14話 倉庫
『二人を誘拐した。町外れの倉庫まで来い』簡単に言えばそんなような文章だった。
すぐにラーズが立ち上がるが、ウィローズは何事もなかったかのように食事を続けている。
「ウィローズ!」
「何度も言わすな。儂は関係ない」
「関係ないことあるか! 仲間だろ」
「仲間になった覚えはない」
大きく口を開けのんびりと食事を続ける。
何かを言おうとラーズは口を開きかけるが、途中で止める。ファイレがラーズの肩に手をやり、首を左右に振る。そこでようやくウィローズを連れていくことを諦める。
「行くぞ!」
兄の性格をよく理解しているファイレ。そのために彼女がやるべきことは多い。すぐにでも出発しそうな兄を制止させる。
それから、まったく立つ気配すら見せないウィローズに……。
「頼みごとがあるんだけど」
「断る」
「断るの? ガイアルの家に帰って欲しいんだけど?」
「なに?」
「ガイアルの家に戻って連絡して欲しいのよ」
「どういうことだ? そこに誰を待たせているのか?」
「誰も待たせてないわよ。スイロウとガイアルが居たら、私たちのことを知らせて欲しいの」
「何を言っているんだ? 彼女たちが誘拐されたから町はずれにお前たちが向かうのだろう? いや……そうか。儂としたことが迂闊だった」
ウィローズは頭を抑えた。ファイレが言わんとしていることをようやく理解した。
『スイロウやガイアルが誘拐されていない可能性』の話をしているのだ。そのそも、彼女たちは強い。ただ単に二人と分断するためだけの誘き出しとも考えられる。
誘拐が本当の可能性もあるため、確認が必要ということだ。
「よかろう。お前たちの居場所を連絡してやればいいんだな」
「さすがに理解力が早くて助かるわ~。じゃぁお兄ちゃん、行きましょう!」
「え!? あ、あぁ」
理解していないラーズとファイレが町外れの倉庫に向かうこととなった。いるか、いないかもわからないスイロウとガイアルを助けるために……。
急いで向かっても町はずれまでは数時間かかる。昼を少し回ったくらいに出たはずだが、現在は夕方になっている。
住宅もほとんどなく、倉庫が連なるだけの場所。大きな商会が使用する倉庫群だ。
一つの倉庫でも大きく、家が2~3軒くらい入りそうなほどだ。中で騒いでも外まで音は漏れないだろう。
ラーズが手紙に指定されていた倉庫へと向かう。木製の大きな扉を横に押し開き中に入っていく。
途中でファイレから話を聞いて『スイロウ達が捕まっている可能性が低い』ということで、少しばかり気が緩んでいた。
中には大量の木箱が積まれている。もし食料が入っていたとしたら4人家族が1年暮らしても余るくらいはありそうだが、それでも倉庫の中は6割以上空いている。
声を張り上げるかラーズは迷う。ファイレも周りの様子を確認している。襲ってくる様子どころか、人の気配すら感じられない。『指定場所を間違えたのでは』と疑いたくなるほどだ。
だが、そんなことは無かった。倉庫の扉が音を立てて閉じられた。慌てて後ろを振り向くと、そこには一人の猿の獣人がいた。
「よくきたな……って俺たちが呼んだんだがな。まぁゆっくりしていけよ、兄弟」
「誰だか知らないが、お前に兄弟と呼ばれる覚えはない!」
「まったくよ! お兄ちゃんの兄妹は私だけなんだから!」
「……ちょっと、ファイレは黙ってなさい」
「えー!!」
猿の獣人は閂をかけ、ラーズ達に向かって歩き出した。二人はとっさに構えをとるが、猿の獣人はまったく無警戒で近づいてきているように見える。
「スイロウとガイアルはどこにいる?」
「……。ここに居ると思っているのか?」
「ってーか、二人をアナタたちが捕まえることなんて出来ないでしょ? あの二人強いもん。 それに、もし、あの二人を捕まえたのなら むしろ私たちを呼び出す理由がわからないわ」
目的はスイロウかガイアルを捕まえることだとファイレは思っている。捕まえて自分たちを呼び出す意味が分からなかった。
今現在の状況なら、自分たちを餌にスイロウ、ガイアルを誘き出すのではないかと思える。もっとも、そうなる前に『片付ける』と辺りの様子に気を配っているのだ。
「なるほどね~。こんな倉庫まで来るからバカなのかと思ったら意外とそうでもないようだな」
「俺たちを人質にスイロウ達を呼び出すつもりか?」
「まぁ、それも悪くはないが、彼女たちがお前たちの為に出向く可能性がどれくらいあるかわからない」
「どういうこと? 私たちを呼び出した……ことは間違いないわけよね? 人質じゃないなら何のために?」
猿の獣人はその辺の木箱を登り腰掛ける。ファイレは猿の獣人を目で追いかけはするが、他にも今朝 襲撃してきた獣人がこの倉庫にいるのでは、と思うと気が気ではない。
だが、それはラーズも同じようで剣に手をかけ警戒している。
「お前たちに聞きたいことがあったから呼び出した……てーのが本音かな? お前たち何者なんだ? 獣人か? 護衛か?」
「スイロウの護衛と質問する意図はまだわかる。だが、なぜ、獣人だと思う?」
