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借金取りの元勇者と、借金まみれの元女勇者

借金取りの元勇者と、借金まみれの元女勇者

作者: HANABI
掲載日:2026/04/18

短編ギャグラブコメ初挑戦

  ■元勇者、現・借金取り■


石畳の道に、乾いた足音が響く。


夕方の街はまだ賑やかで、焼いた肉の匂いと、人の声が混ざっていた。


その中を――リゼは全力で走っていた。

息が荒い。でも、止まるわけにはいかない。


「待つわけないでしょ!!」


振り返りながら叫ぶ。


ポニーテールが大きく揺れて、背中に張り付く。

「待て!!」


背後から怒号。重い足音が三つ。鎧の擦れる音。


借金取りたちが、確実に距離を詰めてくる。


「元勇者が逃げんな!!」


「それ、今言わないで!?」


周囲の視線が一斉に集まる。


露店の店主が手を止め、子供が笑いながら指をさす。


(最悪……!!)


角を曲がる。


靴底が石を滑り、壁に手をついて体勢を立て直す。


そのまま、もう一度加速――


行き止まりだ。


加速に急ブレーキをかけて、方向転換をする。袋小路だが、素早く上に逃げ道がないか探る。


「……まずい」


借金取りたちが、にやにやと笑いながら近づいてくる。


「観念したか?」


(あー、終わった)


その瞬間。ふと、脳裏に蘇る。


つい先日、帰還パレードが行われた後の王城で。


赤い絨毯が長く伸び、高い天井には豪華なシャンデリアがキラキラと輝いていた。


「よくやってくれたね〜」


ぽってりしたお腹とふっくらしたほっぺたの王様が、にこにこと笑っていた。


とっても優しそうではある、そう――見た目は。


そして口調が軽い。―――とにかく軽い。


「君のおかげで、魔王は倒されたよ〜」


片膝を付き、頭を下げて胸に手を当てる。


自分を先頭に、後ろに魔法使い、シーフ、聖職者が並んでいた。


両側に集まった貴族達から祝福の拍手をされる。


形だけのようだったが――。


(……嫌な予感する)


差し出される袋。


小さい―――明らかに小さすぎる。


「はい、報奨金」


ちゃり、と軽い音。


(軽っ!!)


中をチラッと覗く――。


素早く数えてみる…金貨20枚位。

1人5枚の計算だ。


沈黙が空気をひんやりとさせる。


「王様……」


「なに〜?」


「……これだけですか?」


「うん!」


即答だった。


「今ね〜、国庫がちょっと厳しくてね〜」


(知らないよ!!)


「でも感謝の気持ちは、いっぱいだから!」


(いらない!!)


こめかみがぴくっと跳ねる。


(ごめんじゃない!!)


(借金あるのに!!)


(どうすんのよ――この剣、高かったんだけど!?)


腰の剣に手を当てる。


魔王を倒すために購入した剣だ。


切れ味抜群、高級金属も使ってるオーダーメイド――。


買ったばかりだし、まだ借金が残ってるのに……。


(どうしよう……)


王城の真ん中で――。


祝福されながら――。


(これからどうしようーーー!!)


そして――現実に引き戻される。


「で、――借金はどうする?」


借金取りの一人が、ニヤニヤと剣を抜く。


「……返せるもの、ないんだけど」


「そんなの、俺たちには関係ないなぁ〜」


完全に詰んだ。


(どうしよう……殺っちゃったらまずいよね……)


(いや――ワンチャン誰も見てないかも……)


