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第二話

 今日は入学式とホームルームだけの半日日程だった。委員会決めではずいぶん時間を使って、しかも結局決まっていない。無所属が許されるので誰も委員になりたがらないのだ。


 保健委員、美化委員、飼育委員なんかは特に不人気。希望者ゼロだった。


 ジャンケンで決めるかアミダで決めるかすら決まらず、結局今日中に委員会が決まることはなかった。


 今は荷物をまとめて綾文さんと校門へ向かう途中である。


「委員会、ぜんぜん決まらなかったね」


「綾文さんは無所属希望だっけ。それが多過ぎて委員の人数が足りないんだよね」


「だって面倒じゃない、委員会なんて。それに無所属希望は七五三くんも同じでしょ。私だけが悪いみたいに言わないで」


「なんとなくだけど、綾文さんって委員長のイメージがあるね」


「え、どうして?」


「・・・・メガネだからかな」


「それだけ?」


「それだけ」


 そんな、中身のなければ他愛もない会話を続けて昇降口を出た。


 天気は快晴。じっとしていも寒さを感じることはないが、かといって暖かい気温でもない。


 にも関わらず、校庭は凄まじい熱気に包まれていた。


「おお・・・」


「うわぁ・・・」


 僕と綾文さん、それぞれの口から驚きの声がもれる。


 熱気の正体は人。大勢の人。


 おそらくは先輩だろう人たちが、それぞれのグループで各々のユニフォームを着込んで部活動の勧誘をしていた。


「野球しようぜ!」


「サッカーの方が楽しいよ」


「弓道に興味ありませんかー?」


 というスタンダードな部活動から、


「UFOを呼ぶ同志求む」


「未確認生命体を確認しよう」


「心霊現象でお困りの方ー、心霊探偵部にご一報をー」


 というありきたりな部。他にも、


「地域の文化をひも解こう」


「最新の福祉設備について討論しよう!」


「世界の経済を研究しよう」


 などという面白みのわからないものまである。中には能力を使ってまで気を引こうというものもあるが、新入生の興味の的はそれらのどれでもなかった。


 種々の喧騒の中新入生が集まっているのは、校門の真横に陣取る一団。掲げられている旗には『能力使用・研究会』の文字。


 眉目秀麗な、彫刻のように整った顔のイケメンが旗を掲げ、モデル体型の、やはり容姿端麗な女生徒が演説を打っている。


「やっぱりこの学校に入ったからには能力を使いたいわよね。でも校則でみだりな能力使用は禁止されてるし、かといって校外でははばかられる」


 美女先輩は紅い唇を滑らかに動かし、新入生の目を、耳を集めていく。主に男子生徒。


「でもこの部なら大丈夫よ。『研究』を名目に自分の能力を見つめることができる。何よりこの部活動は学校公認だから、よっぽどの無茶をしない限り罰則にもならない」


 イケメン先輩がにこやかに手を振り、新入生の興味を、関心を集めていく。主に女子生徒。


「どう? 興味ある人、いないかしら」


 演説中も絶えず顔を巡らせていた美女先輩と目が合った。微笑まれた。美人だ。


 集まっている生徒の目的は、イケメン先輩か美女先輩かはたまた能力使用か。なんにせよ勧誘で一番人気を誇っているのは間違いない。


「綾文さんはあれ、興味ある?」


 僕は隣を歩く綾文さんに尋ねた。もし綾文さんが見たいなら、様子見にも付き合うけれど。


 問い掛けられた綾文さんは、しかし大した起伏も見せずに「ううん」と首を振った。


「私の能力は大仰なものじゃないし、日常でも使ってるし、別に興味はないかな」


「そっか。僕もない」


 意見の一致を得たので、僕は泊めていた足を外に向かって動かした。改めて一歩を踏み出した、そのタイミング。


「ちょっとそこの君」


 イケメン先輩が声を発した。


「君だよ君。メガネの女の子を連れた男の子。素通りしようとしている君」


 イケメン先輩に声をかけられた。念のため確認したけど周りにメガネの女の子は他に居ない。あの研究会の前を通ろうとしているのも僕たちだけだった。


