22話 スイロウの説明
「スイロウ様が第一王女だということはお話ししましたね」
「その事実も今さっき聞いたばかりだけどね」
「では、話は今から20年ほど前に遡ります」
「そんなに!? そんなに遡らないとスイロウの話できないの!?」
「できません」
「だってドラゴン襲来以前の話だよ? スイロウ自身が生まれてないんじゃないの?」
アルビウス副大臣……待て、俺たちの監視をするということは、もう副大臣じゃないのか? いや、副大臣の職なのか? まぁどっちでもいいが、いつまでも副大臣の役職名を付けるのも面倒なので外そう。
で、なんだっけ?
そうだ、アルビウスさんは深く頷いて、この事件はスイロウが生まれる前から起こっているというのだ。
「まだドラゴン襲来の前、北の国・エバルハーズ王国との戦争をしている時期がありました。そのとき王宮にスパイが一人紛れ込んでしまったのです。その男は死 人 使 いでした。そして、王に呪いをかけたのです」
「その呪いの影響?」
「はい、ですがスイロウ様にまだ直接 関係はありません」
よくわからない。いや、話が続くのだろうからもう少し聞かなきゃわからないのだろう。
「その言霊の呪いは王を殺すことを目的としたモノでした」
「それにしても警備手薄だよね?」
「だいぶ端折っていますから。戦闘結果の報告書だけ見ても当時の凄まじさを伺えます。王宮内での死者が100人を超しますから」
「大惨事だな。相手も多かったのか? ネクロマンサーが手引きしていた?」
「いいえ、相手は一人だけ。初めに一人暗殺されたのが被害を拡大する原因となりました。死体が増えるごとに手に負えなくなっていったそうです」
「アルビウスさんはその現場にいなかったの?」
「私を何歳だと思っているんですか?」
「えーっと、すみません」
何歳だか気になったが、20年前だとまだ子供だったのだろう。さすがに生まれてないということはないだろう。ないのか? まさか20に満たない? いやいや、顔の傷だけで行ったら歴戦の勇者だよ?
「話を続けます。
本来ならネクロマンサーは直接 王を抹殺しようとしたのですが、結局のところ失敗に終わり自分の命と引き換えに呪いをかけたのです。その呪いは永遠の睡眠。死ぬことはありませんが起きることも無い呪い。これをビギヌス司祭をはじめとする神官団が解除にこぎつけたのです」
「"しかし"ってことね? その呪いがスイロウにかかった? あれ? スイロウは寝ていないわよね? うん? 繋がらない?」
「……。いいえ、ファイレさん、アナタの言う通りです。ただし、薄らいだ呪いの効果はそれから10年以上先、つまり現在、効果を取り戻したわけです。『寝ていない』とおっしゃいましたが、それは間違いです。今も王宮で休眠状態となっておいでです」
「ちょっと待て。俺たちは……」
「そう、あなた方は起きているスイロウ様とお会いになっている。それが重要なのです。それはおそらくスイロウ様の檻となる呪いの結晶だと思われます」
「それは、どういうことだ?」
「推測となりますが、王のときに呪いを解かれたのでそれに対抗するために進化した呪いになったと思われます。逃げ回る呪いということです。呪い自身に回避能力は無いのでスイロウ様の魂を使い呪いを解かれないようにしているのだと思われます」
「じゃぁ私たちが会っていた人物はスイロウじゃなくて『スイロウの呪い』ってこと!?」
「おそらくは……」
「国はその状態を放置しているのか!?」
「スイロウ様が休眠なされてから一年弱です。それにハッキリと呪いだと決まったわけでもありませんし、呪いの解除法もわかりません。それに彼女は国の者が追うと逃げます」
「そりゃそうか。呪いなら逃げるわな。そう設定されているんだろうから」
「正直、対処に困っています。一度、完全に捕縛し教会に連れて行ったのですが呪いの解除は出来ませんでした。そのまま監禁していたのですが、逃走されています。あまり遠くに行くことは出来ないのか、この国には留まっているようですので、監禁していない状態にあります」
「神官じゃぁ呪いが解けないの?」
「これも推測なのですが彼女を消滅させないとスイロウ様の呪いが解けないのではないか? と神官たちの意見です。呪い自体が呪いにかかっているわけではないので神聖魔法では解けない可能性があると……」
「ヤバい。話がややこしくなってきた」
「落ち着いて、お兄ちゃん。簡単に説明するわ。本物のスイロウ様は王宮でお寝んね。偽物を抹殺しないと救出できない。そういうことよ」
「かなりザックリとした話ですがそういうことです。ただし、本当にそれが効果があるかわからないことが我々の一番の問題点です。過激派はすでに動き出しているようです」
「過激派? たしかに獣人たちが動いていたな」
「眠る前はスイロウ様は獣人たちの地位向上に努めていました……」
少し間がある。ここに来て言い淀むことがあるのだろうか。ファイレはすぐに思い当たることがあったようだ。