不穏な言葉が心の中にこだまして葛藤する。


そのとき。


「……騒がしいな」


突然。

横から低い声が、響いてきた。


借金取りたちに、警戒が走る。


気配が急に現れた所から、一気に距離を取る。


さっきまで誰もいなかったたはずだった。


突然、湧き出すように現れたのだ。


リゼは油断しないよう、少し体の向きを新たな声の方向に位置を変えた。

気配を鋭くする。


突然現れた男が、ゆっくりと近づいてくる。


少し長めの金髪が、サラッと風に揺れた。


鍛えられた広い肩、厚い胸板。


そして何より、ひしひしと伝わる体を覆う圧力。


ただ立っているだけで、周囲と明らかに“違う”もの。


「……あれ?」


何かに気づいたリゼからスッと警戒が解かれた。


リゼの目が細まる。


「魔王戦のときの……アルディア国の勇者」


男がぼそっと言う。


「元、な。お前も元勇者……だろ。」


なぜか面白がるような、試すような声でニヤリと笑った


「どうしてここに?……えっと、ヴァルクだっけ?」


「君も追われてるの?」


クスッと笑った顔で、なんだか気だるそうに答える。


「違う……それほど鈍臭くない。お前じゃないからな。」


ひどい。―――ちょっと傷ついた。


借金取りたちが苛立つ。


「なんなんだ、お前。急に現れやがって。」


「お前が、そいつの借金返してくれるのか?」


男はちらっと見る。興味なさそうに。


「で?」


リゼを見る。


「どうする?返してやってもいいぞ。そのかわり……うちで働くか?」


「……え?」


「借金、肩代わりしてやる」


「……どういう意味?」


「その代わり働け」


一瞬だけ考える。


(……選択肢、ある?)


ちょっと、考える。

でも、あまり複雑なことを悩むのは性に合わない。


即決だった。


「やります!!」


背に腹は代えられない。


男――ヴァルクの口元が、楽しそうにわずかに歪む。


「じゃあ……決まりだな」


その一言で。


リゼの人生は、少しだけ変わった。


「で?」


リゼがちらっと借金取りの方を見る。


「この人たちは、どうするの?」


借金取りたちが、三人三様に顔をしかめる。


リーダーらしき細身の男が、手を広げて声を荒げる。


「なんだ!その言い方は!」


ヴァルクは、興味なさそうに視線を向けた。


少しだけ首を傾ける。


「選べ。今、ここで帰るか――俺の客になるか」


「は?」


空気が、ぴたりと止まった。


次の瞬間。


「ふざけるな!!」


リーダーの男が一歩踏み込む。


「こっちは仕事で来てんだ!横から出てきて何様のつもりだ!!」


「そうだそうだ!」


後ろの二人も乗っかる。


リゼが、そっとヴァルクの袖を引いた。


「……ねえ、やめといた方がいいんじゃない?」


「何を」


「その言い方――なんか怒ってるよ……」


ヴァルクは一瞬だけ考えて――


「面倒だな……帰る気ないなら、いい」


一歩、前に出る。


「じゃあ、―こっちで決めるか」


「はあ!?」


その瞬間。


空気が、歪んだ。


リゼの視界が一瞬だけぶれる。


何が起きたのか、理解が追いつかない。


気づいたときには――


一人、壁にめり込んでいた。


「あっ……」


(やっちゃった……)


