18話 身分証明書発行
「これはなんだ?」
「なんか魔法の水晶じゃろ?」
「なんか……って適当だな」
酒場に来ていた。朝っぱらからアルーゾが食卓を占領していたので。いや、もう昼だったか……。まぁ気にすることも無いだろう。で、円卓を囲んでいると、アルーゾの所の執事だったと思われる人に話しかけられた。立たせておくのも何なので、同席してもらっている。ようすに、現在、三人で円卓を囲み昼食中ということになる。
寝起きで肉を食うウィローズは強者だと思う。俺はパンと目玉焼きとウインナー、それにスープを付ける。執事のおじさんは紅茶とパン……昼食はすでに済ませているとか言っていた。
で、だ。
執事のおじさんが俺たちの前に出したのが小箱。なかに丸い手の平に納まるくらいの玉。適当にウィローズと奪い合ってキラキラを光にかざして見たりしている。
「これが、何?」
「さて、どこから話したモノでしょう。私が何故ここに居るのかとかは……」
「いや、なんとなく察しはつくからいいや。この水晶っぽい奴をどうしたいかだけで……」
「左様でございますか」
幾分か寂しそうな顔をする執事。全部聞いた方がよかっただろうか? でも、老人の話は長いと相場が決まっている。要点だけでいいだろう。
「簡単に申し上げますと、身分証明書のようなものです。これを見せればある程度の施設を使用可能になります。ようするに伯爵家の客人にのみお渡ししているモノになります」
厄介ごとだった。
スイロウが厄介ごとだと言っていたが、まんまの男と解釈せざるを得ない。
「それで、何をさせる気だ……というか、受け取らないぞ!」
「いや、受け取った方が便利ではあるぞ。城に近い高級店舗は身分証明が必要なところが多いと聞く。それがあれば上質なな武器・防具が購入しやすくなるし、上位の神聖魔法を使う教会にも行ける」
高級街……よく言えば身分のしっかりしている者しか入れない防犯が行き届いた区画。悪くいえば金が全ての地域。この地域の教会に行ければ大抵の傷は治るらしい。その分金もバカ高い。貧乏人が死んでも金持ちが生き残るシステムだ。
「という台詞を吐くと、この地域が悪いように聞こえるな」
「そう解釈する説明だからな」
「安全第一なので仕方ないのですよ。残念ですが治安の悪いところでは身分がわからない者が多い。そんなところで上位の神官や司祭様が死なれたら大変な損害……言うまでもなく傷を癒せる人間がいなくなってしまいます。敵国の人間が混じっているかもしれませんし『金持ちだけ優遇するな』という輩も出てくるとも限らないのでこのような処置をとっているわけです」
俺にとっては『それより困っている人を……』と思わなくもないが、国を動かす側の人間からすれば長い目で見なければならないため、当然と言えば当然か……。それは兎も角、身分証をくれるという流れなのだが、どういうつもりか? 碌な考えが無いに違いない。なにせアルーゾだ。
「"碌な考えが無いに違いない。なにせアルーゾ様だ"とかお考えになっておられるのではありませんか?」
「俺の心を読むなよ。どんな魔法使いだ」
「まぁ、あまり後先考えずに行動と言動がみられますから、みなさん考えることは一緒のようで……」
「信頼の無い主じゃのぉ……」
「いえ、私の主は旦那様であってアルーゾ様ではございませんので、何を言っても問題ありません」
「いや、めっちゃあるだろ、おっさん! どんだけ破天荒なんだよ!」
「執事の破天荒さはこの際おいておけ。それより、この球体をどうするかじゃ」
「これにはちゃんと名前があります。"竜の眼球"、通称"リュガン"です。なんでも略称を作る最近の若者の悪い癖ですね。だいたい竜の眼球というだけでも、さして長い名前で」「貰う分にはいいんだが……」
「たしかに、何をさせられるかわかったもんじゃないのぉ」
結局はアルーゾの考えがわからないのと、ファイレ達と相談できないのとで受け取ることを拒否する。
「ごもっともですね。お嬢さん方と相談は必要でしょう。アルーゾ様の考えも聞いておきたいならお話ししますが?」
「知っておるのか? なら先に話せばよかろう」
「ですが、トントン拍子にお断りになられましたので……」
「たしかに! ちょっと警戒しすぎた。内容だけでも聞いておこう……待て、ウィローズ、お前がリュガンを持っていないのか?」
「持っとらんよ」
「領主とかいうのが怪しくなってくると思うんだが?」
「別にお前に信用されようとも思わんのだがな。そもそも儂がこの国の貴族や領主だと言った覚えもない」
「俺も言われた覚えがない……じゃぁ、しょうがない」
