13話 一撃必殺
そろそろお昼になる時間帯。ようやくウィローズによるラーズの訓練が始められる。
場所はいつもの訓練所だが、ファイレとスイロウ、ガイアルの三人はいない。ファイレは飲み物を買いに今さっき出ていった。スイロウとガイアルは家の修理をする大工を探しに行っている。
「さて、これからお坊ちゃんを倒すために必殺技を授ける。初っ端にこれをやる。で勝利だ!」
「初っ端に?」
「そう。この技でお坊ちゃんなら8割勝てるだろう」
「そんな単純じゃぁないと思うが?」
「全く逆だ。最初の一撃。それで全部が決まる。お前が勝つ手段は他にないと言っても過言ではない。
相手の方が全体的に上なんだろう? 長引けば負けるのは必然。自分より格下だと油断している最初の一撃以外でどうやって勝つつもりなのか聞きたいくらいだ」
言われてみれば正論である。
スイロウとガイアルに聞いた話によると、アルーゾはラーズより力、スピード、技術が上らしい。勝てる要素がまるでない! っと、ツッコミを入れそうになったが、防御力は上回っているらしい。
その点を重視した訓練をしていたが、駄目だったわけだ。
そうなれば最初の一撃、それに全てをかけるのは間違った選択ではない。
「理解したか、小僧? 私が手本を見せてやる。一度で覚えろ」
「"一度見ただけで覚える"。俺が、そんな出来がいいと思ってるのか?」
「自慢にならんことを誇らしげに言うな。だが、安心しろ。一度で覚えられなければ一生覚えられん」
「よくわからないんだが……?」
「そちら側に立て! 始めるぞ」
「あ、いや、心の準備が……」
『一回で覚えろ』という無茶な要求をしたかと思えば、すぐに始めるという。よく観察しようというのに準備する暇もない。ただ見るだけだから準備も何もないんだが、"心構え"的な?
距離をおよそ10mとる。走ればおよそ1~2秒で縮む距離。
剣での試合開始時はおよそこれくらいである。魔法使いなどはさらに遠い。
互いに剣を構える。
ウィローズは普段は武器を持たないらしいが、それでは話にならないのでガイアルの店から持ってきたらしい。
ラーズは正面に……ウィローズは突きを放つような感じで片足を前に……。
「あーちょっと待て……」
何が気に食わないのかウィローズは構えを言ったん解いてしまう。そして自分の周りの小石を蹴飛ばしていく。
走りやすいように平らにしている……ようにも見えるが、そもそも真っ平らな地面ではない。意味のない行動にもとれる。
地面を気にするのが少し長いので声をかけようとした時、『待たせた』と再び構えをとった。
呆気にとられたが、その気まぐれさにため息も出る。
だが、集中しなければ『必殺の一撃』について知ることは出来ない。意識を再びウィローズの剣先に集める。
この一撃で覚えなくてはならないが、それと同時に回避してやろうという欲も出てくる。もし、ラーズが回避できたのなら、その一撃はおそらくアルーゾにも届かないだろうからだ。
「いいぞ、いつでもかかってこい」
「え!? 俺から行くの?!」
「じゃぁ、私からだ!!」
開始の合図を考えていなかったウィローズが直進で走ってくる。
早い!早いがしっかり見ていれば、それは早いだけのただの突きだ。だが、急に見失った。いや、それは正確ではない。
「しっかり見ていたか?」
ラーズは喉を鳴らす。
喉元にはウィローズの剣が軽く触れている。下手に喋ると喉に刺さってしまいそうで声を上げることができない。
その様子に満足したのか、ゆっくりと剣を降ろしていく。
「これが"一撃必殺"だ」
「こんなのが一撃必殺?」
「納得いかないようだな。たしかに威力は無い。ゆえにドラゴンなどの皮膚や鱗の硬い奴らには効かぬ。それに団体戦にも向いておらぬ。ハッキリ言えば使いどころが限定される」
「それに……」
「そう、お前の思っている通りだ。二度目は効果が薄い」
ハイリスク・ハイリターン。
こんな技が通用するとは思えない。まさに子供だましの技だ。そうとしか思えないが、まんまとはまった。相手が油断していれば さらに嵌りやすくなるかもしれない。
「じゃぁ、練習は以上だ。ファイレの小娘が来たら昼飯にでもしよう」
「え!? 俺の練習は!?」
「ぶっつけ本番でやれ。ただ全力で走ればいいだけだ! それにこんなの練習したってしょうがないだろ」
20分はかかっていないだろう。10分かそこらの出来事
そこに、ちょうどファイレが帰ってくる。この街では屋台で飲み物は売っていないらしい。入れ物が無いとか。『グリンウィンドの村にはあったのに!』と口を尖らせ文句を垂れる。
昼食になったことを告げると、何の疑問もなく喜んだ。ラーズが明日 試合でほとんど練習していないというのに……。ある意味、いつも通りのファイレであった。
その後も、本当に何の練習もしなかった。というか、させてもらえなかった。