「ごぶっ……!?」


残り二人が一瞬遅れて反応する。


「な、なんだ今の――」


言い終わる前に。


ヴァルクの腕が動く。


鈍い音が響く。


「ぐえっ!?」


二人目が、地面を滑って露店に突っ込む。


果物が宙を舞って、屋台の一部が男の体ごと吹っ飛んでいた。店主がびっくりした顔をしている。


「ちょっ、ちょっと待って!?」


リゼが思わず叫ぶ。


「やりすぎ!!」


最後の一人が、剣を抜こうとする。


手がガタガタと震えている。


足も――生まれたての子鹿のようだった。


「ば、化け物か……!」


ヴァルクが、ゆっくり視線を向ける。

「まだやるか?」


静かな声。その瞬間――


「すみませんでしたぁぁ!!」


全力で土下座。

速い。―――判断が速い。


「帰ります!二度と来ません!」


「そうか」


興味を失ったように視線を外す。


その間に、三人は這うようにして逃げていった。


束の間の静寂が広がる。


転がった果物、壊れた屋台、ひしゃげた壁、顔が真っ赤になっている店主らしき人……。


「……」


リゼが、ゆっくり周囲を見渡す。


「……ねえ」


「なんだ」


「これ」


――深呼吸をするように、大きく息を吸う。


「……誰が払うの?」


ヴァルクが少しだけ考える。


「……お前だな」


「なんで!?」


「原因お前だろ」


「違うでしょ!?」


周囲からざわめきが戻ってくる。


店主が少し離れたところから、怒鳴っている。近づいては来ない。


リゼは、頭を抱えた。


「あ――また借金増えるじゃん!!」



場所は変わって。


木の扉が、ぎい、と音を立てて開いた。


「ここだ」


ヴァルクが先に入る。


リゼはその場に立ち尽くしたまま、もう一度ため息をついた。


「……ほんとに、働くしかないじゃん……」


そして渋々、中へと足を踏み入れる。


借金は減らない。――むしろ増えている。


それでも――


ここからが、始まりだった。



  ■初仕事と、減らない借金■


店の中は、驚くほど普通だった。

大きめの木の机に、うず高く積み上げられた帳簿。

そして――金。

やたらと、金。

「……なにこれ」

リゼはしばらく黙ってから言った。

「仕事場だ」

「いや、それは分かるけど!」

ぐるっと見渡す。

「もっとこう……勇者っぽい感じかと思ってた」

「ないな」

即答だった。

「夢がない!」

「金貸しに夢求めるな」

机の上の帳簿を叩く。

「これが仕事だ」

「……読めないんだけど」

「読め」

「字は読めるよ!?意味が分かんないの!」

ヴァルクは軽くため息をついた。

「金を貸す。返させる。終わり」

「シンプルすぎない!?」

「複雑にする意味がない」

「倫理とかないの!?」

「借りる方が悪い」

あまりにも迷いがない。


リゼは一瞬だけ言葉に詰まった。

(いや、正論っぽいけど……なんか違う気がする)


そのとき。

扉が、どんどん!と勢いよく叩かれる。

「おい、いるんだろ」

がさつな声。

中に入ってきたのは、無精ひげの男だった。

「……ああ」

ヴァルクが視線だけ向ける。

「金なんだが、まだ用意できてねえ」

開き直り気味に言う。

「だから待ってくれ」

「期限は昨日だ」

「分かってるって!だからわざわざ来たんだろ」

声が少し荒くなる。

「でも、今は無理なんだよ!」

リゼが小さく手を上げた。

「あの〜」

二人が同時に振り返る。

「ちゃんと話せば分かるんじゃないかな〜」

沈黙。

ヴァルクがゆっくり目を細める。

「余計なこと言うな」

「え?」

男が鼻で笑った。

「ほら見ろ〜、話分かるやついるじゃねえか」

「いや、そういうことじゃ――」

「ちょっと待って」

リゼはヴァルクを見る。

「利子、少し下げてあげたら?」

空気が、止まった。

「……は?」

ヴァルクの声が低い。

「だってその方が――」

「お前、誰の側だ」

「いや公平に――」

「出るぞ」

「え、ちょっと!?」

ヴァルクは立ち上がり、リゼの腕を引いた。

そのまま男に視線を向ける。

「外だ」

「は?」

「ここ壊されたら面倒だ」

(壊す前提なの!?)

