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第十四話

お待たせしました。久しぶりの更新となってしまいすみません。


「僕には主人公らしさが足りないと思うんだ」


「主人公らしさ、ですか?」


 僕の唐突過ぎる、脈絡皆無の話題提供に、由起は律儀に反応してくれた。


「いや、主人公要素、と言った方が正確かもしれないな」


 放課後、生徒会活動を終えての帰り道。先生から雑用を任されていたらしい由起と昇降口で偶然一緒になって、今同じ道を歩いている。そういえば確認していなかったけれど、帰り道はこっちなのだろうか。こっちに歩いてるんだからきっとこっちか。


「少し前に氾濫していたじゃないか。学生異能バトルとか、異世界ファンタジーとか。ああいう主人公がもっているバイタリティ諸々の要素が、僕には足りていないと思うんだ」

「学生異能バトルって、私たちから見ればほとんど日常系じゃないですか?」


「そんなことはないだろう。生徒間に謎の派閥もないし、過激なイジメもないし、学校同志の諍いもないし、謎の組織の研究もないし、テロ組織が絡んでくることもない。そもそもバトルものにならないじゃないか」


「バトルと言うと、コンビニの前とか廊下とかでありませんでしたか?」


「あれは異能バトルとは言わないよ。異能バトルっていうのは、一見せせこましい能力と一見勝ち目の見えない能力のぶつかり合い、それをその場凌ぎの、他に活用法のない屁理屈で叩きのめすことを言うのさ」


「なんだか偏見に満ちてませんか・・・?」


「いやいや実際そういうものだって。少なくとも僕はそう思うね」


 全くの一般人からの大抜擢を受け、覚醒の兆しをしばしば覗かせ、ここぞという時にだけ機転が利き、怖い怖い言いながら人のために動けて、精神病理か強迫観念に迫られてでもいるかのように人助けに精を出し、事件には積極的に関わらないスタンスを持ちながらも深みにはまり、敵の幹部あるいボスまたはその娘や妹と深く関わって敵視され、最後はボスと一騎打ちになだれ込み、もうここまでくると初期で頼りにしていた機転なんて後回しで能力の性能もしくは秘められた力が頼り。これが異能バトルものだ。


「異能バトルとか異世界ファンタジーのヒロインってさ、基本的に、なにか危ないところを主人公に助けられるだろう?」


「そうとは限らないんじゃないですか? ヒロインと関わることでそういう世界に引っ張り上げられる、ヒロインに助けられて関わっていく、っていうのもあると思いますけど」


「それにしたって、一緒の任務だかなんだかでヒロインの一瞬の油断でピンチに陥って、主人公が見を呈して庇ったりするじゃん」


「ああ、そうですね」


「で、そこからヒロインは主人公を意識するようになる」


「はい」


「これってナイチンゲール症候群だと思うんだよね」


「はい?」


「だから、ナイチンゲール症候群。世話を受ける人が、その感謝や申し訳なさみたいな情動を恋愛に置き換える心理学用語」


 世話をする人がかかるナイチンゲール症候群もあります。


「命とかギリギリのところを助けられるっていうのはインパクトも大きいし、一般で言うナイチンゲール症候群よりも大袈裟になってしまうらしいよ。要救助者がレスキューに惚れちゃうみたいなものかな。切羽詰まった状況だと、そろそろ言い古された言葉だけど吊橋効果なんかもあるし」


「・・・・どういうことですか?」


「だからね? 異能バトルとか異世界ファンタジーとかのヒロインは、吊橋効果+ナイチンゲール症候群で、主人公に恋をしていると勘違いしているんじゃないかな、と思うんだよ。一度、簡単にでいいからカウンセリングを受けてみるべきだと思うね」


「・・・・・・・」


「後さ、人とか生き物とかを殺しちゃってすっごく落ち込む主人公っているだろ? それを、仲間の言葉とか自身の心境の変化で、懊悩の末に乗り越える。それはまあ構わないよ。ああ心強いなあ、とか思うだけだけどさ、でももう一度殺さなきゃいけない場面に陥って、フラッシュバックしないのがすげえと思う。フラッシュバルブ記憶なら尚さらだよね。これはもう、自衛の手段として脳が健忘状態を起こしているんじゃないかと邪推してしまうね」


 別に、ああいう主人公が羨ましいわけじゃないんだからね。僕も活躍してみたいとか、そんなこと、全然思ってなんかないんだからね。


「あの、万さん・・・」


「ん? なあに由起、どうかした」


「いえ、話を遮ってしまってすみません」


「謝らなくていいよ。どうせ何も考えずに適当に口動かしてただけだし」


 大体さあ、異能バトルものとかオワコンだよね。インフレ気味だし。僕が小学校のころに終わったよ。


 なにせ、ノンフィクションで超能力者とかいるからね。


「そういえば。そういえばだよ由起。そういえば僕は由起に渡すものがあったんだ」


 どうやら話があったわけではないらしい由起に、僕は制服のポケットから淡いピンク色の封筒を取り出した。口がハートマークのシールで止めてあって、まるで前時代的なラブレターのようにも見える。


「なんですか?」


「わからない。大黒柱先輩から」


「?」


 大黒柱先輩とは面識があるはずだが、すぐに誰のこととはわからなかったようだ。訝しげに眉根を寄せ、首を傾げながら由起は封を切った。中からは合成紙特有の光沢を放つ紙が二枚、出て来た。


「・・・・植物園の、割引券です」


「・・・・・・・・」


 大黒柱先輩にどんな意図があったのか知らないけど、だけど植物園の、割引券?


