第一章
この話は私の体験をもとに、占いという不確かな技術をファンタジックに進めた物語です。
主人公の絵美は私であり、祖父との対話も事実の部分が有ります。
ノンフィクションとフィクションが混ざり合った作品でもあります。
OVL大賞11
二〇一六年十月。私は佐藤絵里。ごく平凡なOLをしていて札幌に住んでいる。営業事務の仕事で、電話対応をしたり来客の対応をしたりコピーを取ったりとまぁ至極地味な事を仕事としている。
私の趣味は占い。
毎日有名な占い師が配信しているSNSを見て、その日のラッキーカラーやラッキーフードを確認して着る服を選んだりランチの予定を立てるのだ。
正直信じているかどうかと言われると微妙な所だが、私にとって占いは道標のようなもので、やっておいて損は無いというか、準備をしておけば難を逃れる『かもしれない』という期待に胸膨らませ言われる通りにしているのだ。
と、いうのも私のこれまでの人生は不運続きだった。
東京で産まれ、父親が産まれて間もない頃に他界、母一人子一人で室蘭にある祖父母の家で育つと思いきや母親の再婚で札幌に転居し、義理の父ができ、異父姉妹の妹も誕生した。
妹に罪は無いので優しく接したが母親からのプレッシャーと義理の父の遠慮めいた子育ての狭間に立たされ苦しい学生生活を送った。
内向的な私は友人が作れず、学生時代の友達は今思えば二人いるかいないかだけ。
友達も居ない、修学旅行も行かなかった。楽しい思い出と言われれば先生からは可愛がられた事位だ。
更に追い打ちをかけるように、私が高校に入って間もなく、母が自殺をするというショッキングな出来事もあった。結果、実家と呼べるのは祖父母の住む室蘭の家で、義理の父とも妹とも疎遠になった。
十六にして親なしとなった私は当たり前の様に高校卒業後就職し、社会人デビューした。
今は二十九歳。社会人生活をしていると同じ趣味の同僚が友人になったり、性格は真反対でも妙に馬が合う友達ができたりと嬉しい事もあった。しかし三十手前になって知人たちが徐々に結婚を仄めかしたり、結婚式でスピーチを頼まれたりという事が起こり始めても私の近くには恋人のこの字も無かった。
年齢が年齢だけに流石に男性経験はあったけれど、男運が良いとは言えない遍歴で、私は男性不信に陥っていた。
その頃だろうか。友人の占い師にアドバイスを求めたりSNSで占いの情報を集めだしたのは。
最初は学生時代に毎朝テレビで占いを見てあー今日は運が悪いなとか今日は一位だから悪い事は起きないかなとかそんな運試しのような感覚で見ていた占い。
それが、『これ以上悪いことが起こりませんように、何事もなく平和に過ごせますように』と願いを込める占いにハマっていった。
でも、どれだけ多くの占い師に見てもらっても心の渇きが癒える事はなく、私は次々に占い師を発掘していった。
休みの日。
「お願いします」
近くのビルの間に設置された特別コーナーに向かい、長打の列の中順番待ちをした。季節は秋を迎えていたので北海道では北風が吹き始めていた。もうすぐ雪も降るだろう。
今年の夏はかなり暑かった。温暖化の影響か、昨今の北海道は北海道らしからぬ夏日の連続を記録更新し続けている。
私はハーフコートの襟を手繰り寄せ寒さを鎬ながら列に並んでいた。一時間程待って目的の占い師にやっと対面することができ、私はその時点で達成感を抱いていた。
「これから起こる悪い事を避けたいんです」
そう正直に伝えるとこんな回答が返って来た。
「貴女は生まれながらにして天命を受けている、貴女にとって今年は飛躍の年と言えるでしょう」
と。私は不運な事を避けたいだけで特別目立ちたいとか有名になりたいとかそういう思いは無かったので仕事を無事続けられたら良いな位の感想しか得なかった。
またしても裏切られたような、背中を押されたようなどちらともつかない感情が芽生えた。本当に当たる占い師など居るのだろうか。そんな疑問を持ちながら帰路に着き、私はスマートフォンで早速明日の運勢を調べてラッキーカラーをチェックしていた。
明日のラッキーカラーは黄緑。ありったけ集めたカラーの中から黄緑を選んでネイルをしようと思った。
「佐藤さん、占い詳しいんだって?」
翌日の休憩時間、同僚に話しかけられたのは占いの話。
