表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

カクシゴト

作者: 四季マコト

後半の描写、直接的な描写はしてないけど規制に引っ掛かる? 線引き難しいので、一応R-15タグつけて置きましたが。

「本当は、苦い物がダメで甘い物の方が好きなんだよね!」

「恋愛物の映画よりも、アクションとかド派手な方が好きなんだよな!」

「初めてシた時、入れる場所が分からなくて戸惑ってたよね!」

「後ろでヤるのは嫌いって言ってる割に、実は結構好きだよな!」

「経験者振って頑張ってたけど、実は童貞だったの知ってたよ!」

「こっそり処理してたけど、指に毛が生えてるの知ってたぜ!」

「…………」

「…………」

「え、いつ見いたのよ……?」

「し、知ってたのかよ……?」


 さあ、問題です。

 今日で付き合って四年目を迎える同棲中の恋人達が、ここにいます。

 そんな二人が休日にすることと言えばなんでしょう?

 その答えは、ズバリ!

 お互い言いたかったけど我慢してたことを暴露してスッキリな気持ちで別れちゃおう大会だッ!!


「しょ、ショックすぎる……! 女としてこれだけは、と前カレにもバレないようにしてたのにぃ……」

「俺の方こそショックだぜ……。真面目にAV見て研究したり、雑誌読んで勉強したりしてたのに……」


 予想外に甚大なダメージに、思わず丸テーブルに顔ごと突っ伏す私とケイスケ。

 いやー、恐ろしいほどに次から次へと出るわ出るわ。

 お互いが隠していたつもりなのに、実はバレていた部分が。

 別れ話の最中、口論してるうちになぜか始まった告白大会。まさか、ここまで白熱しようとは神様だって思うまい。

 熱烈に愛し合った日々は遠い過去。月日が経った現在、二人の仲はすっかり冷え切っていた。

 付き合う年月に比例して増えたのは、愛情ではなく、嫌悪だった。

 些細なことで喧嘩を繰り返し、もう限界とばかりに私から別れを切り出した。

 すると、彼も待ってましたとばかりに私を責め立ててきた。

 だから、それに負けじと私も反論した。

 最初はお互いのイヤな部分を言っていただけなのに、どこをどうしてこうなった?

 今まで以上にインパクトのあることというと――


「あっ!」


 そうだ、これはさすがにバレてるとは思ってないよね!?

 私はガバッと勢いよく顔を上げ、同じように持ち直してこちらを睨んでくるケイスケに告げる。


「偶然二人の休日が一緒になって、私が前から見たかった映画のチケットをたまたまケイスケが持っていて、それを見に行った帰りに告白されたけど……、あれって最初から全部計画立ててたよね? バイト先の店長からシフト調整したのを聞いたし、私のことを探られたカナから狙われてるよーって教えてもらってたし」

「お前と付き合い始めて一ヶ月後位に入ってきたユカリちゃんっていたろ。後輩指導してた俺と結構仲良かったのに突然辞めちゃった女の子。あれ、辞めた原因はお前だっただろ? 本人からは聞き出せなかったけど、実際にスタッフルームで彼女をお前がイビッてる現場目撃したし」

「…………」

「…………」

「「うぁぁぁあああああああああ!!!??」」


 再度、絶叫、そして轟沈。

 なんだよ、もうー。なんでそんなことまでバレてるんだよぅ……。

 努力して可愛い系のイメージを保とうとしていた私の努力は、いったい!?

 普段の言動は当然として、化粧だってあまり濃くならないようにナチュラルを心掛け、服装だって趣味じゃないゆるかわ系のにしてたっていうのに!

 それもこれも、全部アンタが好きなタイプだからやってたのに!!

 ……まさか、全部バレているとは。


「……なんで狙ってたの知ってたのに、知らないフリしてOKしたんだよ?」

「そんなの――」


 こっちから狙うように仕向けたからに決まってるじゃん。

 と、言い掛けたが、口をつぐむ。

 別れ話中の二人がするにしては、さすがにちょっとアレかなと自重。

 どうせ別れるのだから、気にせず言えばいいのは分かってる。

 でもさ、なんかこう、自分の方が先に好きになったと認めるのは、なんか負けた気がしてシャクに触るじゃない? 既に本性丸分かりだろうと、ついさっきまでかぶっていた猫を、はいそうですかと脱げるわけはないし。


「そんなことより、私があの子をイジメていた現場、見ていたんでしょ? なんでその場で止めなかったの? てゆーか普通、そういう女だって知ったら幻滅するでしょ? 特に、可愛い系の子が好きなアンタとしてはさ。その時に別れようとか考えなかったの?」

