25話 対スライム
国の真下にドラゴンのダンジョンがあるのに情報局がわからない、そんなことがあるのかとアルビウスさんは思っていたらしい。例えスラム街にあったとしても見逃すはずがない、と……。だが、アルビウスさんはメガネをクイッと上げて納得せざるを得なかった。ガイアルの鍛冶屋の地下倉庫に入り口があるのだ。
「ガイアルが掘り当てた、と言ったらいいのかな。地下倉庫に振動があり床が薄くなっているのに気付いたそうだ。およそ地下5m……ドワーフの彼女じゃなければ見逃していただろう」
地下倉庫の下をさらに掘り進んでドラゴンのダンジョンに繋げたらしい。ここから魔物は上がってこないのだろうかという疑問が湧くが、こちらからハシゴを下ろさないと登ってはこれない上に鍵もかけている。
全員、下へと降りていき内側から鍵を閉める。道自体は細いので大型の魔物が通ることはないだろう。ワームが来たら知らん。ただ、ワームは地上に出た話は聞かないらしいので早々出てくることはないだろう。というか、ワームが出るならここじゃなくてもどこからでも出れるので鍵とか関係ない。
「さて、左右に広がっているがどっちにドラゴンがいるのやら……」
と思っているのは俺だけらしい。魔力か圧 力かわからなないがみんな右を差す。
「ここまで圧倒的な魔力……どうしてドラゴンのダンジョンだとわかったのか納得がいきます」
「ドラゴンじゃなくとも相当な魔物よね~、これって」
ファイレもアルビウスさんも苦笑いをしながら汗が流れ落ちる。俺は何か言った方がいいかと思ったがやめる。俺は『言わない勇気』を持っている。たとえダジャレを思いついたからといってすぐに口走らない。
それはともかく、隊列をすぐに組む。道幅おおよそ3m強。だいたい二人並べる状況。先頭は俺とスイロウ。すぐ後ろにガイアル。少し間を置いて魔術師のファイレ。殿を弓を持つアルビウスさんとウィローズ。ただしウィローズは役に立たない。立つ気もないらしい。
パーティーリーダーは俺だ。先頭のどちらかがリーダになるのが通常である。副リーダーがスイロウ。要するに迷った時に選択を争わないようにだ。だが、俺は今さらながら『ドラゴンの居場所がわかりそうなのはスイロウでは?』と思ったが口には出さなかった。
マッパー(地図を描く人)はアルビウスさん。マッパーがいるだけで生存率は変わってくる。洞窟を冒険するときは覚えておこう。冒険者以外、冒険することはないだろうけれども……。
灯りはガイアルが『聖なる光』を唱え、自分のモール(長いハンマーに鍔がついたやつ)の先に浮遊させる。おおよそ6時間点灯しているということだ。時間の管理がしやすくなる。時間管理はメガネがやる。アルビウスさんだった。
初めのうちは下りが続き、すぐにゴブリンがウロついている場面に出くわす。ドラゴンの使役の魔物意外がダンジョンに住みつくには光物すなわち貴金属等を要求されるらしい。それ以外は強制排除される。大家さん的だなドラゴンは。ゆえにドラゴンは金持ちが多いらしい。ちなみにワイバーンにはこの性質は無い。
ゴブリンなど我々の敵ではない……俺以外。相手は4匹。初弾はアルビウスさんの矢だった。相手がこちらを認識する前に1匹倒し、さらに2匹に肩に射ち込んでいる。スイロウが駆け寄るまでにファイレが魔法で3匹吹き飛ばす。スイロウが付いた時には生きているかの確認することだけとなる。ちなみに俺はは身動きもしていない。ガイアルも動いていないが、彼女の場合は事足りることを理解して動いていない。
そんな単純作業である。俺が『少し訓練させてくれよぉ』というが、今回は出来るだけ体力を温存することが重要なので、手が空いている奴が片付けることの方が優先される。俺が気づいた時にはほとんど終わっている。
アルビウスさんが最も早く索敵する。どうやら、地図を作っていると敵が出そうな場所があるらしい。まだできたばかりのダンジョンで罠や隠し扉は無いだろうということ。俺がリーダーなのだが、スイロウの先導でドラゴンがいるであろう道を辿っていく。
竜骨刀を抜いているのに腕を見せる場面に出会わない俺。突如、ガイアルに腰のベルトを引っ張られて後ろに下がる。胃が急に押し潰されそうになるのを感じる。ガイアルに抗議しようと思った瞬間、頭上から半透明な巨大な物体がズルリッと落ちてきた。液体のようなゼリー状の生き物……スライム。
全員、大きく後ろへと下がる。
全長2mほどの巨体。後ろ向きで逃げ切れるほどスライムは遅くない。さらに物理攻撃は一切効果が無い。
スライムの一部がヌッと迫ってくる。人間のパンチよりわずかに遅いくらいのスピードで俺は思わず盾で受け止めてしまう。
「盾を切り離せ!」
スイロウの必死の叫びに、慌てて竜骨刀で手と盾を繋いでいるベルトを切り放し盾をスライムに引き渡す。ゆっくりと盾はスライムの中心へと吸い込まれていく。今渡したばかりの盾がすでに溶け始めている。盾を溶かしながらも次の体の一部が伸びてくる。それをアルビウスさんが矢で追撃する。当然、矢も吸収されるがスライムの身体はそのたびに一時停止する。エサを与えれば止まる。
「ファイレ!」
「わかってるわよ! ファイヤーボール!!」