リゼは慌てて後を追う。


外に出ると石畳の通りと少し閑散な街並みが広がっていた。

人通りは少ない。

「で?」

男が構える。

「どうすんだ」

ヴァルクは答えない。

一歩、踏み込む。

その瞬間。

「ちょっと待って!!」

リゼが割って入った。

「まだ話――」

横から拳が飛ぶ。

「うわっ!?」

ギリギリで避ける。

「話聞く気ねえだろ!」

「さっきので分かった」

ヴァルクの声は冷静だった。

次の瞬間。

一撃が、男の顔に飛ぶ。――速い。

男の体が、軽く浮いた。

「がっ……!」

地面に叩きつけられる。

終わり――のはずだった。

「ちょっと!!」

リゼが駆け寄る。

「やりすぎじゃ――」

男が起き上がる。

怒りで顔が歪んでいる。

「舐めんなぁ!!」

突っ込んでくる。

リゼが反射で剣を腰から外す。

「来ないでって言ってるでしょ!!」

勢いよく男の腹に剣の柄を叩き込んだ。

強い。

強すぎる。

「――あっ」

次の瞬間。

壁が、吹き飛び、石が砕ける音が響く。

砂埃が、石畳の上を舞っていく。

「……」

「……」

「……」

リゼが首をギギギとゆっくり振り返る。

「……ちょっと、やりすぎたかも」

ヴァルクは壊れた壁を見た。

腰に手を当てる。

「そうだな」

男は完全に伸びていた。

静かになった通り。

遠くで誰かが叫ぶ。

「おい、何やってんだ!!」

リゼの顔が青くなる。

「ねえ……」

「なんだ」

「これ……」

――息を吸い込む。

「借金、減るよね?」

「増えるな」

即答だった。

「なんで!?」

「修理費」

「うそでしょ!?」

頭を抱える。

「また借金増えるじゃん!!」

ヴァルクが一言

「働け」


  ■減らない借金と、増える距離■


あっという間に日が落ちて、熱気が少しだけ柔らぐ。  

「はぁ……疲れた」

リゼはその場にしゃがみ込んだ。


「まだ一件だぞ」

「一件でこれ!?」

「効率いいだろ」

「どこが!?」

そのまま空を見上げる。

「借金、増えたし……」

「増えたな」

「軽く言わないで!?」


ヴァルクは少しだけ考えてから言った。

「飯、行くか」

「……え?」

そういえばお腹が空いているかも――

期待の顔を上げる。  

「奢り?」

「違う」

「だと思った!!」


それでも立ち上がる。

歩き出すヴァルクの後ろを、少し早足で追う。

通されたのは、小さな食堂だった。

年季の入った木の机と椅子、そして賑やかな笑い声。 酒と香ばしい肉と脂の香りに腹の虫が騒ぎ出した。


「座れ」

リゼは椅子に座るなり、メニューを手に取った。

「……普通だね」

「普通だ」

「よかった……」

「安堵の息をつくと、そのまま勢いよく注文する」 「じゃあこれと、これと、これと……あとこれも」 「おい」

「え、なに?」

「量、そんなに食えるか?」

「だって、どれも美味しそう……」

「……多いと思うぞ?」

「大丈夫、入るから!」


止める間もなく、注文が通る。

数分後、店員が忙しそうに机いっぱい料理を並べた。 魔物の脂の乗った塊ステーキ、シチューに、熱々のチーズが乗ったピザ、そしてジョッキのビールがドンドンドンと置かれる。

「……頼みすぎだろ……」

「いただきます!」

聞いていない。

ステーキをナイフとフォークで綺麗にカットする。

「……おいしい」

「なにこれおいしい……」

「これも、う~ん……幸せ……」

夢中で頬張る様子は、不思議と嫌味がなく、どこか小動物みたいだった。

ヴァルクはそれを目を細めて眺める。

そして淡々と、料理と酒を飲みながら、ゆっくり味わっていた。


(……面白いな)

しばらくして。

皿は半分ほど空いてきていた。

食事のスピードが落ちてきた。

「……で」

「ん?」

「全部食う気か」

「うーん、お腹もう入らないかも……」

「持ち帰り、出来るかな?朝のパンに挟んで食べる」

「残したら、もったいないし……」

「冷めたら美味くないぞ?」

「干し肉よりは美味しいから、大丈夫!」

いそいそと店員に、持ち帰りの準備をしてもらう。


ふと、リゼを見る。

「借金、いくらだ?」

「えっと……」

リゼが指を折りながら数え始める。

「装備一式で……これぐらい」

「それと回復薬のツケが……これぐらい」

「まあ分かるな」

「あと移動費と宿代と――」

ヴァルクが手を上げて止める。

「もういい」

軽くため息。

「予想より多いな」

「でしょ……」

「よく生きてたな、それで」

「本当にそれ思う……」

一瞬だけ、妙な共感が生まれる。


「全部まとめて肩代わりする」

さらっと言う。

「……ほんとに?」

リゼが顔を上げる。

「その代わり」

ヴァルクが視線を落とす。


「働け」


空気が少しだけ締まる。

「返せるまで、逃げんなよ」

低い声。

冗談じゃない。

リゼは一瞬だけ言葉を失って――

「……はい」

小さく、でもはっきり頷いた。


そしてゆっくりと、机の上の料理を見る。

持ち帰りはするが、沢山頼んでしまった。

「……あ…」

ヴァルクが言う。

「これも借金だ」

「やめて!!」

頭を抱える。

「減らしてるつもりなのに増えてる!!」

「半分は返済に回した」

「え?」

「さっきの回収分だ」

顔を上げる。

「……じゃあ」

「少しは減ってる」

リゼの顔が、ぱっと明るくなる。

「やった!!」

そして次の瞬間。

「でも今ので増えてる!!」

「増えてるな」

「意味ないじゃん!!」


そのとき。

外から、小さな鳴き声が聞こえてきた。

少し弱々しい、微かな鳴き声。

ヴァルクが立ち上がる。

「どこ行くの?」


答えずに、店の裏へ歩いていく。

路地裏の影、小さな猫が階段の下で鳴いている。

「みゃ―……」

人の姿をみると警戒したように後退った。

ヴァルクはしゃがみ込む。

ポケットから干し肉を出し、魔法で軽く炙る。

「食うか?」

少し、手前に差し出す。

猫は一瞬ためらって――クンクンと匂いを嗅いだ。 「え……」

リゼが固まる。

「なにそれ」

「餌だ」

「いや見れば分かるけど!」

猫がよっぽど腹が減っていたのか、警戒を緩めて夢中で食べている。

ヴァルクは何も言わない。

ただ、少しだけ目を細める。

(……この人)