「んー、でもさ。俺が他の女と仲良くしてたのが原因なんだろ? だからまぁ……、気遣えなかった俺も悪かったな、と。もちろん、ユカリちゃんには事情説明して謝罪したけどさ。それにな、確かに俺はお前の取り繕った外面が好きで付き合ったけど、付き合ってからは――」


 いやまぁうん、と煮え切らない語尾で台詞を終わらせるケイスケ。

 あ、と思った。

 同じだ。これ私がさっきしたのと。視線を逸らす、その不自然な態度で気付いた。

 えーと……。つまり、なんだ、そういうことなのか?

 一生懸命に猫かぶりしていた甲斐もなく、間抜けにも隙間から見え隠れしちゃってた本性を愛していてくれていた、と。そういうことなのだろうか?

 ……うわ、やっばい、どうしよう! なんか無茶苦茶こっぱずかしい!

 顔中がカーッと火照っていく。熱を持って赤らむ自分の顔が容易に想像出来る。

 わけもなく妙に照れ臭い。知らない他人に下着姿を見られる方がマシってくらいに恥ずかしい。

 意味もなく髪を撫でつけ、落ち着け落ち着けとケイスケを視界に入れないようにして暗示を掛ける。

 それにしても本当、お互いに無駄な努力をしていたものだ。

 隠そうとしていたことの結構な数が相手に知られていたとは。

 私も四年間、無駄な努力をしてきたなんて思いもしなかった。

 そう、無駄な努力……四年間の積み重ねが……無駄……。


「必死になって大人しく可愛い子をアピールしたこの四年間、私が今どんな気持ちか分かる!?」

「童貞が精一杯頑張って努力してたのに全部バレてたと知った、今の俺の気持ちが分かるか!?」

「…………」

「…………」


 ……うん、それはたぶん、私が今、受けているダメージと同じ被害なんだろうね……。

 朝食後から開始して、現在の時刻は午後三時過ぎ。

 別れ話開始から二時間。暴露大会開始から四時間が経過。

 お互い、そろそろ持ちネタが尽きてくる頃合だろう。

 でも、だからこそ負けられない。

 これは勝負なのだ。どっちが相手の隠し事をより多く知っていたかという真剣勝負。

 私のほうがアンタのことを知っているんだ、と認めさせてやる。

 最後の最後でケイスケにやりこめられてサヨウナラなんて、そんなの絶対イヤ!!

 そんなミジメな終わり方がしたかったら、私から別れ話なんて切り出さなかった。

 だって、もう限界だったんだ。

 ケイスケの口から私を傷つける言葉が出るのも。

 私の口からケイスケを傷つける言葉が出るのも。

 聞きたくなかったし、言いたくなかった。

 だから、私は別れ話を切り出した。

 ――これ以上、彼を嫌いな自分になりたくないから。

 そう、だから後には引けない。引く気も無い。

 私は意を決して、深々と息を吸い込んだ。

 これだけは言うまいと心に決めていたこと。

 大切な思い出として秘めていたこと。

 最後の最後の切り札。

 それを後腐れなく言ってしまおう。

 彼はといえば、もはや残りのネタがなくなったのか焦ったような表情をしている。

 ケイスケの様子を見て勝利を確信する。

 これで私の勝利だ、と。

 これで私は別れることに躊躇いがなくなる、と。

 取って置きの、隠し事。

 絶対に、これだけはバレていないと思い込んでいるだろう。

 理由があって、私は今日までずっとそのことに気付いていないフリをしていた。

 だけど今、暴かれた真実を叩きつけるッ!


「同棲し始めた頃、私が冗談で結婚用資金も貯めないとねって言った翌日、アンタ、銀行口座を新規で作ってたよね!? しかも、それからずっと内緒で貯金してるでしょ!!」

「は、初めてお前の手料理を食べた俺が腹壊した後から、ずっと内緒で料理教室通ってただろ! いくらなんでも、そんな急に料理が美味くなる方がおかしいって!」

「――――」

「――――」


 …………。

 ウソ?

 え……? いやいやいやいや待って待って!

 うん、嘘よね?

 だって……、え? 嘘、なんで? どうして?

 なんで、アンタがそれを知ってんのよ!?

 誰にも――それこそ親友のカナやサキ、家族にだって秘密にしていたのに!

