第十二話
ヒロイン不在とか遣りにくいです。だから早めに出すことにしました。
風紀管理。
今日の昼休み、すなわち今この時からが、僕の初仕事となる。
しかしまさかいきなり一人でやらされても、勝手もなにもわかるはずもない。今日のところは先輩方の誰かが補佐に付いてくれることになっている。
誰が僕の補佐に付くか、で一悶着あったらしいのだが、消去法(普段の素行)で大黒柱先輩に落ち着いた。素行で言うと九重先輩や全哉先輩は議論の余地などなく、たった二人でチェンジまでアウトだ。当然除外。
残った鬼先輩と大黒柱先輩で、任期の差、経験の差から大黒柱先輩が抜擢された、という経緯らしい。
これには僕は多いに助かった。全哉先輩と一緒だと混乱して見回りどころではないし、九重先輩とは一緒に歩きたくない。
そういえば九重先輩は人が多い道や授業中の教室なんかではどうしているのだろう。壁に張り付いてでもいるのかな。なんにせよ板書に苦労しそうだが、大黒柱先輩のノートを写したりでもしているのか。
大黒柱先輩に聞いてみればわかるだろう。嘘を吐かれるような場面でもないし、嘘を吐くような人でもない。でも、別に特別に気になることでもない。言ってしまえばどうでもいい。
だから僕は無駄な質問は引っ込めて、教室まで僕を迎えに来てくれた大黒柱先輩に挨拶をした。
「よろしくお願いします、大黒柱先輩」
大黒柱先輩はニコッと笑って、「うん。よろしくね七五三くん」と返してくれた。
続けて「あまり緊張しなくてもいいよ、見回りっていってもそうそう何か起こるわけじゃないから」と、僕を安心させるように言ってくれる。優しい先輩だ。
もたもたしていると昼食の時間がなくなってしまう。僕たちは早速教室を出た。
見回りは音楽室や科学室など、授業以外では生徒のいない教室付近に重きを置くらしい。その理由を大黒柱先輩は「人目につかないところでやんちゃする子、たまにいるんだ」と教えてくれた。
やんちゃと言うと、あれか。タバコか。タバコを吸ったり吐いたりしているのだろうか。タバコ吸ってもいいですか? とか聞いてくる人はいるけど、タバコ吐いてもいいですか? って聞く人はいないよね。
吸うことは許したけど吐くことは許してないんだから、吐かないでほしい。
ともかく、見回りは続く。
科学準備室に人影があったが、それは授業の準備をする先生だったので問題ない。ただ、水銀とか硫酸のビンを持ちながら走り回らないでほしい。怖い。
「ぉゃぉゃ、今日の散歩は大黒柱か。ぃっもぃっも毎日毎日、お疲れ様」
という科学教師の言葉に、大黒柱先輩は「いえいえ、もう習慣化してますから」と無難な答えを返した。
「おー大黒柱。きょーはお前か。その一年は?」
という美術教師には、「新しく入った庶務です」と応じ、一緒にいた音楽教師に、
「んあれ? んお前ら選挙やったっけ? ん俺の記憶にはねえんだけど」
と聞かれて「庶務雑務は必要に応じて増減可ですよ、先生」と苦笑した。
行く先々で、とにかく教師に話し掛けられる。大黒柱先輩を見掛けるや、作業をやりかけのまま世間話に入る。しまいには僕まで、
「奇人窟の新人か。面倒事は控えろよ」
などと言われる始末。
どうやら教師間の人望が篤いらしい。
大黒柱先輩が、ではなく、生徒会が。
実に意外だ。とてもそんな、人望を集めるような人種ではないだろう集団だと思っていた。そうでないのはやはり女子の先輩方だが、だからといって半分は人格破綻者というのも事実。やってることだって雑談と散歩くらい。教師に好かれる要素がわからない。
「先生方と仲がいいんですね。意外でした」
九重先輩の授業風景よりかは気になることだったので話題に上らせてみた。聞けば、それが答えられることであれば大黒柱先輩は教えてくれる。そんな気がする。