さっきまでの金貸しの顔とは、まるで別人だった。 「……好きなの?」

「別に」

即答する。


その言葉とは裏腹に、猫に小さく千切った干し肉を炙ってやっていた。

リゼはしばらくそれを見てから、ぽつりと言う。 「なんか、似てるね」

「何が」

「その猫」

ちらりと猫から視線を外して、リゼを見た。

「……どこが」

「なんとなく」

ヴァルクは猫から視線を外す。

「気のせいだ」

「そうかな」

リゼは少しだけ笑った。


夜の風が、ゆっくり通り抜ける。

――少しだけ、距離が変わった気がした。


   ■減らない借金と、落ちた英雄■


ある日の、昼下がり。

街の喧騒から少し外れた路地は、妙に静かだった。


「ここ?」

リゼが周囲を見回す。

石壁はひび割れ、木の扉は色褪せている。

だが――完全に崩れてはいない。


「……ああ」

ヴァルクが短く答える。

「元S級冒険者、ロイド」

「今回の回収対象だ」

「え」

リゼの目が少しだけ見開かれる。

「S級って……あの?」

「その“あの”だ」


リゼはもう一度、目の前の家を見る。

見た目はボロい。

だが、生活の気配は残っている。

洗濯物を干す紐と、剣を置いていたであろう枠。

手入れだけはされた庭。

「……普通に住んでるんだ」

「生きてるからな」


ヴァルクは扉を叩いた。

コン、コン。

返事はない。


「いない?」

「いや、いる」

短く言って、扉を開ける。


中は薄暗くて、少し空気が淀んでいた。

窓からの光は、布で遮っているようだった。

「……勝手に入るなよ」

暗くて低い声が、奥から響いてくる。


椅子に座った男が一人。

黒く少し伸びかけた乱れた髪。

少し見ただけで分かる大きな体。

顔には斜めに走る大きな傷跡、 表情は分からない。


「ロイド」

ヴァルクが名前を呼ぶ。

「返済期限は過ぎてる」

ロイドは鼻で笑った。

「分かってるよ」

「だからって、金はねえ」

「そうか」

あっさり。

「……それで終わりか?」

ロイドが睨む。

「終わらせるつもりなら、来てねえ」


ヴァルクは一歩進む。

「回収する」

空気が変わる。

ロイドがゆっくり立ち上がる。

「……外でやるぞ」

そう言って、扉の方へ歩く。

リゼが目を瞬く。

「え?」

「ここ壊したら余計に借金増えるだろ」

ロイドが振り返らずに言う。

「……あ、確かに」


外へ出る。

少し開けた空き地に、踏み固められた土。

戦うには十分な広さだった。

ロイドが剣を抜く。

「久しぶりだな、ヴァルク」

「……ああ」

短いやり取り。

リゼがちらっと見る。

「知り合い?」

「昔な」

ヴァルクは視線を外さない。

「一度組んだことがある」

「へえ……」


ロイドが笑う。

「そのときの借り、まだ返してねえな」

「今返せ」

「無理だ」

即答だった。


空気が張り詰める。

そのとき――ヴァルクが一歩下がった。

「リゼ」

「え?」

「やってみろ」

一瞬、止まる。

「……私?」

「ああ、試すだけだ」


ロイドの目が細くなる。

「……女にやらせるのか?」

「問題あるか」

「いや」

ロイドが構える。

「むしろ助かる」

次の瞬間――固い地面を蹴って踏み込んでくる。

速い。

「っ!」

リゼが剣を抜く。

火花が固い音と共に、周囲を一気に戦いの場に引きずり込んだ。

「重っ……!」

腕に響くが、まだ余裕がある――

(いける)

