第2話 「スチューデント 高田舞花 2」
一ヵ月後――
都心の南西に位置するある街。緑が程ほどに残り、比較的水量の多い川もある。
幼稚園、小学校など教育機関も充実しており、その近くに複合型ショッピングセンターもあれば、古き良き商店街も残している。
つまり、まあ、普通の街であった。
五月。新学期が始まって一ヶ月経った今、子供は新しい友達と賑やかな声を上げる。
ここ私立大谷中学校の周りも、多分にもれず友達同士で仲良く通学する子供達で溢れていた。
学校へ向かう二車線道路脇の歩道、そこを二人の女子生徒が仲良く歩いている。一人は、眼鏡をかけたおさげの小柄な少女で、もう一人は、肩口までの髪の目の大きな少女だ。
「昨日はおかしかったね~! 舞花ちゃんって、本当に天然なんだからぁ!」
眼鏡の少女は口元に手を当てながらそう言ったかと思うと、堪えきれずに吹き出した。
それに対し舞花と呼ばれた目の大きな少女は、苦虫を噛み潰したかのような美少女らしからぬ顔をして首を傾げる。
「カラオケなど高校生以上の人間が行くものだと思っていた。事前学習が甘い、私もまだまだだな……」
「あははっ! 舞花ちゃんが歌ったのって、…えと、なんだっけ?」
「民謡だ。それならば多種多様な唄を覚えているのだが、有璃達が歌っていた歌謡曲はまるで知らない。だが、これから一週間の間に千曲は暗記してみせ…」
「J・POPだよ! か…歌謡曲ってなぁにぃ?」
有璃と呼ばれた眼鏡の少女は、お腹を抱えて笑う。はた目には良くある中学生同士の様子だった。……理由は稀有だが。
突然、舞花は何かを感知したかのように後方に鋭い視線を向けた。その向こうには、色しか認識できないほど離れてはいたが、交通量の少ない道路を走ってくる車があった。
舞花は、笑い転げている有璃の肩に手を乗せて言う。
「有璃、今日はこちらの道から行かないか?」
「あはは…、えっ? そっちは学校まで遠回りだよ?」
有璃は不思議そうにぽかんと口を開けたが、舞花は一人で脇の道へと進んで行く。距離を開けられた有璃は、小走りで舞花の後を追って住宅街への路地に入った。
「待ってぇ、舞花ちゃーん!」
[グワッシャッン]
後ろで大きな音が聞こえ、有璃は振り返った。すると、先ほどまで自分達が立っていた場所そばの街路樹に、追突して前部をひしゃげてしまった車が見えた。
「わぁ! 事故だよ舞花ちゃん!」
有璃が戻って車のそばに行くと、目を擦りながら出てきた運転手が携帯で何処かに電話を始めた。怪我は無いようだった。
胸を撫で下ろした有璃は、いつの間にかまた舞花の手が肩に乗せられている事に気がついた。顔を向けると、舞花が歩き始める所だった。
「行くぞ、有璃」
なぜか舞花は脇道から歩道に戻ってきており、最初と同じ道を学校へ向かって進んで行く。
「えっ?! そっち? あっちは?」
細い路地を指差す有璃に、舞花は振り返って小さく首を振った。
「有璃、睡眠は重要だから覚えておけ」
まったく何を言われているか分らない有璃だったが、先を進む舞花の後をばたばたと走って追った。
『高田舞花』
十五歳になる彼女は、身長が158センチ、体重は47キロ。細身だが、身長からすると痩せ過ぎだと言う程では無い。
彼女は黒髪で目が大きく、鼻筋も通っていて大人びた風で、学校のクラスでも男子の人気を集めそうな女の子に見えた。
だが……
彼女はその歳まで一日たりとも学校へ通った事が無かった。
三歳歳の時に某国の手により連れ去られ、十四歳の時に保護され日本へ戻ってきた。一緒に拉致されたと思われる両親は、未だに手がかりが掴めない。
某国により、諜報・戦闘など諜報員としての徹底教育が施された彼女は、幼くして一流の兵士となっていた。いや、されていた。
今、彼女の身柄を今引き受けているのは……国家秘密特殊部隊。通称『GARD』。一般人には目的どころかその存在も知らされていない組織である。GARDは、果たして彼女の能力を利用しようとしているのだろうか?




