第六話
前回感想をくれた方が7名。
内「胡散臭い」と言った方が5名。
「綾文さんが通り魔なんだよね?」
「・・・・・うん」
おあつらえ向きに人のいない公園で、僕と綾文さんは四人掛けのベンチに二人並んで座っていた。僕が奢った(ここ重要)ココアを飲んで一心地ついた綾文さんに、僕は冒頭の言葉を投げたのだ。
イジメられていたんだろうな、とは思っていたんだけどね。
孤立している奴に話し掛けるのは、そういうのを放っておけない優しい誰かさんか、同じく孤立していて人の輪に入るのが怖い誰かさん。
一緒に下校をして、一緒にお昼を食べて、僕がいないときは黙々と授業の準備をして、つまり綾文さんも、僕と同じ罪人だったのだ。
中学校でイジメに遭って、人の輪が怖くて、輪から外れかけていた僕に声を掛けた。話す相手がお互いしかいない僕らは、もうクラスの輪から、和から外れてしまっている。
僕の友達は綾文さんだけ。綾文さんの友達は僕だけ。
まあ完全に孤立してしなかったんだから、寂しがり屋な僕としてはありがたいかもしれないけど。
通り魔と言及したのは、別に証拠etc.があったからではない。ただ、通り魔の話題が出たときの反応を見て、なんとなーくそうかなと思っただけ。犯行だって別に不可能じゃないしね。
筋力的に殴りつけることができなくたって、能力を使って持ち上げるだけでいい。ターゲットの頭上で持ち上げた石を離せば、地球が共犯になってくれる。あるいはもともと高い所にあったものを落とすだけでもいい。
いや、もしかしたら被害者の方を石にぶつけたのかもしれない。足とか頭とか能力で動かせば、できないことでもないのかもしれないのではなかろうかと思わないでもない。
証拠云々はおろか犯行方法すらわからないわけだけど、まあ綾文さんが認めたんだし綾文さんが犯人なんだろう。
綾文さんは残りのココアを一息にあおり、横目でチラと僕を見た。僕はことさらに明るい口調で言う。
「それじゃあさっきの、ええと・・・彼は偶然とはいえ当たりをついていたんだね。悪いことしちゃったな、なんてことは思ってないけど。綾文さんを口汚く罵った罰だとでも思ってもらうほかないね」
綾文さんはいかにも驚いたと目を見開いた。眼鏡がズレた。
「・・・・・・怒らないの?」
「え? なんで怒るの?」
「だって私、悪いこと、間違ったことしちゃったし・・・」
「いいんじゃない? 間違わない人間なんて、完璧な人間なんて、それは人間として間違ってるよ。今回は、法に触れちゃったけど、被害者ちゃんは被害者ちゃんでイジメやってたんでしょ? さっきの彼もそう言ってたし、被害者ちゃんはイジメをイジメだとわかった上でイジメてたんだ。自業自得だよ」
この場合自業自得はちょっと違うかな。
「綾文さんはちょこっとやり返しただけだろう? 大丈夫、僕は誰にも言わないよ。二人だけの秘密だ」
出来る限りの優しい笑顔を浮かべながら、僕は綾文さんに歩み寄った。綾文さんは一杯に開いていた目を微かに曇らせ、伏し目がちになる。
「・・・・・・七五三くんは、いいの?」
僕と目を合わせず、僕の胸元を見ながら綾文さんが言う。
「せっかく庇ってくれたのに、結局私が通り魔で・・・・」
ずるずると視線を下げ、ついに俯いてしまった。手元の空き缶を見詰めている。何に対してかは置いておいて、罪悪感を感じているらしかった。
綾文さんが握るココアの空き缶の上に、僕の手を重ねた。綾文さんは俯けた顔をゆっくりと上げ、僕と目を合わせた。
「言っておくけどね綾文さん。僕は通り魔の敵じゃない。さっきの彼の敵でもないし正義の味方でもない。僕はただただ、友達の味方だよ」
「七五三くん・・・」
目に薄く涙を湛えた綾文さんが、その湿った視線を僕に注ぐ。湿っていて、それでいて熱い視線が僕に注がれる。
「正しい時は赤の他人だって味方をしてくれるんだから。間違っているときこそ、友達が味方をしなきゃね」
●
翌朝。晴れというには雲が多く、くもりというには空が広い曖昧な天気の下、僕は友達が一人しかいない教室に入った。一応朝の挨拶はしたけれど、返ってはこない。
ただ一人挨拶を返してくれた友達、綾文さんは僕の姿を認めるとパッと笑顔を咲かせ、僕を手招きした。
「おはよう綾文さん」
「おはよう七五三くん。あのね、これ・・・」
どこか恥ずかしそうに差し出されたのは、可愛らしい布に包まれた長方形の箱。一見するとお弁当箱のように見えるけど、昨日綾文さんが使っていたものよりも一回り大きい。
「これは?」
「お弁当。七五三くん、学食でしょ? 口に合うかわからないけど、作ってみたから。玉子焼きとかあるし、よかったら、どうぞって・・・・・」
言いながら自信を無くしていったらしい言葉は尻窄まりで、前半少ししか聞き取れない。それでも聞こえた部分をよく吟味して、意味を咀嚼する。たっぷり時間をかけてようやく飲み込めた状況は、つまり、
「このお弁当は、綾文さんから僕に、ってこと・・・?」
赤い顔を無言で頷かせる綾文さん。
超・青春イベント、女の子のお弁当!
