第十七話
書いていて楽しい、って感覚が久しぶり
「なんだ七五三、結局デート行ったのか」
「デートになんて行ってませんし行ったこともありません」
「そうつっけんどんになるなよ、七転とやらが不憫だろう?」
「僕たちはそんな汚れた関係には発展しません。今絶賛友情を育んでいるところです」
まったく、見たこともないくせにゴシップが好きなことだ。背中しか見えやしないというのに、ニヤニヤと好奇の笑みを浮かべているだろうことが容易に想像できる声音だ。
七転由起本人の顔も見たことがないくせに僕とのゴシップを持ち上げるなんて、いったいどれだけ好きなんだ色恋沙汰。大黒柱先輩の影響が大きいのは間違いがないと思うが、それにしても口にのぼすのが早い。
僕が九重先輩を軽くあしらい無視の体勢に入ったのを見てとったのか、大黒柱先輩は「こら」と僕を諌めた。こら、って、ひょっとしたら小学校以来の語句じゃないだろうか。対象年齢十歳前後くらいの文句だとばかり思っていたが、どうやら僕にも適用されてしまうらしい。
僕がそこはかとない衝撃を受けていると「七五三くんにそのつもりがなくても七転さんはそうじゃないかもしれないでしょう? 相手の気持ちには百パーセント応えなさい、なんていうつもりはないけど、それでもあげつらって貶めるようなことは言っちゃダメ」と大黒柱先輩に怒られた。
いや別に、僕は由起を貶めたつもりはないのだけれど。それに大黒柱先輩は由起が僕のことを恋愛感情で好きだと思い込んでいるようだけど、それにしたってそうとは限らないはずだ。むしろその可能性は皆無に等しいのではないかと僕は見ている。
僕と由起は先輩後輩で、僕は友達になれると思っている。
「そういえばな、七五三後輩。お前植物園であいつに会ったんだって?」
「いえ、会ってませんけど」
「質問の是非に答える前にまずは誰何しろよ」
話を広げようとする露骨な言い方が癪に障った。鬱陶しくて面倒くさい。だというのに強引に話を続けようとするだなんて、どこまで自己中心的な考え方をするのだこの男は。
「俺の言うあいつってのはあいつのことだよ。能力研究会の副会長、無駄に無闇なイケメンだ」
副会長でイケメンということは、あのイケメンだ。女子生徒の目の保養、男子生徒の目の敵。勧誘の際に僕と僕の友人であるところの綾文に声をかけてきた、あの男。
「あいつと会ったんだろう? 植物園で」
「植物園で会った、なんて言われ方は止めてもらいたいですね。まるで僕が待ち合わせでもして意図的に会見したみたいじゃないですか」
「別にそんなことは言ってねえし言うつもりもねえよ。ただちと気になっただけだ。我々生徒会の一員に、あの研究会が絡んできた、ってのがな」
九重先輩は言葉を句切り、意味深にため息を吐いた。室内を見回すと他の先輩方もなにやら真剣そうな顔つきになっている。もしかしたら生徒会とあの研究会はなにか浅からぬ縁故、あるいは確執があるのかもしれない。
見える範囲の顔は、いずれも決して楽しいばかりの記憶を想起してはいないだろう。
なんというか、意味深な沈黙というか、伏線的ななにかを感じる。
あのイケメンにしても、僕にわざわざ生徒会を止めるように言ってきたのだから、この関係性は相互的なものだろう。いがみ合っている風ではなさそうだが、好ましい関係でもなさそうだ。
まあどうでもいいけど。
「そんなことより先輩、先輩といいイケメンイケメンといい、どうして僕の動向を知ってるんですか? 僕のファンですか? つけ回してるんですか?」
「つけ回しているか、と言われると否定はしづらいな。あながち間違っているわけでもないんでね。ただファンではないな。うちの副会長、大黒柱が出歯亀趣味でな、能力の悪用方法の一例だ」
九重先輩は腕を広げて肩を揺すった。笑い声は聞こえないが嫌らしい笑顔を浮かべているのは分かりやすいほどに分かりやすい。
「まったくとんでもないですね、生徒の規範となるべきである生徒会役員が能力を悪用するだなんて。しかもそれを笑い話にするだなんて。僕の印象としてはこの生徒会は悪の温床ですよ」
「そういえば俺、温床って氷床と対応する言葉だと思ってたな。知床とか病床とか起床とか就床とか夜雨対床とか、日本人床好きすぎると思わねえ?」
「思いませんなんですかいきなりそんな無駄話」
もしかして話をそらそうとしているのだろうか。だとしても露骨過ぎるし話の内容がどうでもいいにも程がある。
「正直に言うと話をそらそうって意図はあったけど、だからって誤魔化そうって意図はなかったぜ? ただ話の流れを、行き先を変えたかっただけで」
顔で感情表現ができない分、というより顔での感情を他に示せない分か、やはり手振りでの感情表現が豊かだ。なんとも形容しがたい身振りで、苦笑と微かな落胆と大きな愉悦と一握りの今夜秋刀魚食べたい感を如実に表している。
背に腹は代えられなくとも、顔とは代えられるらしい。
