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第7話 「もう一人の諜報員 2」




そんなある日、五人の中の誰が諜報員(エージェント)なのか目星の付く出来事があった。


放課後になり、舞花が友達の有璃と共に帰宅しようと教室出た所で、廊下を歩く一組の女子達の話し声が聞こえてきた。


「片瀬先生ってさぁ、俳優の織田裕也が好きらしいよ。男子が聞いたんだってさ」


「今、『踊る捜査網』公開中だよね。見に行ったのかな?」


笑いながら目の前を通り過ぎる子達を、舞花と有璃は見送った。


「ちょっとごめん! 先生を通して!」


すると、並んで立っていた舞花達の肩を押し、ホームルームを終えたばかりの担任の大原が、二人の間を割って抜けると廊下を走って行った。


その後ろ姿をじっと見ていた有璃だったが、口元を緩ませると大原が消えた廊下の角を指差して舞花の顔を見た。


「ついて行かない? 面白いものが見れるかもしれないよ?」


「面白いもの?」


 舞花は、おさげ髪を揺らして走る有璃に手を引かれながら、尚も質問を続ける。


「何があるのだ?」


「大原先生はさ、きっと急いで片瀬先生を踊る捜査網の映画に誘いに行ったんだよ!」


「何……? どうして分かる? 急用で走っていったのかもしれないぞ?」


「違うよっ! 大原先生は片瀬先生に気があるから、チャンスだって思って慌てて行ったんだって!」


「気がある? 恋愛感情があるという事か? 確かに、やけに大原先生は片瀬先生を何かと気にかけていると言うか、付きまとっているとは思っていたが……」


舞花は学習により知識は持っている。しかし、一般的な生活の経験が圧倒的に足りないため、目の前に起こっている人の様子をいつもなかなか結びつけられないでいた。それが、恋愛に一番多感な年齢である有璃を始めとする女子達から、天然キャラだと認識されつつある理由だ。



 職員室近くの角へ張り付いた有璃は、そこから大胆に首から上を出して廊下を覗き込んでいる。それを見た舞花は「それではすぐに見つかって部隊が全滅するぞ!」との言葉を飲み込み、同じように有璃の後ろから覗き込む。すると、ほんの5メートル程の距離に大原と、その意中人(ひと)かと思われる片瀬が立ち話をしていた。どうやら片瀬が職員室に入る前に呼び止めたようだった。


「片瀬先生! 俺、『踊る捜査網』が大好きなんですよ! 今、劇場版が上映中ですよね!」


 何の前振りも無くそんな話をされた片瀬は少しぽかんとしていたが、間を開けて頷くと笑顔で相槌を返した。


その様子を見ていた有璃はいたずらっぽく舞花に笑って見せたが、舞花は有璃の笑みの意味がさっぱり分からない。


すぐにまた二人の観察を始めた有璃と舞花は、兎のごとく耳を澄ませる。 


「大原センセもですかぁ。私もDVDを借りて全シリーズを見ているんですよぉ。映画館にも足を運びたいのですけど……なかなか機会が無くて。でも……」


「よっ……良かったっらっ……、つ……つ……つぎ……次の日曜にっ……」


 言葉を噛みまくって胸を痙攣させる大原を見て、舞花は「心臓に持病があるのか?」と思っていた。


そんな時、大原と片瀬の隣にあった職員室の扉がゆっくりと開いた。中から姿を現したのは長身の男性、三年三組を受け持つ田之上教諭だった。


 大原と田之上の間に火花が見えた気がした舞花は「漏電か?」と疑って辺りの天井と壁に視線を走らせるが、異常は見つからないようだった。


「偶然ですね。僕も、捜査網シリーズは大好きなんですよ」


「田之上先生! き……聞き耳なんて……」


「普通に聞こえましたがねぇ」


田之上を見て歯ぎしりをする大原の事を「今度は虫歯か、持病の多い男だな」と舞花は納得をした。その大原を見ながら、田之上は片方の口角を上げながら自慢げに続ける。


「僕は学生の頃、警官を目指してたんですよ。なんせ正義感が強かったものでね! ただ、父親が危険だと反対しましてねぇ……。それで同じ公務員の教職についたんですよ。もちろん、子供は好きだしこちらにも満足していますがね」


