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第二十二話

『クラスメイト』の広報委員長、八坂十六夜。


そう名乗った男は今僕たちを見下ろしている。鍵匣人形(マトリョーシカ)と言うらしいこの空間、八坂の言葉を借りるならば彼の空間は、元の講堂の構造を色濃く残していた。


八坂の立つ檀上と、そこに登るための階段。反対側に見える両開きの扉。僕たちが座っていたパイプ椅子。違いと言えば、それら全てが、今まで見たことのない、無機物とも有機物ともつかない不思議な何かで構成されていることくらいか。いや、もしかしたら構成ではなく塗布かもしれないが。


催眠なのか空間の精製なのか上書きなのか、はたまた僕たち全員を違う場所に移動させたのか。鍵匣人形がどういう性質の能力なのかわからない以上考察する意味は無さそうだが、だからと言って考えもなしに暴れまわるのは下策というものだ。


なにせ相手は自他共に認めるテロリストを、名乗っているのだから。


「ともあれ静かにしてもらいたい。未来ある同胞たちよ。言いたいことも起こしたい行動もあるだろうが、まずは私の話を聞いてもらおう」


八坂は静かに語りかけた。もはやマイクは機能していないが、八坂の声は不自然なほどによく聞こえる。響くでも轟くでもなく、ただよく聞こえるのだ。これもこの空間が八坂に与える恩恵なのだろうか。


八坂がまず発した要望、静寂と傾聴は、聞き入れられることはなかった。こちらは血気盛んな高校生。一年生から三年生まで五百超の十代男女。しかも個人ではなく『全校生徒』という群体である。静かになどなるはずもなく、八坂のそれとは違う、物量にあかせた声が響いて返した。


「ふざけるな」「いきなり何のつもりだ」「テレビで名前聞いたことある」「ここらか出せ」「これって授業潰れるの?」「目的はなんだ」「警察呼ぶぞ」「先生は何やってんだよ」「誰だ今足踏んだやつ」


パン。


軽い音が声の滝を遮った。破裂音のような打撃音のような音の正体は、なんのことはない、八坂が両の手のひらを合わせた音だった。


柏手ひとつ。その程度の音が、五百人の声を押し退けたのだ。


「あまりにもうるさく纏まりがなかったので無理矢理静かになってもらった。集団に紛れた声は受け付けない。これから私は君たちと面談を行う。その時まで静かにしていなさい」


違和感のある静寂に八坂の声だけが届く。違和感。違和感。


僕の隣の男子も、前の女子も、みんな口を開いて舌を動かし喉を震わせている。乱暴に足を踏み鳴らしたり自分の耳を叩いたりしている。それらの音が全く聞こえない。自分の呼吸の音も、衣擦れの音も聞こえない。


「困惑しているのかな、突然の音の消失に」


そんな中、八坂の声だけが聞こえてくる。当たり前だと言うように、耳に意識に侵入してくる。


「心配しなくてもいい。一生耳が聞こえないわけではない。私が許可するか、鍵匣人形を解除するか、この空間から出るかすれば元通り聞こえるようになる」


この聴覚不全はやはり八坂のせいであるようだった。どの程度までかはわからないが、この空間は、まさしく八坂十六夜の空間であるらしい。


だがそれよりも気になるのは、今の八坂の言葉。鍵匣人形の解除とこの空間からの脱出を別に語った。


八坂の能力とこの空間は関係がなくて、それをうっかり漏らした八坂のミスか。それとも、獲物を釣り上げるための(エサ)か。


僕が言葉の真意を読もうとしていると、クイクイと制服の袖が引っ張られた。暴れる生徒に肩やら背中やらを押されているが、それらとは違う、袖を引くという目的を持っての引かれ方だ。


「…………」


由起。と呟こうとして、しかし声はでなかった。


僕の袖を引いたのはどうやら由起だったらしい。僕より小さい身長で、不安そうに僕の顔を見上げている。由起とはクラスが違うから、ここにいるということはきっと混乱に乗じて移動してきたのだろう。僕のところに来て貰っても、残念ながら僕に出来ることは何もないが。


「おや?」


僕が自嘲している間にも、僕以外の人間は動いている。業を煮やした男子生徒が五人、壇上に上がろうとしているのだ。


能力を封じられている現状、ここにいるのはただの人で、ただの集団だ。普段肌身離さず使っていたツールを取り上げられているのだから、ただの人よりもメンタル的に不安定かもしれない。彼らが八坂に向かったいくのは、勇気か義憤か恐怖か混乱か。見た限りでは不安を誤魔化すため、と読めそうだ。


頭に血を登らせ歯を剥き出しにして、その様相はまるきり猿のようだ。興奮した少数の暴徒に対し八坂は、慌てるでもなく落ち着いた様子でゆっくりと両手を合わせた。


パン。


と、柏手ひとつ。すると目に見える変化が暴徒に起こった。


肩をいからせる男子高校生五人の姿が、白い匣に覆われたのである。


今ここに音があって声を発することができたなら、きっと息を呑む音と小さな悲鳴が聞こえただろう。匣の出現は唐突で、人が消えたのは衝撃だった。


「ではこれより我々広報委員会と諸君で面談を行う」


声を張って八坂が言った。その宣言に応じるように、八坂の背後にいくつもの匣がせり上がってきた。人ひとりが入るのにちょうど良さそうな、棺桶のような長方形の白い匣だ。その匣の前面がいっせいに押し開かれ、中から没個性な集団が現れる。あれらが広報委員会だろうか。


