第6話 花音の戦い 1st round
花音の様子がおかしい。
いや、そもそも花音が頭のおかしい子だというのはいつものことなんだけど、今日の彼女はいつもと違う雰囲気を漂わせていた。
自分の席へと向かう際に自然と花音の姿が目に映り込んできたわけだが、彼女は机に両肘をついて身動き一つ取ることなくジッと一点を見つめている。
何というか、虎視眈々と何かを狙っているかのような……。
まあ、何を狙ってるかなんて俺には心底どうでもいいことなんだけど。
そして俺は、花音に挨拶することなくスッと自分の席に着く。
本日の予定は、午前中に健康診断で午後に部活動紹介。はっきり言ってクソめんどい。
健康診断は学校行事の一環だから仕方ないとして、部活動紹介に関しては正直部活に入りたい奴だけ参加すれば良くね、と思ってしまう。
部活に入る気がない俺みたいな人間からすれば、ただの時間の無駄遣いでしかないのだ。
早く帰って寝たいのに……。
「……コホン、マサくん少し良いかね?」
部活動紹介って、どのくらいの時間で予定してるんだろう。
やっぱり一時間から二時間くらいを想定しているんだろうか。
「……コホンコホン、久山雅春くん。少し良いかしら?」
マジでなげぇー、頼むから一〇分、一五分で終わらせてくれないかな。
それか、健康診断が終わってから体調不良で早退でも——————
「——————とうっ!」
悩める子羊の悩みを切り裂くように、俺の頭に見事なチョップが決まる。
ちなみに、威力はそこまでだった。
「なんだ、登校してたのか」
「その言い訳はちょっと苦しくない? 席着くまでに私の前通るんだから必然的に視界に入るでしょ」
「入らなかったんだから仕方なくね? ……てか、お前なんか今日雰囲気違くね?」
「え? べ、別に普通じゃない……かな」
「いやいや、お前といったら、もっと頭のネジぶっ飛んでるような頭のおかしい奴だろ。今日はその片鱗が全く見えないんだけど」
「普通に失礼過ぎない? 私は至って普通……」
とか言いつつ、なんか凄くモジモジしてるんだが。
しかも、なんか顔も少し朱を帯びている気がする。
「あ、あの……。マサくんに大事な話が……」
その瞬間、俺は勘づいてしまった。
こいつ、何か企んでるかも。
「そういう話は他所でやってもらえる? そういう話は聞かないようにしてるから」
「あっ! 今のは間違い!!! マサくんにはほんっっっとうに関係ない私ごとの話なんだけど聞いてくれるかな?」
「おいおい、それはそれで図々しいな」
自己中心的すぎるお願いの仕方に思わず笑ってしまった。
まあ、言い換えたところで俺が花音の相談を聞くことは絶対にありえない。
だって、そうだろう? 言い換えたという事実が残った以上、何か企んでいることは間違いないのだから。
「悪いけど、俺じゃなきゃいけない理由がマジで分からない。他の人に聞いてもらえよ。お前自身の話なら、別に俺じゃなきゃいけない理由はないだろ?」
「いや、私マサくん以外に相談できる人いないし……」
「もし仮にそうだとしても、そもそも俺に聞く気がないんだ。真剣な話に付き合うほど、俺はお人好しじゃないからな」
「あ、その……」
花音が何かを言いかけたところで、予鈴のチャイムが学校中に鳴り響く。
同時に、クラスの担任が教室に入ってきた。
「男子は教室、女子は二階の科学室で体操着に着替えて、着替え終わったらそれぞれの教室前の廊下に整列すること。出席確認はそこでするから。女子は今日一日霜下先生が引率してくれるから、ちゃんと言うこと聞けよー。そしたらさっそく準備始めちゃって」
担任の言葉を皮切りに、生徒一同準備を始める。
花音は俺に何か言いたそうだったけど、クラスの雰囲気に流されるまま科学室へと向かっていった。
全く、まだ一日は始まったばかりだというのに気分は最悪だ。
◆ ◆ ◆
やっちゃった!!!
やっちゃった、やっちゃった、やっちゃったーーーーーー!!!!!!
時よ、数時間前に戻ってくれ!!!
どうせなら昨日の夕方まで戻ってくれても構わないぞ!!!!!!
体操服に着替えながら、私は心の中で発狂した。
理由は言うまでもない。
マサくんに疑念要素を残してしまったまま別行動になってしまったのだ。
過去に真剣な話で騙されて一層警戒しているはずなのに、同じ切り口で攻めたらそりゃ警戒されるて!
もう、私のアホーーーーーー!!!
「とりあえず、次のプランを考えなければ……」
マサくんの信頼度は、恐らくマイナスに振り切っているはずだ。
一人の女……いや、一人の人間として見られてないかもしれない。
そんなマサくんの信頼を勝ち取りつつ、かつ私の家に招くにはどうしたらいいか。
残された手段は——————いや、土下座しかなくね?
相手から信頼されるには、当人の行動意識が大きな要因といっても過言ではない。
今回の場合だと、行動意識=『誠意のある行動』と『切実なお願い』を同時にクリアしなければならないのだ。
その二つの要因を同時にクリアするには——————ほら、土下座しかないじゃん。
まさか、入学三日目にしてクラスメイトに土下座するとは思わなかった。
「でも、手段は選んでいられないよねー」
なんせ、ラスボスはあの世一にぃだ。
ラスボスに立ち向かうためなら、頭の一つや二つ下げるのはお安い御用だ……って、いかんいかん、これは不誠意だ。
誠意ある行動、誠意ある行動っと……。
「ねぇねぇ、姫柊さんって久山くんとどういう関係なの?」
クラスメイトの女の子たちに急に話かけられた。
あんまり女子同士の話って好きじゃないんだよねー。
あ、別に変な意味じゃないよ? ただ、共感濃度の高い会話が少しめんどくさいだけ。
いや、いかんいかん。誠意ある行動、誠意ある行動っと……。
搾りカスでも良いから誠意ある行動を見せないと、またあの日と同じことを繰り返すことになる。
それだけは絶対に避けないといけない。
私は、偽物の私を演じる。
「いやー、私とマサくんはただの友達だよー。もしかして、付き合ってるように見えたりしてたかな!?」
「もの凄く見えてたよ! てか、愛称呼びなのに本当に付き合ってないの?」
「付き合ってない付き合ってないって! 愛称呼びなのは、彼と仲良くなりたいからそう呼んでるだけだよ。これから三年間の付き合いになるかもだからね!」
「えぇー、本当にー? 本当に久山くんに特別な感情とかないの? 姫柊さん可愛いから告白すれば絶対にイケるって!」
「そんなこと全然ないってばー。同じクラスメイトなんだから仲良くして損はないでしょ?」
「えぇー。でもさー」
マジでしつけぇぇぇ。
私が友達って言ってるんだから、それが事実だろ。
お前たちの身勝手な価値観を私に押し付けてくんな……って、いけないいけない。今の私は誠意全開ガールなんだから言葉遣いには気を付けないとね♡
「私とマサくんはただの友達ですっ! それより、そろそろ廊下に整列して健康診断向かわないとマズいんじゃないかな?」
「あ、そうだね! いこいこ!」
そう言って、クラスメイトの女の子たちはせっせと廊下に足を運ぶ。
いやー、私の誠意全開ガールっぷりは、なかなか仕上がってるんじゃない?
とりあえず、午後になったら私の誠意全開ガールっぷりの土下座をお見舞いしてあげればノープロブレムだよね!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今後とも、よろしくお願いいたします!




