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愛護紋は最強でした ~無能令嬢、真の愛に触れた瞬間に全属性無双覚醒します

作者: 夏目優希
掲載日:2026/08/06


「役立たずに、俺の隣は務まらない」


夜会の大広間に、イルヴァンの声が響き渡った。


招待客たちの視線が、一斉にセイラへ集まる。右手の甲に刻まれた「愛護紋」は、今夜もなんの光も示さない。誰かに深く愛されるとき初めて開花する――古書にはそう記されていたが、セイラの人生にそんな感情を向けてくれた者は、ただの一人もいなかった。だから紋章は眠り続け、セイラは「紋章を持ちながら何もできない落第者」として扱われ続けてきた。


「妹のフィーナを見ろ。あれが本物の加護持ちだ。お前のような無反応では、我が家の名が廃る」


隣に立つ妹が、掌に金色の炎を灯してみせた。会場がどよめき、称賛の声が上がる。セイラは静かに頭を下げた。


「……承知しました」


涙は出なかった。もう驚くことにも、傷つくことにも慣れていた。ただ右手の甲だけが、かすかに熱を持った気がした。


「待て」


その声は、広間の奥から静かに、しかし確かに響いた。


人垣が割れ、一人の男が歩いてくる。ガルド。北の魔境を単騎で退けると噂される、辺境の将。視察のために王都へ来ていた彼が、なぜこの夜会にという疑問を持つ者は多かったが、ガルドはそんな視線を一切気にせず、真っ直ぐにセイラの前に立った。


「……ガルド様?」


「お前は何も間違っていない」


それだけ言うと、彼はセイラの手をそっと取り、迷いなく引き寄せた。


胸に包まれた瞬間、セイラは息を詰めた。温かかった。これまでの人生で感じたことのない、揺るぎない温もりだった。誰かに、ただそこにいるだけで守られていると感じたのは、これが初めてだった。大切にされる、ということの意味を、体が初めて理解した瞬間だった。


右手の甲が、燃えるように熱くなった。


光が、弾けた。


白い輝きが広間全体を満たし、招待客たちが思わず目を細める。セイラの体の中で、眠り続けていた何かが一気に目を覚ました。段階などなかった。迷いもなかった。ただ一瞬で、すべてが満ちた。


「……これは」


ガルドが静かに呟いた。


「攻撃も、防御も、浄化も、強化も。全部、今この瞬間から使えます」


自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。愛護紋は、真に愛された瞬間に完全開花する。受け取った愛の深さに比例する。だとすれば、ガルドがセイラに向けてきた想いは――それほどのものだったのだ。


「馬鹿な……!」


イルヴァンが顔を歪め、護衛の魔導士に目配せした。次の瞬間、魔力の奔流がセイラへ向けて放たれた。


触れた瞬間、消えた。


奔流はセイラの前で跡形もなく霧散し、白い光の粒となって広間に溶けていった。護衛の魔導士が呆然と自分の手を見つめる。


「もう一度」とイルヴァンが叫ぶ。


また放たれた。また消えた。


「……無駄です。あらゆる攻撃は、私には届きません。防御ではなく、消滅します。魔力の大小は関係ありません」


広間が水を打ったように静まり返った。かつてセイラを「無能」と笑っていた貴族たちが、今は一人残らず青ざめて立ち尽くしていた。


フィーナが震える声で呟いた。


「お、お姉様……その加護は……」


「愛護紋の完全開花です。あなたの炎も、私の前では届きません」


フィーナは何も答えられなかった。姉が無能でいてくれれば自分が輝き続けられる、そんな計算が全部崩れ落ちた瞬間の顔だった。


「セイラ」


ガルドが、静かに名を呼んだ。


「俺と来てくれ。辺境には、お前の力を必要としている民がいる。だが、それだけが理由じゃない」


「……知っています。あなたが私に向けてきた想いが、この力を目覚めさせました。それがどれほどのものか、今は体で分かります」


ガルドは不器用に視線を逸らした。


「……それは、恥ずかしいな」


「少しだけ。でも、とても嬉しいです」


差し出された手を取り、セイラは広間を後にした。振り返らなかった。


後日、王家の調査官が動いた。フィーナが長年、姉の紋章に抑制の魔道具を仕掛けていたことが明らかになった。イルヴァンは爵位の一部を剥奪され、かつてセイラを蔑んでいた人々の視線が、今度は彼らへと向いていた。セイラはそれを聞いても、胸に何も湧かなかった。ただ静かな安堵だけがあった。


―――


砦へ移って半月が過ぎた頃、魔王軍の先遣隊が押し寄せた。将軍格の魔人を先頭に、数十体の魔獣が夜の砦を囲む。


「全員、下がれ」


ガルドが低く告げると、兵士たちが一斉に後退した。残ったのは、セイラとガルドの二人だけだった。


魔人が嘲るように言った。「人間の女一人で、我らを止められると思っているのか」


「止めません」


セイラは静かに右手を上げた。


「消します」


光が放たれた。魔人の奔流は膜に触れた瞬間に霧散し、飛びかかる魔獣たちは光に触れるたびに白い粒となって消えた。魔人が渾身の一撃を叩き込もうとした瞬間、その力ごと光の中に溶けた。


三十秒も経たなかった。


「……終わりましたね」


「……ああ」


ガルドはしばらく黙っていた。それから、セイラの頭に大きな手をそっと乗せた。


「無茶はするな」


「無茶はしていません」


「お前がいなくなったら、俺が困る」


「……困らせては申し訳ないですね」


「笑うな」


横を向いたガルドの耳が、かすかに赤かった。


―――


辺境に根付いた日々は、穏やかで満ちていた。ガルドは口数が少なかったが、セイラが疲れた顔をしていれば誰よりも早く気づき、余計なことを言わずただ隣にいてくれた。夜には温かい茶が置かれ、寒い夜には暖炉に薪が足されていた。


「心配性ですね」


「お前に関してだけは、どうしても」


その言葉を聞くたびに、右手の甲が淡く光った。愛されるほど力が増す紋章は、ガルドの不器用な優しさを受け取るたびに、静かに輝き続けた。


かつて役立たずと呼ばれた娘は、誰かに深く愛されることで最強になった。そしてそれよりも大切なものを、この辺境で初めて手にしていた。


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