第十一話
つまらない雑談を楽しんで、僕は今ひとり寂しく帰途についている。
友達を作ろうと思うのはそんなに変なことだろうか。もしかして、友達は作るものじゃなくて出来るもの、出来ているものだとか、作ろうと思って作った友達は本当の友達ではないとか、そういう論理かな。
嫌いじゃないぜそういうの。嫌いじゃないっていうのは好きの絶対条件なだけにイコールで好きと直結は出来ないけど、僕は好きだったような気がする。気がするだけかもしれないけど。
今日のとことは中身と収穫のない雑談に終始したが、明日以降は風紀管理の仕事に従事させられるらしい。
風紀管理。
僕は知らなかったのだが、生徒会役員は風紀管理として日に二回、昼休みと放課後に持ち回りで見回りをしているらしいのだ。
僕が言うところの見回り。
九重先輩が言うところの巡回。
大黒柱先輩が言うところの徘徊。
昼休みであれば食堂がゴールになるように校舎を巡り、放課後であれば生徒会室がゴールになるように校舎を回る。問題なんて滅多に起こらないのだから、これは散歩も同然だろうと思う。
だがしかし、問題が起こらないからといってパトロールをしなくていいと言うことにはなるまい。
問題が起こらないのは、パトロールをしているからかもしれない。
問題が起こらない、という事象の原因が、パトロールがあるから、でいないと断定することは出来ないのだから。例え本人の意識が徘徊や散歩であろうとも、しかし抑止力になっているかもしれないのだ。確かに有意義だろうとも。
しかしそうなると、気になるのは実際に問題が起こったとき。そしてその場に僕が居合わせたとき。その問題への対応、対処のしかただ。
起こりうる問題だって、それこそほぼ無限に可能性がある。シャープペンの芯の貸し借りで諍いが起こるかもしれないし、変死事件や暗号での声明文なんてミステリアスな問題が起こるかもしれない。
口喧嘩程度の問題なら、まだ僕にもなんとかできるだろうが、しかしこれが殴り合いなんかに発展しているとひ弱な僕には何も出来ない。せいぜい教師を呼ぶくらいの対応しかできない。
殴り合いどころか、生徒によっては能力を使用しての喧嘩にも発展、発達しかねないではないか。これが例えば、裁縫針に糸を通す能力、とか、手を使わずにページをめくる、とかなら構いやしないけど、でもそんな能力だったら喧嘩には使い道なんてない。
喧嘩で使う能力、となるとそれなりに暴力的な能力。あるいは汎用性の高い能力。例えば火を点けるとか、火を操るとか。
物語りの序盤で出て来る炎使いは、その大抵が主人公の特異性、強靭さを示す噛ませ犬よろしくな試金石であるというのは相場だが、でも火は熱い。
回復くらいはするだろうが、焼かれて、死んだ細胞が完全に再生することはない。火傷の跡は残るし骨や神経に強い影響を残したりもする。気道なんか焼かれたら死ぬしかない。
苦しんで死ぬしかない。
治癒とか治療とかの能力を持った味方がいれば、勇気と無謀を駆使して多少の無茶もできようとは思うが、残念なことに生徒会役員にそういう能力者はいないし、そういう能力を使える友達もいない。
いやいや、いたとしても痛いことが嫌だから無茶も無謀もしないかな。
何と無くそんなことを思っていたけど、そういえば生徒会役員、である。
あんな奇人どもにまともなコミュニティを形成出来ているとは、とてもではないが思えない。とてもとても思えない。友達がいるとは思えない。僕はいるけど。
全哉先輩と鬼先輩は仲がいいし、九重先輩と大黒柱先輩は仲がいいけど、でも生徒会の外にも同じくらい仲のいい知り合いはいるのだろうか? 僕はいるけど。
ならば、先輩方が解決出来る問題とは、一体なんだろうか。人望で解決出来る問題がないとすると、強引に解決を計るしかないのではないか。
