第十八話
『クラスメイト』とか言われてもわけが分からない。僕は一介の高校生でしかなく、超能力や機転を聞かせてテロリスト達と丁々発止を繰り広げ自分の日常や女の子のついでに世界を守るような、そんな異能バトルは待っていない。
あんなのは九重先輩が世間話として取り上げただけであり、それ以上の、深い意味なんてありはしないのだ。あるはずがないのだ。実際に僕たちと同じ学校にテロリストが通っていたとしても、そのテロリストと僕が接触することなんてないだろう。すれ違うことはあったとしても、きっと素通りして別の誰かと接触するのだ。
僕は無関係で、僕とは無関係。
だから僕も、いきなり先輩が意味不明な世間話をしたという世間話として由起に話した。もちろん『クラスメイト』の話題を。
「ああ、私も知っていますよ、『クラスメイト』」
と、だからまさか肯定的な返事が来ることは予想外だった。
「というより、万さんが知らないことが驚きです。結構有名だと思ってたんですけど」
「テレビはアニメしか観ない主義だからね」
由起はどうやら驚いているようだった。大して長い付き合いでもないが、それくらいは表情からわかる。もしかしたら知らない方が可笑しいくらいの知識何だろうか。
「そうですね、少なくとも他の組織よりはメディアに取り上げられることも多いと思いますよ? 色々と過激なこともやっているみたいです」
「へえ」
気のない返事になってしまったのもやむかたない。僕はこの話題には興味がないのだ。
ここのところ由起とばかり行動を共にしている。大黒柱先輩のすすめで出掛けたことを含まずとも、由起とはよく一緒にいる。というよりも由起から接触をはかってきている節がある。僕の思い違いだろうけど。思い違いでないとしても、きっと由起も友達が少ないのだと勝手に思うことにしている。
今の時間、日中の全課程が終了し、生徒会活動が終了しての下校途中の邂逅、会話である。
あるいは部活でもやっていたのかな。なに部か知らないけど。
「よっ」
ふと、僕と由起の雑談に混じ入る声があった。振り返った先にはにやけた甘いマスク。僕が女子ならこの顔にときめいたかもしれないと思うと男で良かったと思える人物、イケメン先輩だった。
「この間も一緒にいたけど、仲がいいんだね?」
イケメン先輩は由起を見ながらそう言った。
「前に見かけたメガネの娘はどうしたんだい? ケンカでもしちゃったのかな」
「ケンカなんてするわけないじゃないですか。僕と彼女は今でも仲良しですとも。遠距離友愛中ですよ」
僕は友達とケンカしたことがないんです。と、僕。
綾文さんのことを知らないのだろう、由起は誰の話か分かっていない様子だった。別に殊更に話題にのぼす事でもないけどね。
「今日はなんの用ですか、先輩?」
「今日は、じゃなくて今日も、なんだよ。今日も勧誘」
「生徒会を止めて研究会に入れと?」
「入って欲しい、と」
僕も先輩も笑っているけど、正直僕は面倒臭いと思っている。嫌な顔のひとつもしたくなるくらいだ。少々以上にしつこいのだ、この先輩は。
イケメン先輩はチラと由起を見やった。この間も由起を気にしているように見えたけど、何か話しにくいことでもあるのだろうか。
「そうかい。じゃあ今日はこのまま帰らせて貰おうかな」
と、イケメン先輩はくるりと背中を向けた。先輩の背中というと忌々しい誰かを彷彿とさせるが、まるで自分は違うとでも言うかのように、肩越しに振り返った。
「今度はぜひ二人っきりで話したいね。君に付き添いがいないときに」
「なら会長を連れてきて下さい。僕は積極的に男と二人きりにはなりたくないんです」
「会長って、美好のことか?」
せっかく背中を向けたイケメン先輩だったが、首と一緒に体も向き直った。
突然出てきた美好という名前。文脈からして美女先輩のことだろう。まさかここで九重先輩のことだとは思えないし、そもそも名前が違う。仮に偽名だったとしても、こんなところで明かされるのではあまりにも興醒めだ。
それ、ちょっと面白い話が一本かけそうではないか。
「美好が気になっているとしたら、やめとけ。あいつは別の会長殿に、その背中にご執心だ。君も報われない想いに身を焦がすことになる。会長殿は会長殿で、今度は副会長殿が気になる様子だがな」
「…………」
特に見えなくてもいい人間関係が見えてしまった。大して興味もないというのに。
イケメン先輩も美好先輩も、どちらも異性の視線を集める容姿でありながら学生らしい恋心に翻弄されているらしい。お相手は僕と近しい会長副会長だろうか。死にそうなほどどうでもいい。どうか勝手に、違う世界観でもってラブコメを演じて貰いたいものだ。
しかし美好とは、美しく好かれるとは、あつらえたかのような名字ではないか。では名前はどうなのだろう。名字にならうように美しさを表すものなのか、逆に醜女とかいうものでも面白い。そう思ってイケメン先輩に聞いてみたが、残念名前は普通のものだった。
「さて、今度こそ本当に帰るとしようかな」
イケメン先輩は再度背中を向ける。そのまま、今度は首も返さず後頭部越しに声を発した。
「うちの会はただ能力の研究だけでなく、有志を募って、勇士を募ってとある活動もしてる。君にはぜひ、そっちに参加してもらいたいんだ」
とだけ言い残し、僕の返事は聞かずに行ってしまった。自分勝手というか自分本意というか、それとも僕との会話に意味を見出だせないのだろうか。
じゃあ仕方ないか。僕がいかに有益な言葉を紡ぐか分からないなんて哀れではあるけれど、人の価値観とはそれぞれあるのだ。愚者もいることを許容しなくてはならない。僕は賢者としてそれを容認しようじゃないか。
いや違うな。僕はこんなキャラじゃなかった気がする。僕はもっと謙虚で他人を敬いながら生きていたはずだ。常に人を尊敬すべし、みたいな(笑)
「何だか胡散臭い人でしたね、万さん」
「え? ああ、うん、そうだね。僕もそう思うけど倒置法は止めてほしかったな、一瞬僕が胡散臭いって言われたのかと思っちゃったよ」
まあ僕を胡散臭いなんて言う人がいるわけないけどね。
「あはは、いやですねえ、万さんを胡散臭いなんて言う人がいるわけないじゃないですか」
「だよね、そうだよね。胡散臭いのはさっきの先輩だよね」
「もちろんそうですよ。なんていうか、含むところがあるというか、何かを隠している感じですね」
「なにを隠しているのかは、判然としないけどね」
どうせ大したことではあるまい。集まったみんなでカラオケに行くとか、大人数でテストの点数を揃えて先生を驚かすとか、そんなものだろう。僕もやったことがある。ひとりで。
五教科全部でクラスの平均点を取る、という遊びはわりと面白かった。小数点はどうにもならなかったけど。
僕たちはすぐにイケメン先輩のことなど忘れ、見も蓋も意味も負担もない雑談にと戻ったのだった。