第28話 勇者と英雄、今の俺は……
保健室で治療を終えた俺は、担任と一緒に生活指導室へと来ていた。
これから何を話すかなんて、一々説明する必要ないだろう。
「まあ、そこに座れよ」
重そうな腰を下ろしながら言う担任と向き合うように座る。
その直後に生活指導室の扉が三回ノックされ、入室してきたのは生活指導の先生だった。
まあ事情が事情だし、この人が知ってても何もおかしくはないよな。
「すみません、遅くなりました。もう始まってますか?」
「いえ、こちらも今来たところです。こちらこそ、お忙しいところお呼び立てしてしまって申し訳ない……」
「いえいえ、これが俺の仕事ですから。やるべきことをやらなかったら職務怠慢でクビにされちゃいますよ。だから、俺に仕事を作ってくれた久山には感謝しているんです」
ガハハと笑う生徒指導の先生に、俺と担任は冷たい視線を送っていた。
先生、気持ちは俺も一緒です。
そんな俺たちの視線を悟った生活指導の先生は、「冗談ですよ」と笑いながら俺の隣に腰掛けた。
……なぜ、俺の隣?
「んで、久山。どうしてお前はこんなことをしたんだ?」
ド直球に担任が問うてくる。
その問いに対して、真っ先に反応したのはもちろん俺——————ではなく、生活指導の先生だった。
「いやいや、先生。そんな聞き方をしたら久山は口を開いてくれませんよ? 重要視すべきなのは当人の意志問題じゃなくて事件の背景問題なんです。先生がやっているのは、結末が決まっている取調べにすぎません。もし久山の冤罪が証明された時、先生は久山の今後の人生の責任を取れますか?」
「それは……」
生活指導の先生に言われて、担任は何も言い返せなくなってしまう。
そりゃそうだ。生活指導の先生が言っていることは、あまりにも正しいのだから。
もし今の発言に反論できる者がいるとするならば、その人は今すぐにでも政治家を志望した方がいい。
ゴホンッと一回咳払いをした後、生活指導の先生が俺に尋ねてくる。
「久山、俺はお前が理由もなく人を傷つけることをするとは思えないんだ。お前は、人の痛みを一番理解しているはずだからな。だから今回の一件、俺は久山が姫柊を傷つけたのではなく助けたのだと個人的には解釈しているんだが、その辺りはどうなんだ?」
流石は俺と同じ元嘘告白の被害者だ。
考え方の視点が似てると、こうも容易に考えを暴かれてしまう。
きっと、ここで秘密を打ち明かした方が俺にとっては身のためになるだろう。
だからこそ、俺からの返事は最初から決まっていた。
「さぁ、どうでしょうね。確かなのは、俺は先生が思ってるほどできた人間ではないってことだけです」
「久山、先生に向かってその口の利き方はないだろ。誰のために時間を割いてると思っているんだ!」
「まあまあ、俺は大丈夫なのでお気になさらず」
生活指導の先生に制止を促された担任はどこか不服そうだ。
てか、普通に応えただけなのにここまで言われなきゃいけない意味が分からない。
いや、そもそも担任は俺のことを信用していないのだから突っ掛かってくるのは当然といえば当然か。
だとすれば、俺も担任にはそれ相応の態度で応えようではないか。
「誰も時間を割いてくれなんて頼んでないですよ? 勝手に話を進めたのは先生なのに、俺に責任を押し付けるのはやめてもらっていいっすか?」
「お前! そんな口の利き方をして無事で済むと思う——————」
そう言いかけたところで、対面に座っていた生活指導の先生が机越しの担任の肩をガシッと掴んだ。
その形相は、まるで般若のようで……。
「——————すみません、失言でした。撤回いたします」
「うむ。久山も先生だからと言って攻撃していい理由にはならないぞ? 先生も一人の人間だ。久山たちと同じように時には過ちを犯す。先生も生徒も本質的には何も変わらない人間という名の生き物なんだ。これをしたら、相手はどうするか。これを言ったら、相手はどう思うか。これからは外面的な情報だけで人と接するんじゃなくて、今言った本質的な情報を踏まえた上で人と接して欲しいかな」
「……分かりました。以後気をつけます」
とは言ったものの、正直納得はしていなかった。
だってそうだろ?
