣された神官さんが傷を癒してくれたが、疲労がたまり過ぎていた。ウィローズにも恩を売られ、言いたいことが山ほどあったが不問にするしかない。ファイレなどあからさまに不満顔だったが、神官さんの派遣はウィローズの手配によるものだった。しかもウィローズが全額負担であれば、なんにも言えない。


 次にネクロマンサーの肉体を消滅させて呪いを解くのだが、ここにきて金銭的問題が出てくる。ドラゴン戦で俺たちパーティーは全財産はたいて戦って富を得られていない。休養後、再度ダンジョンに潜ってみたら見事にドラゴンのいた場所は岩盤が崩れ進むことができず、財宝があるであろう場所に辿り着けなくなっていた。採掘作業を行いたいのだが時間がかかり過ぎるので、日銭が入る仕事をしている。


 とは、いってもガイアルが鍛冶屋をやっている。スイロウはその販売員または発注の受付。アルビウスさんはネクロマンサーについて具体的な埋葬場所などの探索……これに金が掛かるのだが……。ファイレは第二区画に仕事を探しに……当てがあるらしい……。

 俺は当てもなく街をブラブラと歩き回る。完全にダメ人間じゃん! でもガイアルの店で働こうと思ったら断られた。そんなに人手は要らないらしい。アルビウスさんの方は手伝おうにも第一区画で入ることも出来ない。

 どこかで仕事を探そうとしたら、ファイレに『お兄ちゃんに打って付けの仕事を持ってくるから待ってて!』と言われて

下手に仕事をするわけにもいかなくなった。


 そんなわけで、昼間から街中をブラブラするくらいしかない。竜骨刀も折れちゃってガイアルが『……直してみる』と言っていたが期待はできないらしい。おかげで簡単な冒険依頼も受けられない。今はガイアルの店にあったショートソードを借りている。いつかガイアルにはお金を払わないと……借金生活だ。


――――――――――――

 基本、冒険者は儲けが薄い。堅実に働いた方が儲かる……のだが、一攫千金。ドラゴンなどの財宝を手に入れれば一生遊んで暮らせるわけだ。今回は入らなかったのですが……。強い魔物の近くには財宝が入りやすい。倒しに行った冒険者が逆に倒されて、持っていたお金や物品がそのまま放置されるからだ。倒せなければそれだけ増えていく仕組み。倒せばそれまで倒された冒険者の財産を手に入れられ、名声もついてくるということだ。

――――――――――――


 腰に一本、ショートソードを帯びているだけで鎧もないので見た目的には一般人。そんな格好で露店をウロウロ見て回るだけ。お金が全くないわけじゃないので、酒場に行けないわけでもないがなんとなく気が引ける。

 周りを見ると、俺と同じような恰好の人間は意外と多い。主婦やら子供やらに交じって、休日の冒険者らしい人間も見える。俺もそう見えているのだろうか? 今現在、休職中なだけだが……。


 そんな露店街の中に明らかに異質な団体がいた。

 確かに冒険者風な格好をしているのだがゴージャスだ。具体的には成金趣味な黄金鎧の先頭を進む女性とその後ろに二人の白銀の鎧の男性を引き連れ、さらに後ろにシルクのローブの魔術師と神官。


 畏怖か、関わり合いになりたくないのか、彼女たちが歩くと人垣が割れていく。何でこんなところにいるんだろう? 第二区画、あるいは第一区画に居そうな冒険者の一団だ。遠巻きに目を丸くしている人間がゴロゴロしている。

 関わり合いになるのは面倒そうなので俺も避けて通る、出来るだけ目を反らせて。

 奇妙な一団は時おり、露店を見て回っている。お前たちが買うような高価なモノは無いぞ!


