20話 査問
リュガンという身分証明書を造りに来たはずなのに丸一日軟禁状態。どうやらファイレも捕まったらしい。捕まるというか、拘束というか。部屋自体は素晴らしい部屋だった。『もうここから出なくてもいいかな~』と思えるくらいに。待遇はいいのだろうけども、この後 査問される。
よくわからないが、軍のお偉いさんとか大臣とかが第二区画の査問会議所に集まるらしい。そこに出席しろと……。そういえば、師匠も言っていたなぁ『偉い人と会うと胃が痛くなる』って。まさにそんな感じだよ。何か武勲を上げたのなら嬉しいけど、ただ『グリンウィンドの村から来ました』ってだけでこんなことになるなんて……。ちなみにウィローズは関係ないので家に帰ったらしい。アルーゾは会議中だとか……父親も呼び出しを食らっている。
第三区画で国家的問題が起きた場合は、第二区画で処理することになっているという話だ。第三区画の一般的事件は第三区画で偉い人は出てこない。そのため第三区画でそのまま裁判なりなんなりが行われるらしい。偉い人は第三区画まで降りてくることはない……ということだ。治安そんなに悪くないんだけどなぁ。
査問会が開かれるまでは、ファイレにもアルーゾにも会うことができなかった。身分証を造りに来て、次の日の昼過ぎに呼び出しがかかる。それまでに特に変わった出来事は無い。しいていえば、朝食が豪華だったくらいだが、あまり食欲は湧かなかった。これからどーなるかもわからなければ食欲も湧くわけもない。
第二区画に来る間、箱馬車の中で周りは見えないようにされていたので、現在地がどの辺かもわからない。
査問会を開くことになって、ようやくファイレに会えた。
「お兄ちゃん!」
別段、いつも通りのファイレだった。抱きついてきて離れない。職員が二人いる。頭を撫でながら会議場まで職員の後を付いていく。周りは木の壁で彫刻がすごい。どこまでも続く赤い絨毯。一つの大きな扉の前まで来ると、警備兵が一人立っていて、扉を開く。
大きい会議室というイメージ。丸く囲むように20人くらいの髭のおっさんたちがいる。中には女の人もいるな。中央には何にもない。全員の視線がこちらに突き刺さる。とりあえずファイレを引きはがした方がよさそうだ。
扉より一番遠い上座に座っている50歳くらいのおっさんが木槌を鳴らす。元から静かなのでやたらと響き渡る音。裁判にでもかけられているような気分だ。
「これより査問会を開催する」
拍手も掛け声もない。しーんとしている。本当に胃が痛くなってくるが、ファイレの手前 我慢する。
席に着くように促される。一番の下座……出入口の正面。上座との距離は10mくらいありそうだ。そのわりに声がよく届く。なんかの魔法か? それにしてもアルーゾがいないのが気になる。アイツ呼ばれないの? 不公平じゃね?
「二人とも席に着きなさい」
ファイレはムスッとして席に座る。俺はその後に続く。これって座る順番とか無いのだろうか?着席したことで少しヒソヒソ声で話し合っている。
「では、二人とも名前を名乗りなさい」
「はい、俺は……私はラーズ・サトクリフです」
「ファイレ・サトクリフ」
何が気に喰わないのかファイレはブスッとしている。周りのお偉いさんは、苦笑する者や、睨みを利かせる者などあまりいい反応を示さない。
「では、質問します」
「ちょっと待った!」
ファイレがいきなり質問前に遮った。
えぇー! 大丈夫なの! なんかめっちゃ睨まれてますよ、ファイレさん。
だが、何か仕掛けてくるようなことはないようだ。でも、睨まれていいことなんてないので、ファイレの横腹を小突く。が、払われてしまった。目が真剣だ。変なスイッチが入ってる。
「なんですか、ファイレ君」
面倒臭そうに議員長がファイレに尋ねる。早く会議を進めたいらしい。
「この質問に答えることの私たちのメリットは何?」
「……。喋り方がなっていませんね。まぁ、そのことはいいでしょう。"メリット"と言いましたが、そんなモノはありません。義務です」
「義務? 私たちはこの国の人間じゃないから、そんな義務を負う必要はないハズじゃない?」
