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第31話 「鳩派と鷹派 4」



 その日、舞花は大原の家に泊まり、翌日の朝十時に公園へと二人で向かった。万が一戦闘になった場合、昼過ぎに来るであろう有璃を巻き込まない事を考慮してである。



 公園は中学校の校区内なので、もちろん教諭である大原も把握している遊戯場のひとつだった。そこへ到着してすぐ、大原と舞花は小屋型の滑り台の中を二人で覗き込みに行く。すると、やはり少年は宣言通り昨日と全く同じ場所に鎮座していた。すぐに舞花に気が付き、大原に目を遣りながら挨拶をする。


「やあ舞花ちゃん。そっちの人は……昨日連れてくるって言ってた、大原・クラッシュ・辰巳先生だね?」


「鳥の巣みたいな頭だろ?」


「初対面の子に変なミドルネームを覚えさせるなよ舞花。どこで覚えたんだそんな遊び。まさか……生徒達は皆、影でそう呼んで……? ま…まあいいや……。で、君が翔君だね、聞いているよ。僕はそこの大谷中学校三年二組担任、大原だよ。よろしく」


 大原は軽く手をあげて挨拶をした。もちろん握手などで手を預ければ、テイア人なら腕をもぎ取る怪力を有しているので用心しての事だ。しかし、翔は警戒に気づいているのか気づいていないのか、大原に向かってにっこりと笑うだけの返事を返した。


「うちの生徒達と遊んでくれてありがとうね。ところで、翔君はいつもここにいるらしいけど、家には帰らないのかい? お母さんは心配しないの?」


「お母さんは……」


 翔の表情が悲しげなものとなった。その様子から、やはりテイア人にも親と言う物が存在する事が分かる。大原と舞花は、翔が親と別世界に来てしまって今は離れて寂しいと言うような答えを予想したのだが……


「お母さんは、お父さんと一緒に捕まっちゃった」

「……捕まった?!」


 二人は顔を見合わせた後、大原が更に翔に聞く。


「警察に……って事かな?」


「う……ん。治安維持部隊兵士に……」


「治安……? それはどうしてだい? 理由があったのかな?」


 そこで翔は大きく首を横に振った。


「違うよ。反対していたから……」


「反対? って何に…」


 大原が更に聞こうとした時、横で舞花の携帯がなった。トートバッグから取り出した携帯の液晶を舞花が見ると、有璃の名前が表示されていた。舞花は、有璃からの公園へ遊びに行く誘いの電話だと思い、すぐに携帯をとった。


「どうした有璃。今日も遊ぼうと言う電話…」


〈まっ……舞花ちゃんっ! 助けてっ!〉


 切羽詰まった有璃の声だった。舞花は大原に目くばせをしながら、携帯を耳に強く押し付ける。


「何があったんだ?」


〈へ……変なのっ! 近所の人がうちの周りに集まって来て……全員で二階の私の部屋を無表情で見上げているのっ! お父さんもお母さんも朝早くにお仕事に行っちゃったから……どうしよう……警察に連絡した方が良いのかな?〉


「……すぐに行く! 警察よりも私と大原先生が到着する方が早い。それまで待っていろ!」


 有璃の返事を聞くと、舞花はバッグに携帯を投げ込んだ。大原も舞花の言葉だけで事態を察したらしく、すぐに有璃の家へ向かって駆け出そうとする。その背中に、翔の言葉がかかる。


「ちょっと待って! 有璃ちゃんがどうしたのっ?」


 滑り台の小屋から上半身を乗り出して聞いてきた翔に、舞花は振り返って言う。


「詳細は分からないが、助けを求めているようだ。確認しに行ってくる」


「ぼ……僕も行くよ!」


 翔は小屋から出てきて、舞花を追い抜かして走って行った。


「そっちじゃない、左だ!」


 舞花が声をかけると、翔は慌てて反転して戻ってくる。


 翔を交えた三人で、公園から走って五分の有璃の家へ向かった。



 五分間の全力疾走でも舞花と大原の息はまったく上がらない。そしてやはり、精神体のテイア人と思われる翔の息も乱れていなかった。


 最後の角を曲がると、一戸建ての有璃の家を取り囲むように十数人の人間がいた。何人かが門を開けて、今まさに入って行こうとしている。


「ちょっとっあなた達! そこは私の生徒の家ですけどっ! 何か用なんですかっ!」


 大原は、両手を広げ人々に向かって大声で訴えてみた。すると、有璃の家を取り巻いていた全員の顔が向く。大原と舞花は、いつものテイア人特有の冷たい空気を感じた。


「まさか……この住宅街が丸ごとやられたか?」


 大原は軽く見回す。有璃の家は小高い丘の上にあり、新しい家屋が十五戸ほど立ち並ぶ新興住宅地だ。そこの住民が、殆どテイア人に取って代わられたかもしれないと大原は思った。