 昼食を取るために酒場に行くとスイロウと出くわした。


「よぉ、ガイアルは?」

「彼女は仕事のキリが悪かったらしい。先に私だけ出てきた」


 適当なテーブルに着く。相変わらずスイロウは容赦のない注文の仕方をしている。ウエイトレスは慣れているのだろう。驚くことも無く、それどころか今日のおススメを伝えてくる。どんだけマニュアル通りなんだよ。そしてセットのポテトも頼むスイロウ。

 先に飲み物だけ運ばれてくる。


「今回は済まなかった」


 スイロウが頭を下げる。その謝罪の言葉に思い当たることが無くて首を傾げる。何かあったっけ? ドラゴン戦のことか? いや、あれは全員無傷とはいかないことは分かっているし、財宝がとれなかったことだろうか? だが、俺の考えなど無視してスイロウは語りはじめる。


「私は記憶が曖昧なのだ。いや、私が知っている私は王女なのだ。だが、そんなことがあるはずがない。私が何者なのかわからないのだ。ある日、王宮で睡眠について、気が付いたら第三区画にいた。戻ろうと思ったが竜の眼球を持ち合わせていないので、問い合わせることにしたのだが……」

「お前じゃなく、スイロウ姫は王宮にいる……ってことか?」

「あぁ、そう言われた。頭がおかしくなったのかと思った。いや、おかしいのかもしれない。生きていく術がなかった。第三区画での生き方など知らなかったからな。だが、ガイアルに助けてもらったんだ」

「住む場所を提供されたのか」

「それだけじゃない。彼女は生活の仕方や、冒険者としての生き方、店での働き方と一から十まで教わった。王宮の作法や騎士学校には行っていた記憶があったが、どうすれば冒険者になれるか分からなかったから、ガイアルが居なかったら本当に死んでいただろう」


 遠い目をしている。その頃の無力さを思い出しているのかもしれない……豚肉の唐揚げを頬張りながら……多い、多い、口の中に詰め込み過ぎだ。こんな話の最中にそんなに喰うなよ。


「だが ある日、私を知る人物に会った」

「アルーゾか?」

「当たりだ。何かおかしいと思わないか?」

「何が?」

「アルーゾは伯爵家の長男なのに私に"様"付けだった。王宮にも入れる彼が……だ。スイロウ姫がいるなら私が別人だとわかるはずなのに」

「それは、姫がお忍びで出てきたと思ったんじゃないか。あいつ抜けてるところもあるし」

「あぁ、そう考えたが私は自分が誰であるかわからなくなってきたんだ。何のために生きているのかすらわからない。ただ、毎日が過ぎていく」

「そりゃー良かった」

「良かった? いいわけないだろう!? どこの誰かもわからない、何をしたらいいかもわからない、何のために生きているかもわからないんだぞ!!」

「そんなモンわかって生きている人間の方が珍しい」

「!?」

「俺がどこの誰だと説明してお前が信じなかったら、俺はどうなる? どうにもならん。目標だって大抵がその場で思いついたことを進めていくだけだ。貴族や王族は知らんが、一般人が何のために生きているかといえば『生きたいから』だ。国の為でも世界の為でもない、ただ生きたいだけだ。生きることに意味を見出すなんて頭のいい奴が考えることだ」

「でも、ラーズだって目標があるだろう!」

「あるけど、達成できるとは限らないし、達成しなければいけないわけじゃない。もっといえば、俺じゃない誰かが達成してもらっても構わない。俺は"代え"が利く。生きている間の暇つぶしみたいなもんだ。もっと気楽に考えていいんじゃないか? 生きることに意味なんてない、意味が欲しいなら自分で適当に作ればいい。達成できなくても責められはしないさ」

「そんないい加減で……」

「良い加減さ」


 ラーズはスイロウの顔も見ずにフォークで野菜を突いて口へと運んでいく。トマトとレタス、間にベーコンのスライスが挟まっている。なにか甘辛いソースが入っているが味からは工程が察せられない。

 そんな様子をスイロウは食事を止めて見入っていた。

 目から鱗の発想! まさか生きることに意味を見出さなくてもいいだなんて! 悩んでいた自分がバカみたいだ。それが当たり前なのだと聞かされたのだ。たまらず腹を抱えて笑い出してしまった。