強引な解決。まさかここで乱暴的な手段に出ては意味がない。殺人犯に人殺しををさせないために殺人犯を殺すような矛盾が生じる。本末転倒もいいところだ。能力を制圧するために能力を使う、くらいはするかもしれないが、そこまで大きな争いでなければ、先輩方はどういう解決策をしめすのだろうか。
友達などにでも仲裁を頼むことは、まあ普通に思い付く手段ではあるが。しかし。
しかし。
鬼先輩や大黒柱先輩ならともかく、全哉先輩や九重先輩に友達を作れるほどの社交性を期待するのは酷と言うものだろう。他人と会話をするだけの社会性すら持っていないかもしれない。つまはじきされた鼻摘まみ者も同然だ。
勝手ながら、先輩両名の将来に不安を感じてしまう。
大きなお世話とでも言われるだろうか。いいじゃないか、大きなお世話で。小さいよりいいじゃないか。大は小を兼ねる、とも言うし、大きなお世話なら焼くべきだろう。
まあ、不安を感じるだけで別に何かをするわけではないのだけど。
今日は週間少年日曜の発売日だ。立ち読みして帰ろう。そう思って足を向けたコンビニに、昨日とよく似た光景があった。
より正確に言うならば、コンビニの外、駐車場の車止めの中に、昨日とよく似た光景があった。
僕と同じくらいの歳の女の子が、僕と同じくらいの歳の男の子に絡まれているという光景。昨日と違うのは、絡んでいるのも絡まれているのも昨日とは別人だということと、そして両方とも僕と同じ学校の制服を着ているということ。
これは生徒会役員たる僕の仕事と言って言えないこともないのではなかろうか。風紀の仕事は明日からと言われたが、それではいけない。明日やろうはバカ野郎と言うらしい。今日からやろう。
それに僕は、今日から善人になろうと昨日決めたではないか。独善的な善人に、僕はなろう。
それに、それにだ。
絡まれている方も能力者とあっては、昨日の彼女以上に他者からの救済は望めまい。それこそ誰かが警察を呼ぶ、くらいしか解決を見そうにない。それはそれで構わないとは思うが、しかし今の僕は直接的な介入ができる。できるならば、やろうではないか。
「こらこらこら、嫌がってるじゃないか」
つとめて穏和に言いながら割って入ったが、もしこの二人が知り合いだったりしたら僕かなり空気が読めない奴だよなぁ、なんていやな想像をしてしまった。そんな想像は所詮杞憂で、この二人どうやら知り合いでは、少なくとも友好関係を持つ知り合いではないようだった。
僕が割って入った一瞬の隙を持って、くるりと背中を向けて一目散に逃げ出したのだ。
機を見て敏。実に素早い、手本のような脱兎の如くだった。能力の効果だろうか、歩幅に対して移動距離が大きい。僕が助けなくても自分で逃げられそうな逃げ足である。
これでは僕が助けに入ったのではなく、少年の視界を遮っただけの役しか為していないだろう。だがどうやら、少女にはそれで充分だったらしい。まあいいか。カーテン代わりにでも役に立てたなら。
そこで次の問題は、僕の後ろにいる少年だ。
振り返ってみると、彼も彼女の突然かつ見事な逃走に唖然としているようだった。少しずつ色を取り戻した顔で、不快そうに僕を睨みつけた。
誰だお前、とかなんとかそんな感じの事を言っているが、生憎僕は興味がなかったので聞き流した。今日はいい天気だったなぁ、とか考えていた。明日もいい天気だといいなぁ。
そんな、気のない態度が気に入らなかったのだろうか、少年は僕を威嚇するように態度を変えた。ジロジロギロギロ、下から僕を見上げるように睨み上げてくる。
そんなに見られると、照れるぜ。
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スランプ、と言えるほどの代物ではないんでしょうから、言うなればネタ不足。
人を騙くらかす手段が思い付かなくなってきました。
早過ぎるだろぉ・・・・、おかしいなぁ・・・・・