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第二十三話

白い闇の正体は、言うまでもなかろう白い匣であった。一辺五メートルくらいの立方体の中のように見える。空間の快適さを彩る調度の類いは一切ない。あるのは黒い椅子と黒いテーブル。そのどちらもが立方体であるのを見ると、あれらも椅子やテーブルではなく、匣なのかもしれない。


僕の側からテーブルを挟んで向かい側。先刻まで壇上に立っていた人物が間近に見える。


『クラスメイト』の広報委員長、八坂十六夜が、僕の面接官であるらしい。


「どうぞ、かけてください」


自分は座ったままで八坂が示す。素直に座ろうか立ったままで話し出そうか悩んだ僕に先んじて、僕の後ろにいた由起が椅子に座った。どうやら、二人一組で待てと言うのは面接を二人同時に行うかららしい。僕が選ばれて由起を巻き込んだのか、由起が選ばれて僕が巻き込まれたのかはわからないが、入室の順番にどんな意志が介在しているかわからない以上、これも考えるだけ無駄か。


さっきから、考える材料が少なすぎる。元々考えるのが苦手な僕のこと。考えるの材料が少ないというのは苦痛だ。


「さて、まずは名前から聞かせてもらいましょう」


かしこまった様子の八坂が問う。面接と言っていたが、本当に面接するつもりなのか。僕たち高校生の中から『クラスメイト』の新メンバーを探すつもりだと言った、あの言葉は真実なのだろうか。


ここで黙っていてもどうにもならない。暴力で訴えるのもひとつの手かもしれないが、相手は仮にもテロリスト。こうして堂々と相対していることからしても、暴力は相手の土俵と見るべきだろう。


一対二。数の上では勝っているが、僕は荒事は慣れていないし由起を戦力と数えていいのかも微妙だ。制服の上からでも華奢なのが分かる、小さな肩も薄い胸も細い手足も、どこをとっても暴力に慣れているようには見えない。


仕方ない。ここは正直に応答しよう。


「僕は万九十九」


「私は七転由起です」


「私は八坂十六夜。面白いな、私が呼んだ二人が二人とも、私を入れて三人ともが名前に数字を含んでいる。これも何かの縁だとは思わないかね」


「そうですね、中々面白い縁だと思います。数字を含む名前だって決してありふれてはいないのに、それが一堂に会するなんて、少なくとも他ではしたことのない経験です」


僕の同意に満足したのか、それともセールスのためか、八坂は大きく笑みを浮かべた。


「君は話がわかるね。さて、面接の形として、まずは私から質問をさせて貰おうかな」


「四角だと辺の長さよりも頂点同士の対角線の方が長くなってしまい、蓋を斜めにすると落ちてしまうからです。丸だと直径がどこも同じなので、どれだけ角度を変えても落ちません」


「マンホールの蓋をが丸い理由は聞いていないよ。私はマイクロソフトの面接官ではないからね」


「でも用水路の蓋は長方形ですよね。小学生がイタズラしてよく落ちてます」


「ん、そういえばそうだね。なぜ用水路の蓋は丸くないのだろう?」


「さあ、知りません。用水路は横に延びてるからじゃないですか?」


「なるほど。横に延びてるから丸くしても結局斜めにずれたら落ちてしまうわけだね」


「知りませんけどね」


「なんの話をしてるんですか……?」


由起がおずおずと割り込んだ。なんの話かと聞かれれば、勿論マンホールの蓋の話でしかない。


八坂がはっとした表情で身を逸らした。胸を張って座り直すと、ことさら威圧的に口を開く。


「君は我々『クラスメイト』の活動の方針を知っているかね?」


「知りませんね。一般への知名度の低さを考えると、活動が消極的なんじゃないですか?」


「テロリストにもっと活動しろとは、もしかして革命思考でもあるのかな?」


「ないです。ただあなた方のやる気の感じられない態度に苦言を呈しているに過ぎません」


「言ってくれるな」


苦笑しながら八坂が返した。なんというのか、砕けた態度に感じる。取っ付きやすいというかフレンドリーというか。広報委員長というだけあって、人前に出ることや人と話すことに慣れている、ということだろうか。


僕としても、多分ここで殺されることはないだろうという、一種楽観的な気分で話しているせいもあるかもしれない。冷静に考えればそこまで楽観出来る材料などないというのに。僕の知らない『クラスメイト』の活動に、「勧誘に乗らない者は始末せよ」なんて物騒な代物がないとも限らないのだから。


隣で由起が身じろぎする。危険思想を持った危険人物と密室で向かい合う。しかもその密室は眼前の危険人物が用意したものとくれば、居心地など望むべくもない。


「さて、ではまずは君に我々の活動を、我々のなんたるかを理解してもらうことから始めようか。面接の前に、説明会から始めようか」


仕切り直す形で一息つき、八坂は僕の目を見て話始めた。構成メンバー全員が学生という『クラスメイト』のこと。八坂自信も中高生であるはずだが、僕は八坂に不思議な圧力のようなものを感じていた。経験か知識か、そういった目に見えず、形にしにくいパラメーターで僕は八坂に大きく劣るような、そういう気分にさせられる。