 二人で同棲するようになって、初めて作った手料理。

 これから毎日作ってあげるつもりでいた私は即日、打ちのめされた。

 それまで料理どころか家事さえロクにしたこともなかった私だが、当時は女というだけでなぜか料理に根拠の無い自信があったのだ。

 自信満々に料理を作り始める私。料理中の私を嬉しそうに見守る彼。

 それだけに――食後にトイレへ駆け込んだ彼を見て、私は果てしなく落ち込んだ。目の前が真っ暗になる、とは決して比喩表現ではないのだな、と実体験した。

 冗談めかして言った結婚という言葉。

 幸せの代名詞ともいえる言葉。

 お前には無理だと、それを誰かに嘲笑われた気がした。

 悔しくて本気で泣きじゃくったのは、あれが初めてだったかもしれない。

 自分の負けを認められなかった。諦めたくなんて無かった。

 だから私は、彼に内緒でお料理教室に通い始めた。

 それからは毎日、特訓の日々。

 悲しきかな、その弊害で一ヶ月に二キロも太るという惨劇に陥ったこともある。

 しかし、決死の努力の成果が実り、今や得意なことは料理だと自信を持って言えるようになった。

 理由があまりにも情けなくて、悔しくて、悲しくて、恥ずかしくて。

 絶対に誰にも知られまいと、わざわざ遠方の三つ先の駅にある教室を選んで通っていたというのに。

 それが……知られていた?


「ちょっと……、どうして? やだ、なんで知ってるのよ?」

「俺が一緒に飲みに行くことの多い上司のお姉さんが、そこの先生なんだよ。で、色々あって偶然、俺とお前が同じ住所だってことに気付いて……それで」

「どんな色々!? そんな偶然アリ!?」

「俺に言うなよ! つーか、お前こそ、なんで通帳のこと知ってんだよ」

「あんなバレバレの場所に隠してて気付かないわけないでしょ?」


 アホか、と溜め息を吐く。

 私がケイスケの秘密を知った経緯はとても簡単。

 隠し場所を知っていたからだ。

 そりゃ、漫画だらけの本棚に一冊だけハードカバーの洋書なんてあったら疑うってば。こういう所、彼は本当に間が抜けていると思う。中学生の男子じゃあるまいに。

 でもまぁ、エッチなものにしても少しくらいは多めに見てあげようとスルーしてきた。

 私がその秘密を暴く切っ掛けになったのは、彼の仕事が遅い日々が続いたからだ。

 連日連夜、仕事仕事。帰ってきたと思ったら、寝てまたすぐ出勤していく。

 よもや、浮気でもしているんじゃないだろうな、と私は彼を疑い始めた。

 それでも、女としての意地があったし、プライバシーは尊重しようと、彼の携帯のチェックだけはしたくなかった。絶対に後ろめたい気持ちになるし、束縛に歯止めが利かなくなりそうだし……、何より、決定的な証拠を見つけてしまったらどうしよう、という相反する気持ちがあった。

 だから、このくらいなら平気だよね、と軽い気持ちで彼の隠していたものを手に取った。

 もし浮気した相手とのツーショット写真なんて出てきたら……いやいや、出るわけないじゃん。私相手にだって、そういうことしてる最中に写真を撮るとか申し出たことないんだし。どうせ、エッチな本かDVDか何かでしょ。変な趣味でも持ってたら、思いっきりバカにして泣いて困らせてやる。

 私はどこかウキウキと楽しみながら英語で書かれたハードカバーを外した。

 ――そして、その中身を手にとってその正体に気付いた瞬間。

 


 声を上げて泣いてしまった。



 それは、一冊の貯金通帳だった。

 こんなものを見て大声で泣き喚くなんて、きっと私くらいなものだろう。

 けれど、私にはそれが何なのか分かっていた。気付いてしまった。

 だから、涙が止まらなかった。

 私の知らない彼の貯蓄。初めて預金された日付。毎月、振り込まれている金額。

 彼はこんなにも私を想ってくれていたんだ。

 ギュッと貯金通帳を胸に抱きしめる。

 ……こんなにも私を幸せな気持ちにしてくれるなんて、いったいどうしろって言うのよ!!

 抑えられない気持ちが涙になって、次から次へと頬を伝う。

 嗚咽を堪えきれず、わあわあとみっともなく泣き出してしまう。

 彼はいったいどれ程に苦労して、この金額を捻出したんだろう?