剣に水流を発生させて、魔力を圧縮させる。

足元にも纏わせスピードを上げ、相手の死角に入り込んで攻撃していく。

「あっーーぶな!ちゃんと戦えるじゃねえか」

ロイドが低く笑う。

さらに攻撃が加速し、互いに剣をぶつけ合う。

あたりに金属のぶつかる音と爆発音、荒い息が静寂を破っていく。

次の一撃。

ロイドが踏み込んだ瞬間、左にバランスが崩れる。

「――っ!」

(……左)

「……そこ!」

隙を見逃さず、さらに踏み込み―剣で斬り込んでいく。

「チッ」

ロイドが距離を取る。

ヴァルクはじっと観察する。

(……見えてるな)

――粗いが、スピードと攻撃の判断はまぁいい。

ロイドが再び踏み込む。

今度は速い。

リゼは避けながら、水に炎を混ぜて空気を爆発させる。

視界を歪ませ、陽炎が昇る。

ロイドの剣がブレる。

リゼの表情が消えて、視線が鋭くなる。

そして、別人のようにさらに踏み込んでくる。

「――っ!」

「そこまで!!」

ヴァルクが動いた。

一歩。

最短距離。

ロイドの腹に拳がめり込む。

「ぐっ……!」

衝撃に膝をつきながら、うずくまる。

限界だった。

「リゼ……終わりだ、戻ってこい」

ヴァルクが言う。

感情の無くなったリゼの顔に、ゆっくりと色が戻ってくる。

荒い呼吸が再開し、強く握っていた剣から少し力を抜いたのが分かった。

ヴァルクが肩に手を置き、ゆっくりと背中を撫でてやる。

「もう終わったんだ、大丈夫だから――力抜け」

リゼの瞳が少し潤み、そして大きく息を吐き出した。

「ごめん……もう大丈夫。ありがと。おかげで殺さなくて済んだ。」


ロイドは息を吐く。

そしてポケットから袋を取り出す。


「今は、……これしかねえ」

受け取った袋は、軽い音しかしない。


ヴァルクは中を見て、袋を軽く閉じる。

「今日は、これでいい」

「死んだら回収できねえ」

「生きて返せるなら、それでいい」

ロイドは顔を上げる。


「……悪いな」

「勘違いするな」

ヴァルクが言う。

「次は容赦しねえ」

そのとき、ロイドが小さく言い放った。

「……それは、治療費だ」

「何の?」

まだ少し呼吸の早いリゼが、ポツリと聞く。


「教会に払うんだ。寄付ってやつだな」

「完全に治すには、それが要る」


「……北の竜、灰燼のやつ。――知ってるだろ」

「仲間を庇ってな……。まぁちょっと結果はこれだったがな」

――少し悔しさが滲んだ顔で、左肩に手をかけた。

「金が必要だったんだ」

一瞬、静かになる。


リゼの視線が揺れる。

ヴァルクは何も言わない。

ただ一言。

「……無理してんな」

ロイドが立ち上がって、笑う。

「うるせえ」

「まだ終わってねえ」


ヴァルクは背を向ける。

「行くぞ」

「え?――ちょっと待って」

リゼが慌てて追う。

「……ねえ」

「なんだ」

「……私、どうだった?」

「――途中記憶なかったんだけど……」


ヴァルクがちらっと横に並んだ顔を見下ろす。

「……使える、思ってたより、な」

「それだけ!?」

「それだけだ」

秋の爽やかな風が、2人の間に吹いてくる。


「……しばらく面倒見てやるよ」

「え?」

「見てて危なっかしいからな」

「なにそれ!」

リゼが抗議する。

だが、表情は明るい。

「ねぇ……」

「なんだ」

「借金、減ったかな?」

「減ったな」

「やった!」

飛び上がって、全身で喜びを噛みしめる。

「ただし……」

「え?」

「――今月分はまだだ」

「やめて!!」


リゼの叫びが、帰りの道に響いた。


  ■減らない借金と、放っておけないやつ■


昼過ぎ。

店の中はいつも通り、静かだった。

帳簿。金。紙とインクの匂い。

その中に、慌ただしい足音が割り込んできた。


「ヴァルク!!いるか!?」