簡単な話、相手が牙を向けてきたからこちらも牙を向き返しただけのこと。
担任とのやり取りも、本質的な情報を踏まえた上での衝突だったのだから非難される筋合いはどこにもないはずだ。
多分、俺が納得していないことを生活指導の先生は見透かしていたのだろう。
その証拠に生活指導の担任は、ある例を挙げながら説明してきた。
「いいか、久山。『勇者』と『英雄』って一体何が違うと思う?」
「急に何ですか? なぞなぞですか?」
「俺がなぞなぞを出すタイプに見えるか?」
「見えませんね」
「そうだろ?」
そして俺は、逡巡の迷いを見せることなく即答した。
「漢字が違いますね」
「……まあ、それもそうだな。他には?」
「読み方が違いますね」
「まあまあ、漢字が違うからそうだよな。他には?」
「総画数が違いますね」
「……もしや、俺の求めてる解を避けてるな?」
生活指導の先生に問われて、俺はキョトンと目を丸くしながら首を傾げる。
「何のことだか、さっぱり分かりませーん」と、言わんばかりに。
そう、俺はこの意志を最後まで貫き通すんだ。
もしここでふざけていたことがバレれば、目の前の担任がまた噛みついてくるだろうからな。
まあ、そもそも生活指導中にふざけるなって話なんだが。
「……そうか。なら、久山に教えてあげよう。『勇者』と『英雄』の違いとは何かを」
言った直後、生活指導の先生は右手の人差し指を立てる。
「答えはたった一つだけ。それは、問題に対して結果を証明したかどうかの違いだけなんだ。『勇者』と『英雄』は同一視されることが多いけど、その本質は全くの別物。『勇者』とは、問題に対してアプローチをする過程を示す言葉。それに対して『英雄』は、問題に対してアプローチした結果を証明する言葉になる。果たして今の久山は『勇者』と『英雄』、どちらになると思う?」
「…………『英雄』、の方じゃないですか?」
俺はあえて即答しなかった。
なぜなら、ここで即答してしまえば自己分析の過大評価に酔っている痛い奴になってしまうからだ。
それは、思春期男子にとってはとても恥ずかしいことだった。
でも結果的に見れば、俺は花音を今後の発展が予想できたイジメから救った英雄であることに間違いないだろう。
その事実が、第三者の身勝手な見解一つで揺らぐことは絶対にあり得ない。
生活指導の先生が次に口を開くまでは、そう確信していた。
「残念ながら不正解だ。今の久山は『勇者』だ」
「……はい?」
「今の久山は『勇者』だと言ったんだ」
「いや、それは聞こえてますよ。俺が知りたいのは、今の俺がどうして『勇者』なのかってことです」
「簡単な話だ——————」
そう言いながら、生活指導の先生は俺の肩に手を置いてきた。
「——————久山、お前がまだ救われていないからだ。さっきも言ったが、俺は久山が姫柊を助けたのだと信じている。その上で話す。久山も姫柊もハッピーエンドを迎えなければ、本質的な意味で『英雄』になったとは言えないぞ」
確かに、生活指導の先生の言う通りだ。
どんなフィクション作品でも、『英雄』は必ずハッピーエンドを迎える。
だとすれば、今置かれている現状はハッピーエンドを迎えるまでの過程にすぎないのかもしれない。
でも、それでも俺は、納得できなかった。
「先生、ドラマやアニメの見過ぎじゃないですか? 先生の話はフィクション上の話でしかない。俺は知ってるんですよ。人間っていうのは他者の犠牲の上で成り立っている生き物だってことを。誰かが犠牲になるから、他の誰かが認められる。そうやって社会は上手いこと回っているんです。だから、みんながみんなハッピーエンドを迎えることなんてできない。その誰かが今回俺だったってだけの話ですよ」
そう言って、俺はその場から立ち上がった。
これ以上、話すことなんてないからね。
どうせ、俺の処分は最初から決まっているのだから話するだけ時間の無駄だ。
「待て! 一体どこへ行くつもりだ!」
「いや、家に帰るんですよ。今日は学校に居られないでしょうからね。それとも、このままクラスに戻ってもいいんですか?」
俺が尋ねかけても、担任はだんまりを決め込む。
「では、そういうことで」
そして俺は、担任と生活指導の先生を置いて生活指導室から立ち去った。
その直後、ポケットに入れていたスマホが短く震えた。
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