「詳しいっていうか好きなだけで……別に信じてるとか信じてないとかじゃないんですよ」
「当たる占い師ってお勧め無いかなぁ?私今度婚約するんだけど運勢占って欲しいんだよね」
「恋愛運はちょっと……私あまり占って貰ったこと無いんで」
そう答えると同僚はフイッと自席に戻ろうと踵を返してしまった。
「そ、なら良いわ他の人に聞いてみるね」
そんな感情の無い言葉を捨て台詞にして。
「ちょっと絵美、何なのさっきの。総務の東さんだよね。感じ悪~」
「まぁまぁ、答えられなかった私も悪いんだし」
「絵美は欲が無いなぁ」
所詮周りは私の存在は皆幽霊のように思っているのだろう。地味に卒なく仕事をこなし、可もなく不可もなく平均的な評価をされる。残業が多いわけでも無いし、目だった実績も無し。それで良いのだ。私の人生に光なんて射す事なんて無いのだから。
「佐藤さん、ちょっといい?」
「はい、どうされましたか?」
人事部の部長に廊下で呼び止められ、小さな会議室に導かれた。
「実は東京で事務の子を探していて、もし良ければ転勤、っていう形にして貰えないかなと思ってね。こんな年の瀬の時期で申し訳ないんだけれども」
「え、東京ですか?」
事務職の私に、しかもこんな時期に転勤の話が出るとは思わなかった。
「そう、転勤。勿論引っ越し費用は会社負担だから安心して。ほら佐藤さん結婚もしてないし子供も居ないしそろそろ会社で一花挙げる時期じゃないかなと思うんだ」
「そう……ですね。分かりました。お願いします」
『今年は発展の年』という占い師の言葉を思い出し、二つ返事で転勤をOKした。きっと新しい土地で仕事が上手くいくっていう暗示だったんだ。そう自分に言い聞かせた。
そこから転勤が完了するまでの期間は思った以上に慌ただしかった。引っ越し業者三社に見積もりを取ってもらい、引っ越しのペンギン屋さんが権利を獲得すると仕事中に日程調整の電話が入ったり、箱詰めしようと思っていた荷物が思った以上に多くて友達に助っ人を頼んで荷詰めをしたりとそれは忙しかった。
「カンパーイ!」
十年勤めただけあって、東京へ向かう前々日、送別会は大々的に行われた。同期の子や、友人になった同僚達、上司や良き相談相手だったチームリーダーも待ってましたと言わんばかりに集まってくれた。
意外にも私の周りにはいつの間にかこんなに沢山の人が関わっていたのだと思うと感慨深かった。泣きはしなかったが、楽しくお酒を飲んで、楽しく二次会、三次会に参加した。
出発前日には内輪だけの送別会が行われ、朝まで飲んでぐでんぐでんになった。
二日酔い状態で東京入りし、内見もしていないマンションの鍵を取りに不動産やに行き、新たな我が家となる住まいに何とか辿り着いた。
マンションは足立区にあった。閑静な住宅地の一角に建つ私の新たな住処は、茶色のレンガの壁を模していて、一階にはコンビニが入っていた。なかなか便利そうなマンションだ。
十一月だというのに気温はまるで北海道とは違っていて、まだトレンチコートでも良い様な様子。本当に引っ越して来たのだと実感した。
東京生まれと言ってもゼロ歳で室蘭に引っ越したので東京の気候は慣れるものではない。
荷物がいざ搬入されるとあまりの荷物の多さにすぐ足の踏み場が無くなり、私は二日酔いのせいもあって開封を断念し、コンビニで適当に軽食を買って食べるとそのまま泥の様に眠った。
唯一楽しみにしていたのは東京には有名な占い師が沢山いる事。もしかすると私のこの不安な気持ちを解消してくれる占い師が現れるかも知れないという期待をしていた。
翌日本社に向かった。家から電車を乗り継ぎ一時間。本社の前に立つと緊張した。まずは受付。
「初めまして、佐藤です。この度の辞令で本社にお世話になる事になりました。よろしくお願いいたします」
「キミが佐藤くんか、ようこそ東京へ。事務手続きをそこにいる須川さんにお願いして、落ち着いたら社内案内するから」
「分かりました」
東京の通勤ラッシュというものを初めて体験した私は想像を超える鮨詰め状態に目が飛び出るかと思った。迷い無く辿り着けたのは乗り換え案内アプリとJRの職員の方のお蔭だった。
こんなにも沢山人がいるのに何故私が東京に呼ばれたのだろうか?