 新社員の給料なんてそう多くないのに。会社の付き合いだってあるだろうに。

 自分の小遣いを削ってまで、私が冗談めかして言った一言を、すごくすごく大事にしてくれて。

 そんな彼を浮気しているのではと疑った私は、人類史上稀に見るどうしようもない愚か者だ。

 彼がいったい何のために、誰のために汗水流して寝る間も惜しんで働いているのか。

 全部、全部、こんなバカな私のためじゃないの。

 ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。

 ありがとう、ありがとう、ありがとう。

 謝罪と感謝で胸がいっぱいになる。

 彼の優しさを知って幸福感に包まれる。

 たくさん泣いて泣いて泣きまくって、これでもかってくらいに泣きじゃくって。

 声も涙も枯らした頃には、すっかり陽が落ちていた。

 いったいどれだけの時間、子どもみたいに全力で泣いていたのやら。

 私は鼻をすすりながら、通帳を元あった通りに隠して洋書を本棚に戻す。

 ……いつの日か。

 いつの日か、私を驚かせようとそれを取り出した彼を見て、私は知らないフリをして驚いてみせるのだ。そして、そんな私を彼は嬉しそうに微笑みながら見つめる……。

 そんな幸せな未来の光景を夢見てしまった。

 ――だから、黙っていようと決めていた。

 いつか来るかもしれないその日を、じっと待ち続けようと。

 その思いを振り払ってまで出した切り札を、これ以上ないくらい見事に返して見せた彼はというと。


「絶対にバレないと思ったんだけどな……」

「バレるわよ! あたしなんて、親友にも家族にも誰にも言わずにいたのよ! それなのにケイスケが知ってるなんて、おかしいでしょう!?」

「でもさ、そこまで動揺するようなことか?」


 あろうことか、理解不能とばかりに首を傾げやがった。

 ……おい、待てやコノヤロウ。

 ブチッと自分の中で何かが切れる音がした。

 沸々と煮え滾るような何かが胸の奥から込み上げてくる。

 えっ? やだ、怒ってないよ、全然怒ってない。本当に怒ってないってば。

 だって……、私は冷静にケイスケにムカついてるだけなんだからッ!!


「動揺するに決まってんでしょ! いい!? 自信満々に振舞った手料理で彼氏のお腹を壊して、それで結婚とか言ってたのよ私は! どんなバカ!? しかもその後、料理教室に通って必死に勉強するとか! 結婚意識してるのバレバレじゃない! 重すぎるわよ、そんな女! なんでもっと早く言ってくれなかったのよ!」

「……ああ、やっと分かった。エミって結構バカだったんだな」

「はぁンッ!?」


 今までケイスケの前で一度も出したことのない素の声音を出してしまった。思いっきりドスの聞いた低音。もはや完全に、可愛い系の私といったイメージは幻想に崩れ去ったことだろう。