「舞花ちゃん、大原先生、……逃げた方が良い。あれは舞花ちゃん達が知っている人間じゃない。……僕の仲間だ」


 翔はそう言うと、舞花達の前に出て奴らを睨み付ける。

そんな翔と住民を大原は見比べて見るが、どちらも見た目には全く普通の人間と違わない。


「待ってくれ翔君。どうして奴らが人間じゃないと自信を持って判断出来るんだ? 何か特徴があるのか?」


 これは重要な事だった。現在人間達は、指紋や分泌物の有無でテイア人だと判断している。それが見ただけでテイア人だと判別可能となると、奴らを人間から分離駆除する速度が段違いになる。

 ……しかし、翔は首を振った。


「外見だけなら僕にも分からない。だけど……」


「だけど?」

 

 大原が顔を覗き込むように聞き返すと、翔は住民の一人を指差した。


「そのために、分かるように約束事を決めているんだ。右腕に腕時計をし、その右の人差し指に適当な指輪(リング)を付ける。自分達でも見ただけでは区別出来ないから、仲間って分かるようにそう取り決めがあるんだよ」


「何っ……。そんな簡単な事で……? いや、しかし……気が付かなかった……」


 確かに住民達全員が右手に時計をつけ、その右の人差し指にはそれぞれ指輪が光っていた。この事態を解決した後、すぐにダージリンを通じて上層部に伝えなければ……と、大原が考えていた時、翔が突然走り出し、有璃の家へ向かって突っ込んでいく。


「うわぁぁぁ! 有璃ちゃんに手を出すなぁ!」


 振り上げた翔の右腕が、黒く大きく変化する。


[バシッ!]


 翔は右手で住人の一人を薙ぎ払った。しかしすぐ別の住人に体を抑え込まれる。その翔を捕えた奴の顔は能面だったのに、その瞬間突然表情を現した。


「こっ……こいつは……法務大臣アシドの息子だっ!」


「何っ! あの日和見野郎の息子かっ!」


 翔は一斉に住人に取り囲まれた。


[ガァーン!]


 その輪を、一発の銃声が引き裂いて凍りつかせた。住人達はゆっくり下がりながら音のした方を見ると、青年と少女が銃を構えている。当然、大原と舞花であり、二人は次々に引き金を引き始めた。


[ガァーン! ガァーン! ガァーン!]


 翔を取り囲む者の内、翔に近い者から次々と放射状に倒れていく。呆然として翔が火を噴く拳銃を眺めていると、あっという間に十数人いたテイア人は全て地面に伏した。


「ま……舞花ちゃん……、あなた達がもしかして……そうだったんだ……」


 翔は観念したように目をつぶった。その耳に、カチャリと銃の撃鉄を起こすような金属音が聞こえる……


「翔君! 遊びに来てくれたんだっ!」


 そこに、有璃の声が飛び込んできた。翔が目を開けると、自分の腕を引っ張る有璃が隣にいる。


「ちょうどお父さんもお母さんもいなくて暇だったんだよっ! ……あれっ!? 舞花ちゃんと……大原先生?」


 舞花はともかく、どうして大原がいるのかと目を丸くしている有璃に、大原は「突撃、家庭訪問の時間ですっ!」と言って敬礼を見せた。軽い沈黙の後、有璃は口に手を当てて笑いだす。


「あはは! 先生ったらっ! 本当は舞花ちゃんとデート中だったんじゃないのぉ?」


「えっ!? こらっ! 持田ぁ! 変な事を言うなっ! 最近はそれ洒落にならないんだぞっ! ……あっ!」


 言い訳の真っ最中に、隣の家の玄関から出てきた住人と大原は目が合った。


「こ……こんにちはぁ……。俺は決してロリコンではなく、もっと大人の女性が好きで……」


 そこまで言うと、出てきた主婦は不審者を見るような目をして家の中へ慌てて消えた。


「こらぁ! 持田のせいだぞっ!」


「ごめんなさーい、先生~」


 そのまま三人は有璃の家に迎え入れられた。




 住人が再び人間へと戻ったため、夜になっても有璃の近所は活気があった。

 その殆ど一時的にテイア人にすり替わっていたのだろう住宅街に、一人の男が帰って来た。


「ワンッ! ワンッ! ワワワンッ! ウー……グルルル……」


 家の主に向かって、飼われていた二匹の犬がなぜか吠えて唸り声を上げる。


「ふん……人間よりも賢いかもしれんな。……いや、賢ければ黙っているか」


「ギャワッ…………」


 男の手が二匹の犬の首にかかると、すぐに辺りに静寂が訪れた。




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