第24話 桜花の心情
「——————んでね? そしたらママが「チョコをちょこっと連れて買い物行ってくるから留守番よろしくね〜」とか言ってるの。しかもね、「それ、いつの時代の親父ギャグ?」ってアタシが言ったら「親父ギャグじゃなくて御袋ギャグだけどね〜」とか言ってるの。本当意味不明だよね〜」
お昼休み。
俺と桜花は約束通り、体育館裏で一緒に昼食を取っていた。
もちろん、今回は招待客以外の出席はない。
これを機に、桜花から花音の噂の件で何か有益な情報を得られるかも——————と思っていたのだが、どうしよう。
マシンガントークが止まる気配がない。
ちなみに、桜花のトーク内容の半分も頭に入っていなかった。
頭に残っているのは、飼い犬の名前がチョコってことと、ギャグはギャグでも、親父ギャグではなく御袋ギャグってことだけだ。
……いや、なんだかんだで会話のポイントをちゃんと押さえてない?
だったら、まあいっか。
「ねぇ、ちゃんと聞いてる?」
「え? あぁ、聞いてるよ。チョコの御袋ギャグ、面白いよな」
「全然聞いてないじゃんっ!」
あ、ダメだったっぽい。
やっぱり、ポイントを押さえるだけではただの文字列でしかないから、しっかり感情を込めた文字列でないと会話にはならないらしい。
……って、俺の言ってること意味不明すぎるだろ。
とりあえず、不満げに頬を膨らませる桜花にはさっさと機嫌を直してもらおう。
「悪かったって。それで、俺に話があるんだろ?」
「……本当に聞く気ある?」
ジトっと俺を見つめてくる桜花。
おっと、これは全く信用されてないやつですね。
まあ、さっきの流れからだったら疑われても無理はないわな。
他人から信用されるには、言葉だけでは物足りない。
言葉だけで物足りないなら、人はどうするべきか。
その答えを、俺は知っている。
信用を勝ち取るってことを、今から見せてやるよ。
俺は膝の上に置いていた弁当をそっと横に置き、そして両膝を地面に着いてから——————全力で土下座した。
「桜花様のお話。是非とも、この阿呆にもお聞かせいただけないでしょうか?」
「やめて、やめて! いくらなんでも土下座はやり過ぎだから!」
だがしかし、俺はやめない。
ここでやめてしまえば、俺が土下座をすればなんでも許されると思っている男と勘違いされてしまうだろう。
大体、女子の口にする言葉は簡単に信じない方がいい。
表に現れる感情と、裏に秘める感情は全くの別物だからな。
女子の住まう世界で生きていくなら、このぐらいの知識は一般教養として身につけておくべきだ。
その点、俺は女子の取り扱いはスペシャリストと言っても過言ではない——————
「——————やめて」
酷く冷たい声が頭上から聞こえた気がする。
嫌な予感がして恐る恐る頭を上げてみると、氷の女王が俺を無表情で見下ろしていた。
この圧倒的な存在感……氷の女王ではなく魔王かもしれない。
気がつけば俺は、桜花の前で綺麗に正座をしていた。
「……すみませんでした」
「……はぁ。もういいから、普通に隣に座ってよ」
桜花がポンポンと優しく自分の隣を叩く。
俺は「はい」と一言だけ告げて、桜花の隣に姿勢正しく座った。
「そ、それで、お話というのは……?」
「その姿勢、まだ続ける気だ!? もう怒ってないからいつも通りにしてよー。話切り出し辛いじゃん」
二者択一。
もう、間違えない。
「分かったよ。それで、俺に話っていうのは?」
「えっとね、まずは何から話そうかな〜」
話すこと一つじゃないんだ。
一体何を言われるんだろう……。
そして桜花は、納得がいったようにコクンと一回頷いてから言葉を綴った。
「よし! まずはこれから言おう。ひさるんさ、最近女の子のことジロジロ見てるでしょ? あれ、やめた方がいいよ」
「え? 女子を見てるって俺そんなことしてないんだけど……」
「それがね、女の子の間で噂になってるんだよね〜。実際アタシも視線感じてたし……」
「いやいや、俺はそんなこと……」
そう言いかけて、気がついてしまった。
多分あれだ、花音の噂の出所を探ろうと観察してたことを変に誤解されてるっぽい。
てか、視線を悟られないようにしていたのにバレてんのかよ。
しかも、どうでも良い女子に勘違いされてるとか……。
え、死にたいんだけど。
「アタシはひさるんがそんなことする人じゃないって分かってるからいいけどさ、他の子は違うっぽいからさ……」
「要するに、俺はずっと下向いてろってことか」
「なんでそうなるの!? 別にそんなことする必要ないよ! ちゃんと前向いてないと色々危ないよ?」
「色々って、例えば?」
「例えば? うーん、そうだなー……。あっ! 前向いてないと、相手のことが見えなくてぶつかっちゃう!」
「でも、前向いてたらクレームになるんじゃないのか?」
「あぁ、そうか」
あぁ、そうかってなんやねん。
もしかして、桜花って……アホな子?
