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第二十話

あけましておめでとうございます。なんとか今日中にあげることができました。元旦からお目汚しを失礼していたします。

【鋭利掘削】の言う『あの男』とは誰のことなのだろう。


【鋭利掘削】との邂逅の翌日。学校へと向かう道。僕はぼんやりと考えていた。


僕の身近にいて僕を某かの組織勧誘した人物というと、まず思い浮かぶのは九重先輩。入学直後の僕をかなり強引な手段でもって生徒会に引き込んだ張本人。


次に思い浮かぶのはイケメン先輩。生徒会に入った僕を、自分が副会長を務める研究会に引き抜こうとしている。


この際なぜ僕を、という疑問は抜きにして考えてみよう。なにを考えるかというと、もちろん色々とだ。


本来ならあんなに尖ったファッションセンスの怪人物の言うことなど全てを無視するのが正解だと思う。只の頭が春の人かもしれないし、遅れてきた厨二病の人かもしれない。そうでなくても自分で自分をテロリストだなどと名乗る輩に、まともな人がいるとも思えない。


でも考えてみよう。


九重先輩は勧誘委員長か否か?


九重先輩の行動を振り替える。後ろ向きで歩いてきて僕とすれ違い、綾文さんとの逢瀬を邪魔して、なぜか綾文さんの秘密を握りそれを使って僕を脅迫した。友達のためなら自分の身を省みない僕は自己犠牲の精神を発揮して泣く泣く生徒会に入り庶務に就任。しかし綾文さんは学校にいられなくなり転校した。九重先輩はその事に関して一切の釈明も、斟酌もなく僕を生徒会役員としてこき使っている。


イケメン先輩は勧誘委員長か否か?


イケメン先輩の行動を振り替える。入学直後の後僕に目をつけ綾文さんとの下校を邪魔して怪しい研究会に勧誘した。名前は知らないし美好先輩以外の交遊関係も知らない。向こうも僕を知らないだろうになぜか僕を引き抜こうとしている。どうやら研究会内部で有志を集め何かをしているらしい。その何かが何かはわからない。そもそも研究会の内情もわからない。


「参ったな、どっちも怪しいぞ」


驚愕の黒さ。喪服もビックリの疑わしさ。類は友を呼ぶと言うが、この場合九重先輩がイケメン先輩を呼んだのか、イケメン先輩が九重先輩を呼んだのか。どちらかが実際に勧誘委員長だったとしたらそのどちらかが【鋭利掘削】を呼んだわけで、全く迷惑な話だ。


類が友を呼ぶのなら、僕の周りはもっと清廉な聖人で溢れているはずだが。


どちらも、信じられるほど関係は深くないし、疑おうと思えば疑える。ようするに情報が無さすぎるのだ。何かを考えるにしても、今の状況では情報不足が過ぎて、信じるも疑うも感情に依るしかない。そして感情に寄ってしまえば、もう考える意味がない。


意味がないので、僕はこの無駄な妄想を取り払うことにした。







「よお七五三後輩」


「こんにちは九重先輩」


もちろん他にも鬼先輩大黒柱先輩もいる。全哉先輩もいる。今日の鬼先輩は砂糖のハチミツ漬けを食べていた。じゃりじゃりいってる。


九重先輩はこちらに背を向けている。他の三人は文庫本を読んでいたり携帯をいじっていたり、思い思いに過ごしている。こうして毎日集まる必要が果たして本当にあるのか、甚だ疑問である。疑心暗鬼である。


僕はここのところの定位置となりつつある全哉先輩の隣にはあえて座らず(マンネリの回避は大切だ)、不快感を必死に飲み下して鬼先輩の隣に腰をおろした。鬼先輩は怪訝そうな目を僕に向けたが、僕が鞄から読み指しの文庫本を取り出したら興味を失ったように食事を再開させた。全哉先輩もチラと僕を見たが、同じく文庫本に目を落とす。


大黒柱先輩はスマホの画面に素早く指を走らせ、猛烈な速度で何かしらのフリック操作を行っている。今時の女子高生っぽい。時おり僕を見ながら操作を続けるのが気になるが、また由起との関係について余計なことを言われるのも億劫だ。僕は無視して文庫本を開き、挟んでいた栞を外す。読んだ行を探す一瞬の間を見計らったかのように、僕の名を呼ぶ声が響いた。


「なあ七五三後輩」


無駄に大袈裟な表現をしてしまったが、九重先輩が僕を呼んだだけだ。


「なんですか、九重先輩」


「お前昨日、誰かと会ったか?」


僕に問いかける背中は、いつもよりいくぶん真剣さを増しているように思える。ふと見ると大黒柱先輩も、スマホをいじる手を止めて僕を見ている。探るような視線。僕はそれを受けて、まずは普通に返した。


