誰のことでしょう?
手慰み第数弾です。
お楽しみいただけたら、幸いであります。
侯爵令嬢は最近、苛立っていた。
婚約者の第三王子が、平民と親しくしているのだ。
学園にすら通っていない、根っからの平民のその少女は、街の至る所で見かけるが、最近は王立図書館に通っている。
勉強嫌いな第三王子は、図書館の門前で待ち伏せし、帰宅する少女に話しかけて、一緒に歩き出す様子を、何度も目撃していた。
婚約者の立場から、第三王子には何度も注進したが、逆効果だった。
醜い嫉妬と決めつけられ、神経を逆撫でされて終わった。
もうこうなったら、平民の少女の方に、苦言するしかないと、侯爵令嬢は図書館の門前で、少女を待っていた。
開館してすぐに入館した少女は、二時間ほどで外に出て来た。
入る時と同じように、深い色味の布に、書物らしきものを包み、片手に下げていた。
波打つ青みがかった髪と、赤い瞳を持つ侯爵令嬢と違い、同じ年頃の同じくらいの背丈のその少女は、癖のない薄色の金髪で、同じく薄い肌の色と相まって、この世の者とは思えない、神秘な雰囲気がある。
気を抜いたら見失いそうで、侯爵令嬢は慌てて少女に近づいた。
が、それより先に、少女に話しかけた者がいる。
婚約者とは、別な場所で待ち伏せしていた第三王子も出遅れ、その人物たちの後ろで歯軋りしている。
「やあ、久しぶりだね」
少女に話しかけたのは、王太子だった。
隣には、二つの公爵家の令嬢たちと、うち一つの公爵家の嫡男がいる。
立ち止まった少女は、片手でそっとスカートの裾を摘み、丁寧に挨拶する。
「国照らす太陽の御子に、ご挨拶申し上げます」
「お久しぶりですね、商会長のご息女。息災のようて、何よりです」
「公爵家の方々、ご無沙汰しております」
少女の後ろでは侯爵令嬢が、王太子たちの後ろでは第三王子が、それぞれ唖然としている前で、王太子が眉を寄せて切り出した。
「実は君の家に、謝らないといけない事があるんだが、お父上との面談の予約を、取り付けてはくれないか?」
その申し出に首を傾げた少女は、平坦な声で答えた。
「? 釣書の件でしたら、必要ありません。絵姿は都度、送り返していると聞き及んでおりますし、謝罪よりも無駄な事をやめていただく方が、早いかと……」
「っ、その件ではないっ」
「……殿下、まだ、諦めてなかったんですか」
「弟も、大概諦めが悪かったですが、殿下も大概ですわね」
呆れ顔の公爵家の面々の、白い目を振り切るように、王太子は言い切った。
「私の弟の、第三王子の件だっ」
「?」
王太子は、目を瞬く少女に続けた。
「君のお父上から、王城に抗議が来た」
「? そうなのですか」
「そうなのですかって、君がお父上に相談したのだろう?」
今度は空を仰いだ少女は、不思議そうに答えた。
「私が相談したのは、最近、行く先々で、高貴な方らしき不審者に、馴れ馴れしく触られそうになること、なのですが……それが、あなたの弟君とどう繋がるのでしょう?」
「その不審者が、私の弟なんだよ……」
背後で衝撃を受けている弟に、王太子は内心同情しながらも、はっきりと言い切った。
不審者の正体を知らされても、少女は余り驚かない。
平坦な声で、気になる事を確認しただけだ。
「と、言う事は、王位継承順位は、そこまで高くはないのですね?」
「あ、ああ」
「ならば、矢張り謝罪の必要はありません。父からは、人気のない所に連れ込まれそうになったら、遠慮なく潰してやれと、許可が出ているので」
王太子の後ろで悲鳴が上がったが、それは少女の前の令息たちの悲鳴で掻き消えた。
「っ、潰すって、どこをっ?」
公爵令嬢の一人が思わず訊いたが、少女は無感情な顔で、首を振った。
「年頃の御令嬢様方には、お教えできません」
「真面目に答えないでっ。思わず深く訊いてしまっただけで、本当に聞きたかったわけじゃないのっ」
「それは、失礼いたしました」
少女が神妙に頭を下げた。
可笑しな方向に話が向かってしまったのを受け、黒髪の公爵令嬢が話題の変換を試みた。
「ところで最近、あなたがこの図書館に通っていると、聞いたのですが、何か、調べものですか?」
「はい。実は……」
少女は顔を伏せ、手に提げた布包みを持ち上げた。
そして、はにかむ。
「私の古くからの知り合いが、漸くこちらの国に来れることになったんです」
「……」
黙り込んだ貴族の少年少女に気付かぬまま、商会長の息女は包みを少し開いて中を見せた。
「この国から行ける土地を、二人で旅をすると、約束したんです。だからここで、観光できそうな場所を調べていました」
いつもは、何かしら返す面々が、やけに静かだった。
目を上げると、顔を赤らめつつも、なぜか涙目の王太子と公爵令息、同じく顔を赤らめて目を輝かせる、二人の公爵令嬢がいた。
戸惑う少女に身を寄せ、銀髪の公爵令嬢が問う。
「そのお知り合い、もしや、あなたのいい人?」
熱の籠った問いかけだ。
戸惑いながら、少女は正直に答えた。
「生涯共に生きる約束をした、知り合いです」
令嬢たちが、黄色い悲鳴を上げた。
一頻り、図書館の門前で話した面々は、漸く移動した。
令嬢たちはカフェに入って、恋バナを聞き出すつもりのようなのだが、王太子と公爵令息にとっては、拷問の時間だろう。
まあ、こちらも、大概だが。
侯爵令嬢は、五人が去った後も立ち尽くしたままの、第三王子を見た。
膝から崩れ落ちて、そのまま燃え尽きてしまっていても、不思議ではない衝撃だったはずなのに、少年は踏みとどまっていた。
侯爵令嬢は同情しつつも、少しだけ見直した。
この手酷い失恋を乗り越えたら、王太子よりも優秀な王子に変貌を遂げるかもしれない。
おねむの年齢から、成長しています。




