15話 アルーゾとの対決
倉庫を出てガイアルの鍛冶屋に向かう途中にスイロウ達と鉢合わせた。下手をしたら入れ違いになっていたかも知らない。
ウィローズから話を聞いたらしい。帰宅しながら互いの情報を整理することにする。スイロウ側は特に変わった様子は無かったとか。大工に家の修理を頼み、家に戻ったらウィローズがやってきてラーズ達のことを連絡した……とのこと。ただ、その間に監視されていたことが付け加えられる。
「誰に?」
「わからん。かなり、巧妙だ。獣人の可能性は低くはない」
たしかに獣人なら忍び足や気配を消すことなどお手の物だろう。それにラーズを呼び出しておいてスイロウ達を放っておくとは思えない。だが、なにか引っかかる。
ラーズが疑問を感じ、なにげにガイアルの方を見ると深く頷かれる。
「白い仮面の一団?」
「私達はそちらではないかと考えているがな。どちらともいえん。それに、他の勢力がかかわっていないとも言えない。そう、たとえばアルーノ伯爵家……」
アルーノ家が何者かは知らないが、力がありスイロウにもそれなりの権力があれば接触を試みるのはありえる話だ。それにそのほかの貴族の可能性も示されるわけである。
ラーズはスイロウの苦労を感じずにはいられなかった。どう足掻いても纏わりついてくる柵だ。
しかし、今はそのことは置いておかねばならない。
ラーズ達は倉庫で起こった出来事を詳細に話す。基本的には自分たちと話し合いを目的としていたこと、獣人たちが好意的であるということ、など。ただし、相手の感情は読めないため、真実はわからない。
だが、スイロウは苦悶の表情を浮かべる。獣人たちの目的を理解したうえで、彼女にはどうすることも出来ないのだろう。
スイロウはラーズ達に秘密を話さない。もっとも一週間程度の付き合いで話せる秘密ではないだろう。獣人たちに聞く? いや、その場合 理由もわからず獣人たちの味方は出来ない。そうなると……。
「まぁ、私たちが勝手に調べるのがいいと思うよ」
ファイレは耳打ちしてくる。耳がくすぐったい。
情報交換をしているだけでガイアルの家についた。
ようやく一日が終わる。昨日まで違いてんこ盛りの一日だった。そして、明日 アルーゾとの対戦がある。もう『やらなくていいんじゃないかなぁ』と感じないことも無い。
それほど疲れており、ベットに入れば即就寝だった。
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次の日の朝。
ラーズの目覚めは侵入者によるものだった。わずかな物音……それでも、すぐにわかった。
「そこだ!」
とっさに枕を投げつける。
「ぼむっぅー!」
予想通りファイレがひっくり返っている。ひっくり返っているファイレを余所に窓の外を見ると日の光が高い。少し寝過ごしたようだが、ファイレが起こしに来たということは、まだ朝食をとる時間があるということだ。
ファイレの足首を掴んで扉の外に放り出し、着替えることにする。
着替え終われば、扉の外で聞き耳を立てているファイレに拳骨を食らわした後、フラフラとダイニングキッチンへと向かう。
だいたいの場所は把握してきたが、全部同じ扉で長い廊下だと分かりづらい。『ネームプレイとかが かっていればいいのに』と思いつつも扉を開くと、パンと卵のいい匂いがする。後からファイレもついてきていたので部屋を間違えずに済んだ。
すでに、朝食を始めているスイロウとガイアル。そしてラーズとファイレも席に着く。
「ウィローズの方は?」
彼女はまだ起きていないらしい。ガイアルが起こしに行ったが『今日は一日中 寝る』と言っていたとか。ラーズの訓練の成果であるアルーゾ戦も見る気、ゼロらしい。『負けたらどうするつもりなんだろうか?』と思わなくもないが、それはラーズ自身の実力のせいもあるので文句は言えない。心残りなのは必殺技の練習をしていないことだ。まぁ、ほとんど『走る、突く』だけなのだが……。
朝食も済ませると、アルーゾの迎えの者がやってきた。
箱馬車である。それも2台用意されている。ラーズと その他のパーティーメンバー分だということ。どうやら、逃げられないように迎えを寄越したらしい。
そんなことしなくても逃げはしないと思ったが、楽ちんなので黙っていることにした。
ウィローズも寝ている隙に抱えて運んで行こう、とスイロウが提案する。色々と試みたらしいが結論から言うと『とてもじゃないが無理だ』と肩で息をして諦めると報告された。
諦めろと言われて、諦める。正直、それ程連れて行きたいわけでもないし、時間が無いので四人で出発することになる。どうやら決闘場所は伯爵邸内らしい。それはラーズに不利じゃないか? と尋ねたところ『我々は公平に判断いたします』との回答をいただいた。どうして信用できるのだろうか、と思っても今さらどうしようもない。審判くらい先に決めておくべきだったと後悔をする。むしろ、気を利かせて用意してくれたことに感謝しておこうと開き直っていた。
馬車で小一時間ほどでアルーノ伯爵邸に着く。が、そこから玄関まで さらに馬車で5分ほどかかった。馬車の扉を執事が開けることで外に出てもいい許可だと認識する。
メイド数名が並んでおり、その奥からアルーゾ・アルーノが出迎えている。
