第八話
次回からもう少し描写に気をつけようと思います。あまりに薄すぎる。
僕が生徒会長の誘いを蹴った翌日。クラスがなんだか静かだった。
三日後。ヒソヒソ話が随分増えた。それでいて僕らが近付くと誰もが口をつぐんだ。
一週間後。イジメが始まった。綾文さんの机にマジックで落書きがされていた。『お前みたいなのがいるから能力者が差別される』『学校に来るな』『この通り魔め』
綾文さんは転校した。
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ドカドカと踵を鳴らしながら、僕は廊下を歩いていた。目的地は生徒会室。あの背中があるはずだ。
階段を上がって角を曲がって、見えた。偉そうな木製の観音開き。ノブに手をかけて、一気に開け放つ。
中にいる人がいっせいに僕を振り返った。全哉先輩、鬼先輩、初めて見る女子生徒。みんな驚いたように目を見開く中、九重生徒だけは平然と背中を向けていた。超然と、背中を向けていた。
僕はその背中に言葉を投げる。
「・・・綾文さんが転校しました」
「へえ」
「地方に引っ越して、能力者であることを隠しながら生活するそうです」
「ふうん」
「友達でいてくれてありがとう、と電話をもらいました。涙声でした」
「ほう、なんて反したんだ?」
僕はいつもいつでもいつまでも、綾文さんの友達だよ。
しかし、その答えを聞かせてやる義理はない。僕は一歩生徒会室へと踏み入った。
「いくつか質問をさせてください」
「いいよ」
「ひとつめ」
僕は人差し指を立てた。
「なぜ、脅迫してまで僕を生徒会に入れたかったんですか?」
「それにはふたつ理由がある。第一に、お前の能力とその使い方が気に入った。動かすための能力を動かさないことに使うなんて、綾文には想像もつかなかったとう。第二に、入学初日に俺と会ったからだ。こっちは俺の能力由来だな。他には?」
素早く次の質問につないで、自分の能力に言及させないつもりだろうか。別にさしたる興味はない。僕は続けて中指を立てた。
「ふたつめ。僕の能力についてもそうですが、通り魔だったりバスの中だったり約束だったり、情報通のようですね。それは誰かの能力ですか?」
「その通り。ここにいる大黒柱の能力の一環だ」
やはり彼女が大黒柱で、やはり大黒柱先輩の能力だったらしい。一環、ということは汎用性の高い能力なのだろうか。今はまだわからない。
続けて僕は親指を立てた。
「みっつめ。僕を脅迫する材料がなくなった今、先輩はどういう行動に出ますか?」
「そうだな、新しい交渉材料を探しながら頼み込むかな。三顧の礼が十倍になろうとも、しつこく」
「そうですか・・・」
その答えを聞いて手を下ろし、変わりに両手を、まるで迎え入れるかのように拡げた。
「よっつめ。僕を生徒会に入れてくれますか?」
唐突とも言える、というか唐突としか言えない質問、というよりも提案だったはずだが、九重先輩はまるでわかっていたかのように鷹揚に頷いた。
「もちろん構わないとも。生徒会は『来るもの選んで去るもの許さず』、がモットーだからな」
「最低のモットーですね」
「最悪のモットーさ」
僕の提案に驚いているのは鬼先輩と大黒柱先輩だけだ。全哉先輩はしたり顔で頷いている。かと思えば小声で「僕前世は空気だった気がする・・・」とか呟いている。情緒不安定気味なのだろうか。
「ともあれそもあれ、本人の同意を得たのだからこれで晴れて七五三も生徒会入りだ。役職は庶務だな。正式な書類は後で渡すとして、俺から七五三に質問をしてもいいか?」
「質問をするのは勝手ですけど、答えるかは別ですよ」
加えて言えば、正直に答えるかも別問題だ。
鬼先輩なんかは今の発言でげんなりした様子なのだけど、九重先輩はめげずに、というより意にも介さずに質問を寄越した。
「まずひとつ。お前と綾文はどういう関係だった?」
「過去形で言われるのは侵害、いや心外ですね。僕は綾文さんの友達ですよ。今も昔もこれからも、いつもいつでもいつまでも友達です」