「せめてさぁ、ちょっと見ていくくらいしてくれないかな? 僕たちは広く門扉を開いているからさ。一緒に君の能力の活用方法を見つけ出そうじゃないか」


 僕の能力の活用方法。


 それは僕も大いに興味があるものだ。興味しかないと言ってもいい。興味しかない。


 有効な活用方法があるのなら是非知りたい。


 例え何百年使っても使い慣れることのない、自分一人ではなんの意味もないこんな能力の活用方法。知りたくないわけがない。


 まさかイケメン先輩も僕の能力を知っているわけでもないだろうに、まさかイケメン先輩も僕の心を読んだわけでもないだろうに、イケメン先輩は僕の関心を引き付けた。


 もちろんイケメン先輩としてはただの常套句のつもりだろう。しかしその言葉はあまりにも深く僕の中に浸透した。


 陳腐な表現ではあるが、なにか因縁めいたものを感じてしまう。


「・・・・・・」


 でも興味がないから無視した。


 まったく、校門の真横で人集められたら迷惑じゃないか。邪魔くさい。



     ●



 雑談の結果、綾文さんの家は僕がよく利用する本屋の近所であるらしいことが発覚した。せっかくなのでその本屋へ寄りがてら綾文さんを家の近くまで送っていくことにした。


「そういえば」と、僕は途切れた会話の接続にもっとも便利な言葉を枕にする。


「今朝廊下で校舎の観察をしてたときなんだけど」


「え? 廊下に立たされてた間? なにかあったの?」


「・・・・・・」


「ああ、ごめんなさい。観察してたとき、なにかあったの?」


「変な人に会ったんだよ」


「鏡じゃなくて?」


「この短時間でめちゃくちゃ仲良くなれて嬉しい限りだよ」


「え? そう?」なんて言って照れる仕種をする綾文さん。皮肉が通じないとか無敵だ。


「さんかさ、背中を向けて後ろ向きで歩いてくるんだよ。で、僕とすれ違い様にターンを決めて、今度は前を向いて歩いていくの。まるで正面を見せたくないみたいだった。なんだったんだろうね?」


 僕は何かしらの答えを期待しながら、疑問符で言葉を締めた。


 僕が知らないからといって他の人も知らないとは限らない。情弱な主人公は級友に聞いて学校の情報を得るものだし、RPGでもまず村人に話し掛けるではないか。


 もしかしたらあの人は地元や学校では有名な変人で、「変人党」とかグループを結成して日夜変人的活動に勤しんでいるかもしれないではないか。


 知らないのは地元民ではない僕くらいかもしれないではないか。


 僕の期待に応えるように、綾文さんは僕の質問に答えてくれた。


「いや、そんなの私に聞かれても」


「・・・・・そっか」


「うん」


「・・・・・・」


 会話が途切れかけたタイミングで、丁度バスが来てくれた。僕が一方的に感じているらしい気まずさを払拭すべく、僕はレディファーストも無視してバスに乗り込んだ。


 バスでの会話は特に気まずくもなく特に弾みもしない。なんとなくだけど、綾文さんは何かを気にしているように見えた。バス停のたびに外を見て、人が待っていないと息を吐く。そんなことを繰り返している。


 僕もそのうち無理に話を振るのをやめて、窓の外を流れる看板を読んで遊んでいた。格闘マンガに憧れていた幼少期には、こうやって動体視力の訓練とかしたものだ。


 ああだめだ、毛筆の立て看板とか読めねーよ。



     ●



「ばいばい」


 バスを降りてしばらく歩き、綾文さんはそう手を振った。


 ここから少し歩けば自宅だという。僕が用がある本屋はこの角を曲がる。共通の道はここまでらしい。


「うん、また明日」


 僕がそう返すと綾文さんは少し驚いた顔をして、口元に手を当ててゴニョゴニョと何事か呟いていた。


 それから顔を上げて、


「ばいばい、また明日」


 と、はにかみながら、噛み締めるように言った。


 なんとなく本屋に寄る気になれず、そういえば今日は刊行日でもなんでもなかったので、僕も家に帰ることにした。




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