「……。ふむ、そうお思いですか? しかし、この国にいる以上ルールには従ってもらう、当たり前のことではありませんか?」
「では、この国は何の犯罪も起こしていない人間を捕まえて尋問することが罷り通る国だと?」
さすがに、カチンときたのか下座近くの席の男が立ち上がり、ファイレを指さし怒鳴る。
「貴様! 言葉に気をつけろ! 場合によっては不敬罪でぶち込んでやってもいいんだぞ!」
「それはこっちの台詞だ」
俺が座ったまま静かに睨みを利かせる。『ぐっ』と言葉を詰まらせてスゴスゴと席に着く。ただ単に怖かったので、立ち上がったり怒鳴らなかったのだが、なんか風格が出たみたいだ、困ったことに。ファイレに至ってはキラキラした目でこっちを見ている。やめて、ビビッて他に台詞が出てこなかっただけだから。
そうしている間にも、まわりでヒソヒソと話し合っている。何かしらの妥協点を探っているのかもしれない。プライドを守りつつ、情報を聞き上位に立つ方法を……。
「たしかに、アナタたちは犯罪者ではない。そして監禁については不幸な行き違いがあったようです。我々はただ"来て頂いただけ"です。そして、この査問会はアナタたちが我が国の脅威になりかねないための処置です。問題なければすぐにでも解放いたします。ですが、グリンウィンドという村が何かしらの脅威になる場合は我々も対処しなければならないのです。そのためあなた方には質問に答えねばならぬ義務があるのです」
「なるほど、ずいぶん屁理屈を並べるのね。ただ単にグリンウィンドをの情報を引き出したいだけでしょ?」
その言葉に低い声で笑う男が……男? あれ、魔物じゃね? 具体的にはオーク。 オークが神官着を着てるぞ? デップリとした魔物が座っている。
「屁理屈でもいいんですよ、お嬢さん。こちらは手段を選ばず情報を引き出させてもらう」
「ビギヌス様!」
「体面は後で取り繕えばよろしい。今は情報を引き出すことが重要。『メリット』といったわけだ。ようするにメリットがあればグリンウィンドの情報を出すと言っているわけですよ。取引すればいい」
意外と狸だ……豚だが狸だ。下手したら生きて帰れる気がしない。ファイレの横顔を見ると額から汗が流れている。豚の名前はビギヌス……たぶん、人間なのだろう。
少し会議委員たちは相談をし、結論がすぐに出る。
「特例です。この会議場における全ての言葉は他言しないように。そして、アナタたちの望みを叶えましょう」
「その前に、約束して頂きたい。生きて帰すと」
「もちろんです。我が大地神ガナスの名において!」
片手をあげ、もう片手を胸にやりながらビギヌスが宣言する。
嘘臭ぇー。大丈夫か信じて……。
「公平な取引になるようにしてもらいたいわ」
「ですから、あなた方の望みを……」
「真実かどうかわかるようにしろ! って言っているのよ」
「『虚偽判別魔法を全員に使用しろ』ということですか」
眼鏡の女性が意味ありげに笑う。それとは対照的にビギヌスが苦い顔をしながら拳を握りしめている。仲が悪いのだろうか? それはこちらとしてはありがたいのだが……。
「全員に……だと。正気か!? 時間もさることながら、一人で全員に唱えることなどできん。時間も経費もどれだけかかると思ってるんだ」
「およそ30分もあればできるでしょう。ビギヌス第一位司祭様。経費はそちら持ちでお願いしますよ。それじゃなくても教会には優遇措置を取らせていただいているんですから」
「アルビウス副大臣、冗談がきついですぞ」
言い争いをはじめる。いいぞ、もっとやれ、俺たちの関係ないところで!。
「ところでファイレ。虚偽判別魔法ってなんだ?」
「文字通り虚偽を判別する魔法。真実を語っている時は青白く、嘘を吐くと赤く発光する魔法。ただしこの魔法は拒否するとかけることができないの。神聖魔法の上位で大変らしいの。だから、国としてはお抱えの教会があるわ。ただし、外交には使い勝手が悪い。この魔法を使うと相手を"疑っています"と言っているようなものだからね」
「面子の問題で使えないのか。俺たちは断った方がいいのか?」