きっとそうだ。地味だしどこにでも馴染める。そして、結婚や子育てなどの『気遣い』をしなくていい都合のいい社員は私だったんだ、と思った。
私は山手線の外回り内回りも分からないのに、東京の人は電車の時間が分かっているかのように動き回る。凄い、の一言だ。
「お待たせいたしました。終わりました」
「あぁ、僕もちょうど手が空いた所だ。さぁキミが勤める総務部を最初に案内するよ」
高層ビルをエレベーターでスーッと上がっていくと、十七階に総務部はあった。先ほど居た代表が五階で、営業部は二十階、とビルの各所に本社の精鋭達が真剣に仕事をこなしている様子だった。
事務で転勤なんて珍しいだろうに何か訳があるのだろうか?前々から思っていた疑問はすぐ解決した。
「佐藤さん~!待ってました!これ!今からコピー取ってくれる?」
「え、あ、はい」
「ここね、私だけなの。ドキツイ係長が居てね、みんな続かないのよ~」
「え、おひとりですか?」
「そう!だからてんてこ舞い!昨日も一人辞めたのよ~あ、私田中夏美。年は三十二.佐藤さんは?」
「あ、私は二十九です」
「まだ三十前なのに苦労するわね~頑張ってね」
サバサバとした田中さんは好感が持てた。仲良くできそうだ。
「はい、頑張ります」
「そこ!私語厳禁!」
強くドスの効いた声で怒鳴られビクッとすると、その『ドキツイ係長』こと、立場賢二さんが居た。
「す、済みません」
「係長~自己紹介してただけ!私だって挨拶ぐらいしますよ」
「田中君、営業部の会議議事録コピー終わってるのか?」
「終わってさっき営業部に届けました!」
「じゃぁ次の仕事に取り掛かりなさい」
「はーい」
田中さんは係長の扱いに慣れているようだったけれど私は一体どうすれば良いのだろうか?昨日のSNSでの占いは、『新たな課題に見舞われる、ラッキーカラー赤』という結果だったので、赤いスカートを履いてきた。ネイルはさすがに出勤初日なので遠慮した。
仕事を始めると課題どころか難題ばかりが降りかかった。
議事録の校正、印刷、外部向けの飼料の準備、社員の福利厚生の処理……やったことのない処理ばかりで田中さんに聞いてばかりいた。
「お疲れ様」
社会人になって十年が経つが、私は殆ど残業をしてこなかった。何事も定時で終わらせ定時で帰宅するのが私流。でも今回ばかりは定時に上がるのを断念し、久しぶりの残業。コーヒーを差し入れてくれた田中さんの顔を見てほっとした。係長は定時で上がってしまっていた。
「ほら、あんまり初日から根詰めると後が持たないよ」
「ありがとうございます」
「年も近いしタメ口で良いよ。あと私夏美だからなっちゃんって呼んでね」
「あ、じゃぁお言葉に甘えて。私は絵美なのでえっちゃん……かな?」
「えっちゃんね。改めて本社へようこそ。事務で転勤なんて意外だったでしょ」
「そうだね。でも私目立たないタイプだし時間内に卒なく仕事こなして特に可もなく不可もなく日々を淡々と過ごしてただけだったから良い刺激にはなったかなぁ」
「そっか。引っ越し大変だったでしょ?」
「うん、送別会が引っ越し前日もあって二日酔いで引っ越して来たんだ」
「あはは、そうだろうね。私も前の会社の時退職日前日まで送別会して貰ったもん」
「なっちゃん二社目?」
「ううん、三社目。短期入れると五社目かな。結構職変えてるの。でも今の仕事は嫌いじゃないから続いてる」
「そうなんだ。私ずっとここだから……十八から働いてるんだ」
「へぇ~偉いねぇ」
「そんな事無いよ」
十八から、と言って少し後悔した。
自分の過去の話をしなければならなくなるかと思ったのだ。でもそれ以上は聞かれる事は無く、二人で手分けをして残りの仕事をやり終えた。
「なっちゃんありがとう。残業時間減ったよ」