「俺は話を変えたいから変えるとしよう。最近どうだ、学校生活は」
「どうもしませんよ。僕は僕として温和で柔和な学校生活を満喫しています。友達がいないので多少寂しくはありますが、綾文さんとのメールは楽しいものですしね」
「そうかそうか」
本人も言っていることだし、本当にただ話を変えたかっただけで、僕の学校生活に興味があるわけではなさそうだ。九重先輩は後ろに手を組み胸を反らした。もし体の前後が逆であったなら、前屈みに僕の顔を覗き込むような姿勢になっていただろう。
「話は変わるがな七五三。うちの学校にテロリストがいるって噂、聞いたことないか?」
「ありませんね」
噂話をしてくれる友達がいないから。
「そうだろうなと思って聞いたんだよ。とにかくそういう噂があるんだ。うちの学校に、超能力者だけの反政府テロリスト集団『クラスメイト』の一員がいる。っていうかぶっちゃけ、幹部がいるらしい」
「『クラスメイト』? なんだか学生だけで構成されていそうですね。うちの学校にいるんじゃなくてうちの学校全体がそうだったとかそういう話ですか?」
「学生だけで構成されている、って点ではそうだと言える。より正確には、そうらしい、かな。学生だけで構成されている、らしい。どういう意味かわかるか?」
「いいえわかりませんね。どうせ噂とかじゃないですか」
「そうだ噂だ。わかってるじゃないか。だがうちの学校全体がそうか、と言われると違うな」
わざわざ面倒くさい話し方をする男だ。会話をしているとイライラしてくる。堂々巡りしそうになる。もっと端的に済む話だったろうに、どうしてこんなにも回り道をさせられるのか、僕はこんなに嫌な性格の男の考えはわからない。
ようするに、この学校にちょっと規模の大きい不良がいると、ただそれだけのことじゃないか。そんなことこの学校に限った話じゃない。規模こそ様々ても、どの学校にだって不良くらいいるだろうに。
「そうだな、不良ならどこにでもいるだろうさ。だが『クラスメイト』は不良って枠じゃない」
九重先輩はまたももったいつけた調子で言った。
「なあ七五三。なぜ俺たち超能力者が肩身の狭い思いをしているか、わかるだろう?」
「わかりませんね。なぜいちいち質疑応答の形式をとるのか、先輩の考えも含めてわかりません」
「そういうなよ、楽しいんだ、こういうのが。で、だ。お前も知ってのとおり、超能力者が追いやられているのはマイノリティだからだ。超能力者の数はそうでないものの数より少ない。圧倒的にな」
数が少ないから立場が、発言権が低くなる。そんなのは当たり前だ。
「そう、当たり前だ。その当たり前をよしとしないのが『クラスメイト』なんだよ」
九重先輩はおおいに語ってくれた。反政府組織『クラスメイト』は、その構成員の大多数が、過去に共学校で辛辣なイジメを受けた経験を持つらしい。法整備が整えば犯罪に問われるイジメだそうだ。
しかしそこは学校という閉鎖空間。超能力者を気味悪がる親には相談できず、学校側も対処してくれない。クラスの皆が敵。
そんな経験を持つもの同士が馴れ合い、傷の舐め合いを始め。かつて信頼の置けなかったクラスメイトに見切りをつて、新しいクラスと『クラスメイト』を得た。
超能力者の不穏な集団というと、僕でも知っている有名なものから誰も知らない無名なものまで多々あるが、それでも『クラスメイト』のようなシンプルな理念を掲げる集団はそうないだろう。
九重先輩が語った『クラスメイト』の活動理念は、超能力者をマジョリティに。
超能力者でない人達の数を劇的に減らし、マイノリティにする。そういう危険思想を掲げている。抱えている。
らしい。
「『クラスメイト』の幹部がいるってのは、噂だ。真偽のほどは定かじゃない。だが一応、七五三にも話しておこうと思ってな」
「その理由はなんですか? 僕がその『クラスメイト』のテロルを防ぎうるキーマンだっりするんですか?」
「いやお前「友達百人できるよ」とか言われたらホイホイ着いていきそうだから」
なんてこと言いやがる。そんなわけがあるか。僕はそこまで友達に飢えてはいない。
「『クラスメイト』は常時クラスメイト募集中だそうだ。編入に試験はないらしい。強引な勧誘とかされても着いていくなよ」
「そういえば最近とても強引な勧誘を受けました。ゆうじんを人質にとった悪質なものです。もしかしたら『クラスメイト』の一員かもしれませんね」
九重先輩は僕を揶揄するように笑ったきり、椅子に深く体を預けて携帯ゲームに興じだした。善哉先輩たち三人も思い出したように雑談を再開させ、さっきまでの真剣で不穏で非日常的な会話の空気はもはや残滓もない。
結局この話題はなんだったのだろう。世間話程度の注意喚起だったのだろうか、それとも。
なんか雑な伏線みたいだ。
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