大黒柱先輩はやはり小さく笑って「そう?」と聞き返した。
それから、「ほら、私たちはこうやって風紀管理の仕事もするから。能力者が能力を使ったいざこざは、私たちが納めるからね」と続けた。
「ああなるほど、能力者が暴れたら警察呼ぶのが正着でしょうけど、学校は大事になんかしたくないでしょうしね。そんな事になる前に止めてくれる、僕たち生徒会はありがたい。だからゴマを擂ってるんですね」
身も蓋も無い僕の言に、大黒柱先輩は苦笑しながら「悪意的に見ると、そうなるかもね」と言った。
そして少し目を細めて「でも、大人をそんな風に言っちゃダメだよ。尊敬できる大人は少なく見えるかもしれないけど、でも本当に尊敬できない大人だって少ないでしょう? 年功序列を厳守しろ、とは言わない。でも、自分より長く生きているってだけでは尊敬できなくても、自分より長く生きているってことを参考にすればいいんだよ」と諌めた。
「・・・・・・」
大黒柱先輩のお説教に、僕は思わず絶句してしまった。説教を受けたことに驚いた、のではなく、説教の内容に、驚いた。今の大黒柱先輩の説教。要約するとつまり、尊敬しなくていいから手本にしろ、と言っているのだ。
「・・・・・・」
存外、腹黒いではないか。
それともこの"腹黒い"という見方も、悪意的な解釈なのかな。
●
「あ」
ぐるりと校舎を一周して食堂に向かう途中、いざこざを発見した。男子生徒と女子生徒がつかみ合いも同然のケンカをしている。一見して能力を使っているようには見えないが、しかしそれは見えないというだけで実際には使っているかもしれない。筋力を底上げする能力とか、そういうのもあると聞くし。
ともあれ、僕は初めての風紀管理で仕事にありつけた。幸か不幸かは、わからないけど。
まごついてしまった僕と違い、大黒柱先輩の行動は早かった。並んでいた僕をさっさと追い越し、組み合う両者の間に割って入り、「生徒会です。二人とも、離れてください」と引き離した。
そうして、あれよあれよとその場を納めてしまったのだ。仕事が速いのは素晴らしいと思うけど、僕に経験を積ませるための付き添いとしては落第だろう。僕の出る幕なんてありやしない。
もう収拾がついているとはいえ、ここでボーッとしているわけにもいかない。僕も慌てて大黒柱先輩の元へ。
すると、今のいざこざで劣勢だった生徒が顔を輝かせた。
「あなたは、昨日の!」
と僕を見つめてきた。ああ、そういえば見覚えがある。具体的にいうとコンビニの前で。
大黒柱先輩が首を傾げて僕を見た。「昨日?」と視線を問い掛けてくる。視線に視線で答える技術を僕は持っていないので口で答えた。かなり簡略化したけれど、大黒柱先輩には通じたようだ。
感心した様子で「七五三くんが自主的にそういうことするなんてねぇ・・・・」なんて言っていた。
感心には及ばない。どころか少々心外な物言いである。
「何を言いますか大黒柱先輩。僕は善人を志す少年ですよ?」
僕の言葉はなぜか空虚に響いた。大黒柱先輩の顔が微かに引き攣っている。
「七五三さん、とおっしゃるんですか?」
「いいや。なぜだかそう呼ばれることが多いけどね。僕の名前は万九十九だよ」
「では万さん!」
とても元気のいい声だった。
僕の学年は一年。高校の最下年である。高校生であれば僕より年下などいないはずで、だから敬語を使われるとは思わなかった。名字に"さん"付けという呼ばれ方も新鮮だ。
「私は万さんと同じ一年の七転と言います。下は、理由の由に起伏の起、七転由起です。どうぞ、由起と呼び捨てにして下さい!」
.
敬語使うヒロインって多いですよね。でも同学年で理由なく敬語使う人って見たことないです。




