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第20話 「遅い来るテイア人 2」




八月初旬、某日。宿泊体験出発日。

 前日にかかってきた大原の確認の電話に「そう言えば明日か。忘れていた」と、答えた舞花だったが、壁にかけてあるカレンダーのこの日に二重丸が付けられていたのは見逃せない事実だった。


 舞花は大原に買わせた迷彩柄の大型リュックを背負い、いつものトートバッグをさげて出かける。


 朝八時集合の駅で、約一時間半前からずっと立っている舞花に駅員は心配で何度か声をかけた。家出じゃないかと駅員が警察への通報を本気で考え始めた頃、ようやく有璃がやってきた。 


「舞花ちゃーん、早いね~」


 それを皮切りに、次々と同級生が現れた。もちろん強制的な学校行事では無いので、舞花のクラスは十人程が参加との事だった。隣の片瀬教諭が受け持つ三年一組もほぼ同数の参加者人数である。


「重くないの舞花ちゃん? それに、迷彩の柄なんて、舞花ちゃんって本当に兵隊さんのマネが好きだね~?」


 有璃は、舞花の背中にある大人の身長程の高さがあるリュックを見上げて感心している。そう言われた舞花は背負ったリュックを軽々と揺すって見せるが、その肩ひもは繊維の限界強度だと言いたげに伸びきっている。


「ほんの三十キロ程だ。海水さえも飲料水に出来る浄化装置が若干重くてな。それに、目立つ柄の鞄など持っていたら森の中で蜂の巣にされる。有璃もそんなピンクのリュックなら危ないぞ?」


「あはは。蜂の巣にならないように、蜂が近づいてきたら逃げるね~」


 思いっきりずれた会話をしている二人に、何やら言い争う大人の声が近づいて来た。


「どうして田之上先生がここへ来ているんですかっ!」


「大原先生こそ、一組と二組だけで勝手にこんな行事を立てて!」


「主任に許可は取りました! 田之上先生も、本宮主任と合同で同じようにやったら良いじゃないですかっ!」


「バカなっ! なぜそんな罰ゲームを……。大原先生が代わりに行ってくれよ!」


「俺だって、そんな息の詰まる旅行は死んでも嫌ですよっ!」


 押し合いへし合いをしながら現れた大原と田之上だったが、その前に仁王立ちして立ちはだかった女性に顔面を蒼白にする。


「誰と行くのが嫌だってぇ?」


「しゅ……主任っ!」


 大原と田之上は二人並んで気を付けの姿勢をした。現れた本宮は巨大な三角定規を上段に構え、すぐにでも二人の首を跳ねる様相だった。


「まあ……生徒達の前だから、悪口の件は大目に見てあげますが……。しかし大原先生!」


「はいっ!」


 本宮は、返事をした大原の首に三角定規を突きつける。


「何が私の許可を取ったですか! 私の携帯にメールを送っただけじゃないですか!」


「いや……あの……何度電話しても主任はお出にならなかったので……。通話中だったのかなぁ。あ……あはは……」


「嘘おっしゃい! 私の携帯にはしばらく着信なんてありません! ……あ、えっと、仕事と遊びの携帯を分けてるからですけどね!」


 言った後、本宮は何かをごまかすかのように手荷物の中にぐいぐいと三角定規を仕舞っう。大原はその本宮の鞄が気になり、恐るおそる聞く。


「あのぉ……。主任はお見送りに来てくださったのですか?」


 すると本宮は顔を上げ、眼鏡を光らしながら大原を見た。


「何を言っているの。参加する生徒の総数が二十人にもなっているのに、先生が二人なら管理不行き届きが発生する可能性があります。私も忙しいのですけれども、急遽手伝いに参加することにしたのですっ!」


「えぇわぇぇぇうぇぇぇあぇぇのぇぇぇ」


 大原は声にならない音が喉の奥から発せられた。その横で田之上が自分の顔を指差して本宮に尋ねる。


「じゃあ、僕が参加するのもありですよね? 主任?」


「もちろんです。多い方が助かります」


 田之上の参加も本宮は至極当然だと言うように受け入れた。



 かくして、教諭が三人に生徒が二十人、魂の抜けた男が一人と言う部隊編成で、宿泊体験学習は行われる事となった。 



 定刻に出発し、特急に揺られて一時間半。そこからバスに乗り換えて一時間ほど走り、更にハイキングがてらに三十分程歩くと、目的の場所には昼過ぎに到着した。さすがに一般生徒を樹海のような密林には連れて行けないし、湧水しかない場所で野営させる事は出来ないので、多少名の知れたキャンプ場である。コテージが7~8棟程立っており、傍には小川がある。ただ、もう少し都心寄りに有名なキャンプ場がいくつもあるためか、天気が良いと言うのに他の客の姿は無かった。


「ほぉーら、皆。貸し切り状態だぞぉ~。多少騒いでも構わないからな~」


 大原が手を広げて言うと、生徒達は小川に向かって駆け出した。深い場所でも腰ほどしかない浅い川なのだが、念のために川上と川下には田之上と本宮が監視役として立つ。


「本当、素敵な所ですね。良くこんな場所を格安で見つけられましたねっ!」


 片瀬も心から感心したようだった。

清流と呼べる小川に、その近くに建つ綺麗なコテージ。昼ごはんこそは持参したお弁当だが、晩のバーベキューと翌日の朝の軽食が付いて、一泊二食付で一人1980円。貧しい大原も大助かりの料金だった。生徒達としても、監視役の人間それも教諭が付いてこの値段は破格としか言いようが無い。


「大原せんせーい! エビみたいなのがいるよぉ~」


「なにぃ! 捕まえて夕食のおかずを増やすぞぉ~」


「残酷ぅ~」


[ドッポーン]


 いきなり石で足を滑らし、川に向かってダイブする大原だった。





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