「えぇ!? それでいいんですか!?」
執事が驚いている。たしかに言われてみればウィローズが誰だか言及したことが無い。師匠の知り合いだというだけだ。しかもファイレからの又聞き。もっとも師匠自体が何だかわからないから問題ない気がしている。そもそも、何者であったとしても俺やファイレを狙う奴が思い当たらない。金もなければ権力もない。しいていうなら魔物かドラゴンくらいだろう、恨まれているのは。ドラゴンは師匠についていったからなぁー。役には立ってなかったけど……すみません、本当は足引っ張ってました。
「そんなわけで、ウィローズはどうでもいい」
「儂はどうでもいいのか……それはそれで複雑な気持ちじゃのぉ。それに今はアルーゾがリュガンをよこしたわけを知りたいし仕方あるまい」
「なにか腑に落ちませんが、説明いたします。えーっと、念のため言っておきますが私の考えではありません。"アルーゾ様が勝手に考えている"と前置きさせていただきます。
宮廷魔術師のように宮廷マッ サージ師 を制定しようとお考えのようです」
「それはあれか……バカなのか?」
「その辺のご判断は各自にお任せいたします。その宮廷マッサージ師の地位を宮廷魔術師、あるいは各大臣クラスまで高めたいとお考えのようで、まずは手始めに第二区画である豪商や二級貴族の地域に浸透させようとラーズ様にこのリュガンを託そうというのが事の顛末でございます」
「……いや、マッサージ師って職業ないし、俺はドラゴン退治の冒険者を目指しているわけだ」
「ラーズ、考え方を変えたらどうじゃ?」
「受け取る方向性……ってことだな。どういう風に考える?」
「スポンサーになってもらう。普段は冒険者として活躍し……活躍できるのかおぬし? 剣の腕もイマイチだし、魔法も使えないし……」
「は・な・しを進めろ!」
「そうじゃな、活躍し、必要とあらばマッサージ師としてアルーゾを手伝ってやればいいじゃろ。見返りとして金品、装備を要求すればよい」
「冒険者だけでいいんだけどなぁー」
リュガンを取って弄りまわす。
「それにさ、ウィローズ。スイロウ達がお金は持ってそうだろ?」
「女に集るな」
「男に集っても一緒だけどな」
「ラーズ様の金銭的援助はもちろんですが、政治的つながりも出来ると思います。とくに宮廷マッサージ師制度などできるとなると、それは大変なことになると思います」
「俺もそう思う……政治的なつながり無いだろ、むしろ」
考えるまでもない。マッサージに政治的権限はないだろう。が、国のお偉いさんと仲良くなればドラゴン討伐の軍事行動に参加させてもらえるかもしれない。ちょっといい……実力じゃないのが寂しいが……。
「よし、世話になろう! 普段は冒険者をしていても問題ないんだろ?」
「アルーゾ様がお呼びたてしていなければ、ですが」
「頻繁に呼び出される?」
「頻度は多くないと思いますが、一度呼び出されると長いかと思います。宮廷内にしばらくとどまることになるかと」
「多少は融通を利かすか」
「では、さっそくアルーゾ様のお話をお聞きいただかなくてはなりません」
「……そりゃそうか」
ウィローズと顔を合わせる。何のために酒場に逃げてきたのか……。たぶんガイアルの居間で熱弁を振るっていたのはこのことだろう。だったら普通に聞いても良かった気がする。
執事さんがガイアルの鍛冶屋に呼びに行ってくれることになった。その間に食事は終わってしまう。
「逃げ出したのがバレるな」
「仕方あるまい。あんな奇異な状況じゃぁ」
「酒場の依頼を確認してくる。たしか、ドラゴンの模擬戦をする予定だったんだ」
「それは楽しそうじゃの。どれ、儂も選んでやろうじゃないか」
「いや、そういうのはいい」
「なんじゃ、遠慮するな」
俺の嫌そうな顔をどう見たのか知らないが、ウィローズも嫌な顔で返す。邪魔する気満々だろ。適当に指さしている。
「これなんてどうじゃ? 邪竜バファリーガ? ブラックドラゴンらしいぞ? ランクBまでの冒険者なら受けられるらしい」
「人の話聞いているか? 模・擬・戦!」
「いいじゃろ、いずれ本物と戦うことになるんじゃから、少し早いと思えば……」
「スイロウ達と一緒に冒険もしたことないのに、いきなりぶっつけ本番とかないから!」
「なんじゃ、まだ冒険に出ておらんのか? なんか10年来の友人なのかと思ったわい」
まだ一緒に町の外にも出てないのにねー。そんな感じだ。彼女たちにはかなり世話になってる。そのわりにアルーゾを押し付けて逃げて来たけど……ファイレも置いてきたから無罪ということで!
