第二十四話
更新が遅く文章量も少なくて申し訳ないです。
「主人公……」
繰り返された言葉に覇気はなく、耳から入った言葉が口から零れただけのものだった。まるで未知の言語に触れて意味を測るように、咀嚼するように。
八坂はその反芻を理解と受け取ったのか、熱く続ける。
「そう、主人公だ。我々は、一人ひとりが主人公であるべきなんだよ。画一化された、出る杭を打つ社会なんて間違っている。分かりきったことだ。各々が各々の個性に適した物語を紡いでいくべきなんだ。その権利は、保障されるべきなんだ」
先程の脳が痒くなるような思想論とは異なる熱意を感じる。熱にうかされることなく、熱に狂うことなく、体に宿る熱を少しずつ吐き出す。
熱意を伝えようとしている。
伝導し、伝道しようとしている。
ついさっきの演説の通り、八坂は直情的な人間に見える。興が乗ればテンションが上がり、話したいことが押し寄せて言葉は支離滅裂になる。
だが今の語り口にはそれがない。熱意を持ちつつ冷静で、自意識を持ってどこか慎重に話している。頭の中で順番を整え、自分のためではなく僕のために、僕に伝えるために話している。誰かの語った理想を、自分を経由して僕に伝えるように。
「もっとも顕著な個性とは、つまりこの能力だ。超能てあり異能だ。超状で異常な個性を持つ我々は、そうでない大勢におそれられ
隔離され、個性を潰す教育を強いられている。バカげたことだ。人類最初の異能者が現れた二十年前化今日まで、異能者の数は増え続けている。今はまだ異能者の方が少ないからいいものの、やがて数に偏りがなくなり、ついには天秤が逆転する。そんな未来が待っているのは明白だ」
大きく広げた両手で天秤を表現しているのか、ゆらゆら、ふらふら、体を揺らしておどけて見せる。今まで見せなかったボディランゲージは、なおのこと、八坂の後ろにいる誰かを色濃くした。
「なんの前触れもなく出現した異能者を対象にした制度や施設をたったの二十年で用意した尽力は認めよう。だが、その方向が決定的に間違っている!」
強目の口調で句切り、八坂は僕の目を見つめてきた。僕の反応を伺うように。僕を探るように。
「我々は両親の二次創作じゃあないんだ。我々という個人を主役とした物語があるんだ。ラブコメもミステリもギャグもシリアスもバトルも日常も。君は主役で、横の君も主役で、私も私の仲間たちも、全ての異能者もそうでない人も、異能者を閉じ込める愚かな制度を作ったどこかの誰かも。誰だって、ただ単なる『どこかの誰か』じゃない。主人公なんだよ」
「主人公……」
今度繰り返したのは僕ではなく、隣に座る由起だった。僕も同じように、今度は頭の中だけで反復する。主人公。
主人公。
八坂は演説をやめて僕の目をまっすぐに見つめる。ただ見つめている。僕の反応を伺うように。探るように。待つように。
僕は胸のうちから噴き出しそうになる熱い感情を悟られまいと、表情には出すまいと努めた。
常ならうまくできたかもしれないそれも、不意打ち気味に叩きつけられた言葉に動揺を隠しきれない。そうした僕の反応を、顔のこわばりを、目の泳ぎを、八坂は敏感に感じ取ったようだった。
「君は……」
何かを言おうとした八坂の言葉は、そこで途切れた。強制的に中断させられた。第三者の手によって。
八坂の言葉の代わりに白い匣の中に響いたのは、ガツッ、という音だった。固いもの同士がぶつかったような音。八坂の顔の近く、空中のなにもない所から突如として人の腕が生え、八坂の下顎を横から殴り付けたのだ。
八坂の顎を打った腕はそれほど太くはなく、鍛えているようには見えないが、よほど良いところに当たったのか、八坂は白目を向いてバランスを崩し、床に倒れこんでしまった。
次の異変はすぐに起こった。
八坂の体制が崩れるのと同じくして、匣のあちこちに亀裂が入った。ピキピキと音を立てながら、亀裂はあっという間に白い匣の四方に拡がる。八坂の後ろに控えていた広報委員は事態についていけないのか、それともなんとかする術を持っていないのか、オロオロとあからさまな崩壊を見ているしかできない。
かくいう僕も、そして隣の由起も、何が起こっているのか分かっているものは、この匣の中にはいないようだった。
「なんだこれ」
と、取って付けたように言うことしか出きることはない。そうこうしているうちに亀裂は細部にまで至り、まるではじめからそういう模様であったかのように匣の内部を彩っていた。
全面を飾った亀裂はそれ以上の浸食をやめ、かわりに、ポロッ、と欠片が落ちた。白い欠片は重力に引かれて床に落ち、カツンと硬質な音を立てた。その音を号砲にしたかのように、壁から天井から雨のように欠片が降り注ぐ。とっさに頭を庇うものの、手に当たる欠片は硬いだけでダメージはない。切れたり痛めたりするとこは無さそうだった。
欠片の落下の衝撃か、驚いた僕たちの足によってか、床も亀裂に沿って欠片が捲れていた。白い亀裂から覗くのは本来の床。黒い匣ではない、体育館の木目の床だ。
より正確に言うならば、床とは言えないかもしれない。僕たちがいた白い匣は、どうやら体育館の壇上に位置していたらしい。僕と由起は壇の下を背にするように座らされていたようだ。
対面に座っていた八坂は完全に気を失い、床に倒れて身じろぎもしない。その八坂を降した謎の拳の持ち主は、今僕に、僕たちに、体育館に堂々たる背中を向けていた。左手を真横にまっすぐ伸ばし、右手は腰に当て、背中を向けての仁王立ち。人に背中を向けることに誰よりも慣れたその威容は、九重一巻生徒会長のものだった。
多分。
「よう」
拳を開き気軽そうに手を挙げる。街角で会って挨拶を交わすような何気なさ。
まるで本当になんでもないことのように、九重会長は学校をテロリストから解放した。