「駄目でしょうね。私たちも相手を疑ってるのにこちらだけ断るわけにはいかないでしょ」
「じゃぁ、全部ベラベラ喋るしかないのか?」
「"答えない"という選択ができるわ。答えたくない、教えたくない場合はね。多用すると信用がなくなるけどね」
「むずかしそうだな」
「そーでもないわよ」
こちらが虚偽判別魔法を確認していると、相手も結論が出たらしい。もとより教会側の人間はビギヌス司祭……本当にあれが第一位司祭なのか……と、もう一人しかいないため言いくるめられる形になったっぽい。
ビギヌスは教会から上位神官を数名 呼びつけ、関係者全員に魔法をかけるように命令する。ビギヌス自身がかけるわけではないようだ。おかげで、会議は一時中断する。このあとも、関係者の出入りがあるかもしれないため会議室の外に待機させる。
「これでよかろう」
どっかりと椅子に座りこむビギヌス司祭。不満が顔に表れている。眼鏡のアルビウス副大臣はにんまりと笑っている。
「では、改めて交渉といきましょう」
議長の言葉である。
「私達は生きて帰れるわよね」
「もちろん」
青白く光っている。なるほどこうなるのか。納得納得。
「我らが求めるのはグリンウィンドの情報。そちらが求めるモノは?」
ファイレが俺の顔をのぞき見る。俺が決めていいらしい。もとより欲しいモノは決まっている。
「こちらが欲しいのはスイロウ様の情報です」
「!?」
ざわざわと会場が微震する。なぜそれを求めているか。どこまで知っているのか。憶測が飛び交っているようだ。どうやらちょっとした地雷だったらしい。でも、身分証もスイロウのことを調べるために欲しかったのだ。直接、お偉いさんから情報を貰えるなら、それに越したことはない。
相談の結果が出たらしい。
「わかりました、よろしいでしょう」
「ダウト!!」
ファイレが叫ぶ。わかりやすい。濃い赤ではないが若干、赤みがかっている光を発している。こうなるのか、注意しよう。
「ふぅー。言葉が足りませんでした。全てではありませんが一部情報を公開しましょう」
それでようやく青白い光を取り戻す。判定が厳しいな。嘘っぽいのもダメなのか。たぶん初めから一部公開だっただろうに……。騙す意思があったってことかもしれない。
「それでいいわよ。どちらにしろ、こっちも全部 話すわけにはいかないんだから」
「重要なことはダンマリってわけですか?」
「そっちもそうでしょ?」
「……」
否定も肯定もしない。光は青白さを保っている。答えないと判別されないっというわけか。
「では、ようやくスタートラインに立ちました。質問いたします」
「あいかわらず、上から目線ね。いいわ、聞きたいことを聞いてちょうだい」
「まずは、本当にグリンウィンド出身ですか?」
「そうよ」
青い、青く輝いている。これって虚偽判別魔法を誤魔化す呪文とかあるのだろうか? いや、別に誤魔化してないけど、あったらどうなるんだろう。……虚偽判別魔法自体の存在意義がなくなるか。じゃぁ誤魔化すことは出来なそうだな……そうすると凄い魔法じゃないか! あぁ、だから上位魔法なのか。
それにしてもグリンウィンド出身てだけで、会場の雰囲気が一変した。なんか軍人ぽいカイゼル髭のおっさんとか目つきが怖い。親の仇でも見るようだ。あー、そいえば中隊潰しちゃったんだっけ……。
「では、どうやってこの国に入ってきたのですか? フォーボ山脈・通称ドラゴン山脈やフェルト森林・通称竜の寝床など竜が住む地域が多い。とてもじゃないがただの冒険者が越えられるモノではない」
「師匠に連れてきて貰った。ドラゴンを蹴散らしてね。私たちはほとんど何もしていないわ。聞かれる前に言っておくけど師匠については答えられない」
「むっ……そこが最重要なところです。それだけの人間が山脈や森林のドラゴンを放っておいているのですか?」
「グリンウィンドに近づかなければね。邪魔じゃなきゃそのままにしてるみたいよ。もっともドラゴン狩りは続けているみたいだけど」
「ドラゴン狩り……いままで何体のドラゴンを」「1000体以上」
ざわっ!!
