8 心地いい温度
「エドムンド様、こっちも飲んでもいいですか」
「……好きにしろ」
「うわぁ! なぜこんないい香りなんでしょうか」
ナディアについて新しいことが判明した。それはものすごく酒が強いことだ。
エドムンドが晩酌をしていると、ナディアが部屋を訪ねてきた。また何か邪魔をしに来たのかと呆れていると、ナディアはチーズとハム……そしてクラッカーを乗せた皿を持っていた。
「なんだそれ」
「シェフの方々がくださいました! 今日、美味しくて珍しいチーズとハムを仕入れたそうです。エドムンド様と食べようと思って貰ってきました」
悪戯っぽく笑ったナディアを見て、エドムンドは眉を顰めた。
「お前、酒を飲めるのか?」
「嗜む程度です。だから、わたしにもおすすめを飲ませてくださいませ」
なんだか面倒なことになる予感がして、エドムンドはドアを半分だけ開けて顔を出し、ナディアの入室を拒んだ。
「つまみだけ置いて、自分の部屋に帰れ。ガキは酒なんか飲むな」
エドムンドはナディアと飲みたくはないが、珍しいチーズは食べたかった。
「失礼します」
ナディアは体格差を活かして、いきなりしゃがんでドアの隙間から身体を滑り込ませた。もちろん、おつまみの皿も中身も落としていない。
「不法侵入だぞ」
「妻なのでセーフです」
「チッ、一杯飲んだら戻れよ」
「いーっぱい飲んだら帰ります」
ふざけたことを言うナディアに、ドンっと乱暴にグラスを置いてやった。
「言っておくが、女が好きな甘い酒なんかねぇからな」
エドムンドは飲めるもんなら飲んでみやがれ、という気持ちだった。この家にあるアルコールは、全て度数が高くて辛口だ。
十八歳の小娘が飲むような軽くてお洒落な酒なんて置いていない。
「はい、大丈夫です」
ナディアはご機嫌におつまみをテーブルに置き、エドムンドのグラスに酒を注ぎだした。そして、自分のグラスにもドバドバとたくさん注いだ。
「乾杯」
カチン、とグラスを合わせてナディアはグラスに口付けた。
グビグビグビ
「おい、馬鹿。待て。それの度数わかってんのか!」
豪快に飲みだしたナディアを見て、エドムンドはさすがに心配になった。
ナディアはグラスを半分ほど一気に空け、深く俯いた。
「おい……お前、大丈夫かよ?」
「……しいです」
「あ? なんて言ったんだ?」
「美味しいです! こんな美味しいお酒を、わたしは飲んだことありません」
ナディアは目を輝かせて、エドムンドの手を握った。
「はぁ?」
「さすがエドムンド様がお好きなお酒ですね。このお酒とチーズはとっても合いそうですね。んー……やっぱりピッタリです」
ナディアは酒とチーズを交互に楽しみながら、美味しいと感動している。
「エドムンド様もどうぞ」
「お、おお」
「はい、あーん!」
フォークに刺したチーズをあまりにも自然に口元に持ってこられて、エドムンドはつい食べてしまいそうになった。しかし、食べる寸前でハッと正気に戻った。
「いらねぇ。自分で食う」
「まあ、まあ。遠慮しないでください」
「遠慮じゃねぇ!」
エドムンドはフォークを奪い取り、自分でチーズを食べた。
「美味い」
「ですよね! お酒に合いますよね」
「合う。お前にもこの良さがわかるか」
「もちろんです!」
美味しいつまみを食べながら、そのまま二人で酒を飲み続けた。
「お前、酒強いな。全然酔わねぇじゃないか」
「実はそうなんです。お父様が酒豪で……わたしも遺伝的にかなり強いみたいで」
「じゃあ、こっちも飲んでみろ」
「はい!」
エドムンドは久しぶりに酒を美味しく感じた。今までは、習慣でなんとなく飲んでいたが……なぜか今夜はとても美味い。酒の銘柄が変わったわけでもないのに。
「なあ、剣術ができるんだって?」
「あー……はい」
「今度見せてみろ。一から十までダメ出ししてやるよ」
くくくと笑いながら酔った勢いでそう言うと、ナディアは驚いた顔をした。
「本当……ですか?」
「ん?」
「本当の本当の本当ですか!?」
ナディアは、エドムンドの両肩をガシッと掴んで顔を覗き込んできた。大きな黄金の瞳が、エドムンドをまっすぐ見つめた。
エドムンドはその真剣な視線を、逸らすことはどうしてもできなかった。
「……見るだけだ」
「ありがとうございます。嬉しいです」
ナディアは嬉しそうに微笑んだ後、勢いよくエドムンドに胸の中に飛び込んできた。
「おいっ、やめろ。離れろ」
「嫌です。好きです。大好き」
「おい、ふざけんな」
引き剥がそうとした時、胸の中ですーすーと寝息が聞こえてきた。
「おい……ちょっと待て。こんなとこで寝るんじゃねぇ」
バシバシと背中を叩いてみたが、全く返事はない。冷静になって机を見ると、酒瓶が何本も空いていた。これは……かなり飲んでいる。
「くそ、顔に出ねぇからこいつが酔ってること気が付かなかった」
ナディアはエドムンドの胸の中で、幸せそうな顔でむにゃむにゃと訳のわからぬ言葉を発している。
「……こいつ、体温高いな」
自分の腕の中で、すやすやと眠るあどけない少女。体温が高いなんて、まるで子どもみたいだ。
この子は『子ども』だと思うのにナディアが身じろぎする度に甘い香りが鼻を掠めるので、エドムンドは複雑な気持ちになった。モルガンを呼んで、ナディアを部屋に戻そうかと思ったが……この状況を見られるのも面倒くさい。
「仕方ねえな」
エドムンドはそのままナディアを抱き上げ、自分のベッドに下ろした。しかし、ナディアは一向に起きる気配はないし……相変わらずエドムンドのシャツをギュッと握っていた。
「めんどくせぇ」
ベッドに横になると、睡魔が襲ってきた。エドムンドも、かなりの量を飲んでいたからそれなりに酔っている。
「朝あいつらに見られる前に追い出しゃいいか」
考えるのが怠くなったエドムンドは、そのまま寝ることにした。同じベッドで寝るとはいえ、キングサイズのベッドなので二人で寝てもスペースが余るほどだ。
まあ、そうは言ってもナディアがシャツを握ったままなので結果的には近付いて寝るしかないのだが。
「こいつのせいで……眠くなってきた」
普段は寝つきの悪いエドムンドだが、ナディアの身体がふわふわと柔らかくてぽかぽかと温かいせいで自然と睡魔が襲ってきた。
「きゃあっ!」
翌日、エドムンドは素っ頓狂な叫び声で目が覚めた。
「……るせー……」
寝起きが悪いエドムンドは、目を開けるまでに時間がかかった。
「ど、ど、ど、どうしてわたしたちが一緒のベッドに!?」
エドムンドの腕の中には、全身真っ赤に染めながら動揺しているナディアがいた。
「……てめぇが手を離さねぇからだろ」
「え?」
「俺のシャツを握ったまま寝やがって。いい加減にしろ」
そこで初めて、ナディアは自分がエドムンドのシャツを強く掴んでいることに気がついたようだった。
「うわぁ……! す、すみません」
ナディアは慌ててベッドから飛び降りて、頭を下げて部屋を出て行った。
「騒がしいやつ」
エドムンドはこんなに安眠できたのは久ぶりで、とてもスッキリとした気分だった。
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