第12話 小休憩
国語の授業が終わった後、俺は一人トイレに来ていた。
「ったく。何がしたいんだよ、アイツは……」
小便をしながら、一人ボソッと呟く。
だって、そうだろ? 授業中にツンツンしてくるわ、手紙をよこしてくるわ、間違った答えを教えてくるわ……。
花音のやりたいことが一貫して見えてこない。
まあ、最後のは自分に恥をかかせたことへの仕返しだと思うけど。
「でも、どうして俺はあの時アイツの答えを信じたんだろう……」
正直なところ、④の回答には自信があった。
むしろ、それ以外の回答は絶対にありえないと思ったほどだ。
なのに、俺は花音が提示した回答を信じた。
その矛盾した行動が、疑念として俺の胸の中で燻っていた。
本当に、何でだろうな……。
「どうしたんだ? 晴れない顔をして」
そう言って横に並んで来たのは、クラスメイトの榊だった。
てか、小便用トイレは他にも沢山空いてるのに、わざわざ隣で用を足す意味は?
小便を終えて一人洗面所に向かうと、榊がすぐさま後を追ってくる。
お前、小便するの早すぎじゃね?
「どうしたんだ? 晴れない顔をして」
手を洗いながら、再び榊が問うてくる。
多分これ、返事しないと一生付きまとわれるやつだな。
それは流石にめんどくさいので、俺は渋々口を開くことにした。
「俺自身のことが分からなくてな」
「ほう」
この「ほう」は恐らく、共感の意味ではなく驚愕の意味で使ったに違いない。
その証拠に、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
俺が簡単に口を割ると思っていなかったんだろうな。
そんな榊を無視して、俺は話を続ける。
「国語の授業中、問題を指名された時に俺は答えが④だと確信してたんだ。でも、アイツに③だと言われたら自分の中で答えが揺らいだんだよ」
「それは、本当に心の底から④だと確信してたのか?」
「ああ、それ以外に答えはないと思ったほどだよ」
「んー。これが的を得た答えになっているか分からないけど、姫柊に物を言われて萎縮したんじゃないか?」
「萎縮……」
手を洗い終えた俺たちは、ハンカチで濡れた手を拭う。
そして互いにハンカチをポケットに仕舞い込んだところで、榊が俺の後に言葉を続けた。
「だってそうだろ? 姫柊は陰で久山の悪口を言っている、いわゆるいじめっ子だ。無意識に萎縮するのも無理ないって」
「『孤高の一匹ぼっち』だっけ? お前、それまだ本気で言ってんのかよ……」
「いや、だから僕は久山のためを思って!」
「だとしたら、お前は一つ大きな勘違いをしてるぞ」
「……どういうことだよ」
怪訝そうな表情を浮かべる榊に、俺は「一旦、教室戻るぞ」と一言だけ告げた。
こういうのは口で説明するよりも、実物を見せた方が手っ取り早い。
——————『孤高の一匹ぼっち』
最初に話を聞いた時は、榊が花音に好意を寄せていて、花音を悪者に仕立て上げることで邪魔者の俺との交友関係を破綻させることが目的なんだと思っていた。
しかし、それは俺の勘違いだとすぐに気が付いた。
もし仮に榊が花音に好意を寄せていたのだとしたら、そんなリスキーな事を果たしてするだろうか。いや、絶対にしない。
バレた時、花音は榊のことを絶対に好きになるはずがないからだ。
誰だって、自分のことを悪く言う奴のことなんか好きにならないからな。
まあ、これはあくまで俺の見解に過ぎない。
そもそも榊にどういう真意があって、花音が俺のことを『孤高の一匹ぼっち』と言っていたと教えてくれたかは分からない。
だが、俺は断言できる。いや、俺にしか断言できない。
花音は——————そんなことは絶対に言っていない、と。
それを俺は、今から証明する。
教室の扉を開け、花音の方に視線を送りながら榊に問う。
「あの姿を見ても、アイツが俺のことを『孤高の一匹ぼっち』だと言っているように思えるか?」
俺の目には、誰からも相手にされることもなく一人机に項垂れているようにしか見えない。
これで違うように見えるというのなら、すぐに眼科に行ってこいと言ってしまうだろう。
当然ながら、榊の目にも同じように映ったようで……。
「……確かに、いつも久山と一緒だったから全然気が付かなかったよ」
「アイツ見かけによらず、俺と一緒でぼっちなんだよ。だからアイツが俺のことを『孤高の一匹ぼっち』で言って回った日には、周囲に自虐ネタをお披露目してるのと同義なんだ」
「じゃ、じゃあ、姫柊さんが久山の悪口を言ってたっていう噂は……」
「そんなん知るかよ」
榊の発言を一蹴して、俺は自分の席に戻る。
本当に、何でだろうな。
自分のことでもないのに、濡れ衣を着せられた花音のことを想うだけで、こんなにも腹が立つのは……。
◆◆◆
やってしまった……。
私としたことが一生の不覚。
マサくんに間違えた答えを教えて恥をかかせた上、自分はマサくんが答えようとした答えで正解しまうという、まさにやってることが完全に悪女のそれだ。
しかも、あの時のマサくんの殺意の眼。
多分、過去に何人か殺ってるな……。っていうのは冗談で、それぐらい鋭い眼つきだったってことが言いたいわけ。
とりあえず、何とかマサくんに許してもらう方法を考えないと。
でなければ、あの陽キャ男子に完全敗北してしまうからね。
だけど、マサくんにどんな顔して話しかければ良いか分からない。
いつもの調子で話そうものなら、多分一発K.O.されること間違いないだろう。
であれば、淑女っぽくお淑やかに話かければ誠意は十分伝わる……よね?
しかし、やっぱり怖い。
また、あの日と同じことが繰り返されるかもしれないと考えたら……。
「じゃあ、どうすればいいの……」
項垂れながら誰にも届かない声でボソッと呟く。
あー、タイムマシンが欲しい。
タイムマシンさえあれば、私が世の中を平和にしてあげられるのに……。
そんなしょうもないことを考えていると、ヤツが帰ってきた!
席を外してから戻ってくるまでの時間を考えると、恐らく小便しに行っていたのだろう。
小便と一緒に殺意も出してきてくれてたら良いんだけどさ……。
顔を半分だけ上にしてマサくんの様子を窺う。
……やっば、激おこやん。
しかも、さっきより怒ってるってどういうこと!?
もしかして、小便じゃなくて大便の方だったのかな……。それで上手く出なかったから早く戻ってきたとか?
そんな下品なこと考えていると、視線に気づいたマサくんがこちらを見てきた。
私は思わず顔を下に戻して、項垂れ体勢に戻る。
「……」
「……」
なにこれ、すっごい気まずい。
まあ、そもそも私が一方的に悪いんだし、マサくんの方から話しかけてくれるのを待ってたらダメだよね。
でも、マサくんの顔を見て話すの怖いし……。
だから私は、項垂れ体勢のまま精一杯謝罪することにした。
「マサくん、迷惑かけてごめんね……。私、悪気があったわけじゃないんだよ……?」
「……ああ」
「……」
……ああ!?
え、ああってどういうこと!?
許してくれたの!?
それとも返事しただけ!?
聞き返す……なんて、私からは絶対無理だよ!!!
モヤモヤした気持ちを残したまま、次の予鈴が元気よく鳴り響いた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
今後とも、よろしくお願いいたします!