 植物園の入園料なんてたかが知れてるのに、それの割引券なんてどうしろと言うんだろう。


「あ、手紙も入ってますね」


「ふうん、なんて書いてあるの?」


「ええと・・・・、『この割引券は、万くんとのデートに使ってください』って書いてあります」


「常軌を逸している」


 なんであの人は僕と由起をいちいち恋人扱いするのだろうか。僕が『万九十九』と名乗ったのも照れ隠しの一環と思っている節があるし、というかよしんばデートしたとして、高校生のデートで植物園というチョイスはない。それくらい僕にもわかる。


 由起も実に曖昧な表情を浮かべていた。苦笑すべきか流すべきか悩んでいるのかもしれない。


「捨てるなり人にあげるなり、好きにすればいいよ」


 もちろん由起に向けた言葉だ。僕自身は、植物園に行きたい理由も行きたくない理由もない。一応、由起に、と渡されたものなのだから、その割引券をどうするかは由起に任せることにした。仮に捨てたとしても、それは僕の預かり知らぬところの話だ。


 ところが、由起はその割引券を、先ほどの曖昧な表情のまま見入っている。僕はその様子にまさかと思って、聞いてみた。


「由起? きみ、行きたいの?」


「え、あ、いや、えっと・・・・」


 由起は意味をなさない単音を並べながら、手元の割引券をわたわたと振り回す。慌てている、のだろうか。


「いえ、あの、行きたい、と言いますか、えーと・・・・」


 そのまま言葉に詰まってしまった。要領をえないどころではない。由起の意図がどこにあるのか、その想像すらつかない物言いではないか。


 僕が黙っていると、由起は段々と落ち着きを取り戻してきた。二枚の割引券を手に持ったまま、封筒と手紙をポケットに捩込み、うかがうように僕に目を合わせてくる。


「もしよかったら、一緒に行きませんか?」


「いいよ」


 やはり行きたかったらしい。さすがにそれくらいはわかる。僕は決して愚鈍ではないはずだから。


「しまった、今のでわからないふりをしていれば、少しは主人公っぽさを手に入れられたのではないだろうか・・・?」


「え、主人公云々って、まだ続いてたんですか?」


「いや今思い出して繋げただけ。じゃあ日曜日でいいかな? えっと、明々後日」


「はい、大丈夫です」


「植物園かぁ、僕、奇想天外見てみたいな」


「なんでナミブ砂漠にしか生えてない特殊な植物が真っ先に出るんですか」


「だって見てみたくない? 月下美人とか」


 なにがいいって、名前がいいよね。奇想天外に、月下美人だぜ? これ、植物の名前なんだぜ? テレビでしか見たことないんだよね。



     ●



「そういえば」


「うん?」


 話題も落ち着いて、再びの帰路。今度は由起が話題を転じた。


「先ほどの、学園異能バトルの話と似たようなものになってしまいますけど、例えば万さんは、能力者が能力を使おうとしているのを見たら、止めますか?」


 なんということのない雑談、なのだろうか。それともなにか含むところのある質問なのか。由起の意図するところは想像するしかなく、しかし想像する余地もない。


「これがさっきの話と似てるかと言うと首を傾げてしまうけれど、どうかな、状況にもよるだろうけど、やむを得ない理由以外での能力行使は禁じられてるよね」


「じゃあ、やむを得ない理由って、なんだと思いますか?」


「なんだと思う?」


「・・・人助け、とかでしょうか」


「どうかな。人助けっていうのも曖昧だからねぇ。助けたつもりが、逆に追い詰めてしまうこととか、あると思うし」


「なら、人命救助?」


「人命救助って人助けじゃない?」


「それもそうですね」


「どんな状況なら能力使うのが許されるのか、なんて、考えるだけ無駄なんじゃないかな。言ってしまえば、有史から最近まで、人類は能力無しで生きてきた、生きてこれたわけだし、能力は『あれば便利だけどなくても困らない』ってものじゃないかな」


「つまり万さんは、能力=二千円札だ、と?」


「三千円札とかあったら便利だと思う」


 千円札、五千円札、一万円札。千円札と五千円の間に三千円札でもあれば財布の不要な厚みを防ぐ手立てになること請け合いだ。勝手に作って特許でも取ってやろうか。


 特許でも取ってやろうか・・・・。


 いや取れるわけないか。貨幣偽造とか重罪だったはずだし。いやいや偽造じゃなくて製造ならどうだろう罪にはならないよねきっと。いやいやいや、製造はきちんとした工場(?)とか型彫りの人とかがいるからできることなんだよな。いやいやいやいや、なら僕がそのきちんとした人になればいいんじゃない?いやいやいやいやいや、そもそもあれって特許取れるような代物じゃないのか。国家がどうのこうのでうんたらかんたらだ。いやいやいやいやいやいや、それでも作ったら作った分だけ僕自由に使えるんじゃね?


 そんな面倒臭いことするくらいならカラーコピーでした方が早いかな。ああでも最近のコピー機ってお札のホニャララを感知してコピーできないようになってるんだっけ。じゃああれだ、本物そっくりの、精巧な贋作を作れる能力者に協力を要請すればいいんだ。


 あ、でも考えてみたら僕そんな能力者の知り合いいないや。


「ねえ由起、知り合いに本物そっくりの偽物を作れる能力者とかいない? 特殊なインクとか透かしとかも複製できて、かつ通し番号は違ってるといいんだけど」


「あの万さん? さっきの私との会話はなんだったんでしょうか?」


「なんだったんだろうね」


 本当になんだったのかわからない。由起は、なにか能力を使うことに抵抗でもあるのだろうか。


 思うところでもあるのだろうか。





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