第十九話
「やっほーオニイサン」
なんだかサイケデリックな人に話し掛けられた。
今日も今日とてしてもいない生徒会活動を終え、イケメン先輩の勧誘を聞き流して由起との雑談に興じ、今は由起と別れてひとりでの下校路。
家へ帰る途中の道で、公道で、サイケデリックな人に話し掛けられた。髪といい服装といい、常人の発想など超越してしまっている。僕の貧困な語彙では語り尽くせないのが惜しいが、正直センスが無いと思う。
話し掛けられた、なんて言ってはしまったけれど、先述の通りここは公道だった。名前を呼ばれたわけでもないのに僕のことだと思ってしまうなんて、これでは自意識過剰の評価をされてしまう。低評価を下されてしまう。これはよろしくない。僕は自意識は低い方なのだ。これはきっと僕のことではない。
「まさか僕の事ではないですよね? 僕にはあなたのような洗練されたセンスの知人はおりませんが」
洗練ところか、磨かれ過ぎて磨耗しきっている気もする。
「オイオイオイ、オレっち様はオニイサンとしか言ってないってねえのにいきなり自分のことだと思ってしまうだなんて、それは自意識過剰ってものじゃないのかいオニイサン」
「では僕の事ではないんですね。お時間とられてすみませんでした失礼します」
「いやいや君のことなんだけどねオニイサン。っていうか時間とられてすみませんってどういうことよ」
「無駄話ならやめてください。僕は何よりも無駄が嫌いなんです。地球上で一番嫌いです。椎茸の次に嫌いです」
「オレっち様は、オニイサンに話があるんだよ」
「人の話を聞かない人の話を聞く義理って無いと思いませんか?」
「オレっち様は思わないな。人の話を聞いてばかりじゃ自分の話ができないじゃないか」
いちいちボディランゲージが大袈裟で、それが極彩色のファッションと相まって目がチカチカする。ただ視界に入れているだけで不快な気分になる、稀有な人材だ。
「まずは自己紹介をしよう。オレっち様は『クラスメイト』の突撃委員長。人はオレっち様の能力の名前をとって【鋭利掘削】と呼ぶ。あるいは【切断鈍器】と。別のところじゃ【咀嚼器官】なんて呼ばれ方もしてるけど、まあこっちは覚えなくてもいいさ」
ともかく、と【鋭利掘削】は両手を広げて大きく笑った。口元を引き裂いたような笑顔で、
「『クラスメイト』でもっとも攻撃的で、もっとも攻撃力のある能力を持った男だ」
と、言った。
その時の僕の驚きは計り知れない。この世で一番醜いものを、過去の自分を見せ付けられているような感覚。一番醜悪で、ずば抜けて酷薄な、思い出したくもない思い出を無理矢理にほじくり出されたような不快感。
【鋭利掘削】に、【切断鈍器】
相反するような二字熟語を重ねた造語による四字熟語。
能力の名前。
他者と交わることのない突出したファッションセンス
この人は
間違いない、この人は
昔の僕と、同じだ
中二病だ。
「なるほどそうなんですかすごいですねでは僕はこれで失礼します急ぐ用事ができたので今すぐにでも自分を癒したいので」
本当に勘弁してはくれまいか。このままでは今夜は枕に顔を埋めて呻くことになってしまう。黒歴史を掘り出された。もしこれがこの人の能力なんだとしたら確かに恐ろしい能力だ。僕は高校入学以来最大の精神的ダメージを受けている。僕の心が撲殺される。
「まあまあまあ待て待て待て待てって。まったく、なんでどいつもこいつもオレっち様の自己紹介を聞くと似たような反応を示すんだろうな、オレっち様は不思議でたまらねえぜ」
【鋭利掘削】は僕の退路を塞ぐ形で回り込んできた。こんな恥ずかしい呼び方は僕自信したくはないが、残念ながら名前を名乗らないのだからこう呼ぶしかない。この手の手合いは、名前を聞いても答えてはくれないものだ。経験則でわかる。
「ええと、その突撃委員長さんが、僕に用なんかないでしょう? 『クラスメイト』って、僕とはなんの関わりもないはずですけど」