感嘆と悲鳴と非難の声色が立つ。俺たちが成したことじゃないけど、ちょっと誇らしい。でも、師匠って一人じゃないんだよね~。今の話だと一人でやってるみたいだけど。聞かれてないから答えないわけだが……。そのうち、俺たち自身が『1000体以上』とか言ってみたい。というか言ってやるぜ! その前にスイロウの件を片付けないと。
『信じられん』とか『嘘だ』とか騒いでいる連中をみるが虚偽判別魔法を忘れているんだろうか? 正確には何体だかわからないんだよね。一日に10体とか狩るときもあるし……化け物だよなぁ。だって中隊が勝てないのをそんな簡単に片づけるなんて……。
「ほかは?」
「信じられませんが……質問を続けましょう。この武器、竜骨刀はその師匠の武器ですか」
あぁ、俺の武器が取り上げられている~。返してもらえなかった。40分で返してくれるって言ってたのにぃ。お姉さんの嘘吐き。次あった時はおばさんに改名してやろうか。
「師匠の武器ではなく、義兄に餞別として渡されたものです。ちなみに、村では一般的に売られています。材料はご想像の通り、ドラゴン。もちろん1000体も狩れば村ではドラゴンの材質は困ることはありませんから。ただし、あまり腕のいい鍛冶屋はいないようでした。この辺も聞きたかったわけですよね」
「その通りです。理解力が早くて助かります。その理解力で我々が最も知りたいと思っていることも答えていただけますか?」
真剣な眼差しだ。全員が息を飲む音が聞こえてきそうだ。何を知りたいんだろう。簡単に行き来できる道とか……か? いや、師匠の同伴だと言ってある。師匠について……はすでに答えられないと言ってある。
「ドラゴンの素材の輸入が可能か……ですね。残念ながら師匠以外は村の外には出れません。村人がドラゴン装備をしても、村は守れてもここまではこれないでしょう。師匠に頼む手はありますが、おそらく断るでしょう。理由はこの国に望むモノは無いからです」
「なら、次の質問はお分かりですね」
「師匠の望むモノを知りたい……残念ですが、師匠は欲しいモノは自分で手に入れられるんですよ。だってそれだけの力があるんですよ? お金も地位も名誉も……思うが儘」
「なら、なぜそんな村に執着を? 大きな国に仕えて人々の為に……」
「村に執着しているわけではないと思います。あくまでも私の見立てとなりますが、ドラゴンを倒すのも村に住みついているのもちょっとした道楽。私たちを弟子にしたのも……」
そこに思い切り机をたたくカイゼル髭のおっさんが叫ぶ。『人間とドラゴンが存亡をかけ闘いをしているのに道楽だと!』と……まさにその通りであるのだが、俺たちには響かない……師匠を知っているから。人間なら確かにドラゴン殲滅に動くべきだろう。俺もそうだし……ただ、師匠達は違う。ドラゴンが生き残ろうが人間が生き残ろうが、気にしないのだろう。しいて言うなら恩を仇で返さなだけだ。人間の住処で住んでいるからドラゴンを狩っているだけのこと。師匠と対峙するとその人間味の無さに背筋を凍らせたことがしばしばあったのを思い出す。
そのあとも『その師匠をどうにかする』とか『グリンウィンド品の輸入』などの押し問答があるが結局どうすることも出来ないとわかり一時的に保留という判断になった。もちろん諦めていないだろうけど、改めて作戦を練ってからということになるのだろう。
簡単に省略したが、この問答の長いこと長いこと、ファイレがいなかったらどうなっていたかわからない。ファイレも『お兄ちゃんがいて良かった』と言っていたが社交辞令だろう。
「では、以上で解散とする」
「ちょっと! スイロウの……っとスイロウ様の件は!?」
呼び捨てにしたら全員に睨みつけられた。でも、聞いておかないとまずいだろう。ファイレはヤレヤレという顔で俺を見る。なにか失敗したか?
「スイロウ様の件は後程、アルビウス副大臣から説明させてもらう。当然だが私たちも暇ではない。全員がそなたたちの質問を聞いてはいられないのだよ」
たしかに、全部の情報を持っている一人と対話した方が効率がいいか。でも眼鏡副大臣が全部の情報を持っているとは限らないと思うんだが……。しかし、俺たちの事情より優先すべき案件を抱えているのは確かか。ファイレは初めからそう思っていたわけね。
俺たちが真っ先に衛兵に連れ出される。ちょっと犯罪者っぽいが偉い人がいっぱいいるからだろう。そのまま、新しい部屋に通される。今度はファイレと一緒の部屋。
『しばらくお待ちください』といって衛兵は部屋を出ていく。見張りはいない。この部屋から出てもいいのだろう、スイロウの情報を聞かないなら。食事も運ばれてくる。かなり時間がかかりそうだ。窓も時計もないので時間がわからない。かなり時間がたったと思うのだが……。
食事も終わったころようやくメガネ副大臣ことアルビウス副大臣がやってきた。
少しスイロウの核心に近づければいいのだが……。
なんか 長くなってしまいました
本当はもっと問答が続きそうだったのですが
途中でラーズが居眠りをしていたのだと思います
それで 色々聞き逃したのでしょう