巨大な火の球を数発撃ち込む。アルビウスさんが矢を射ち込んでいる間に呪文の詠唱が終わっていたらしい。爆破が起きたのが一瞬で何発撃ち込んだのか俺は確認できなかった。爆音と爆炎で周りを確認できない。スライムが生きているとは思えない。弱点は魔法と火……ただ、大きさがあったから必ず仕留めたとは言いきれない。
残念ながら俺には何にもできない。というか、戦士や剣士にはどうすることも出来ない。
煙の中から半透明のスライムの体の一部が俺目掛けて伸びてきた。今度は受けるのではなく地面を転がり回避をする。が、単細胞のくせして そこまで計算していたのか その先にも2撃目が来ていた。
まだ、ファイレの次の呪文は詠唱が開始されたばかりだ。
逃げ切れないとある程度スライムに消化されることを覚悟するが、そのスライムの一部をガイアルのモールが弾き飛ばす。
物理は聞かないハズだと目を丸くしていると、彼女のモールは聖なる光を放っている。付加呪文により一時的に魔法の物品としたようだ。魔法は効果ありなので吸収されることも無く弾くことができたのだろう。ガイアルもファイレと同時に呪文を唱えて控えていたということだ。
スイロウもスライムの攻撃を受けていたようだが、ドラゴンスレイヤーも魔法の剣らしい……というか魔法の剣だよな、当然。竜骨刀は魔法の剣じゃない。
2回目のファイヤーボールにてスライムは消滅。ファイレは本気でファイヤーボールを打っていない。本気でやると、狭い場所では仲間を巻き込みかねないから、小出しで打ち込むしかなくなってしまう。
俺の盾は半分以上 溶けかかっていて使い物にならない。だが、盾じゃなく手で攻撃を受けていたと思ったらゾッとする。今頃、左腕は骨になっていたかもしれない。
「いやー、危なかったね、お兄ちゃん。ガイアルがベルト引っ張らなかったらスライムに頭から丸呑みされてるところだったよ」
まったくだ。忘れていた。左手が骨だとか言っている場合じゃなかった。死んでるじゃん。ガイアルに感謝する。無表情だが笑っているようにも感じられる。いや、こちらがそう思っているだけかもしれない。
スライム戦のあと休憩にする。ウィローズに俺は酷評される。他は『まぁまぁ』とのこと。ウィローズの話を適当に聞き流しつつ、今の闘いで失ったモノなどの補充などをする。具体的にはアルビウスさんの矢の補充。一遍に矢筒に入れると引き抜きづらいのでバックパックに分けてある。水分補給なども忘れない。
休憩からしばらくして『聖なる光』が消える。先程休んだばかりなのにまた休憩をとることになる。時間がわかるモノが他にないために、確実に6時間ごとに休めるようにしないとオーバーワークになりかねないからだ。
「ちょうどいいね、お兄ちゃん。怪我はないけど精神的に疲れてきてるでしょ?」
「まったくだ」
「ガイアルが居なければ、あの世行きだっただろうからな」
「……」
「ちょっと、スイロウ。お兄ちゃんに対してそんな言い方ないんじゃない?」
「あれぐらい気づかないとドラゴン戦ではやっていけないだろ?」
「そんなことないわよ! お兄ちゃんがいるから士気が高いんだから」
「それは具体的にファイレさんだけなのでは?」
「そんなことないわよ。このパーティーの精神的支柱は間違いなくお兄ちゃんだね!」
「……」
珍しくガイアルが頷く。それを全員が意外そうに顔を見合わせる。ファイレ含めて……ファイレ、お前がいったんじゃん~、お前が驚くなよ~。
なんでガイアルが俺を"精神的支柱"と思ったかはわからないが、そんなことより休憩だと3時間ごとの仮眠をとる。半数寝て、残り半数が見張り。計六時間費やす。こんな時の砂時計。休憩中にしか役に立たないけどね。
それからも似たような行動で、似たような道を行ったり来たり。すでに俺はどの辺を歩いているかわからないが、アルビウスさん曰く『緩やかな下り坂でかなり潜ってきた』との話。気のせいか初めのころより温かい。ドラゴンに近づいているのか?
敵も強くなってきている気がするが、俺以外のみんなは苦戦しない。なんでだ!? 俺がリザードマンと互角の戦いを繰り広げている間に他は片付けられ救援が来て始末してくれる。ふー、リザードマン恐ろしい敵だった。
盾も使うし鱗も硬い。スイロウは一刀両断だった。『コツは剣先を使うことだ』と言われるが、そんなことは知っている。実戦でそんなうまく使えるかっちゅー話ですよ、旦那。
2回目の休憩があり、そこから深く潜ったところでガイアルが壁を叩く。隠し扉かと思ったけどアルビウスさんの話では石質が変わってきていることに気づいたそうだ。
それが何か? と思ったら『ドラゴンブレスの後ではないか?』と返された。言われてみれば黒い岩で溶岩っぽい。一度、溶けたのか?
「!?」
「お兄ちゃん!?」
ファイレが俺の襟首を引っ張る。『えっ!?』と思った時には遅かった。炎が目の前まで来ている。何が起きたか頭の回転が追い付かない。その光に俺の身体が飲み込まれていく。
モールは鉄パイプに剣の鍔をつけて その先に
申し訳程度にハンマーを付けたようなものだと思っていただければ正解です
この世界のスライムは物理無効です
物理だけではドラゴンでも倒せません
踏んづけても徐々に元の形に戻ります 時間かかるけど