 でも、今更何を取り繕う必要があるのだろうか。

 ここまで、お互いに自分をさらけだしてしまっているのに。

 そうよ、もういいじゃない。このまま、最後まで行ってしまえばいい。

 覚悟を決めると、いっそ清々しい気持ちになった。

 地の自分を出したまま、問い詰める。


「バカって、何が!?」

「そんなの――嬉しかったから黙っていたに決まってるじゃん」


 そうして、彼はストンと。

 本当に何の気負いもなく、私が言わなかった――言えなかった一言を口にした。


「自分の為にって努力してくれる彼女を見て笑うわけないじゃん。だから俺も仕事を頑張れたし、ずっと貯金をし続けられたんだよ」


 事も無げに言って、にへらっと緩んだ笑みを浮かべる彼。

 そのバカみたいに自然な笑顔を見て、

 ――ああ、やっぱり私はケイスケが好きなんだ、と自覚した。

 それはとっても簡単な問題だ。

 一緒に暮らすようになって、私は彼の知らない部分を知った。

 一緒に暮らすようになって、彼は私の知らない部分を知った。

 その中には、たくさんのイヤな部分があった。

 知ってしまったことで、嫌悪を抱いてしまうのも無理はないだろう。

 でも、だからといって。

 それだけで、終わりではないのだ。

 嫌いな部分を知ったけど、好きな部分だってたくさん知ったのだ。

 例えば、彼は料理を食べ終わった後に必ず「おいしかった」や「ごちそうさま」と言ってくれる。

 例えば、一緒に買い物に行く時は何も言わずに重い物を持ってくれる。

 例えば、毎月私が辛い時には何も言わずに傍にいて家事を引き受けてくれる。

 同棲しなければ気付けなかった好きな部分。他にも数え切れないくらい、たくさんある。

 嫌いな部分があるからといって、好きな部分が消えたりはしない。

 百パーセント好きで九十パーセント嫌いの答えは十パーセント好きではなく、百パーセント好きで九十パーセント嫌いでしかない。

 感情は計算式ではないから、足し引きなんて出来ないし、プラスマイナスゼロで消えたりなんてしないということ。

 好きな部分には慣れて忘れてしまいがちになるのに、嫌いな部分ばかり目立って気にしてしまう。

 だから、嫌いな部分ばかりが目に付いてしまう。好きな気持ちが減ったと錯覚してしまう。

 余計な不純物を取っ払って見つめ直してみれば、今まで見えていなかった物が見えてくる。

 本当に、単純なことだった。

 今更、気付かされるなんて本当、私もケイスケに負けず劣らず間が抜けている。


「エミ……」


 不意に、彼が身を寄せてくる。

 何をするのか、聞くまでもない。

 何をされるのか、分かり切っている。

 分かっているのに、動けない。

 分かっているから、動かない。


「んっ……ふ……ぅ」


 彼の唇がそっと優しく触れてくる。

 最初は下唇を優しく挟んで、ついばむようにじゃれあった後に、我慢できないといった風に舌先が入ってくる。そこから先は感情の赴くままに、お互いを求め合うだけ。

 いつもと同じ手順。いつもと同じ仕方。いつもと同じキス。

 ついさっきまで、それすらイヤな思い出だと片付けはずだったたのに。整理したはずだったのに。忘れたはずだったのに。

 なぜか、今の私には拒めない。

 拒否する所か、もっともっとと甘えるように催促してしまう。


「ケイスケ……、別れ話してたんじゃなかったっけ私達」

「……そういえば、そうだったっけ」


 囁き合う間にも、ケイスケが私を求めてくる。キスだけじゃ足りないと、私が好きな彼の細い指で触れてくる。

 付き合い始めはぎこちなかったのに、今ではすっかり彼は私が感じる場所を熟知している。それこそ、最大の弱点以外は全部知られてしまっているかもしれない。だからこそ、彼の一挙手一投足に、私の身体はいちいち敏感に反応してしまう。彼の唇が私の弱点を翻弄する度に、堪えきれない熱い吐息が口から漏れる。

 着ていた服は脱がされて、下着も足に引っ掛けるだけ。

 そんな状態になって、やっと少しだけ理性が働いた。


「ダメ、だよね……別れるのに、こんなことしちゃ」

「あのさ」


 なけなしの理性で押し止めようとする私を、ケイスケの真っ直ぐな視線が貫く。

 ……そう、この綺麗な瞳だ。私が好きになったのは。

 こうと決めたら一直線。何があろうと関係なしに突っ走っちゃう、そんな彼のおバカな部分に惚れたのだ。


「もう一回、やり直せないか俺達」

「…………」

「もう隠し事なんて、お互い無いだろ? 嫌いな部分も全部分かったし」

「…………」

「それでも俺、やっぱりエミが好きなんだ。エミと一緒にいたいんだ」


 私は何も言葉を返せない。

 やり直したくないから?――違う。

 もう好きじゃないから?――それも違う。

 隠し事がバレて気まずいから?――それこそ見当違い。

 じゃあ、どうして?――それは。


「エミが好きだ。エミじゃなければダメなんだ」


 私は咄嗟に無言で頷いて表情を隠し、自分の下唇を噛み締めて我慢した。

 堪える私を他所に、同意を得たからには遠慮しないとばかりに、彼が手加減無く全力で私を求めてくる。

 私はそれに求められるがままに……ちょっと嘘、求められる以上に応えてしまう。

 空気を求めて喘ぐように、だらしなく広がった口から舌先を出して彼を請う。

 もう我慢の限界だった。抑えようのない嬌声が口から溢れ出す。

 ケイスケが私を求めている以上に、私がケイスケを欲しがってしまう。

 理由は単純明快だ。

 彼の言葉が、私の最大の弱点を突いてしまったからだ。

 自分の想いを口にするのが苦手な癖に、好きな人から告白されただけで全身にキて腰が砕けてしまう。

 何も言葉を返せなかったのではない。

 余りにも感じすぎたせいで、言葉を返せばどれだけのものになるか自分でも分からないからだ。

 この弱点だけは、ぜったいに知られるわけにはいかない。

 幸い、ケイスケはまだこの隠し事に気付いていないようだし。

 一生を掛けて、隠し通そう。

 それこそ――次の別れ話の時に暴露されないようにしないとね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