「会わないわけがないじゃないですか。僕が住んでいるところは無人島ではありませんし、そこそこの生徒数がある学校に通っているんですから、誰にも会わないなんて不可能ですよ」


肩を竦めて首を振る。やれやら、というゼスチャー。九重先輩ときたら、僕より二年は長生きしているはずなのに日本語の使い方がお粗末で困る。


「今までお前みたいに、重箱の隅をつつくのが生き甲斐のような男と会ったことがなかったんだよ」


気を張っていたためか、張っていた気を透かされたからか、九重先輩は気が抜けたように深く息を吐いた。大黒柱先輩は苦笑を漏らしている。


「いやすまんな、気が張ってたらしい。なんだか知らないけど矢鱈に派手な男だよ。腰まである髪を蛍光色に染めてて、いやに輝くピンク色の髪飾りをした男だ」


「ああ、会いましたよ。【鋭利掘削】とか名乗ってました」


「やっぱり会ったのか」


ここで九重先輩は先程よりも深く息を吐いた。今度の吐息はため息だ。どうしたものか、そう小声で呟いたようにも聞こえた。


「そいつはその通り【鋭利掘削】って名乗ってるし、呼ばれてる。そいつ自信の能力も同じ名前だ。【切断鈍器】とも呼ばれてたはずだ」


「九重先輩はあの男を知ってるんですか?」


これは質問というよりも確認だ。まったく知らなかったら【切断鈍器】の方までは出てこまい。どの程度知っているのかはわからないし、一方的に知っているのか、相互に面識があるのかもわからない。


「知ってる。何度か会ったこともある、まあ因縁のある相手だな。ギラギラした見た目とのらりくらりとした性格、それに強力で攻撃的な能力を持ってる面倒臭い輩だ。『クラスメイト』の突撃委員長とか言ってたろ?」


「そうですね、言ってました。ひとりで盛り上がってましたよ」


「やれやれだな。なんだかゴチャゴチャ言ってたと思うけど、忘れ去っとけ。あんなやつには関わらない方がいい」


九重先輩は締め括るように言って、そのまま沈黙した。僕からの問い掛けにもはぐらかすばかりで、もう【鋭利掘削】の話題は終わってしまった。






「やあ」


生徒会室を後にし、学校も出ようとした僕を校門で待ったいたのは案の定イケメン先輩。僕の学校生活は生徒会室で先輩方と話すか下校中にイケメン先輩と話すかの二択しかないのではないだろうか。灰色の青春だ。青春の負け組という点では敗色かもしれない。


おそらくいつもと同じ引き抜き話であろうと予測した僕は、自身の灰色っぷりに拍車をかけないように無視しようとした。どうせなんの益もない話だ。聞いても聞かなくても同じなら聞かない方がいい。青春の貴重な一分一秒を無駄にはしたくない。例え今さらだとしても、遅きに失したとしても、行動することはきっと無駄にはならないから。


だから僕はイケメン先輩に無視を決め込み、聞こえませんでしたよとゼスチャーも込めてイケメン先輩の前を通りすぎた。幸いにしてイケメン先輩は呼び止めることはなく、僕は首尾よく校門から外に出ることができたわけだが、校門の外は校庭だった。


「………?」


後ろを振り替えるとそびえ立つ校舎が見える。僕が通っている学校の校舎だ。どうやら僕は昇降口から出てきたらしい。前を見ると僕がさっき越えた校門がある。こちらに歩いてくるイケメン先輩の姿もあった。


気のせい、ではないだろう。訳知り顔で歩み寄るイケメン先輩の能力か、もしくは僕が気付かないどこかかにいる別の誰か能力だろう。そしてその答えは、僕の前まで来たイケメン先輩が教えてくれた。


「驚かせてしまったかな。今のは僕の能力、【メビウスの庭園】だよ」


ここは笑うところだろうか。


笑うべきか笑わざるべきか、笑うべきだとしてもちょっと笑えない不測の事態に混乱する僕とは裏腹に、イケメン先輩は今までで一番真剣な表情を見せている。真剣で、切羽詰まったような、僕を案じるような、計算外に慌てるような。