「あー、なら、聞かなかったことにしてくれ。失敬、失敬」
「スイロウは獣人とどんな関係があるの? 彼女は獣人擁護派。貴方達と敵対するとは思えないけど何で襲ったの? 『擁護される』という発想自体が気に喰わない?」
適当なあたりを探る。
護衛対象ということはスイロウの話で間違いないだろう。そして、護衛と獣人が似たような立場にあることは想像に難くない。
それなのに、彼らにスイロウが襲われる理由がわからない。
「えーと、名前は忘れたが、お嬢ちゃんの答えはハズレだ。あんまり話すことは出来ないが、スイロウ様の敵じゃぁないんだわ。お前たちから見れば襲ったように見えるかもしれんけど……」
「納得いく説明をしてもらいたいな。スイロウを狙ったうえ、ガイアルの家を壊しているんだからな」
「してやってもいいぜ。俺たちの仲間になるなら……な。俺から見ればお前たちは信頼できる。が、俺たちの話を聞いたら後戻りはできないぜ? そして、俺の話を聞かないならお前たちは俺たちの敵になるわけだ。
スイロウ様の為を思うなら俺の話を聞くべきじゃないか?」
誰の許可もなく、木箱の蓋をあけリンゴを取り出すと猿の獣人はかじりはじめる。時間はたっぷりあると言いたげだ。
「俺もお前たちは信用できると思う。だが、敵対する。もし、スイロウがそれを望んでいるなら、お前たちと争わないだろう。それに、仕方なく争っているとしても信用してもらえればスイロウから真実が聞けるはずだ」
リンゴをかじりながらラーズの言葉に天を仰ぐ猿の獣人。
困ったと言わんばかりの顔をこちらに向ける。
「じゃぁ、スイロウ様がお前たちを信頼していたとしても真実を話せない理由があるかもしれんだろ? 権力とか呪いとか人の命がかかっているとか! とにかく、この場だけでもいい。仲間になると言えって。じゃないと俺はお前を消さなきゃならねーんだから」
ラーズが小首を傾げる。どうやら、互いに敵対したい雰囲気ではない。だが、スイロウを襲っているという一点だけで仲たがいしていることは間違いないようだ。
この場だけでも頷けばスイロウの秘密も教えてくれて見逃してくれる、と猿の獣人は案に示しているのだ。あとで、敵対してもしかたないと……。
「猿のおじさんはいい人だね。でも、やっぱり聞けない」
「あぁ、俺たちはスイロウを裏切るようなマネはできない」
「あぁもー、何でそんなに真面目なんだよ! 面倒くせーガキどもだ! こうなりゃぁ、みんな、出てこい!」
予想通り獣人に囲まれている。気配を探ってはいたが獣人の方が一枚上手だったらしい。人数は……10人前後、さらに物陰にもいるかもしれない。今朝、襲ってきたのは彼らの一部だったのだ。
ラーズは彼らを刺激しないようにゆっくりと剣を抜いていく。ファイレは背中に担いでいた杖を取り出す。人数でいえば、圧倒的に不利。さらに獣人は人間より身体能力は遥かに高い。
ラーズはファイレの心配はしていない。なにせ自分よりも才能がある。むしろ、自分が人質になったりしないように注意しなければならない。
逃げる場所はすでに目でいくつか確認していた。扉は無理だが窓がある。一番手薄な脱走経路でも二人ほどの獣人が立ちふさがっている。そこを突破すれば……。そんなことを考えていたが、彼らの内のウサギの獣人が違う提案をしてきた。
「いいわ、逃がしてあげましょう。ただし、この場のことを忘れてくれるなら……」
「あはははは、それこそ疑っちゃうわよ。こんな状況で敵を逃がすメリットって何? 私たちに何か仕掛けたんじゃないの?」
「いえ、キートンとの……猿の獣人の彼ですが……との会話を聞いてアナタたちが私たちの敵になりえないと判断したからです。たしかにスイロウ様を襲えば敵対するでしょうが、ただ獣人ということだけならアナタたちから嫌悪があるとは感じられませんでした」
「獣人は感情に敏感だときいたことはある。だが、俺たちは敏感じゃないのでお前たちが言っていることが本当かは判断できない。堂々巡りという訳だ」
「だからといって、闘って道を切り開いて逃げるより、無条件で逃がしてもらった方が良くないですか?」
その言葉にラーズとファイレは顔を見合す。ごもっとも! 『腑に落ちない』という点は残るが安全第一なら彼女の言う通りにするべきだろう。
彼女たちの提案に頷き道を開けてもらう。警戒しつつ扉へと向かっていく。どの獣人も襲ってくるような気配すらない。
だが、獣人たちは最後に一言だけ付け加える。
「俺たちの力が借りたくなったらここにきてくれ」
無言で頷くラーズ。
獣人が嫌いではなかった。こうした暗躍する獣人はどこの町でも多い。未だに獣人への差別が無くなっていないためだ。そしてスイロウがお偉いさんのお嬢様なら狙う意味は色々あるだろう。政治的要求に、地位の改善、金品の要求。だが、彼らはスイロウを慕っているようにも見える。
なにか、パズルのピースが足りないような気がした。そのピースは間違いなくスイロウの秘密にかかわることだろうことは気づいていた。




