第4話 花音理論
教室購入を終えて迎えた放課後、俺と花音は昨日と同じカフェに来ていた。
現状でお分かりだと思うが、一日中くっつき虫状態だった花音から逃げ切ることができなかったのである。
男子トイレまで付いて来ようとしたのは、さすがの俺でも正直引いた。
まさか、変態女子が世の中に実在するなんて思わなかった。
てか、なんでそこまでして俺に執着するのかが本当に分からない。
「ねね、何頼む?」
当の本人はと言うと、呑気にメニュー表を見てやがる。
そんな花音に、俺はため息交じりで応える。
「俺は水でいいや」
「え~。せっかくのカフェなのに水なんてもったいないよ~。てか、水だけで席に着くのはルール違反なんだぞ~?」
「どっかの誰かさんが食い逃げするかもしれないからな。これ以上の高い料金は払ってられん」
ちなみに昨日の会計金額は一二一〇円(税込み)。
高校に入学して間もない俺には、少々カフェの金額は高すぎた。
てか、ここのカフェ絶対に高校生が来るところじゃないだろ。高校生が俺たち以外に誰もいない状況が全てを物語っている。
「まあまあ、カリカリなさんなって。今日は私が払うからさー」
「これでまた食い逃げなんかしたら、お前の財布から昨日の分含めて金引っこ抜くから」
「いやー! 犯罪者ー!!!」
「おい、ガチやめろ!」
突然叫び出すもんだから、思わず立ち上がってしまった。
直接確認したわけじゃないが、絶対周りから白い目で見られてる……。
店員さんが「どうかされましたか!?」と慌てた様子で駆け寄ってきたが、それを花音が「すみません、演劇の練習で声量を間違えてしまいました」と弁明していた。
お前が業務妨害で犯罪者だ、ボケ。
「いや~。ビックリしたね」
「論理的に考えて、お前がビックリするのはおかしい。頭のネジぶっ飛んでんのか? どこかに落としたんなら探すの手伝うぞ」
「え、急に親切じゃーん! なになに、もしかして私のこと好きになっちゃった~?」
「んなわけあるか。これ以上の被害が出る前に正常な人間に戻ってもらうだけだ」
「でも、ごめんね? まだ恋愛とかよく分かんなくて……。友達のままじゃダメ、かな?」
「うん、ダメ。せめて赤の他人で」
「いみふ~」
ケタケタと腹を抱えて笑う花音。お前の発言と行動の方がいみふだわ。
「——————まぁ、あながち間違ってないかもね」
そう言って花音は、元気よく店員を呼んだ。
いや、赤の他人で間違ってないだろ。
実際、俺たちの関係って友達と断言できる程度のレベルに達していないのだから。
「私はオレンジジュースでお願いします! マサくんは?」
「……じゃあ、アイスコーヒーで」
「オレンジジュースとアイスコーヒーですね。かしこまりました、失礼いたします」
深々とお辞儀をしてから、店員は別のテーブルに注文を取りに行く。
「昨日と同じだね! コーヒー好きなの?」
「まあ、普段から飲んでるな。お前だって昨日もオレンジジュース飲んでるけど、好きなの?」
「おっ! ようやく私に興味を持ってくれた? 嬉しいな~」
「馬鹿言え、今のは社交辞令みたいなもんだ。「コーヒー好きなの?」って聞かれたから「オレンジジュース好きなの?」って聞き返しただけであって、別に他意はない」
「……何言ってるの? そんな社交辞令あるわけないじゃん」
急に真顔で否定されたんですけど。
だったら、こっちも反論してやろうじゃねぇか!
「何言ってんのは、俺がお前に思ってることだけどな」
「いやいや、私はいつも正しいことしか言ってないけど?」
「いやいやいや、何言ってんの。いつも意味不明なことしか言ってないじゃん」
「いやいやいやいや、正しいこと言うことと意味不明なこと言うことは意味合い的に違くない?」
「意味合い的に違うって、具体的にどういう——————」
タイミング悪くオレンジジュースとアイスコーヒーがテーブルに運ばれてくる。
すると花音は、エアメガネを掛けているかのようにカタカタと上下に動かしながら力説する。
「いい? オレンジジュースが『正しいこと言うこと』、アイスコーヒーが『意味不明なこと言うこと』とするじゃん。ここまではおけ?」
「なんかチョイスに悪意を感じるけど……。まあ、んで?」
「つまりはね、オレンジジュースとアイスコーヒーは違うよねってこと! オレンジジュースとリンゴジュースならまだ分かるけどね……」
「……」
最高に頭の悪い解釈をありがとう。一周回って全然笑えない。
てか、何を言ってるのか一つも理解できなかった。今日から花音の不可解な理論は『花音理論』と名付けることにしよう。
これ以上の議論はカオスな展開になりそうだったので、俺は面倒なことになる前に花音に謝っておいた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
引き続き、よろしくお願いいたします!




