26話 対・下等種の黒竜
ウィローズは遠くから放たドラゴンブレスを回避するために高い岩の上へと移動していた。そこからだと全体が良く見渡せた。
パーティーは素早く岩陰に隠れていくが、明らかにラーズだけが遅れてしまっていた。一瞬だけ『助けるか?』と考えたが、そんな義理はないと鼻で笑う。
ファイレがラーズの首根っこを掴むのとほぼ同時に直線状にくるドラゴンブレスに飲み込まてしまう。普通なら即死どころか消し炭すら残らないだろう。だが、ファイレが引き抜くのが早かったためか黒い塊がごろりと出てくる。
『死体ぐらいは持って帰れるか』とウィローズがつまらなそうに見下していると、ガイアルが駆け寄っていく。死人に回復呪文は効果が無いだろうと、改めてラーズを見ると呼吸している。ドラゴンブレスの直撃を受けて生きているのだ。
『考えられん』と思ったが……なるほど、ガイアルが神聖魔法の耐炎魔法を唱えていたのだ。『いつの間に?』と思い返してみれば、この辺りの石質が変わってきたことを示したときにかけたのだろう。よく気が利く。
そして意外にもラーズが黒こげになっていたのは表面的な部分だけで鎧の下などは無傷のようだ。耐炎魔法がそこまで効果が発揮されるとは考えにくい。そうなると……とスイロウを見る。彼女の持つドラゴンスレイヤーがドラゴンブレスの力を抑えこんだのであろう。やはり絶大的な力を持っている。
「ぷはぁ!! 死ぬかと思った!」
「私もだよ! 心臓止まるかとおもったよ!!」
ファイレは半べそで抗議する。それでもガイアルの回復魔法がなければ重傷を負っていた可能性もある。
表面の黒く染まった煤をバラバラと払落し回復呪文よって構築された新しい皮膚を確認しているラーズ。火傷跡は残らない代わりにガイアルがかなり消耗したらしい。肩で息をしている。彼女に感謝の言葉を述べるとスイロウと顔を見合わせて、正面に駆け込んでいく。
一度ドラゴンブレスを吐くと充填までにわずかに時間が出来る。その間に接近戦に持ち込もうという作戦だ。ドラゴンの手足にまとわりついていればドラゴンブレスは吐くことが出来ない。自分も焼き払ってしまうかもしれないからだ。
本来はドラゴンに気づかれる前に近づく手筈だったが、先に気づかれてしまっては予定を変えるしかない。
一歩遅れて、アルビウス、ファイレと続く。ガイアルは休憩をとってから行動。ウィローズは高い岩を器用にピョンピョンと移動していき、全体が見渡せる特等席を探す。
馬鹿でかい空洞に真っ先に出たのはウィローズ。100m四方くらいありそうなドーム状の空間だ。当たりは暗く巨体が蠢いている。全長10mくらいのドラゴンだろう。色を確認するために魔法の灯りをウィローズが唱える。黒色のドラゴン。
「助かる、ウィローズ!」
「馬鹿者、おぬしらを助けるためではないわ! 灯りが無ければ見辛いからじゃ!」
だが、ウィローズの声を無視してドラゴンへと近づいていくラーズ達。頬を膨らませ不満顔で『もう何もせん!』と高い岩の上に座り込むウィローズ。
ラーズ達がドーム状の空間に入ってくると大きく展開していく。的を一点に絞らせないように散り散りになっていく。
相手はブラックドラゴン。階級はレッサー(下等種)。主な攻撃は爪・牙・尻尾・ブレス・呪文となる。
さすがに、ラーズが入ってくるまでには時間があったのだろう。2撃目のドラゴンブレスを吐こうとする。が、ドラゴンの下顎に、アルビウスの弓矢が立て続けに5本命中し在らぬ方向に噴き出してしまう。それでも全体的に空間の温度が過剰に上昇していく。ガイアルの耐炎魔法がなければ、汗だくになり体力が激しく消耗していってしまうところだ。
ドラゴンには迂闊に近づけない。牙も爪も一撃必殺になる。なにせ10mもの巨体から繰り出されるのだ。鉄の鎧でも簡単に真っ二つにされてしまう。確実に攻撃できるところを探しだし間合いを一気につめ、ダッシュで回避しなければならない。
ラーズは本当に慎重でドラゴンの鱗を切り落とす程度の浅い攻撃ですぐに回避行動に移る。ほとんど嫌がらせ程度のうっとおしさ……それをラーズもわかっているのか、歯がゆそうだ。『もっと深く』とか考えているに違いない。だが、浅い攻撃はそれはそれで効果を発揮しているのだが本人は気付いていない。