扉が勢いよく開く。

「……うるせえな」

ヴァルクは顔も上げずに言う。

飛び込んできたのは、顔なじみの商人だった。息が荒い。

「頼む!ちょっと来てくれ!!」

「金はあるのか」

即答だった。

「は?」

「あるなら話聞く」

「いや、そういう話じゃ――」

「なら帰れ」

冷たい。

商人が言葉に詰まる。

「……街の外れで、余所者が暴れてるんだよ!」

「知らん」

「店壊されてんだぞ!?」

「俺のじゃねえ」

「人も怪我してる!」

「だから?」

完全に取り合わない。


リゼが横で、首を傾げながら聞いていた。

「……ねえ」

ヴァルクは無視する。

「ねえってば」

「なんだ」

「ちょっと見に行こうよ」

「断る」

即答。

「金にならねえ」

「でも困ってるじゃん」

「俺は慈善事業じゃねえ」

リゼが少しだけ黙って、窓から外を眺めた。


「……私、行ってくる」

「は?」

早い――駆け出す音とドアが閉まる音が同時に響いた。

「ちょ、リゼ!?」

沈黙。

ヴァルクが頭に手を当てながらゆっくり顔を上げる。

(……ほんとに行きやがった)

小さく息を吐く。

(面倒なやつだ)

しばらくして。

「……チッ」

立ち上がる。

「どこ行くんだ!?」

商人が聞く。

「回収だ」

短く言って、外へ出た。


街の外れ。

木箱が散乱し、屋台が倒れている。

怒鳴り声と、悲鳴が上がっている。

そして―――

「そこ、危ないって言ってるでしょ!!」

リゼの声。

すでに戦っていた。

三人。

見るからに粗暴な男たちが、剣を持って向かってくる。

「遅い!」

剣が走る。

一人、吹き飛んでいった。

「うわっ!?」

二人目。

水が絡みつき、足を捉えて叩きつける。

「な、なんだこいつ……!」

残り一人が後ずさる。

リゼの呼吸は少し乱れていたが、動きは止まらない。

「もうやめなよ!」

踏み込む。

剣が振り下ろされる。

そのとき。

背後から隠れていた別の一人が、ゆっくり剣を振り上げる。

(――危な……)


次の瞬間。

鈍い音がして、男の体が横に吹き飛んでいく。

ヴァルクだった。

「背中、空いてるぞ」

リゼが振り返る。

「……あ、ごめん、気づかなかった」

「だろうな」

短く言う。

そのまま、残りの男を一瞬で叩き伏せた。


静寂。

周囲のざわめきが戻ってくる。

「すげえ……」

「助かった……!」

街の人たちが集まる。

リゼがほっと息を吐いて、倒れている店の男に声をかける。

「大丈夫?怪我ない?」

「お、おう……」

「よかった」

その顔は、少しだけ柔らかかった。


商人が小さな袋を差し出す。

「これ……少ないけど」

リゼがぱっと顔を明るくする。

「え、いいの!?」

中を覗く。

「……あ」

軽い。

とても軽い。

(……これだけ?)


ヴァルクが横から言う。

「だから言っただろ」

ため息。

「割に合わねえ」

リゼが少しだけ俯く。

それから。

「……でもさ」

顔を上げる。

「困ってたら、放っておけないでしょ」

声が、少しだけ揺れる。

「それで、ここまで来たんだから」

沈黙。

風が吹く。

ヴァルクは何も言わない、そして目を瞑って何かを考え込むように動かなかった。

ふと、リゼを見る。

(……ほんとに馬鹿だな)

視線を外す。

小さく息を吐く。

「……しょうがないやつだな」

リゼの頭に、ぽん、と手を置く。

「え?」

「まぁ……面倒見てやるか」

少しだけ視線を逸らす。

「……こんなのも、たまには悪くないかな」


一瞬、リゼが固まる。

それから。

「……なにそれ」

少しだけ笑う。

「なんか上からじゃない?」

「上だろ」

「ひどい!」

抗議する。


でも。

顔は明るかった。

ヴァルクはちらっと見る。

(……悪くねえ)