そこまで話した時に田之上は大げさにポンと手を叩き、視線を宙に泳がせて思い出したようなそぶりをした。


「おっとそう言えば、確か……」


 田之上はジャケットの内ポケットを探ると、中から紙切れを二枚取り出した。


「この間、友人から貰いましてね。なんせ顔が広いもので、あっはっは! 確かこれは、駅前の映画館の無料鑑賞券だったかな。上映中の映画なら好きに選べるっていう……。完全に持っていたことを忘れていたけど、期限は……まだ大丈夫みたいです。良かったら一緒に……」


 映画券を片瀬に差し出しながら、田之上は大原に勝ち誇った笑みを見せた。大原も負けじと自分のズボンのポケットに手を突っ込むが、出てくるのは糸くずだけだ。


 がっくりとうなだれ、魂が抜けた様子の大原だった。完全に勝敗は決したのだが、舞花にはそれが分からない。ただ、事態が沈静化したのは感じた。


[ガラッ]


「ちょっと大原先生!」


 そこで田之上の後ろの扉が勢い良く開き、職員室の中から今度は眼鏡をかけた性格のきつそうな女性が出てきた。仁王のような顔をしているその人は、三年四組担任、そして教諭主任である本宮だった。


「昨日までに絶対提出しろって言っていた今月の授業指針表、どうなっているのですかっ!」


「あっ……忘れて……」


 顔を引きつらせながら後ろに下がる大原。それを、肩を怒らして一歩また一歩と追って行く本宮は、目から眼光を放つと背中から授業時に黒板で使用する大きな三角定規を取り出した。


「す……すみませぇ~ん!」


叫びながら猛烈な勢いで逃げ出した大原を、本宮は廊下なのに土煙を上げて追って行った。


 その隙に、田之上はもう一度片瀬に映画券をチラつかせながら言う。


「……で、良かったらこのチケットで今週の日曜日に…」


 だが、片瀬は田之上に小さく手を振った。


「私、明日の晩に友達と『踊る捜査網』を見に行くんですよぉ。よろしかったら、大原センセを誘って見に行ってはいかがですか?」


 走って行く大原の背中を指差した後、片瀬は職員室の中に入って行った。

 死んだ魚のような目をして硬直した田之上の向こうで、大きな叫び声が響く。


「うぎゃぁぁぁ!」


 舞花達が目を向けると、大原の後頭部を直撃した三角定規はブーメランのように本宮の手に戻っていった。


(曲芸とは言え、出来るなあいつ。一般人でも繰り返し鍛錬すればあのような技が……)


 本宮の手さばきに唸っている舞花の袖を、口を必死に押さえて笑いを堪える有璃が引っ張る。二人はそのまま、忍び足で職員室から遠ざかった。




「おっもしろかったね~、舞花ちゃん!」


 靴箱まで逃げて来ると、有璃はお腹を抱えて大笑いをしている。舞花は笑いどころが一つも無かったのだが、有璃に合わせて隣で笑って見せた。


「うちの学校って、漫画みたいに濃い先生が集まっているでしょ!」


「確かに……個性的(ユニーク)か。あれほど個性が強い人間が、しかも数多く存在すると言う計算を私の中に加えて置かなければいけない……」


舞花が教え込まれていた人間の行動パターン、それから外れた教諭達を見て、舞花は実際の任務の難しさを憂慮した。


上履きを履き替え二人は外に出たところ、正門そばの花壇の雑草を引き抜く作業服姿の男がいた。


「用務員さん、さようなら~」


 無邪気に手を振る有里を確認した用務員の菅原は、会釈のように小さく頭を下げた。


(やはりあいつか。いや、奴しかいないだろうな。他の候補者は目立ちすぎで落第点だ)


 舞花は消去法で見つけ出した諜報員(エージェント)と思われる菅原に、同じように軽く会釈を返して下校した。





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