眉間にシワを寄せたまま、イケメン先輩は唯一の取り柄の顔で渋面を作り、逡巡してから言葉を発した。


「君は、昨日、変な男に会ったかい?」


「イケメン先輩でしたら昨日も会いましたけど」


「僕以外でだ」


「九重先輩と全哉先輩と……」


「普段から交流のある人物や奇人窟は除いてくれ」


「会ってません」


「本当に?」


「そもそも変な男の定義がわかりません。完璧に平均な、いわゆる普通の人があり得ないんですから、みんながみんな少なからず変なはずです」


僕以外。


「ああ、そうだね」


イケメン先輩は珍しく苛立ったように頷いた。何に対するものかはわからないが、焦燥感を得ているらしい。僕の言い回しが気にさわるくらいに。


「言い方を変えよう。真っ赤なパレオを巻いて純白のジーンズを履いて、三メートルくらいの虹色のチェーンを巻いて黄土色のロングブーツを履いた男に会わなかったかい? 多分、【鋭利掘削】って名乗ったと思うんだけど」


「いいえ、会ってないです」


「本当に?」


「本当ですよ。そんな奇っ怪な外見、遠目に見ただけでも忘れられそうもありません。誓って言えますが、僕はその人物に会っていません」


イケメン先輩は口を引き結び、僕の目をまっすぐに見つめてきた。まるで僕の言葉の真偽を見極めようとするような、嘘を許さない、見定めるような思いを感じる眼差しだ。


僕はその目を、同じだけの真摯さを込めて見返した。沈黙の中僕とイケメン先輩の視線が交錯する。


やがて、イケメン先輩はフッと笑って目を伏せた。


「問い詰めるようなことをして悪かったね。どうやら僕の勘違いらしい。その目は、嘘を吐いている目じゃ、ない」


爽やかな微笑みを口元に湛えて穏やかに言う。僕が言うのもなんだけど、イケメン先輩はもっと人を疑った方がいいんじゃないかな。誰も彼もが本当のことを言うとか、嘘には意味のある嘘しかないとか、そういう幻想を持っているんじゃないかな。


「会ってないならいいんだ。あんなやつには会わないのが一番いい」


「なんだか知った風な口振りですけど、その誰かさんと知り合いなんですか?」


「知らない仲ではないかな。いろいろと手を焼かされて、煮え湯を飲まされているからね。あまり良い縁とは言えないけど、うん、知らない仲ではないよ」


「また持って回った言い回しですね。浅いのか深いのかわからない関係がありそうですが、僕には関係のないことですし興味もわかないので追究もしません。話したいなら勝手に話してもいいですよ?」


「あはは、話す気を根本から削ぐ言い方だね。あまり楽しい話にはならないし、話すつもりはないよ」


「ようするに、先輩はその某さんと浅からぬ縁があると、で、その人と僕と接点を持っていないか、確認したかった、と」


「そうなんだよ。それだけのことなんだ」


イケメン先輩の話は本当にそれだけだったようだ。その後二、三雑談を交わし、僕は学校の外へ。イケメン先輩は校舎内へと入っていった。そうして背中合わせに歩きながら、僕はやはり考える。


僕が今朝考えた、疑った二人がまさに今日、【鋭利掘削】との接触の有無を聞いてきた。昨日の接触から今日の誰何までにタイムラグが少ないのは何を意味するのか、あるいは意味しないのか。


それぞれの反応の違いは何かを表しているのだろうか。少なくとも人間関係の濃淡くらいは示していそうだが、それを探るには僕から話をふらなくてはいけないかもしれない。九重先輩の話をふるのはそう難しくなくても、イケメン先輩に対して話をふるのは、話をぶり返すのは不自然だ。


それに面倒臭い。


君子危うきに近寄らず。君子が誰か孫子が誰か僕は知らないし会ったこともないけど、この言葉くらいは知っている。この言葉が生まれた経緯も知らないけど、広く認知されている意味は知っている。


僕は、僕自身は馬鹿ではないつもりだ。それがつもりだけだったとしても賢しい行動をとることを心掛けてもいる。自分からテロリストを名乗る輩に近付いたりはしないし、自分からテロリストを名乗る輩との接点を語る輩に深入りするつもりもない。


今日は明日の宿題をやってからソーシャルゲームをやって寝よう。各先輩方と【鋭利掘削】ならびにテロリスト『クラスメイト』との関係は、少なくとも現時点では考えるだけ無駄だ。面白おかしい思考実験に沈むにしても、もう少し考える材料が増えなくては。


でも考える材料が増えるということは僕がテロリストに深入りすることに間接的に繋がるわけで、じゃあ考えなくてもいいやって気になってきた。

年内の投稿が出来ずにすみませんでした。

本来ならクリスマスや大晦日、お正月などのイベントには何か仕掛けをつけた番外でも書こうかと思っていたんですが、本編も進んでいないのにやることでもないかなと。忙しかったのも理由ではあるですけどね。


それでは、遅々として進まない拙作ではありますが、今年もよろしくお願い致します。

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