 ラーズは嫌そうな顔をする。


「バカにするなよ。一般人なんてそんなモノだ」

「バカになどしていない! むしろ自分がバカだったのだと思い知ったよ!」


 またゲラゲラと笑う。

 ただ、生きているだけでいいだなんて……それが素晴らしいことのように思えた。が、急に不安がよぎる。ただ生きることが出来るのだろうか。普段ならそんなことを口にするべきではないとスイロウは判断していただろうが、食事の席で口が軽くなっているのかポロッと口走ってしまう。


「ラーズ……」

「んぁ、なんだ、今度は急に声のトーンを下げて。情緒不安定だな」

「私は死んでしまうのではないかと考えてしまう……お前たちが私を助けようとすればするほど、私は……」

「……」


 ラーズはコップを片手にエール酒を喉に流し込む。彼女の言いたいことはなんとなく理解している。下手に答えれば彼女は阻止するために行動を起こしかねない。スイロウ剣士がどこまで自分を"呪い"だと認識しているのかわからない。自分が呪いであると知っているのかも疑問である。ただ知っていたとしてバレるような話はしないだろう。そのため、獣人などに襲われているのだから……。

 コップを置き椅子にもたれ掛る。ギィッっと軋む音が響くが、酒場の雑音にかき消されている。


「実は俺の目標はドラゴンの主を倒すことなんだ」

「え? あぁ……」


 突然の話題を変えたことに戸惑いながら食事を再開するスイロウ。やはり不安など口にするべきではなかったかと思う。


「出来ればスイロウにも手伝ってもらいたい」

「もちろん、手伝おう」

「俺の方が先に死ぬかもしれないから、その時は俺の意志を受け継いでもらいたい」

「縁起でもないことを言うもんだな……え? それは……」

「少なくとも俺より長生きしてもらわないと困ると言っているんだ」


 フォークに刺さっていた肉が落ちる。助けようとしている……命がけで? いや、そんな馬鹿な、まさか……スイロウの頭の中で無意味な言葉がグルグルと回転し始める。念じるように小声で『落ち着けぇ』を連呼する。

 自分の思いが素直に出せそうだと口を開こうとした瞬間、別の女性の声に邪魔をされる。


「お久しぶりですわ、スイロウ様!」


 ……何を言おうと思ったか全部忘れた。

 恨めしそうに、首をブリキのオモチャよろしくギギギッと音が立ちそうなほどゆっくりと声の主を探すように動かす。

 ゴージャスで且つおしゃれな黄金鎧、従者を従えた女性……ラーズが先程、露店街で見かけた女性だ。従者と思わしきメンバーも立ったまま後ろで控えている。邪魔になるので酒場では座って待っていてもらいたいものだ。


「ま……さか、アンジェラ・アルーノ……さん?」

「覚えてくださっていて光栄ですわ。それにしてもこんな酒場にいるなんて驚きですわ。何かトラブルですの?」


 『何ゆえトラブルだと思ったんだ?』とラーズは思うが、アンジェラはさも当然のようにラーズを指さす。『俺~!?』と自分を指さすラーズ。


「そんなドコゾの冒険者の三下なんかとお食事をなさらなければならないなんて、よっぽどのわけがおありなんじゃありませんこと? よろしければワタクシがその三下を始末いたしますわ。もちろん、スイロウ様と一切の関わりが無いように!」


 白銀の騎士に両脇を抱えられラーズは立たされて、剣を突きつけられる。何にもしていないのに……。慌てるスイロウ。何をどう説明していいかわからないが、とにかく説得する。


「落ち着け、彼は私の仲間だ! えぇっと、私はアンジェが知っている私ではない。姫ではなくて冒険者なのだ」

「は?」


 一瞬、口を開けてアンジェラが固まる。が、彼女は頭の回転が早い……無駄に。すぐに何か思い当たり、二人の白銀の騎士たちに命じてラーズを開放する。


「これは申し訳ないことをいたしましたわ、スイロウ様のお仲間だったとは。常々、騎士学校時代から冒険者にあこがれていたスイロウ様ですものねぇ。たしかに冒険者になっていてもおかしくはございませんわ。しかし国王様がよくお許しになられましたわねぇ。それに護衛にしてももう少し質の良い冒険者を雇った方が国王様も納得なさるのではありませんか?」