ファイレの呪文詠唱が邪魔されていない。何本もの巨大な水槍魔法を展開。上空から振り下ろされる。うっとおしいラーズのせいでファイレの邪魔ができず、呪文が完成した水槍魔法に対し魔法防御を展開するブラックドラゴン。水の槍がブラックドラゴンの魔法防御で砕け散っていくが5~6本は巨体に突き刺さり、痛みで咆哮する。
ただし、大魔法だ。そう何回も撃てる代物じゃない。あと1~2回がいいところだろうとウィローズは判断する。
その隙を縫うように、深くまで潜り込んでいるスイロウがドラゴンスレイヤーで大きく腹に切れ目を入れていく。
ウィローズが想像していたよりもよく切れる。とはいえブラックドラゴンの巨体からすれば致命傷には程遠い。深く潜り込んだ分、回避が難しくなっているがスイロウはバックステップを繰り返し、ドラゴンの攻撃を紙一重で掻い潜る。
器用なモノだと、感心してしまう。一流の冒険者でもあそこまで簡単には行くまい、と。だが、よくよく見ればその理由もわかる。
スイロウは獣人化をしているのだ。タイプ・狼。広く分散しているため他のメンバーが気づいているかはわからない。だが、対ドラゴンで出し惜しみをしている場合ではないことも事実であろう。
アルビウスの弓は基本的に効果が薄い。ラーズと一緒でダメージになりづらい。極限まで引き絞れば鱗も貫くのだが、彼女自身がそれをしない。回避がおろそかになるのと、手数が減るためだ。それよりも、スイロウとファイレの攻撃に意識を向かせないようにドラゴンにアプローチする回数を増やすことに専念をしている。
ラーズと違い、自分の役目を理解している。
そしてラーズはさらに深くと考え一歩深く入ったところで、ドラゴンの爪に引っかかってしまう。爪がラーズの皮鎧を裂き胸から血が噴き出し慌てて大きく飛びのく。胸の傷は派手に血が出た割には深くは無かったようだ。もし二歩前に出ていたら致命傷だったかもしれない。
だが、その一撃は状況を一変させる。ファイレの呪文が一瞬止まり、わずかな隙がドラゴンの攻撃の鋭さを増した。スイロウがしなる尻尾の攻撃に晒される。その圧力だけで肋骨が折れるのではないかと思うほどだが、さらに岩場に叩きつけられ背中にも激痛が走る。トドメに大きな爪が振り上げられたが、間一髪で飛び退き逃げ切る。その場にあった岩場は粉々に砕け散っている。
遅れたもののファイレの呪文の第二段の攻撃はドラゴンに多大なダメージを与えていく。そのあいだに疲れが回復していたのかガイアルがスイロウとラーズに再び回復呪文を唱えて回る。
感心するのは二人の魔力量の多さだ。普通の魔法使いならこれだけの大技と回復量を考えれば尽きてもおかしくない。まだ続くのであればドラゴンに対して持久戦で勝てそうである。普通には考えづらいゴリ押しだ。
近場から殲滅しようと考えていたドラゴンだが、大型のダメージはファイレであると判断し攻撃対象を変更して来た。慌ててその場から逃げるファイレ。判断が遅れていたら丸焦げだっただろう。ドラゴンブレスで周囲の岩が溶けている。丸焦げは避けたものの肩から腕にかけて大きく爛れている。まだ、回復魔法を唱えるだけの魔力がガイアルには残っているのだろうか? それよりも逃げ切れるかが怪しい。ブレスの直後にドラゴンはファイレに対し次の攻撃を用意していた。
地響きを立て、ファイレのいた辺りに岩を砕き爪が食いこんで咆哮を上げているドラゴン。ファイレを仕留めて咆哮を上げたのではない。片目を潰されたのだ、アルビウスの引き絞った矢によって。
ファイレがダメージのほとんどで他をないがしろにした結果である。片目を失ったドラゴンは遠近感覚がズレファイレには直撃しなかった、が、吹き飛ばしていた。
うめき声を上げながらも避難していくファイレ。
回復したラーズもスイロウも、着実にドラゴンの鱗を剥がし落し、肉を抉り取っていく。狙いの定まらないドラゴンの爪や牙を掻い潜るのはかなり楽になっている。とはいえ、疲労がたまってきているのは明らかだった。ラーズに至っては足元がだいぶ覚束ない。狙いの定まらないドラゴンの尻尾を掠め地面に叩きつけられ嘔吐している。骨も何本か逝ったかもしれない。