大人と向かい合っているようだ。


そういえばそもそも学生という言葉が示すのは大学生であるらしい。小学生、中学生、高校生は学生とは言わず生徒と言うのだとか。その論からすればもしかしたら八坂は大学生なのかもしれない。大学生ならば、例えば八坂が童顔の中高年だとしても『クラスメイト』の構成基準を満たしていることになるのかも。


もっとも、中高年はありえないのだけど。


「我々は能力者の地位向上を目指している。能力者はそうでない人間たちとは違う。優れているのだ!」


ここからしばらくは脳みそが痒くなるような選民意識丸出しの思想が並べられた。過去になんらかのトラウマを追って卑屈に引きこもって頭の中が醸造してしまったのではと勘繰ってしまう。そういうエリート思考な台詞はマグニートーレベルでないと許されない。


突然なにかのスイッチが入ってしまったかのような熱弁ぶりに由起も、引いているやら呆れているやら。僕はもちろん呆れている。僕がそういう能力を持っていたなら、音を閉ざしていたことだろう。


「あ、あの、落ち着いて下さい……。活動を教えてくれるんじゃないんですか?」


軌道を正しに割り入ったのは、驚くかな由起だった。


自分の気持ちのいい演説を断たれた八坂はというと、特に気分を害した風もなく、意外なほど素直に襟元を直した。


「ああ、すまないね。どうしても熱が入ってしまう。熱心な聴衆に応えるとしよう」


「いえ、熱心というわけでは……」


僕も以外だった。てっきり由起は萎縮しているものと思っていたし、こういう場面では無言を貫くとばかり。


思っていたよりも、胆が据わっているのかもしれない。


「さて、では具体的な活動内容の説明に、改めて入らせてもらう」


ようやく話が進むのか。なんだか待ちくたびれたような思いだ。もしかしたらこれもテクニックの一種なのかもしれない。


先に主旨を告げておいてわざわざ遠回りし、聴衆が痺れを切らした頃に本題に入る。本来なら、無駄話をさせるだけさせて相手の目的など果たさせずに警察なりなんなりの対応を待つのが、正しい人質というものではないだろうか。


あいにく僕には人質の経験がないのでこういった際の作法がわからないのだけれど、犯人の話を「やれやれようやく本題か」などと考えてしまうようでは、まるではなしを聞きたくて仕方がないみたいではないか。遠回りで下らない話を聞かされたせいか、まともな話が聞きたくなっているのかもしれない。


「能力者の地位向上と言ったが、これはあくまでも最終的な目標に過ぎない。現在虐げられ不当に差別されている能力者を解放するのが、主な活動となる。個人から団体に至るまで、だ」


「虐げられ差別されているとは、あなた達の主観ですか?」


「そうなるね。我々『クラスメイト』の構成員全員で、介入すべきか否かの決を採り、すべきが多数なら介入する」


「わお、民主主義だ」


「なにか?」


「いいえなにも。僕はなにも考えませんし、僕はなにも言いません」


「…………対象が個人の場合、できるだけ本人にも接触、観察するようにしている。不当な扱いを受けているのなら迅速な対応が必要だが、本人が満足しているのなら、例え地獄でも都だろうとね」


「個人の意見も尊重するんですね」


「もちろん」


八坂は満足そうに頷いている。僕の理解を得たと思ったのだろうか。


「それで、今回の解放対象が僕たちの通うこの学校である、と」


「その通りだ。複数人の生徒と接触したところ、この学校の制度に不満を感じているものが多かった」


学校の制度に不満を感じている、ね。学校に不満を感じていない学生というものが、いったいどれほどいるというのだろうか。


能力者専門校の校則が厳しい、なんて今さらじゃないか。


「そう、確かに今さらだ。これまで行動に移せなかった我々の愚鈍さを、どうか許してほしい」


と、ここで八坂は、意外なほどに真剣な表情でそう言うと、黒い匣に向けて深々と頭を下げた。


「メンバーの収集や類似組織との対峙、緊急性ありと判断された他の案件に時間が掛かりすぎてしまった。我々は君たちを、決して軽んじていたわけではないと、信じてほしい」


再び上げた顔は、壇上から見下ろしていたときや熱に浮かされた思想を語っていたときとは全く違う、思慮と同情の念が感じられる顔だった。自分も虐げられていた、自分も差別されていた。その境遇から産まれる同情。


自分もそうだった。


双眸が語っていた。


「これは広報委員長たる私の決め台詞なんだがね…………」


八坂は一拍置いて、真摯な瞳で僕を見据えた。しかと目を合わせてその一言を発する。


「主人公になりたくないか」


「主人、公…………?」


「そう、主人公だ。白い目で見られ肩身を狭くする必要なんてなにもない。能力を持ったのは君のせいじゃないし、能力を持っているのはなにも悪いことじゃない。今の境遇は変えられる。君は君の主人公なんだ」


八坂の言葉は、僕自身意外なほどに、僕の心を揺さぶった。

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