と答えた。
さらに満面の笑みを浮かべて、精一杯に目一杯に、いっぱいいっぱいに慈愛を込めて、続ける。
「物理的に距離を置かれようと、精神的に距離を置かれようと、僕の友情は押し売りなんです。たとえ綾文さんが転校しようと、僕は、綾文さんの、友達です」
そう、これは事実にして実情。僕は友達を、誰よりも大切にする男なのさ。
友達と知り合いなら友達を選ぶし、友達と顔見知りなら友達を選ぶし、友達と他人なら友達を選ぶし、友達と恋人なら友達を選ぶし、友達と兄弟なら友達を選ぶし、友達と姉妹なら友達を選ぶし、友達と両親なら友達を選ぶし、友達と息子なら友達を選ぶし、友達と娘なら友達を選ぶし、友達と友達でも友達を選ぶ。
僕は友達のために生まれてきて、僕は友達のために育ってきて、僕は友達のために生きてきて、僕は友達のために死んでいく。
友達なくして僕に生きる価値はなく、友達なくして僕に生きる意味はなく、友達なくして僕に生きる理由はなく、友達なくして僕に生きる道理はない。
髪の一本、血の一滴までも、僕の全ては友達のためにあるのだと言ってもなんら過言ではない。むしろ言い足りないくらいだ。
友達のために生き、友達のために死に、友達のために生き返りすらする。
だから僕は綾文さんの友達をやめるつもりはないんだよ。愛は与えるもの。友愛もまた然り、さ。
「そうか・・・」
九重先輩は辟易したように首を振った。うんざりした、と言った方が適切かもしれない。どちらにせよ好意的ではなさそうなリアクションである。僕は質問に答えただけなのに、理不尽だ。
しかしこうしてみると九重先輩はずいぶんと感情豊かだ。目は口ほどにものを言うと言うけれど、こうすると背は顔ほどに・・・ダメだうまいこと浮かばない。
「それじゃもうひとつ質問だ」
九重先輩はたっぷりとタメを作り、言った。
質問すると言うより、問い詰めるように。あたかも断罪するかのように。まるで親しみを感じさせない声で。
「なんで、綾文が通り魔だと言い触らした?」
断じた。
「お前だろ? 学校に、コンビニに、ネットに、生徒に、教師に、町民に、大人に、子供に、綾文菖蒲が通り魔だと言い触らしただろう」
背中を向けられているせいで後頭部しか見えない。目は見えないけれど、まるで睨まれているような、より正確に言うならば観察されているような視線を、確かに感じる。
「自分の印象が残らないように、通り過ぎざまに、バスの中で、コンビニの前で。携帯で話している風を装って、独り言に似せて、知人との会話に見せ掛けて。周囲の人間に聞かせたろう。『綾文菖蒲は通り魔だ』と」
大黒柱先輩も鬼先輩も全哉先輩も、誰も動揺した様子は見えない。この話をすることは既に打ち合わせ済みだったようだ。僕が来ることまで見通されていたようで、事実見通されていたのだろうけれど、なんとなく面白くない。
面白くないということはつまりつまらないということだ。この転換に特に意味はないけれど。
黙っている僕に業を煮やして、九重先輩が再度聞いた。
「友達だった、いや友達なんだろ? なんで、告げ口するようなことをした。それも最悪の形で」
納得が行っていない心情が声から感じ取れる。背中からも臭い立つ不信感が、霧のように室内に立ち込める。六つの視線が不信の霧と共に僕に絡み付いてきた。
まるで僕が嘘を吐き、綾文さんを貶たかのような詰問。僕が綾文さんを、友達を裏切ったかのような尋問。
心外極まりない。
侵害窮まりない。
僕が友達を裏切るなんて有り得ない。
僕は胸を張って言ってやった。
「友達が間違ったことをしていたら、正してやるのが正しい友達だろう?」
だから、僕が言い触らしてやったのさ。
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ヒロインかと思った?
綾文さんがヒロインかと思った?
残念、使い捨てキャラでした!
・・・・・正直、ちょっとだけ反応が怖いです。