「ようこそ、我が父の屋敷へ。残念なことに父は不在なので僕が代わって出迎えさせていただいてます。すぐに試合をすることないでしょう。よかったら僕の部屋でお茶でも飲みながら話でもいかがでしょうか?」
「お茶を進められるようななかでもないと思うが?」
長い廊下を歩きながらラーズは首を捻る。
「互いに誤解があるかもしれませんからね? 別段、僕はスイロウ様と仲違いをしたいわけじゃぁないんですよ」
「そりゃーそーね。結婚したいんだから。確かに色々聞きたいことはあるけれど、まずは闘ってからでいいんじゃない? じゃないとお兄ちゃんが緊張しっぱなしだから……」
「まったくだ。嫌なことはさっさと終わらせたい」
「なにも僕に負けるのを急がなくてもいいんじゃないですか?」
「ラーズを舐めない方がいいぞ。これでも、お前はマッサージのことで頭がいっぱいだった間、一週間 訓練してきたんだからな。」
「ほぅ」
「ちょっと、スイロウ。秘密にしてた方が良かったんじゃない? せっかくここまで油断してたんだから」
「そうか? ふむ、そういう考えもあるか。じゃぁ無かったことで!」
「うぉい!」
スイロウの頭を後ろからラーズが引っぱたく。が、よく考えたら、すごくまずいような気もしたが後の祭りだ。そういうことで開き直る。
アルーゾは前を歩いていて気づかないようだった。
「そんなこと言われたら僕も少々、気になりますね。まずは剣で勝負をつけようじゃありませんか。僕が君ごときに後れを取るとは思えませんけどね。お茶はその後でいいでしょう」
そう言って近くにいるメイドに指示を出す。今まで歩いていた道をそのまま進み、途中で曲がると庭に出る。庭の回廊をさらに進むと個人で持つには広めの室外訓練施設に着く。小さなコロッセオと言った感じだ。
「ここが僕と君が戦う場所です」
「なんか、変な仕掛けとかしてないでしょうね~」
「僕が? まさか、たかだか冒険者ごときにセコイ罠なんて巡らさないですよ」
中もそこそこの広さがあり、いつでも決闘できるように整備されていた。中央にクロスになるように剣が突き刺さっている。どう考えても、あれを引き抜いて決闘を始めるようだ。
「今すぐ始めましょうか。二人ともがあの剣を引き抜いた時がスタートです」
さっさと始めたいと思っていたラーズだが、こうもトントン拍子に話が進み いざ目の前まで来てしまうとしり込みしてしまう。
剣を早く引き抜いた方が有利……そう頭で理解する。僅かなスピードの差で先手が取れる。背中に嫌な汗が流れているのが実感できる。何故か現実味がなく、フラフラしている。
「お兄ちゃん!」
その声でラーズは我に返る。中央に刺さった剣を見たときから夢見心地だったが、現実に引き戻されたような感じだ。少し立ち止まって地面を確認する。夢ではない。
今の一声が無かったら、訳の分からないまま闘っていたような気がする。
落ち着きを取り戻し改めて確認すると、一撃必殺……要するに一撃目の『突き』が放てない状況だ。イメージを修正し直さなければならない。
全力で踵を返すような一撃が理想だろうか? こんな状況を想定していなかった。
突然、アルーゾはニヤリと笑うと走り出した。確かに走ってはいけないとは言っていない。同時に手をかけてから引き抜くと勝手に解釈していた。
「ちっ!」
なんでルールを自分で解釈してしまったのか腹を立てながら、ラーズもすぐに走り出す。ほぼ同時に剣の柄に手をかけた。
一手、ラーズの方が先に剣を引き抜いた。このまま引き抜き、返す刀で切りつける……イメージ通りにイケると思った瞬間、手を止め飛び退いた。
「そう、慌てることは無いんですよ、君。名前はなんて言いましたっけ? まぁいいですか」
アルーゾはまだ剣の柄に手をかけたまま引き抜いていない。確実に当てられるはずだった……が、『二人ともがあの剣を引き抜いた時がスタート』である。まだ、アルーゾは引き抜いていないため、試合自体が始まっていないのだ。
いいように弄ばれているな、と感じる。距離が十分離れたことを知るとアルーゾも剣を引き抜いた。
そこでようやく知る。この剣は刃は無いがミスリル製の剣だ。魔法と併用して使用が可能な武器。たしかアルーゾは魔法戦士だった気がする。距離を与えれば魔法を使われてしまうのだ。
焦るラーズ。すぐにでも距離を詰めたい。だが、一度深呼吸をする。そして地面に転がる小石を左右に振り分けるようにして均していく。
そうして突きの構えをとる。
一点集中。全力で走り突く。それだけの動作。
ウィローズがどういう構えだったかよく覚えていない。練習もしていなかったため不格好かもと苦笑いする。
それに対しアルーゾはミスリルの剣を右手で持ち、体を斜めにし受け流す構えをとる。パッと見ただけでも洗礼され綺麗なフォームである。
だが、そんなことを構う必要はない。正確にはわからないが、これで一撃必殺の準備は出来たはずだ。あとは全力を出し切るだけだと、突っ込んでいった。
十分なスピード。十分な距離。そして走りながら、地均しの為に自分が蹴飛ばした小石を確認した。
ミスリルの剣は冒険者では一部の者しか持っていません
高いし珍しいからです
そんなものの刃を潰し練習用にしている時点で
伯爵家が贅沢だと言わざるを得ない所