「なんのその、だよ。明日も頑張ろうね」
「うん!」
なっちゃんは良い人のようだ。すぐ馴染めたし、話していて苦が無い。
自分の事をどれだけ話すかが迷うポイントだった。
翌日、ラッキーカラーのブラウンのセーターを着てオフィスカジュアルの恰好をした私は何とか午前中の業務をこなし、ラッキーフードのうどんをランチに選択した。
こうして毎日占いの言う通りに動いているだけで悪いものから逃れられるような錯覚に陥るのだ。もし、悪い事が起きても、今日の運勢は良くなかったからとか、ラッキーカラーがちょっと違ったとか言い訳が出来るのだ。
そう、私は自分に言い訳をするために占い通りの行動をしている。
「えっちゃんさ、趣味ってあるの?」
「え、趣味?」
「うん、得意な科目とかさ」
「美術は得意だったけど他は平均かな」
「ネイル好きなの?今日は茶色だね」
「えと……私占い好きで、ハマってて……今日はラッキーカラーがブラウンだったから茶色のコーディネートなの」
「えー毎日色変えるの?大変じゃない?」
「うん……面倒な時はしないけど」
私はなっちゃんに嘘をついた。
毎日ラッキーカラー、ラッキーフードを気にしない日は無かった。
「占いねぇ私も好きだよ」
「本当?」
「うん、よく占いに行ってる。最近行けてないけどね」
「この辺でよく当たる占い師さんとかいるかな?」
自分の占い好きがバレてしまうのは躊躇したが、情報が得られるなら聞いておきたい。
「うーん私がよく行くのは上野辺りだけど、何だっけなぁどこかですごい当たるって評判の占い師が居るって噂は聞いたんだけど……」
「行ってないの?」
「そうなのよー」
私はその占い師をどうしても思い出してもらいたかったけれど、所詮噂話なのでなっちゃんの記憶には薄いらしく、断念する事にした。
「ごめんね思い出せなくて。今度噂流してた子に聞いてみるわ」
「うん、まぁ出来たらで」
「うん!」
出来たら、じゃなくて本当は今すぐにでも確認してもらいたかったけれどぐっと我慢をした。
日々ラッキーカラーやラッキーフードに踊らされて、どうでも良い事を話しながらランチをして、淡々と仕事をこなし、帰ったらビールを飲みながらバラエティ番組を流して家事をする、そんな短調なルーティンで私は生きていた。
しかし翌日会社に出社すると……。
「えっちゃんえっちゃん!」
「ん?どうしたの?」
休憩中に大声でなっちゃんに呼び止められ驚いて振り向くとそこには知らない女性が隣に立っていた。
「噂の彼女!」
「噂?」
「ほら!占いの噂!」
「あぁ!」
そう、なっちゃんは噂の根源である営業部の女の子を連れてきてくれたのだ。
「初めまして、橋本と言います」
「あ、佐藤ですお疲れ様です」
「占いについて彼女から聞かれて」
「あ、はい!良かったらその当たる占い師って人紹介してくれませんか?」
「あの、遠いんですけど奥多摩なんです。奥多摩にあるショッピングモールに当る占い師の人が出店してて……」
話を聞くとどうやらその当たると評判の占い師は奥多摩にあるショッピングモールで月曜、水曜、土日出店しているらしく、いつも長蛇の列らしい。
予約をSNSで受け付けているらしいが、予約は半年先まで埋まっているそうで、突撃し、隙間時間に占って貰ったり長時間待機してやっと巡ってくる順番を待ったりする方法で占って貰えるらしい。
「ありがとうございます。今度機会が有ったら行ってみます」
そう告げると彼女はにこやかに去っていった。
私に課題が突きつけられた。予約か、突撃か。
迷う時間はゼロに近かった。こうなれば突撃してどれだけ長い時間待たされようとも見てもらうしかない。
私は休みの土曜日を選んで来る突撃に備えた。