そのまま歩き出す。

「行くぞ」

「待ってよ!」

少し遅れて追いかける。

「ねえ」

「なんだ」

「借金、減ったかな?」

「減ったな」

「やった!」

一瞬、跳ねる。

「ただし」

「え?」

「今ので増えてる」

「なんで!?」

「道具壊した」

「うそでしょ!?」

頭を抱える。

「減らしてるのに増えてる!!」

「そういうもんだ」

「納得いかない!!」

叫びが、街に響く。


ヴァルクは小さく笑った。

その表情は、少しだけ柔らかかった。


  ■減らない借金と、それでも悪くない日常■


ある日の昼下がり。

店の中、今日はいつもより静かだった。

帳簿。金。紙とインクの匂い。

そして――

「みゃあ」

カウンターの上で、小さな猫が鳴いた。


「ちょっと、そこ乗っちゃダメだって」

リゼが慌てて手を伸ばす。

猫はひらりとかわして、本棚の方へ飛び移った。

「あっ、こら!」

慌てて追いかける。

「そっちは――」


ちょこんと乗った本棚の上。

ぎりぎりの高さ。

リゼは近くの椅子を引き寄せて、その上に乗る。

「よいしょ……」

ぐらつく。

「……危なっかしいな」

後ろからヴァルクの声。

「大丈夫だよ、このくらい――」

手を伸ばす。


その瞬間。

猫が尻尾をぶん、と振った。

書類が――ばさっ、と舞う。

「あっ!?」

視界が白くなる。

足場が、ぐらりと傾く。

「――っ!」

落ちる。


はずだった。

腕を引かれる。

強く、引き寄せられる。

次の瞬間。

体がぶつかって、足が宙に浮いている。

近い。

「……何やってんだ」

低い声。

リゼの腰を支える腕。

視線が合う。

距離が、近すぎる。

「ご、ごめ……降ろして?」

言葉が詰まる。

呼吸が、やけに近い。

(近い……近いって……!)

顔が熱くなる。

視線を逸らそうとする。

でも、逃げられない。

ヴァルクは、そのまま顔を見つめる。


口角がわずかに上がる。

「……このまま」

低く、落ちる声。

「キスでもしてみるか?」

一瞬。

時間が止まる。

「え」

頭が真っ白になる。

(な、なに言ってんのこの人!?)

逃げたい。

でも――動けない。

距離が近すぎて。

心臓がうるさい。

でも。

なぜか。

視線は逸らせなかった。

「……」

リゼの頬が、じわっと赤くなる。

唇が、少しだけ震える。

「……いいよ」

小さく。

でも、はっきり。

ヴァルクの目が、わずかに見開かれる。

「……は?」

想定外。

完全に、想定外。

リゼは顔を真っ赤にしながらも、逃げなかった。

「……あんたがしたいなら」

視線を逸らさずに、言う。

一瞬。

空気が変わる。

ヴァルクが黙る。

(……なんだこいつ)

ほんの少しだけ、思考が止まる。

でも。

次の瞬間。

「……言ったな」

ゆっくり顔を近づける。

リゼの息が止まる。

目を閉じる。

ほんの少しだけ、息を止めた

触れる。

ほんの一瞬。

軽く。

それだけ。

離れる。

静寂。

「……」

時間が、止まったみたいだった。

リゼの顔が、爆発したみたいに赤い。

「……な、なにしてんの……」

声が震える。

「お前がいいって言った」

「そうだけど!!」


胸に手を置いて、距離を取るとゆっくり降ろされる。

離された瞬間、少し足がもつれそうになった。

また、引き寄せるように背中に手が回される。


そのとき。

「みゃあ!」

猫が飛びついてきた。

ヴァルクの胸に、どん、と収まる。

「……お前か」

片手で受け止める。

猫は満足そうに丸くなる。

空気が、一気に緩む。


リゼが顔を押さえたまま、笑いをこらえる。

「……なにそれ……」

「邪魔だな」

「タイミング良すぎでしょ……」

少しだけ笑う。


まだ顔は赤いまま。

ヴァルクがちらっと見る。

(……ほんとに面倒なやつだ)

でも。

口元が、わずかに緩む。

「……行くぞ」

「どこに?」

「仕事だ」

「えー……今のあとで!?」

「関係ない」

「あるでしょ!!」

リゼが抗議する。


でも。

その声はどこか軽い。

「ねえ」

「なんだ」

「……借金、減ったかな」

「減るわけないだろ」

「やっぱり!?」

頭を抱える。


「むしろ増えたな」

「なんで!?」

「書類、散らした」

「猫でしょそれ!!」

「管理不足だ」

「ひどい!!」

叫びが、店に響く。


猫がのんびりとあくびをした。


その横で。

ヴァルクは小さく笑った。

「……こんなのも、たまには悪くないか」

リゼがちらっと見る。

少しだけ、照れた顔で。

「……そうだね」

小さく笑う。

借金は、減らない。

むしろ増えてる。


でも。

それでも――

悪くない。

そんな日常が、続いていく。



番外編はいくつかあるので、不定期更新します

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