 大きいテーブルへと案内される。食事は適当に頼んでいる。アンジェラが選ぶこともしない。なら何でこんな店に来たんだろうと思わなくもない。

 スイロウはしどろもどろになりながら、どう誤解を解くか考えているようだが、先にラーズが割り込む。


「俺の名はラーズ。スイロウと同じパーティーだ、イタっ!」

「スイロウ様とお呼びなさい。たとえ同じパーティーだとしてもアナタごときがスイロウ様を呼び捨てにしてもいい身分ではございませんことよ!」

「痛いなぁ、剣の鞘で頭叩くか普通。それはともかくスイロウとどういう関係かイタッ……スイロウ様とどういう関係か教えてくださいませ、成金野郎、イタっイタっイタっ」

「なんですの、この男は! 第三区画はこんな最低男しかおりませんの! 本来なら晒し首にいたしたいところですがスイロウ様の手前、この程度で許して差し上げますが、次に無礼を働いてみなさい、ただでは済ましませんよ!」

「すでに、ただでは済まされてないじゃん! イタッ」


 両脇を白銀の騎士にしっかり押さえられて回避できない。ポコポコと容赦なく殴ってくる『助けてスイロウ!』


「よろしいですか、ワタクシとスイロウ様はそれは物心ついた時からの友達……親友?……大親友でしたわ」

「盛ってるな(パシっっ!)イタッ!」

「互いに切磋琢磨し、10歳にして騎士学校に入学いたしましたのよ、何せ優秀ですから。そしてその5年後、卒業したことにより別れが来てしまいましたの。あれは忘れもしない春……夏……秋、秋ですわ」

「忘れてんじゃねーか(パシっっ!)イタッ!」

「隣国からの救援が我が国に入りましたの。当然、我が国は一個騎士団と3中隊を貸し出すことにしましたわ。その中にワタクシが()りましたのよ。ワタクシたちの活躍によりなんとかドラゴンを討伐にこぎつけることができまして、晴れて今日この国に戻ってくることが叶いましたの。その時に冒険者の有用性にようやく気が付きましたわ。スイロウ様は騎士学校の時から冒険者に憧れていたことの意味をようやく知ったと言ったところでしょうか。少しワタクシも冒険者の真似事などを帰路の最中いたしていましたわ」


 最後の方は、ラーズに対する説明ではなくスイロウに語りかけていた。スイロウも目を細めて懐かしそうに話しはじめる。


「そういえば騎士学校の時はアンジェは冒険者を毛嫌いしていたっけな」

「情けない話ですがそうでしたわ。騎士の方が強いと頑なに言っておりましたが、状況によっては冒険者の方が勝る部分が多いことに驚かされたものです。今回の遠征はワタクシにとっては良い経験になりましたわ」


 と、話している横でラーズがスイロウをつつき『知らない人のフリをしないとマズくね』と耳打ちする。言われてハッとするスイロウ。


「ちょっと待ってくれ、アンジェ。私はスイロウと言う名だが、王族とは関係ないんだ」

「どういうことですの?」

「どういうことって……」


 と言ってラーズの顔を見る。どう説明していいかわからない。もちろんラーズもわからない。


「ちょっと、アナタ。スイロウ様の顔を見るのやめてくれません」

「なんでだよ」

「アナタみたいな三流男が見ていいような顔ではございませんことよ。彼女は高貴な」

「だから、王族と関係ないと本人が言っているだろう?」

「ハッ! わかりましたわスイロウ様! このクズ男に脅されているんですね!」

「なんでそうなる!」

「ひっ捕らえなさい! 打ち首の用意をぉぉ!」


 再び白銀の騎士に両脇を抱えられ引きずられていく。


「いや、違う! アンジェ、落ち着いて!」


 スイロウの声が酒場に木霊する。

 どうやら、アルーノ伯爵家の人間は厄介ごとを起こす人間しかいないようだ。

「アルビウス様、お仕事が溜まっています」

「いや、私は……」

「こちらが例の件です」「こちらの書類が……」「この案件に……」

残念ですがアルビウスの調査には時間がかかりそうです

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