第43話 「迫る時 水際の攻防 9」
片腕が使えない本宮は後部座席へ、彼女の代わりに助手席に座った舞花がGPSの信号を確認しながら指示を出して走る。そうして十分後、大原が運転する車は街外れにある工業地帯についた。
ここで数多くの敵が待ち受けているかもしれない、そう皆が思い、車外に出た三人は力強くドアを閉める。……だが、その全ての扉がなぜかタクシーの自動ドアのように勝手に開いた。
「よし!」
「何が『よし!』よっ! このヘタクソっ!」
本宮は思いっきり大原の尻を蹴り上げた。
「ち…違いますよっ! 舞花が早めに曲がれとか言わないから……」
「嘘をつくな! 私は間違いなく事前に伝えた。だが、お前のハンドルさばきが緩慢だから……」
舞花は改めて車を眺めた。四方八方にへこみと擦り傷があり、どこのスクラップ工場から持って来たのかと言うような車だ。ロック部分が歪んだドアはゆるゆるで、トランクどころかボンネットまで開いている。
翔のためだと本宮は取りあえず諦め、目の前に広がる景色を見る。ここは特に大きな工場が立ち並ぶ地域だ。太いパイプが建物と建物を繋ぎ、絡み合ったその様子はテーマパークのようだった。
「車の中で言った通り、奴らの目的が翔の命で無かったって事は、翔の存在そのものに価値があるって事よ。おそらく、大臣の息子って事に関係がある」
「今まで見向きもしなかったのに、急に必要になった訳は?」
その大原の質問には、一呼吸置いてから本宮は話す。
「……もしかすると、翔君のお父さんは平和派にすでに救出されていて、その牽制のための人質かも……」
大原は、本宮の指揮能力に全幅の信頼を置いている。当然この本宮の推理も的を射ているのだと確信するし、それに大原の『家族を守る』と言うルール上、彼は全力を尽くす。
「ただ、もう一度確認だけど、翔君があちらの世界に連れ去られてしまうのだけは避けてね」
本宮が強い視線を大原と舞花に向けると、二人は同時に頷く。
現在、次元の壁を通り抜ける科学を持っているのはテイア人だけ。原理は不明だが、ある装置を使ってこの街の座標に狙いを絞り、次元の壁に小さな穴を開けると同時に精神体にしたテイア人をエネルギー乗せて送り込んで来る。
そして、どうやら戻る方法もあるらしい。翔が本宮に話したのは、進攻作戦が始まるより以前に、地球の調査から帰って来たテイア人がいるとの事だった。
地球からテイア星に戻る方法は、まずある空間座標にテイア星から膨大なエネルギーを広範囲に照射し続ける。すると、次元壁にテイア星と地球を繋ぐ人が通れるほどのトンネルが出来るので、これを使って帰還する。物理的なトンネルなので、肉体を維持したままの移動も可能だ。
ならば、なぜこのトンネルを使ってテイア人は肉体を持って攻めて来ないのかと言うと、これはテイア側から強烈なエネルギーを広い範囲に分散させて照射し続けるため、テイア側のトンネルの入り口は、常に開いたり塞がったりを繰り返して入る事が出来ないからだ。地球側から踏み込んだ時だけ、不規則に開いた出口から放り出されて帰れる。
このテイア人による母星帰還システムの実験こそが、古より地球の各地に点在する神隠し伝説の正体なのではないかと情報部は考えている。エネルギーが豊富だった頃のテイア星は、次元を通り抜ける技術の開発中に何度も穴を開けて実験を繰り返していた。その穴に、地球人達が迷い込み消息を絶ってしまったのだろうと予測される。
科学の進んだテイア人でも、次元壁をまたいだ通信技術は無い。つまり、通達人を地球に送って指令を伝え、通達人を戻らせて戦況を聞くと言う原始的な連絡手段を用いている。
逐次連絡が出来ないのだから、テイア人は翔を手に入れたとしても都合よくトンネルを開けてはもらえない。と、言うことは、通達人がいつも帰る時に使用する、定期的に開かれている帰還トンネルを使用するのだと考えられる。そして、学校で敵がトラブルや発砲を極力避けようとし、妙に急いで撤退した様子から、その時間は確実に迫っているはずだった。
もし、翔をテイア星に連れ去られる事を今回阻止出来たなら、敵は翔を抱えたまま次のトンネルを待たねばならない。エネルギー資源不足に喘ぐテイア星ゆえに、次のトンネルは半年後か、はたまた数年後か、ならば翔の奪還は容易になる。
本宮は、空中で指揮者のように指を動かし、即座に作戦を立てる。
「トンネルは間違いなく屋外に出現するでしょうね。一人は狙撃地点に待機し、トンネル使用を妨害。もう一人は突入し、翔君の奪還」
百戦錬磨の戦術士官と言われる本宮だが、さすがに他のバリエーションは無かった。なんせ、こちらの兵士は二名で、後は負傷した司令官が一人だけだ。
対する敵は、銃を装備したテイア人がおよそ七十名。学校では敵が戦力を分散させていたために各個撃破出来たが、今回は純粋に七十対二となる。おまけに、敵の本拠地であると思われるここでは、相手は躊躇なく発砲してくるだろう。厳しい戦況は、突入する兵士に大きな負担を強いる。
「任せたぞ舞花!」
大原は車のトランクから狙撃銃を取り出し、それを舞花に突き出す。しかし、舞花は大原を無視してトランクに手を入れると、突撃銃を持ち出した。
「狙撃に長じる辰巳が後ろに決まっているだろう」
「なっ……何を言っている! 舞花をそんな危ない場所に行かせられるかっ!」
尚も狙撃銃を突き出してくる大原に、舞花は背を向けて言う。
「お前は死に急ぐ。いくら翔の命がかかっているとは言え、辰巳の命を捨てさせる訳にはいかない」
すると、大原は舞花の前に回りこみ、腕を開いて訴える。
「違う! 俺はお前達の命を守るためなら、死さえ厭わないと思っているだけだ!」
そんな大原の胸に、少女がゆっくりと飛び込む。そして、腕をしっかりと回して抱きついた。
「なら、私を守ってくれ」
舞花は顔を上げずに言った。面食らった大原だが、自分の持っている狙撃銃を見つめ、そして強く握った。
前衛に舞花、後衛に大原、これは本宮が描いていた絵の通りだった。だが、捨石になりかねない前衛に十五歳の少女を使うと言う事は、戦場においては魔女と呼称された本宮でも伝え難かった。
「……分った。先生に任せろ!」
大原は舞花を離し、舞花の肩を強く握りながら言う。その大原の目は、銀色に輝いていた。舞花は、大原の光に包まれた気がして、嬉しそうに小さく笑った。
舞花は、ウサギ柄のトートバッグを肩にかけなおし、一メートル程の突撃銃を両手で握った。大原はその様子に頷くと、狙撃銃持って、周辺で一番高いと思われる監視塔のような建物に走った。




