第29話 最後の証明
「それで、俺を呼び出した理由は何ですか?」
俺は目の前にいる彼——————姫柊世一に問いかける。
現在、俺は世一さんに呼び出されて姫柊宅近くの喫茶店に来ていた。
呼び出された理由は、何となく察していた。
「その前に、飲み物でも頼まないか?」
「そうですね。そしたら俺はアイスコーヒーにします」
「なら、俺も同じのにするとしよう」
そして一通り注文を終えると、世一が伸びをしながら俺に話しかけてきた。
「いやー、学生の頃は早く社会人になりたいと思っていたんだけどね。考えなければいけないことが多すぎて、今では学生時代に戻りたいとばかり考えているよ」
「社会人の人はみんな同じこと言いますよね。でも学生は何かと制限が多いですから、自由度の高い社会人に憧れるなと言うのは無理からぬ話だと俺は思います」
「確かに俺もそう思う。でも、その制限が青春たらしめる何か特殊な力を秘めているのではないかと一理考えることもできると思うんだが、これに対して雅春君はどう思う?」
「逆説的に考えれば、一理あるんじゃないですか? 現に社会人になった人は学生に戻りたいと思うわけじゃないですか。だから、世一さんの言う制限が青春たらしめる何か特殊な力が秘めているかもしれないという仮説もある意味正しいのかもしれませんね。まあ、そもそも俺は社会人になったことないので分からないですけど」
「いや、俺は答えが欲しかったわけじゃないんだ。ただ、君の考え方を知りたかっただけなんだよ」
なるほど、本題に入る前の軽いフィーリングテストだったというわけか。
学生時代のワードチョイスがされたことで、俺の中で疼いていた疑惑が確信へと変わった。
先ほど注文したアイスコーヒーがテーブルに運ばれてきても尚、一口も付けることなく世一さんが言葉を綴ってくる。
「単刀直入に聞く。雅春君、君の選択は正しかったと言えるだろうか?」
「……何の話ですか? どうして知ってるんですか? とはあえて聞きませんよ?」
「あぁ。盗聴していたからなんて、俺と雅春君の間では説明不要な些細な事象でしかないからね」
いや、盗聴してる件については説明必要ですよ?
行為自体は、立派な犯罪ですからね?
でもまあ世一さんの言う通り、今日の本題は盗聴の件ではない。
俺の選択が正しかったと言えるかどうか、か……。
その応えについては、最初から決まっていた。
「正しかったかどうかなんて、そもそも俺が決めれることじゃないです」
「……というと?」
「そもそも、世間一般的に解釈される『正しさ』とは、社会通念の延長だと俺は思います。要は、社会一般的に共有される常識の主軸が『正しさ』の判断基準になっているということです。交通違反をすれば取り締まられますし、問題行動を起こせば相応の罰が下される。逆に言えば、良い行いをすれば社会的に認められ、善行を積み重ねば相応の対価で満たされる。それが社会一般的に言うところの『正しさ』の正体なんですよ。でも、それは本物の『正しさ』と言えるんでしょうかね。客観的解釈でしかないその『正しさ』に整合性はあるんでしょうかね。だから俺は、俺たちは、不用意に『正しさ』を決めつけてはいけないんですよ」
そう応えてから、俺はストローでアイスコーヒーを啜った。
一方、世一さんはというと何やら考え込んでいるご様子だ。
そこまで深く考えるような内容でもないのにな。
こんなの、ただの屁理屈でしかない。
人間不信な俺の、稚拙で、幼稚で、自己中心的な詭弁だ。
『正しさ』は、ある程度の規則を定めないと統一性が取れなくなってしまう。
だから『正しさ』の中に、判断の難しい曖昧な要素だけが線引きできずに残ってしまうのである。
それこそが、『正しさ』を証明する上で生まれる不確実性要素の正体。
つまり、『正しさ』を証明する議論というのは、最初から時間の無駄でしかないのだ。
「……なるほど、そういう解釈もあるのか。やはり、君は面白い考え方をするな。勉強になるよ」
うん、屁理屈を言ったと自覚があるせいで、世一さんの言う「面白い」「勉強になるよ」が、どうしても嘲笑の意で聞こえてきてしまう。
とりあえず、俺は「そんなことないですよ」とだけ返事しておく。
「雅春君の見解は理解したよ。その上で——————」
そして世一さんは、両手を膝の上に置いて深々と頭を下げた。
「——————嫌な役目をさせてしまって申し訳なかった。妹を、花音を助けてくれてありがとう」
一瞬、何を言われたか理解できなかった。
でも、それは本当に一瞬の出来事。
俺は脳内で一語一句を整理し、順序立てながら言葉を放つ。
「俺は世一さんに謝られたり、お礼を言われる立場じゃないです。それは世一さんも知ってるはずですよね? 本来、俺が世一さんに頭を下げて謝るべきなんです。だから、頭を上げてください」
「いや、やめない。俺は知ってるから。雅春君、君はイジメの矛先を花音から自分にすげ替えようとしている。そうなんだろ?」
「違いますよ。俺は世一さんが思ってるほどできた人間ではないです」
「だとしたら、意思と行動が矛盾しているぞ。もし雅春君が加害者だったのなら、君はここへ来なかったはずだ。仮に来たとしても謝罪の一言があったはずだ。でも、君はどちらも否定した。それが何よりの証拠だよ」
「それは証拠とは言いませんよ。俺が悪い奴だった場合、その証明は成り立たない」
「だったら、これが最後の証明だ」
頭を上げた世一さんが、ニコッと微笑んだ。
「雅春君、君は君自身の『正しさ』についての見解を示した。それが最後の証明だよ。嘘を真実にしたかったのなら、君はあそこで自身の行いを「正しかった」と応えるべきだったね」
無言の空気が俺たちを包み込む。
好き好んで、この空気を作り出しているわけじゃない。
単純な話、最後の証明を否定する言葉が見つからないだけなんだ。
きっと、世一さんは俺からの応えを待っている。
俺の口から、真実を語ってくれることを願って——————
「——————まぁ、その、少しだけ、俺の話を聞いてくれますか?」
「あぁ、もちろんだとも!」
世一さんが物凄く嬉しそうな表情で頷く。
さて、何から話をしようかな……。
俺と世一さんの話し合いは、もう少しだけ続きそうだ。
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