いや、天然女子とでも言うべきなのだろうか。
どちらにせよ、俺の中にあった桜花の不自然なほど完璧すぎるイメージが音を立てて崩れていくのが分かった。
「俺のことは別にいいよ。噂されるのは慣れてるし」
「それはダメ、絶対にダメ。ひさるんが誤解されたままなのは絶対に嫌だ」
桜花春は、きっと優しい女子生徒なのだろう。
常に他人のことを考え、思いやり、そして一緒に苦悩する。
一朝一夕で身につけられるような応対技術ではない。
もっと本質的な業——————天賦の才と呼ばれるものに近しい。
だからこそ俺は、桜花の粗を無意識的に探してしまう。
そうでもしないと、また、勘違いしてしまいそうになるから。
「そうだ! 良いこと思いついた!」
そう言って、桜花が急に立ち上がる。
そして桜花は、陽だまりのような暖かい笑顔で言葉を放った。
「アタシの事を見てたってことにすれば良いんじゃないかな! アタシと目が合ったから視線を逸らして他の子をジロジロ見る感じになっちゃったことにすれば何も問題なくない!?」
「いや、問題しかないだろ。俺が社会的に死ねる」
「えぇー。名案だと思ったんだけどなー」
「名案じゃなくて、迷う方の迷案だな。第一、俺のせいで桜花には迷惑をかけられない。だから……」
「……」
なぜか、目を丸くして俺をジッと見つめてくる桜花。
耐性がないから、そんなにジッと見つめられると恥ずかしいんですが……。
「な、何?」
すると桜花は、俺から視線を逸らして自分の足先を見つめ始める。
さっきより、頬が朱色に染まっているような気が……。
そして、髪をいじりながら俺の後に言葉を続けた。
「名前、初めて呼んでくれたよね?」
「あ、え? そうだったっけ?」
「そうだよ! えへへ、一歩ひさるんに近づけた気がして、なんか嬉しいな」
「あ、あぁ……。そうっすか……」
よくもまあ、そんな小っ恥ずかしいことを口にできるね。
俺は今にもこの場から走って立ち去りたいところだよ。
てか、もうそろそろ昼休み終わるし。
どちらにせよ、この場から立ち去らないとな。
桜花に倣って、俺もその場に立ち上がる。
「とりあえずまあ、俺はこれ以上桜花に迷惑をかけたくないんだ。だから、俺のことは俺自身でなんとかするから」
「迷惑って何? アタシ、ひさるんに対して迷惑なんて一つも覚えたことないけど」
「いやいや。合宿講習の肝試しとか、俺なんかと組んだせいで貴重な青春イベント潰しちゃってるわけだし……」
そんな俺の気持ちを他所に、桜花がお腹を抱えながら笑い出した。
「あははっ! まさか迷惑だと思ってたの? 全然迷惑じゃないよ!」
「いや、でも……」
「アタシが良いって言ってるからいいの! それより、早く教室戻ろ? 五限目の授業始まっちゃう!」
そう言って先に歩み出す桜花の背を追いかける。
その後ろ姿は、どこか楽しげだった。
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