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第4話 「スチューデント 高田舞花 4」

写真を凝視していた子、和菜がぽつりとそう言うと、皆は強張った顔で写真に目を向ける。


「ま……またまたぁ……和菜は……。そろそろ冗談でしたぁって言わないといけないタイミングだって……」


 周りの子達は一様に首を縦に振り、頬をひくつかせながら笑う。しかし、そのうちに誰もの視線がある写真で止まり、僅かな笑みも消えた。そして、一人がこわごわと壁を指差した。


「…………あのベートーベンってさぁ、最初からこっちを見てたっけ?」


 教室側面の壁上部に張ってある音楽家達は、写真の中で殆どがカメラ目線か違ってもあらぬ方向を見ている。しかし、その中の一枚の写真、ベートーベンと思われるやや険しい顔をしている男性は、その表情のまま視線を下げて舞花達を見つめていた。


「あれじゃないの? どの角度から見ても自分に目線が合うトリックアート」


「もしくは……初めから下を見ている瞬間を撮った写真だった……とか?」


 そんな話をしながら女子達は、ベートーベンの視線から逃げるように横歩きで左に数メートル移動した。舞花とその腕に抱きついている有璃も付いていく。


 ……それを追うように、ベートーベンの瞳も右から左へと動いた。


「……っ!」


女子達が一斉に息を飲み、舞花も眉をひそめた。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁあ!」


誰かが悲鳴を上げると、それを合図に開けっ放しだった前側の扉から女子達は我先にと逃げ出して行く。


 しかし、舞花と有璃だけは動かず、その場で観察を続けていた。 

 舞花はもちろん人間による仕業だと考えていたからだが、有璃はと言うと……、舞花の腕をぎゅっと握りながら体をかちんこちんにして気絶していただけだった。


ともかく、自分一人となり気楽になった舞花は、時間を使いゆっくりと考える。絵が動くとしてもアニメや映画と同質で、向こう側の化け(モンスター)が襲ってくる事などありえない事だしと。


「上級生によるいたずら……なら、手が込み過ぎている。さりとて、生徒を楽しませるための教諭達の催し(イベント)としても、こんな悪質な事をするだろうか……?」


 舞花がネットで入手した学校や学生の慣例にはこのような展開は無かった。それとも、単純に文章を読んだだけでは分からない、生粋の日本人だけが理解出来る日本文化なのだろうかと舞花は思う。

しかし、次の瞬間に起こった事は、舞花をも驚かすには十分過ぎる出来事だった。


「――っ!? 3D立体映像か?」


 舞花は首を振って投影機を探す。

 なんと、写真の中にいたベートーベンが、目だけで無く顔も動かし、更には体を動かして、写真の中から這い出て来ようとしているのだ。映写装置の類を発見出来なかった舞花は、そのモノへと視線を戻した。


「……まさに、信じ難い」


 舞花が見ている前で、顔と両腕を出したベートーベンは縁に手をかける。そのまま上半身を引き抜き、腰をも抜くとずるっと床に落ちた。立ち上がった男はベートーベンと同じ姿をしており、写真から抜け出たばかりなのに赤いマフラーとコートは本物にしか見えない質感だった。


 男は、舞花に目を向けると、確実な足取りでゆっくりと近づいてくる。


 ナイフ一本あれば猛獣にも立ち向かえる舞花だが、流石に気を失った有璃と一緒に後ろに下がって距離を取る。


「冗談ならその辺でやめておけ。怪我をする事になるぞ」


 舞花の警告にも従う気はないようだった。念のためにドイツ語で「Halt!」と言い直してみたが、男は気に留める様子が微塵も感じられず、歩みを止めない。


「人間では、無いか……」


 舞花の洞察力は、夕日に照らされている男に影が無い事を気が付かせた。人の仮装でないならば、やはり立体映像や特殊映像の類かと思い、舞花はピアノの上に乗っていたメトロノームを拾い上げて男へ投げつけた。


[バキッ……バキバキバキ……]


「なっ……にっ……?」


 男はそれを空中で掴み、手の中で砕いた。白いプラスチックの破片と金属の部品が、教室の床に音を鳴らして転がる。舞花はここでごくりと唾を飲み込んだ。


「こ……これは……実体? 日本の最先端技術か? しかし、これほどの科学になると機密…いや、極秘扱いの物のはず。これが私に与えられた作戦(ミッション)なのか? これを……どうする? 奪取なのか破壊なのか? いくらなんでも何も説明を受けて……」


 この件についての判断も含め、自己能力を示すのが指令かと舞花は考えた。その意図は分らないが、とりあえず自分に与えられた力を行使する。


「動くな。今度は警告ではない」


 舞花は、近づいてくるベートーベンに向かって握手をするかのように右腕をぴんと伸ばす。すると、右手の中にいつの間にか10センチ程の小さな拳銃が握られていた。



『空牙22S』……表には決して出ることの無い日本製の拳銃。日本独自の特殊強化プラスチックだけで作られた玩具のようなこの銃は、金属探知機の有無に左右されず、ありとあらゆる所に持ち込める。しかし弾丸は22口径の本物を使用し、弾倉は一発充填式。連続して使用すれば発射時の熱により変形して、三発目は撃てなくなる。



 銃を向けられても動じる様子も無いベートーベンは、舞花との距離を5メートル程に詰めてきた。


 舞花はその場で素早く有璃を寝かせると、立ち上がりながら左手でポケットから青いボールペンを取り出した。親指でボールペンのキャップを弾き、筒の中からタバコよりも細い小さな金色の部品を出す。そして舞花はその円柱状の部品を銃の後部に差し入れ、上部を一度スライドさせた。カシャっと言う音と共に、弾倉に小さな弾丸が送り込まれる。


[パァーン!]


 舞花は平和な国の警察のように何度も警告を繰り返すように仕込まれてはいない。日本と言う土地柄により一度の警告を発したが、それに従わなければ即座に発砲する。


 しかし……


「すり抜け……た……だと……」


 舞花が放った弾丸は、ベートーベンの眉間を容赦なく捉えた。しかし、銃創が付いたのは後ろの白い壁。音楽室特有の穴の開いた吸音壁に、少し大きめの穴が一つ増えている。

 さすがの舞花も原理が理解できない事態に冷や汗が顔を伝った。




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