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第七話


 生徒指導室では生徒会長の背中が僕を待っていた。


 あ、いや、多分生徒会長だと思う。顔見えないし、見たことないから分からないけど。集合写真とかどうしてるんだろうか。


「よく来たねぇ七五三くん」


 背中を向けたまま、背中越しに手を広げて迎え入れるようなジェスチャー。見えないけど、きっと薄ら笑いとかを浮かべていると思う。


「いきなり呼び付けておいてよく来たも何もないと思いますけどね。まずは労いの言葉があって然るべきじゃないですか?」


「お疲れ様。急な呼び出しに応じてもらえて感謝してる」


「・・・・・」


 この人苦手だ。


「まずは自己紹介から始めませんか? あなたは僕の名前を知っているけど僕はあなたの名前を知らない」


「精神的な立ち位置の優劣が気になるかな? 呼び出したのは俺だから、素直に応じるけどね」


 会話を進めながらも、生徒会長がこちらに顔を向ける素振りはない。背中を向けたまま、情感豊かにボディランゲージを加えている。


「それじゃあ名乗ろう。俺の名前は九重一巻。平仮名で言うとここのえひとまだ。生徒会役員、会長職を勤める頼れる兄貴だぜ」


「では僕も名乗りましょう。僕の名前は七五三縄端丸。平仮名で言うとしめなわはじまるです。長い名前なので七五三一と略されることが多いですが、こっちが本名です」


「そうか、よろしくな七五三」


「よろしくするかはわりませんけどね」


 なにしろ僕は呼び出された理由すらしらないのだから。一体なんの権限があって僕の至福の昼食を邪魔しようと言うのだろう。理由なき雌伏は従わないよ。


「自己紹介が済んだところで早く本題に入りましょう。僕はお腹がすきました」


「それはいけないな。育ち盛りの男子高校生が腹をすかせちゃいけない。早く本題に入ろう」


 早く本題に入る意志があるならいちいち復唱するな。


「それじゃあ本題だ。七五三くん。七五三一くん」


 さっきはつけなかった敬称をつけて、会長、九重先輩はためを作った。どうやら早く話を終わらせるつもりは、この人にはないらしい。


 ずずい、と背中のまま一歩近づき、のけ反る九重先輩。裏表が逆だけど、多分覗き込む、というジェスチャーだ。威圧するかのように顔を近付ける、ということだと思う。


「生徒会に入らないか?」


「入りません」


「そうか、残念だ」


 ・・・殊の外あっさりと諦めた。のけ反らせていた体を起こし、たいして残念そうに聞こえない声音で肩を竦める九重先輩。僕がどう答えるのか、その予想ができていたかのようだ。


「七五三は否定的な性格だって聞いていたからな。まず断られるだろうと思ったよ」


「そんなことありませんよ。僕は気弱で卑屈なイエスマンです。心優しく気が小さい故に人の頼みは断れない性格です」


「今、否定しただろ?」


「してません」


 ともかく用は終わったのだし、僕はこれから女の子のお弁当を食べる、という一世一代の大イベントがあるのだ。わけのわからない先輩と談笑しているほど暇ではない。


「なんだい、もう行っちまうのか?」


「先輩との会話が楽しいだけに僕としても名残惜しいですけどね、僕はまだお昼ご飯を食べていないんですよ。午後の授業をお昼ご飯抜きで過ごすなんて、育ち盛りの男子高校生としては堪え難い苦行です」


「それもそうか。じゃあ最後にひとつだけ、言わせて欲しいんだけど、ダメか?」


「ダメじゃありませんよ。どうぞ」


「生徒会に入らないなら綾文菖蒲が通り魔だと世間にバラす」


「・・・・・・・・」


 断定的な台詞。


 綾文さんが通り魔だと、確信を持っている台詞。


 隠し通すと友達に約束したことを知っている台詞。


 この上なくわかりやすい、脅迫だった。


「最近続いていた、女子高生ばかり狙った通り魔の招待は綾文菖蒲だろう? 七五三の唯一の友達にして話し相手。七五三が、敵対する男を撃退してまで黙っていると約束したことだろう?」


 まるで見てきたかのように言っているが、そういえば別段不思議ではない。僕と男が争っていたのは公共施設。意識していなかっただけで他の乗客だっていたはずだし、運転手が誰かに話さないとも限らないのだ。


 いや、それでも僕と綾文さんの約束まで知っているのはおかしいか。あの場には僕と綾文さんしかいなかったはずだ。それを知っているということは、何か能力を使ったということだろう。


 透明になる能力か、聞き耳を立てる能力か、残留思念かなにかを読み取ったのかもしれないし、僕が知らないうちに喋らされていたのかもしれない。


 目の前の、九重先輩の能力ではないから、恐らくまだ見ぬ生徒会役員、大黒柱先輩の能力か。


 考えたところで予想のしようがないから考えないけど。


 なんであれ、九重先輩は僕を脅している。脅迫している。僕が生徒会に入らないと綾文さんの犯行を明るみにすると。綾文さんの犯行を黙っているかわりに生徒会に入れと。


「通り魔がどうとか、何の話をしているのか僕には皆目見当もつきませんが、しかし脅迫ですか。まさか生徒会長ともあろう者が一生徒を脅迫するだなんて、そんなことがあっていいんですかね」


「いいんだよ、それを皆が知らなければ。どうせ七五三にはそんなことを話す友達も、信じてくれる友達もいないだろう? まして、自己紹介で偽名を名乗るようなやつだ。少なくとも俺なら信じないね」


 頑なに正面を見せない奇人を基準にされても、僕たち常識人としてはすぐには頷きかねる。


「生徒会選挙では、卑怯を辞さない会長候補を真っ向から捩じ伏せた、とか聞きましたけど?」


「裏取引は裏で行われるから裏取引なんだよ。裏で行われるからには余人にわかるわけもなく、一見するととってもクリーンなんだよ」


 歪な白鳥みたいだ。僕はそんな感想を持った。


「生徒会には興味がありませんが、そういうことを平然とやってのける、平然と言ってのける九重先輩には興味がありますね。しかし僕には通り魔云々は一切心当たりがありませんので、悪しからず」


 僕はそう言って背中を向けた。背後には先程入って来たばかりの扉が、僕の退室を待ち望んでいる(ように見える)。


 その僕の背中に、九重先輩は声をかけてきた。


「ああそうか、ここで応じちゃったら間接的に通り魔のことを話しちゃう、認めちゃうことになるのか。だから七五三は俺の脅迫に応じるわけにはいかないんだな」


「僕って以外と義理堅いんですね、知りませんでした」


 しかも融通が効かないらしい。応じなかったらバラされるかもしれないというのに。


 まあ、バラされやしないだろうと高をくくっているだけなのだけれど。


 僕はさっきの言葉の後から、それに、と言葉を繋いだ。


「僕、誰かに行動を強制されるのって好きじゃないんですよ」


 僕の背中越しに九重先輩の背中に声をかけて、僕は生徒指導室を後にした。


「あくまでも自分勝手に動いているだけだ、って? 優しいねぇ」


 無視して扉をしめた。



     ●



「お待たせ綾文さん。さあご飯を食べよう」


 僕が満面の笑みで教室に戻ると、綾文さんは自分のお弁当を食べ終えたところだった。


 ・・・・ちょっとさみしかったけど、綾文さんとお喋りしながらお弁当食べられたから良しとしよう。


 玉子焼きが甘くて美味しい。




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