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第三話


 今日は普通授業の一日目となる。高校生活の、記念すべき大二歩だ。


 学校から程近いバス停で下車して校門まで歩く。綾文さんと会えないかな、なんて思っていたけど、会えなかった。


 代わりに、いや代わりと言ってしまうと綾文さんにとても失礼な気がするがとにかく代わりに、変人と会ってしまった。


「・・・・・・・」


 今、僕の前には僕と同じ制服を着て郵便ポストに頭から入り込もうとしている男がいる。


「僕前世は手紙だった気がする!」とか叫んでやがる。知らねーよ。


 おかしなことに、これだけ奇怪で奇特な奇行に走っているこの奇人を、誰も気味悪く思う素振りがない。


 登校途中の生徒は少なからず歩いているが、その中でこの奇人の奇態に奇異の目を向けるものが誰ひとりとしていないのだ。まるで日常の一部だとでもいいたげだ。


 皆、あまりにも近寄り難いこの男の傍らを、なんでもないかのように通っていく。もしかして僕が非常識なんだろうか?


 僕が僕の中野常識を疑っていると、状況に変化が訪れた。ひとりの女子生徒がくだんの男子生徒に近付き、頭をひっぱたいたのである。


「朝っぱらからなにやってんのよ、一年生が驚いてるでしょ!」


 察するに、叩いた人も叩かれた人も先輩なのだろう。じゃなきゃ一年生を"一年生"とは言うまい。


 先輩だったのか。

 二人の先輩は少し離れた位置でドン引きしている僕の前まで歩いてきて、朗らかに挨拶をした。


「驚かせちゃってゴメンね。私はきさらぎあかね。こっちのバカは全哉ぜんざい一哉かずや。特に怪しい者じゃないから」


「いやいや蒐さん、善良な一生徒の頭をいきなり叩くのは怪しいどころじゃないよ」


「あんたちょっと黙ってなさい」


 鬼先輩の一喝で全哉先輩は口を一文字に閉じた。力関係が見え隠れしている。


 自己紹介と弁解を終えても先輩たちは学校に向かおうとしない。僕としてはもう用はないし係わり合いになりたいとも思わないのだが、僕の前で何かを待っているようだった。


 これはもしかしてあれだろうか、僕にも名乗れと言っていいたいのか。全哉先輩のお陰でわかった。僕にも名乗れと言いたいらしい。いや、言われる。「あなたの名前は?」と言われる。らしい。