「スイロウは獣人とのハーフなのね」
「!? くっ……少し油断しましたね、私としたことが。そうです。スイロウ様をあまり表だって出さない理由はそこにあります。貴族の一部しか知らない事実です。しかし、これは呪いとは関係ありません」
「呪いとは関係ないけど、スイロウを祀り上げる獣人たちには重要なわけか」
「逆に獣人を排除したい人間たちには邪魔な存在ってわけね。その立場から偽スイロウに下手に手出しができなくなっているわけかぁ」
「監視の有無も上層部ではかなり言い争いになっていますからね。獣人排除派はこのまま放置でもいいんじゃないかと仄めかしている輩もいるくらいです」
「それが死んだことにした理由か?」
「もう少し込み入った事情もありますが大まかに言えば……。ただし、死んだという噂を流した程度、公表はされていません。いろいろと有耶無耶にしています。このままでも国政的には問題はありません」
「上手く丸め込んだわけね」
「だが、スイロウを助けたい」
「それは私もです。それをすることで一波乱……ではすまないことになるでしょうが……。ただ、先ほども言いましたように確定事項がほとんどない状況。偽スイロウを倒したところで本当に本物のスイロウ様の呪いが解けるか怪しいのです」
「ねぇ、アルビウス。その本物のスイロウってーのに会うことは出来ないかなぁ?」
「できませんし、私が許可しません。あなた方もそうだと思いますが、私はあなた方を完全には信用していません」
「いや、俺はアルビウスさんを信用してるけど」
その言葉に目を丸くするアルビウスさん。だんだん顔が赤くなっていく。
「な、何を言っているんですか!」
「まったくだよ、お兄ちゃん! 信用に値するような人じゃないよ!」
「ファイレ、落ち着け。俺がアルビウスさんを信用していても、アルビウスさんが信用していなければ本物のスイロウには近づけない。なら……」
「アルビウスの信頼を勝ち取る? スイロウの事件を解決するなら本末転倒だよ?」
「いやいや、もっと順当にリュガンで第一区画に行けるようになればいいんじゃないか?」
「それって時間がかかり過ぎるんじゃない? それに第一区画に行けたからってスイロウに会えるわけじゃないんじゃないかなぁ?」
いいアイディアだと思ったが、ファイレに言わせれば いくつか問題がある上に確実性もないのか。もっとも俺たちが会ったところで何かできるかというと何もできない。ただ、現状を確認するだけだ。
それにしても、獣人たちが襲っていた原因がこんなところにあるとはなぁ。スイロウを助けるためにスイロウを襲っているのか……うん? おかしいぞ。
「アルビウスさん、スイロウ姫を助けるにはスイロウ剣士を倒さなきゃならないわけだよな?」
「確定ではありませんが……」
「もし確定していたらスイロウ剣士は理不尽に倒されるのか?」
「呪いですから……」
「そんなのは納得がいかない。俺たちが助けたいのはスイロウ姫じゃなく、スイロウ剣士だ」
「……うん。たしかにお兄ちゃんの言う通りだ」
「いえ、ですから、倒すことにより両方とも元に戻れるわけです。あくまでも予想になりますが、スイロウ剣士の記憶はスイロウ姫の記憶と統合されるはずです」
「そういうことを言っているんじゃない。呪いか何だか知らないけど彼女は彼女だ。彼女を倒すことは許さない!」
「では、スイロウ姫を放っておけと仰るのですか! 他の大臣や将軍と同じく臭いモノには蓋をしろと!」
「はいはい、どぅどぅ。二人とも落ち着いて」
「アルビウスさん、申し訳なかった。少しヒートアップしてしまった。アナタはこの国の為に、スイロウ様の為に最善の方法を考えているというのに、俺が考え無しに言葉を吐いてしまった」
アルビウスさんも『ふぅ』と軽く息を吐き出し頭を振った。『自分も熱くなっていた』と。
「冷静さを保つのが情報機関でのし上がる秘訣……なんですけどね。ラーズさんの物言いに釣られてしまいました。どうやら、私たちの目的は少し違うようですね」
「剣士スイロウを助けるか、姫スイロウを助けるか……一見違うように見えるな」
「確実に違うでしょう」
「いいや、同じだ。ひょっとしたら、両方助けられる方法があるかもしれない」
「そんな方法ないよ、お兄ちゃん。嫌な選択を先延ばしにしているだけだよ」
「でも、やるべきことをやってからなら問題ないだろ?」
「なにか、打開策があるということですか?」
「可能性的には……」
「師匠のこと?」
「その知り合い」
「知り合い? …… ……。まさかウィローズ!? いや、でも知らないでしょ!?」
誰の事かわからないアルビウスさんを置いてきぼりにして話を進めていく。
ウィローズの口調は師匠に似ていて、年齢がかなり上の可能性が高い。若さの秘密……何かしらの秘術・能力・禁呪を使っているとするなら今回の件も解決の糸口を持っているかもしれないと考えた。直接 情報を持っていなくてもいい。知り合いなり関連書籍なりがあれば何とかなるのではないだろうか?
