第11話 姫柊花音のターン
一限目の国語の授業中。
ジッと教科書と睨めっこしていると、後ろからツンツンと突かれた。
授業中に後ろを振り返るとかなり目立つため、俺は意図的に彼女を無視する。
全く、もう少し空気を読んで欲しいものだ。
君は怒られないかもしれないけどね、俺は怒られるんだよ。
しばらく無視していると、今度は四回程度ガサツに折り畳まれた紙が教科書の上に落ちてきた。
背後から飛んできたから——————まあ、そういうことだ。
俺は教科書の上にあるソレを手で優しく払った。
ソレは、抵抗虚しく床に落ちる。
「あっ!」
後ろの彼女が突然大きな声を上げ、先生含めたクラスの大半が彼女の方を向いた。
まあ、俺は無関係だから身動きを取ることなくジッと教卓の方を向く。
「姫柊さん、どうかしたのかな?」
「あ、いや……」
彼女の態度に違和感を覚えた先生が、こちらへ歩み寄ってくる。
途中、俺の机横に落ちていたソレに気が付いて「よっこらせ」と言いながら拾い上げた。
「これ、久山君のかい?」
「いえ、違います」
「そうか」
そう言って先生は、折り畳まれたソレをゆっくりと広げる。
背後で「あ……」と声が聞こえたのは多分、俺の空耳だ。
そして、ソレの中から現れたのは——————
『いい加減にしないとぶっ刺すぞ♡ 君の大親友 花音より』
先生は、世界から一人取り残されたかのように動きがピタリと止まっていた。
予想外すぎる内容にビックリしてしまったのだろう。
先生の視線が、俺と彼女の双方を行交う。
そして何かを察した先生は、咳払いをしてからソレを彼女に渡した。
「仲良くするなとは言わないけど、ほどほどにね。あと、授業は真面目に受けましょうね」
「あ、はい。すみませんでした……」
先生が教卓に戻ると同時に、後ろから「ゴンッ!」と何かをぶつけるような音が聞こえてきた。
◆◆◆
あ~!!! クソッ!
やられた! 完全にやられたわ!!!
顔も大分熱い。多分羞恥のあまり顔が真っ赤になってるに違いない。
見てみろ、榊くんがこちらを窺いながら口元に手を当てて「ぷくく」と笑っているじゃないか! マジで最悪。
よし、一旦気持ちをリセットしよう。
そして私は、机に向かって思いっきり頭突きした。
あいたたた……。けど、顔の熱がスッと引いて行くのが分かった。
何事にも切替は大事だよね。
じゃないとこの友人勝負、勝つことなんてできないもん!
私は顎に人差し指と親指を添えながら思考を巡らせる。
一番に考えなければいけないのは、マサくんの邪魔をしちゃいけないことだ。
今になって思えば『ツンツン作戦』も『手紙作戦』も、授業から意識を妨げる最低な行為だった。
そりゃ、マサくんも私からのちょっかいを無視しても仕方ないよね。
花音ちゃん、大失態☆
妄想の中で「てへっ♡」と自身の頭を手で小突く。
そうなると私が目指すべきは、授業の邪魔をせずにマサくんの好感度を上げることなんだけど……。
「んー」と胸の前で腕を組みながら熟考し……そして、閃いた!
それは、授業というステージを最大限生かす作戦だ。
授業には、教科書の問題に対して先生が生徒を一人指名するという拷問制度が存在する。
何が言いたいのかというと、マサくんが指名された時に私が後ろからサポートしてあげるということだ。
この作戦であれば、授業を邪魔することなくマサくんの好感度を上げることができる。
しかも、学生の一日の大半は授業時間が占めているし、榊くんの席は私たちから離れているため、彼がこの作戦を邪魔することは決してできない。
つまり、授業中こそ私の独壇場なのだ!
ふふふ……。敵に回す相手を間違えたな。
不敵に笑みを浮かべていると、ついにその時は来た!!!
「——————じゃあ、次の問題を……久山君、答えてくれるかな」
「はい」
先生に指名されたマサくんは、その場で立ち上がる。
ちなみに四択問題で、マサくんの回答は———————④。
あれ、ここの問題って③じゃないの?
よっしゃぁ!!! いきなりチャンス到来! 神様、ありがとう!
④と答えそうになるマサくんに、後ろからボソッと伝えてあげた。
「……マサくん、③だよ」
やっぱり当てずっぽうで答えようとしていたのだろう。
急に親切に答えを教えてもらって動揺しとる、動揺しとる。
それから間もなくして、マサくんは私を信じて③と答えた。
榊くん、見たか! これこそが私とマサくんの友情だ——————
「——————うん、不正解だね」
「「え?」」
指名されていない私も、思わずマサくんと一緒に声を漏らしてしまった。
そんな私たちを置いて、授業は滞ることなく進んでいく。
「じゃあ、後ろの姫柊さん。答えてくれるかな」
入れ替わるように、マサくんが席に着いて私が立ち上がる。
どうしよう、てっきり③だと思ってたのに……。
とりあえず、分からなかったので④と答えてみた。
「……④、ですか?」
「うん、正解だ。よく予習してきているね。みんなも姫柊を見習うようにね」
「は、ははは……」
私は力なく席に着いた。
おぉ、神よ……。私に④ねと御告げになられるのですか……。
先生に正解だと言われた瞬間、マサくんからの殺気が尋常じゃなかった。
これはもう、オワタ☆
そして私は、一人静かに頭を抱えるのだった……。
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