 こんな得体の知れない人間にパーソナルな情報を開示するのは正直言って気が進まない。オブラートに包まずに言うと嫌だ。


 しかし相手は先輩。学校という小社会において年功序列よりも重んじられる"上の学年"である。どれだけ気が乗らなくとも名乗らないわけにはいくまい。


「鬼先輩に全哉先輩ですね、はじめまして。僕の名前は摘口鷺志です」よし名乗った。


 当然だが先輩たちは僕の名乗りを訝しむ様子は全くなく、それどころか僕を指して鷺志くんと呼びはじめた。


「私たちのこと知ってる人はなんとも思わないんだけど、鷺志くんは私たちのこと知らなかったんだね」


「現世ではそこそこ有名なんだよ。悪名だけど」


 そろそろ時間も厳しくなってきたので登校を再開したのだが、二人の先輩は僕に並んで話をする気満々だ。先輩二人の横に僕。僕、全哉先輩、鬼先輩、の並びである。


 仕方ないので話に乗ってあげることにした。


「有名、ですか?」


「そう。不本意だけどね」 鬼先輩は苦笑しながら続けた。


「私たちね、生徒会やってるの。私が会計で一哉が書記。それだけならなんでもないんだけど・・・」


 鬼先輩は視線でチラと全哉先輩を示した。


「こいつはこんなだし、先輩も先輩だしで『奇人窟』なんてあだ名されて・・・。私は普通なのに」


 顔を手で覆って大仰に嘆く鬼先輩。嘆くのは構わないけど足元見ないと転びますよ。


 僕は鬼先輩がつまづくことになる石をどけようと一歩前に出たが、それより早く全哉先輩が石を蹴飛ばした。そうか、この人の方が慣れてるんだ。


 僕と全哉先輩の気遣いに気付くことなく、鬼先輩は顔を前に戻した。すかさず全哉先輩が続ける。


「いやいや、も蒐さん相当なものだと思うよ。僕よりひどいかも」


「勝手なこと言わないでくれる? 事あるごとに前世前世言ってる電波男よりひどいとか、名誉毀損で訴えるわよ」


「いやでもあの食事風景は異常だって」


「なんでよ。マヨラーとかいるじゃない」


「蒐さんのはレベルが違うの」


 とても楽しそうに話す人たちだ。


 僕は全哉先輩のせいでちょっと酔いそうな、妙な気分だというのに。これは慣れるまでが大変だ。全哉先輩の苦労が忍ばれる。


「ところで先輩方」


「うん?」


「なに?」


「僕昨日廊下で変な人とすれ違ったんですよ。男子の先輩みたいなんですけど、後ろ向きに歩いてきて・・・」


「目の前で反転して普通に歩いて行った?」


「あ、はい。やっぱりお知り合いですか?」


 この質問をした時点で、すでに答えまでわかってしまった。これでは生きていて楽しいことなどあるのだろうか。


 僕の勝手な心配を悟ることなく、全哉先輩は答えてくれた。


「やっぱり、っていうのがちょっと気になるけど、確かに知り合いだよ」


「奇人窟の頭角よ。生徒会長でもあるわ。どういうわけか知らないけど、人に正面を向けようとしないのよ」


「変人ではないんですね」


「そこはほら、変人よりも奇人の方がマイルドだろう?」


 ニュアンスの問題だった。普段使わない分奇人の方が厳しい感じもするけど。



     ●



「おはよう綾文さん」


 教室についた僕は唯一の友達である綾文さんに挨拶を済ませた。綾文さんは既に一限の準備を終えていて、教科書を開いて予習している。周りはまだ友達同士で談笑中だというのに、真面目な人だ。


 綾文さんは僕の声に応じて顔を上げ、「おはよう」と返してくれた。僕は早速今朝の珍事を話すことにした。朝一で随分濃い経験をしたものだ。


 生徒会メンバーは四人。


 会長は【奇態】の九重。


 副会長は【奇持】の大黒柱。


 会計は【奇食】の鬼。


 書記は【奇行】の全哉。


 四人そろって奇人窟。


 三年生の九重は支持率九十%超で当選した男だそうだ。なんでも当時は他の当選者と激戦を繰り広げたそうだ。


 悪どい手段で票集めをするライバルを真っ向から打ち伏せた豪胆ぶりらしい。


 ちなみにこれらは全哉先輩たちから聞いた話ではなく、そこらを歩いている男子生徒に聞いて得た情報だ。友達面して話し掛けたら僕を友達と勘違いして教えてくれた。


 全哉先輩は昇降口で「僕前世は自由な風だった気がする!」と叫んで走り去ってしまった。鬼先輩は大きなため息を吐いて追い掛けていった。


 先輩も大変だね。そういつもじゃないみたいだけど。


 しかしなるほど、奇行にしか見えない。


「へぇ〜、それじゃあ昨日言ってた背中向きの変な人は生徒会長だったんだ」


「うん、そうみたい」


 生徒会が奇人の集まりだなんて、学校生活が少しだけ心配になる。どうせ生徒会なんてお飾りで、担当教師の傀儡同然なのだろうけど、それでも僕らの代表がアーパーじゃちょっとやだ。


「それはそうと綾文さん、大丈夫?」


「え、なにが?」


「通り魔」


 僕の口から出た物騒な言葉に、周囲の生徒が少し驚いたのが分かった。綾文さんも、ビクッ、と身をすくませた。


「昨日バスから見えた毛筆の看板が気になってさ、見に行ったんだよ。そしたら警察の注意勧告だった」


 近辺で通り魔が頻出しておりますとか、女子高生ばかり三人被害にあっていますとか、目撃情報を募集していますとか。


「女子高生が被害者っていうと綾文さんも女子高生じゃないか。気をつけなきゃダメだよ、変質者の仕業かもしれないからね」


「う、うん・・・・そうだね・・・・・・・」


「いや全くさ、通り魔ってのはなんで出没するのかね? 人を殴るのが楽しいのかな? 人を脅かすのが楽しいのかな? 人を傷つけるのが楽しいのかな? 理由としてはあれかね、女子高生ばっか被害にあってるみたいだし、女の子を痛め付けるのが楽しい変態さん? それとも誰でもよくってたまたま女子高生だった無差別さん? はたまた女子高生に怨みがあって女子高生であれば誰でもよかった見切りさん? あるいはその女子高生がたに怨みがあった狙い打ちさん? まあそんなのなんでもいいけどね僕には関係ないことさ。たとえ近辺で起こっていてもそういう事件ってのは一般市民かつ善良平民たる僕にとってはテレビの向こうの別世界の出来事さね。別世界の出来事なら僕には関係ないことさ。今日もいつも通りの平和な日を過ごそう。いつも通りって言ってもまだ高校生活二日目だけどね。高校生のいつもってのはどんなのなんだろうね? 友達と駄弁ってお昼食べて部活やらずに帰れば高校生かな?」


「・・・・そうだね、そうしてれば立派な高校生かな」


 いやぁツッコミは入れてよ綾文さん。淋しいよ。


 まるで通り魔が自分の話題出されてうろたえてるみたいな反応だぜ綾文さん。




.

書き溜めがなくなりました。次回から投稿には少し日数が空きます。

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