「午後はゆっくり休め。明日、万全な態勢じゃなければ意味も無かろう?」
午後からは酒場で食事をすることになる。
ウィローズが選ぶ酒場はどこも高級で入る気すら起こらない。彼女が奢るというのだが、そうそう奢ってもらうわけにもいかない。
適当に安い酒場に入ると、あからさまに嫌そうな顔をした。
「儂はこういう所は好かん!」
「じゃぁ一人で帰れば~。私はお兄ちゃんと一緒ならどこでもいいから~」
う~む、と唸り声を上げて渋々 了承し、四人席に着きメニューを開く。午後が丸々空くとなると何をするべきか迷う。体を休めることが目的なので特別やることも無い。
メニューの上から順番に指さし確認しつつ、ファイレが魚料理を注文する。
「ふむ、儂の知らん料理が多いのぉ。これはなんじゃ? あと、これとこれも気になるのぉ。面倒なのでわからんもんは全部頼んでみるか」
ウエイトレスに5~6個まとめて注文する。
前々から気にはなっていたが、どこからそのお金は捻出されているのだろうか。
「どこで、お金を手に入れてるんだ?」
「んぁ? 儂か、儂に聞いておるか?」
「私に聞いてもしょうがないでしょ。お兄ちゃんと私のお財布はほぼ一緒なんだから」
「おぬしたちはどうやって稼いでおる?」
「冒険者だ。ギルドで仕事を受けて……ここ一週間は休んでるが、まだ困るほどでもない」
「儂も似たような感じじゃが、税金もいただいておるのじゃよ」
「税金? ウィローズちゃんって貴族なの?!」
ラーズは『あれ?』っと思う。ファイレはウィローズを見つけてきたはずなのにウィローズのことを何も知らない。
「ちょっと待て。色々整理しよう。ファイレとウィローズの関係は何だ?」
料理が運ばれてくる。巨大なタコの足の唐揚げだ。でかい。1mくらいある。残念ながら海洋生物については詳しくないので、このタコが普通にいるタコなのか魔物なのかは判別付かない。
頼んだ本人のウィローズが渋い顔をしている。
『レモン汁をかけて、お好みで塩コショウなどをどうぞ』などと食べ方を説明されているが、無言で俺の前へと皿を移動させてくる。
「ウィローズちゃんは師匠の紹介だよ」
「師匠の紹介? そんなこと言われたっけ?」
「いや、この街で師匠に会った」
「なに! 聞いてないぞ」
「言ってないからね」
「言えよ」
「そんなわけで、"多少は役に立つから"ってウィローズちゃんを紹介された」
「あやつは"多少"とかぬかしおったか! 儂より頼りになる奴など他に居らんだろうに!」
ラーズはタコの足をフォークとナイフで器用に切り分け、それぞれの皿に盛り付けるがウィローズはその皿を遠ざける。まったく食べる気はないらしい。
これだけ大きいタコの足を二人で食べるには多すぎる、と思っていると次はサラダのようなものが出てきたジャガイモと生ハムがメインで香草や野菜など数多くの種類が使われている。
どうやら、それは独り占めらしい。抱え込んでいる。そしてタコの皿は近づけない。
「師匠の紹介で誰だかよくわからんウィローズを俺の先生役にしたわけだ」
「師匠の紹介だからね~」
「じゃぁ改めて聞きたいんだが、ウィローズは何者だ?」
サラダにフォークを突っ込みモッサモッサと口に運んでいたウィローズが二人を見る。適当に調味料なんかもかけている。ワインも到着しているので、喋る前にはそれを一口入れて口内を潤す。
「うーむ、説明が難しいのぉ。秘密にしなければならんことが多すぎてのぉ。そのうち教えてやるが、今 答えるなら"領主であり盗賊である"といったところかのぉ?」
「なにそれ?」
「なんかわからんが、物凄くあくどそうなのは気のせいか?」
「じゃが、金は持っていそうじゃろ?」
「たしかに!」
それからも、怪しい料理と普通の料理がいくつか運ばれてくる。
意外とタコの料理は美味かったのだが、どうしてもウィローズは『い・や・じゃ・!!』と口を真一文字に結んで抵抗した。
他の怪しい料理は食べたのに。見た目悪いから仕方ないだろう。この辺では触手のある生き物を食べる習慣は無い。むしろその習慣が無いのにゲテモノ料理を出す酒場が凄いともいえる。
そんななかウエイトレスがラーズに一通の手紙を持ってくる。
「これは?」
「さきほどお客様に渡すように言われました」
「ありがとう。誰から?」
「若い男性の方です。冒険者風でしたね」
わずかばかりのチップを握らせるとウエイトレスは下がっていく。それを確認した後、手紙を開く。
眉がピクリと動く。
ファイレもウィローズもなんとなく嫌な予感がしているのか口を開かない。
「どうやら、スイロウとガイアルが何者かに攫われたらしい」
ドラゴン以外の魔物も数多く闊歩しています
とくに海には多いらしいです
シーサーペントなどの海のドラゴン系もいますが
海洋ドラゴンが少ないためらしいです