そのことを、二人に話してみる。が、二人ともあまりいい反応を示さない。
「そもそも、国が総出で調べてわからないことなのに? 禁呪まで調べています」
「ウィローズちゃんはいい加減だから、知ってたとしても覚えてないと思うよ」
『でも、聞くだけ聞いてみよう』という話にまとまる。
「そう……どちらにしろ、急いで解決できることじゃないですから……」
何とかしようとして一年が過ぎているのだ。今さらすぐに解決しようという気はないらしい。というか、出来ないと思っている。仮にもアルビウスさんは情報局を束ねていた副大臣だった。それがこれだけ長いこと糸口すら見つからなければドッシリと構えるようになるのだろう。
急にアルビウスさんは俺とファイレに丸い球を渡す。ファイレはパシッと受け止めたが、俺は取り零す。投げるなら投げると前持っていってほしい。
転がる球を追いかける。これは竜の眼球・リュガン?
「アナタたちの身分証明書です。第一区画にはまだ入れないけど第二区画までは行けます。保証人は私とアルーノ伯爵になっています」
「へー」
「『へー』じゃないよ、お兄ちゃん。アルーノ伯爵!」
「アルーゾだろ? ……? いや、アルーノ伯爵? えっ? アルーゾの父親ってこと? なんで! 会ったことも無いのに。アルーゾが話してくれたってことか?」
自分なりの答えを出したところで『違います』と否定される。
「今日の会議で議長に近い席のカイゼル髭の男性がアルーノ伯爵です。彼があなた方を気にいったようなので保証人になってくれたようですよ」
「……おにいちゃん、私の記憶が正しければあの人終始怒っていたと思うんだけど?」
「奇遇だな。俺の記憶にもそう残っている」
第二区画に行けるようにはなったが、目的は第三区画のウィローズである。目的と手段が噛み合わないが、手段は持っているに越したことはないとアルビウスさんに諭される。さらに、第二区画で名を馳せれば第一区画にも行ける可能性も出てくるらしい。あれ、その話アルーゾに聞いたことがあるような気がするぞ? まぁいいや。そうなれば王宮まであと一歩、本物のスイロウに会うことができる。問題は偽物のスイロウも助けたい。
ウィローズが何か知っていることを願うしかない。
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第三区画の高級酒場。
ここは第二区画の人間が来た場合に使用するために作られている。だからといって、第三区画の人間が使用できないわけではない……ただし、第三区画の人間には少々お高い……。
そこのテーブル席にウィローズは座っている。
足は下まで届かずブラブラさせている。
一人ではない。正面にもう一人いる。
「それにしても、おぬしらの弟子は話にならんな」
「俺の弟子だが、俺のように立ち回れるわけじゃないからな」
「だったら、身の丈に合った戦い方を教えてやったらどうじゃ?」
「逃げ回れるくらいにはしてやったさ」
ふむ、と唸り声を上げるウィローズ。男の言葉が気に喰わない。
「儂は約束は果たした。これ以上あやつらと関わるつもりはないぞ」
だが、男はその言葉を聞いていないのか、コップに注がれた毒々しい黒い液体を煽るように飲み返事をしない。睨むだけで答えを待たずウィローズも生ハムを手掴みで口に運ぶ。
しばらく、互いに黙々と食事を続ける。優雅さには欠け、殺気だっている。普通の冒険者でも、子供のような容姿をしていてるのに、背筋が凍るような恐怖を感じる席になっている。
男の方がナプキンで口を拭くと席を立つ。
「好きにすればいい。俺もお前をどうこうしようという気はない」
その言葉にイラッとしたのかウィローズが椅子の上に立ち上がり、男ににらみを利かせる。
酒場の客にどよめきが起きる。爆音とともに男の姿が炎に包まれたのだ。
が……男が手を軽く振ってその炎を全てかき消す。
互いに、無詠唱の呪文だと思われた。しかし、この世界に無詠唱呪文は存在していないとされている。ざわめき立つ店内。
男は机に料理の代金より多めの金額を置いてその店を出ていく……ウィローズは憎々しげにその後ろ姿を見送っていた。
この世界では無詠唱呪文は神様だけが使えると言い伝えられています
言い伝えなので使える人もいるかもしれません
勇者とか魔王クラスならあるいは使えるかも




