第10話 榊健斗のターン
「久山、トイレ行こうぜ」
ホームルーム終了後、野生の榊が現れた。
それと同時に、俺の脳内で三つの選択肢が浮かび上がる。
その一、申し出を承諾して一緒に連れションする。
その二、ハッキリと断る。
その三、ガン無視をかます。
正直なところ、三つ目の選択肢を選びたいところではあるが、榊のような陽キャタイプは逆に面白がって今後もちょっかいをかけてくるに違いない。
シンプルにウザいので、俺的には絶対に避けたいところだ。
そうなると、二つ目の選択肢が一番理想的に思えるが、この選択肢にもちょっとした罠がある。
それは、榊の申し出を断った時点で背後に控える花音がすぐさま突入してくるということだ。
その証拠に、背後でジッと機会を窺っている。
そのような展開になった場合、ホームルーム前みたいな騒ぎになるのは目に見えて明白だ。
シンプルにめんどくさいので、俺的には絶対に避けたいところだ。
一つ目の選択肢は論外。
……おわた、選択肢全部消えたわ。
「姫柊さん、あまりこっちを見ないでくれるかな。今は僕のターンだから」
榊が自信に満ちた良い笑顔で花音に語りかける。
それに対して花音は「クソ、油断してた……」と悔しそうな表情を浮かべていた。
てか、ターン制だったのこれ。当事者が知らないってどゆこと?
「さあ! 一緒にトイレに行こうぜ!」
榊が満面の笑みで手を差し伸べてくる。
トイレに行くだけで、なんでそんな笑顔なの?
行きたければ一人で行けば良いじゃん。俺は別にトイレに用はないからさ!
そんなことを考えていると、ガタッと後ろから席を立つ音がした。
「榊くん、やめなよ! マサくんが嫌がってんじゃん!」
おお、花音にしては真面なこと言うじゃないか!
榊も図星をつかれてやや後退気味だ。
そして花音は、トドメを刺すべくビシッと言い放った。
「マサくんは私とトイレに行きたいんだよ! 友達ならもう少し察してあげてよ!」
次の瞬間、クラスが悲鳴の色に染まる。
そりゃそうだよね、俺と花音は男女なのだから"連れション"という行為は、そもそも存在しないんだよ。
なのに、この花音は的外れなことを、さも当たり前かのように大きい声で言うのだから悲鳴が上がって当然だ。
あの榊でさえ、不意打ちのボディーブローに思わず目を丸くしている。
「ね! マサくん、そうだよね!?」
花音が目を輝かせながら同意を求めてくる。
もしかしたら、俺は一人の男として認識されていないのかもしれないな。
そうでないなら、この奇妙なお誘いに説明がつかない。
俺が何か言うよりも先に、榊が辿々しく口を開いた。
「あ、あの、姫柊さん? それ、マジで言ってる?」
「はい? 大マジですけど。てか、友達なら嘘は御法度だと思うけど?」
「あぁ、はい。そっすね……」
榊、予想外すぎる返答に思わず撃沈。
花音は「これだから友達もどきは……」と言わんばかりに深く溜め息を吐く。
それから花音は、すぐさま俺をトイレに連れて行こうと腕を引っ張る。
「待て待て待て、このまま行ったらマジで勘違いされるから!」
「勘違いって何が? 私たち友達なんだからトイレに一緒に行くくらい当たり前でしょ」
「当たり前……なのか? いや、当たり前じゃないだろ! 男女で連れションなんて聞いたことないわ」
「そう? 私の世界線には存在してるけど」
「なに、お前の世界線に男女の垣根がないわけ?」
「……ごめん、何言ってるの? 男女の垣根は当たり前に存在するでしょ」
え、待って。もの凄く裏切られた気分……。
おかしなことを言ってたのは花音の方なのに、いつの間にか俺が変人扱いに仕立て上げられてるんだけど。
まあそれはさておき、このまま花音と一緒にトイレに行くわけにはいかない。
だが、もう俺に選択肢は残ってなかった。
もし仮に、ここで乱暴に振り払ったとしたら、この後どんな報復が待っているか想像に難くない。
花音が自然に腕を離してくれる雰囲気もないし……いや、もう詰みやん。
だとしたら、榊を選んだ方が……いや、でも……。
「ほら、マサくん早く行こ?」
そして抵抗虚しくも、最高スマイルの花音と連れションしに教室を出ようとした、まさにその時——————一限目開始の予鈴が校内に鳴り響いた。
このチャンス、逃さない!
「よ、よし! 一限目の授業始まるから二人とも席に着こうな!」
「もう! マサくんが愚図るから榊くんに勝てなかったじゃない!」
「はいはい、そうですねー。んじゃ、席着こうなー」
「ぶーぶー」
後ろの席からブーイングが聞こえるけど、そんなの無視無視。
榊の方も消化しきれてなさそうな雰囲気を醸し出しながら自分の席に戻っていくが、そんなの無視無視。
安堵して席に着くも、残りの一日の永さを考えると、急に気分が重たくなる俺であった。
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