「面談と言うよりは面接に近いかもしれないな。君たちのうち何人が我々『クラスメイト』に編入出来るか、その資格があるかを問わせてもらう」


好き勝手なことを言うものだ。そもそも僕は『クラスメイト』に入りたい、だなんて思ってすらいないと言うのに。


「手近な誰かと二人一組になって待っていなさい。誰と話すかはこちらで決める」


言い終えると、八坂はまた手を打ち鳴らした。自信も白い匣に覆われ、他の広報委員もまた匣に戻る。それと同時に、生徒たちも何人かが白い匣に覆われた。囚われた。この中で、面談とやらが行われているのだろうか。


しかしこれは美味しい状況だ。広報委員は八坂を含めて全員が匣の中。今なら監視の目はない。


生徒たちや、ここが鍵匣人形になって以降棒立ちの教師たちの中に『クラスメイト』ないしその協力者がいる可能性は非常に高い(というか僕なら混ぜる)が、こうして僕たちから目を離す以上、多少の自由は折り込み住みのはずだ。面接、という言葉に乗っとるのなら、今こうしている状況だって評価基準の内かもしれない。


『クラスメイト』になりたいわけではないが、他人からの評価は高いに越したことはない。


僕は早速、現状のより詳細な把握に乗り出さんと足を踏み出した。周囲は困惑のためか誰も動こうとしない。さっきまではあれほど動きたがっていたというのに、いざ目がなくなったら動けない。「動いてよし」と言われるのを待つつもりだろうか。


日本人にエチュードが向かない理由は、きっとこういうところにあるのだろう。奴隷根性とも言う。


まずはあの白い匣に触れてみようと一番近い匣に足を向けるが、すぐに制止させられた。由起がやや強く袖を引いたのだ。意図を聞こうとしたところでまだ声が出ないことに気付く。仕方なくジェスチャーでの意思疏通を試みた。


僕はこの空間を調べてみるつもりだけど、由起はどうする?


由起は首を捻っている。通じていないらしい。当たり前か。今までジェスチャーなんて会話の補助目的でしか使ったことないし。仕方がないので僕はケータイを取り出しメールを起動。そこに文字を打ち込んでの筆談を試みた。試みは成功し、そこには僕が意図した通りの文字が打ち込まれ、僕が意図した通りの文章が出来上がっていく。


「僕は今のうちにこの空間を調べてみるつもりだけど、由起はどうする?」


するとその文を見た由起も自らのケータイを取り出し画面に自分の意思を表出させる。


「そんな、危険はないんですか、相手は『クラスメイト』ですよ?」


「大丈夫じゃないかな。生徒を集めた上で面接なんてのたまうんだし、全員かそれに近い数は見るんじゃない?」


もちろん確証なんてないけど。テロリストへの偏見からの発想だが、もしかしたら容赦なく殺されてしまうかもしれない。鍵匣人形なら殺さずに隔離することも簡単そうだし、もし僕が粗相を働いたら痛いことはせずに隔離の方向でお願いしたい。


「まずは白い匣を調べてくるから、由起はここで待っててよ」


ケータイの画面にそう表示させ、由起の理解を待とうとした。しかし由起は快い返事をせず、不安そうに、不満そうに眉を寄せた。僕の袖から手を離さず、むしろ両手で強く掴んだ。両手で掴んでいるためケータイで何らかの意思を示すことは出来ないが、その仕草が現す意思は雄弁に伝わってきた。


僕はしばし黙考し、三度文字盤に指を走らせた。


「わかった。じゃあ由起も一緒に来なよ」


一体何をわかったというのか。見開かれた由起の目はケータイを介さずに意思を伝えてきた。何もわかっていないと。


だって正直ちょっと面倒くさい。危地に臨もうとする主人公を結局は送り出すくせに取り合えず一回は止めて体裁を整えるヒロインか。必要性の説明が必要か。必ず帰ってくると約束が必要か。それとも何か後々役に立つアイテムでもくれるのか。撃たれた時に銃弾から守ってくれるペンダントか。


ちょっと欲しい。確実に命を救ってくれるなら命のストックと変わらないし。回数制限ありの不死身、みたいな。


説得とか説明とか納得の要求とか面倒くさくてたまらないから由起の意思は無視して僕に付き合わせることにした。だから多少強引に曲解した。さながら鈍感系主人のごとく。


驚く由起の腕を掴み返して引きずる。目指すは最寄りの白い匣。手の中の腕は拒むように暴れるが、それを意に介さず掴む手に力を込めた。暴れるということもないが従う素振りも見せず、嫌々並ぶような消極的な追従ではあるものの、由起は足から力を抜いて歩く方向を同じくした。直前まで踏ん張っていたためか足をもつれさせてたたらを踏む。


その直後、僕の視界を、行き先を、白い闇が遮った。



始まるのですよ、異能バトルが。次くらいから

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