今や創作の世界においてすら鳴りを潜めつつあるレア度の高いイベントじゃないか! まさか僕の身に起こることがあろうとは・・・・。
ゴチャゴチャ考えながらもしっかり受け取り、ありがとう嬉しいよとお礼を言う。正直早弁したくて仕方がない。授業なんか受けている場合じゃないとすら思った。
●
女の子からもらったお弁当を食べるならやはり屋上だろうか。でも普通屋上って生徒は出入りできないよな。ああそういえばうちは屋上がねえや。
そんなことを考えていたら昼休みになった。どこで食べるかは結局決められなかったが、綾文さんと相談して決めよう。
そう決めて意気揚々と席を立った、直後。
『ピンポンパンポーン・・・・・・・・一年生の、七五三くん、七五三一くん、すぐに、生徒指導室に、来なさい・・・・・』
と校内放送が流れた。
「さあ綾文さんお昼休みだよどこでご飯を食べようか」
七五三一だってさ変な名前。名付け親は絶対に遊びでつけた名前だね。遊び半分愛情四分の一くらいじゃないかな。
「え、今呼ばれたの、七五三くんだよね?」
「僕じゃないよ。だって僕はなんにも悪いことはしてないもの。指導室に呼び出されるわけがないじゃないか」
やだなあ綾文さんは、とかなんとか言って。友達がいないから僕の行動をわざわざ諌める人もいない。これ幸いと教室を出てしまうことにした。もうこの際食堂でいいや。
さっさと移動しようと教室後方の引き戸に手を伸ばすと、僕が触れる寸前に、その引き戸は勢いよく開け放たれた。
「僕前世はおもちゃの手錠だった気がする!」
「なんで前世なのに頑なに無生物なんですか・・・・」
もはや馴染みすら感じる意味行方不明なお言葉。【奇行】の奇人・全哉先輩がそこにいた。
「やあ七五三くん。僕は君を連れて来いと言われているんだよ。一緒に生徒会室に行こうか」
「嫌です。僕はこれから唯一の友人と楽しい楽しい食事イベントがあるんです。あーんとかしたいんです。ほっぺについたご飯粒をとって貰うんです」
「夢見がちだね」
「夢は見るものでしょう?」
「布団の中だけにしておきなさい。さあ行くよ」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
なるほど、抵抗するのは無駄らしい。
僕がここで抵抗しても、今度は生徒指導とか体育とかの先生が来る手筈なのだ。真面目実直素直率直な優等生である僕としては、先生の心象を悪くしたくないなんて理由じゃないけども。
ないとは思うけど、事が昨日の彼の件だったなら、教室で問答を始めても得はない、か。
「ゴメン綾文さん、ちょっと行ってくる。どれくらいかかるか分からないし、先にお昼食べててよ」
「・・・うん、分かった」
「貰ったお弁当は、ちゃんと食べるから」
そう言い残して、僕は当初とは違う目的で教室を出た。
どうせなら授業間に呼んでくれれば、授業時間が潰れるまで無駄話をしたのに。
生徒指導室では、誰かの背中が僕を待っている。
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