スイロウも安定したダメージがいかなくなってきている。深く刺しこんだときは回避が危うい。先程なのは牙に完全に捕えられていたが、ガイアルのモールが顎にクリーンヒットし血だらけで脱出した。
どちらも消耗してきている。アルビウスが無傷だが矢が尽きたらしい。エストックに持ち替え接近戦を試みているが、深く攻撃は出来ない。
スイロウも全身血だらけになっている。止血自体は魔法で行っているが体力がついていかない。ガイアルの回復魔法も尽きたらしいので慎重さが求められている。
ラーズは限界。攻撃は皆無。挑発的行動と回避で誘い出すくらいだ。役には立っている。体力がない状況でも回避に関して言えば、まだある程度 信頼がおける。
今一番ダメージを与え続けているのはガイアル。出遅れた分を取り返すような攻撃と防御である。彼女は回避が苦手らしい。爪の攻撃も盾で受けて吹き飛ばされる……と同時にドラゴンの腕を攻撃している。そのおかげでドラゴンの利き腕は破壊されている。
『しかし……』とウィローズは思う。この状況は手負いのドラゴンとガイアルの一騎打ち。手負いとはいえドラゴン。ドラゴンスレイヤーの効果範囲内なのでさらに弱くはなっている。が、一騎打ちで勝てるほどレッサーとはいえ弱くはないだろう。それにほぼ殴り合いの状態。頑丈なドワーフでもそう長くはもたない。ガイアルの体力が尽きたら全滅だろう。すでに周りには頼りになる火力もうないハズ。『詰み』かと思った。
「……誰か、忘れてない?」
息を切らせたファイレがドラゴンより高い崖に登っていた。
今さらだ。魔力が尽きた魔法使いは役立たずだ。いや、魔力がまだあるのか? 別に魔力が打ち止めだとは言っていない。
杖を両手で持つと、杖が伸びていくような感じがする。その違和感にウィローズが一瞬戸惑う。
「まさか!?」
ファイレは崖の上から飛び降りドラゴンの頭に杖だったモノを突き刺す。
杖は仕込み杖だった、しかも竜骨刀の。
ウィローズは仕込み杖のハズが無いと、勝手に思っていた。第一に鉄と魔力は相性が悪い。だが、それは竜骨刀ということで問題はない。第二に身体能力的問題だ。魔術師のほとんどは魔力の研究に時間を費やし剣を振るうのに向いた体格と性格をしていない。しかし、ファイレはちゃんと剣の練習も怠っていなかったようだ。
この不意打ちは、ウィローズだけでなくブラックドラゴンにも十分通用した。さらに脳天に仕込み杖を差し込んだまま大火力の炎系魔法を体内に直接打ち込む。
ドカンッと馬鹿でかい音が空気振動でダンジョン内を揺らす。
ウィローズは呆気にとられる。ここにきてまだファイレは魔力も残っていたのだ。
さすがのドラゴンも首から先が大きく下降していき地面に叩きつけられる。鼻や耳から黒煙が噴き出している。この状況なら間違いなく死んでいるだろう。
だが、もう一波乱ないとウィローズは満足しない。余裕もない誰もがウィローズを見上げることはない。声を押し殺し邪悪に微笑んでいる。
悟られないように、ラーズに指示を出す。
「小僧。例のナイフでそやつの心臓を抉り出せ。心臓の場所はわかるな?」
「え? いや、わかんねーけど……」
すでに、全員 膝を付いている。魔力も切れ、防具もボロボロ、立ち上がる気力はあるまい。現にラーズも座ったままウィローズの顔も見ずに返事だけしている。
「首の付け根と鎖骨の間に1枚の逆さに生えた最も硬い鱗があるはずじゃ。その鱗の後ろに心臓がある」
竜骨刀を杖のようにしてラーズが立ち上がる。面倒だが嫌なことは先に片付けたい性格なため動き出す。ブラックドラゴンはまるで石像のようにピクリとも動かない。全身からドクドクと赤黒い血液だけが流れている。その顔を見ると開いている穴という穴からも同じように血が溢れている。確実に死んでいることを確認する。
そして逆さに生えた鱗に手を伸ばそうとする……。
そこでようやくガイアルが気が付いた。
「……逆さに生えた竜の鱗!? ラーズ、触れてはダメ!!!」
ガイアルの声は間に合わなかった。
レッサードラゴンだからといってそう簡単にやられて堪るか!
二流の戦士では剣でも全力で切りかからないと
鱗を貫通することはありません
ちなみにドラゴンブレスならスライムは一発で倒せます