僕からすればこれは当たり前のこと、人違いの確認のようなものだった。【鋭利掘削】はこの言葉に否定か肯定かを返す。そこからどんな会話を組み立てて逃げ去るかを考えてもいたのだが、しかし【鋭利掘削】は否定も肯定もしなかった。
訝しむように首を傾げた。
「関係がないって、そんなことないだろ。オニイサンは今、現在進行形で、うちの勧誘委員長から『クラスメイト』への勧誘を受けてるだろう?」
それこそ僕にはわけのわからない話だった。僕はそんな物騒な集団に誘われたことはないし、属するつもりもない。
「見に覚えがありませんね。というよりも、残念ながら僕をなにかに誘ってくれるような人は知り合いにはいませんから」
「え? マジで? 嘘吐いてない?」
「嘘なんか吐きませんよ。僕は何よりも嘘が嫌いなんです。地球上で一番嫌いです。椎茸よりも嫌いです」
「そっかー、そこまで言うなら本当なんだな。なにやってんだかな勧誘委員は」
本当なにやってんだか。そう呟きながら【鋭利掘削】は頭を掻いた。そうすると眩い髪が拡がり、尚更に輝きを増した。
「オレっち様を『クラスメイト』に引き抜いたのもあの男なんだがね、オレっち様のときはもっとズバッと、いきなり本道に入ったものだぜ」
「人によって勧誘の方法を使い分けてるんじゃないですか、その勧誘委員長さんも」
「そうなんかなあ。だとしたらもしかして、オレっち様って、余計な接触しちまったのかな?」
「その人がどんな腹積もりでいたのか知らないけど、なにか綿密な計算があったのかもしれないですね。少なくともその計算からは外れたんじゃないですか?」
「参ったなあ、割と神経質だからなあの野郎。ネチネチと怒られかねない」
このサイケデリックな男が体を小さくして困った表情を浮かべる様は中々に愉快だけど、こうなってはもう僕に用事はないはずだ。僕は【鋭利掘削】の横を通って下校を再開させることにした。
【鋭利掘削】にとっては重要なことでも僕にとってはそんなことはない。ましてや相手はテロリストを名乗っている。事の真偽はともかくとしても、自ら怪しい組織を名乗る輩とは関わらないに越したことはない。それが例え中二病に過ぎなくとも。
「ああ、ちょっと待ってよオニイサン」
【鋭利掘削】が再び僕の背中に声をかけてきた。
「今回はオレっち様の先走りだったけど、あの男が、勧誘委員長がオニイサンを『クラスメイト』に編入させようとしてるのは間違いないんだ。いずれ、そう遠くない未来、オニイサンにその話が切り出されるだろう」
僕が振り替えるのを待たず、【鋭利掘削】は話始めた。あるいは、振り替えるなと、言っているのかもしれない。
「誘いを蹴ればそれまでだが、もし受けた上で『クラスメイト』を裏切ることがあれば、オレっち様はオレっち様の全力全霊をもって、お前を殺すぜ」
裏切り者はオレっち様がすり潰す。
唐突に冷たくなった声に驚き振り返ったとき、すでにサイケデリックな人影は見えなかった。すぐそこの角を曲がったのかもしれないし、能力を使ったのかもしれない。いや、【鋭利掘削】の言葉を信じるならその能力は攻撃的なものであるはずだから、他の誰かの能力かもしれない。
もしそうだとしたらこの場に、すぐ近くに第三者がずっと潜んでいたことになるのだか、それは少し怖い話だ。
「っていうかもう、なんだっていうんだろうね。僕はいたって普通の高校生で、テロリストに目をつけられるようなプロフィールなんてなにひとつ持っていないっていうのに」
だと言うのに脅迫されて生徒会に入れられるし、生徒会をやめて研究会に入れと誘われるし、本当になんなんだ。みんな、僕のパーソナリティを勘違いしているんじゃないのか。
「深入りしてテロリストに関わったり警察に目をつけられるのはゴメンなんだけどなぁ」
【鋭利掘削】の勘違いではなくて本当に僕が勧誘委員長に狙われているとしても、絶対に誘いには乗るまいと、僕は決めるまでもなく、誓うまでもなく、決意するまでもなく、僕はそうしようと、自然に思った。つーかそういう警告は、普通入ってからするだろう。