「それじゃぁ、グリフォン、ピポグリフ、ワイバーンあたりが当たりじゃろ?」
「駄洒落か?」
「そうじゃ」
「……」
真顔で返されても……。
依頼の方はその三体が妥当といえば妥当だ。どれも空を飛ぶし爪で夜攻撃を持つ。
「なぁ、昔から思っていたんだがワイバーンってドラゴンじゃないのか? 模擬戦としてはどうなんだ?」
「カテゴリー分けはしらん。儂が思うにドラゴンの亜種と言った感じじゃよ。基本地上で闘わないしの。知性が高いワイバーンも見たことはない。性質が似ているだけの別物といったところじゃ」
「ふーん、あいらがいいならワイバーンが一番いいか」
「たしかに性質は似ているがグリフォンもバカに出来ぬ強さを有しておるぞ。ピポグリフは論外じゃな。馬に羽が生えたのと変わらん」
それは俗にペガサスと言うが……。そういうことを言いたいわけじゃないだろう。ちなみにペガサスはそこそこ強い。魔法も使うと噂される。
三つの中でどの冒険がいいかとウィローズと談義しながら、オレンジジュースを飲んでいると、例の連中がやってきた。
「お兄ちゃーーん!」
ファイレが抱きついてくる。ジャンピングベアーハッグだ。レザーアーマーを着ていなければろっ骨が折れるところだ。良かったー。念のため、着てきて!
「誘拐されたのかと思ったよ! アルーゾに!」
いや、お前はアルーゾと話してたじゃん。アルーゾも来てるし……。
どうやら、馬車の中で執事さんが説明したらしい。みんな今回のいきさつを理解しているようだ。スイロウがそんなことを言っていた。
こちらも『ただ遊んでたわけじゃないぜ、ドラゴン模擬戦を想定していたぜ』と依頼を探していたことをアピールするがアルーゾに水を差される。滅多刺しで……。
「残念ですが、冒険の依頼は後回しにしてもらいます。まずは僕の方の依頼を……もちろん報酬も出させていただきます」
「さすがスポンサー早速かよ!」
「最近、獣人たちの動きが活発化しています。とくにスイロウ様を狙う輩も出てきて目に余るわけで……。その首謀者を捕まえてほしいのです」
「ふむ、一見すると当たり前に聞こえるが、獣人たちはスイロウを救いたいと思っているらしいぞ?」
「なに? どういうことですか?」
「どういうことだ?」
俺もそれ以上のことは知らないので、スイロウに尋ねるしかないが、スイロウはすでに目を合わそうともしない。
アルーゾは唸り声を上げる。どうしたものかと悩むとあっさりとファイレが解決策があるという。
「私達でスイロウの秘密を暴けばいいじゃない」
「うぉい! スイロウが認めるわけないだろ!」
「認めようが認めまいが、勝手に調べるのよ。彼女に止める手立てはないだろうし、止めないでしょ」
「いや、やめた方がいい。危険だ」
「……って程度よ? どうする、お兄ちゃん?」
嫌になるほど俺の性格を知っているファイレだ。答えるまでもない。この状況でスイロウの悩みを解けそうな方法は他に思い当たらない。
「よし、スイロウの秘密を探ろう」
本人を目の前にして、秘密を探ることを選択した。
何とも言えない顔のスイロウだった。
パトロンというよりはスポンサーなのですが
なんかいい言い回しが無いのでスポンサーと書いて
パトロンと読むことにしました
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