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5 何もできない妻

「今すぐにあの女をここに呼べっ!」


 眉を吊り上げながら部屋から出てきたエドムンドに、使用人たちは驚いた。エドムンドは騎士を辞めてから、夜以外にまともに出てきたことがなかったからだ。


「エドムンド様、どうされたのですか?」


 ナディアは自分が呼ばれたことが嬉しいのか、パタパタと尻尾を振る犬のようにご機嫌にエドムンドの前に現れた。


「……なんだあれは」


 エドムンドは拳を握りしめ、ブルブルと震え出した。


「え?」

「なんだ、あのくそまずいスープは! 何を入れたらああなる」


 鬼の形相で怒られたナディアは、身体を小さくさせた。


「す、すみません。身体に良いものばかりを入れたんですけれど」


 ナディアはツンツンと人差し指を合わせながら、気まずそうにしている。


「無理矢理押し付けるなら、絶対美味くないとだめだろうが。変に期待した分、ガッカリが倍増したじゃねぇか!」


 エドムンドは大きな声を出しながら、ナディアの肩をガクガクと揺らした。


「料理はどうも苦手で。家ではシェフ任せでしたから」

「なら、二度とするんじゃねえ!」

「ううっ、すみません。でもエドムンド様に元気になってもらおうと思ったのです」


 エドムンドは怒られてしょぼくれているナディアの手がテーピングだらけで、苦手な料理で怪我をしたことに気がついてしまった。


「そこにいろ」


 そう言ってエドムンドは一人でキッチンに向かった。


「おい、勝手に使うぞ」

「エドムンド様!? は、はい。どうぞ」


 シェフたちはいきなり登場した主人に驚きながらも、邪魔にならぬようにキッチンをあけた。


 トントントントン


 エドムンドは見事な包丁さばきでベーコンやニンニクを切りながら、同時に麺を茹で……それらをオリーブオイルでさっと炒めた。


 そしてあっという間に、美味しそうなパスタを作り上げた。キッチン全体がいい香りに包まれた。


「エドムンド様、料理できるんですね」

「はじめて見た」

「すごいです」


 シェフたちの驚きの声には反応せず、エドムンドは無言で皿を持って、ドンとナディアの前に置いた。


「こ、これは?」

「俺様が作ったパスタだ。心して食え」

「……エドムンド様がわたしに?」


 感動して目に涙を溜めたナディアは、目の前のいい香りのする麺を口に運んだ。


「……美味しい!」

「……」

「美味しいですっ! すごい。シンプルなパスタなのに、ニンニクが香ばしくてベーコンも美味しくて……パスタもつるっつるです! これをエドムンド様が作られたのですか? 天才ですね」


 エドムンドはふふん、と得意気な顔をした。褒められて悪い気はしないのは人間の性だ。


「これくらいできて当然だ」

「美味しいです。すっごく美味しいです!」


 さっきまで泣いてたくせに、ニコニコしながら食べてるナディアを見て『こいつはやはり子どもだな』とエドムンドは思った。


「どうしてお料理ができるのですか?」

「俺は元々は平民出身だ。基本的にやろうと思えば生活に必要なことは一通りできる」


 エドムンドは平民の出であったが、類い稀なる剣の才能があったため十三歳で騎士になり……それから活躍に活躍を重ねて、褒賞として『伯爵』という貴族の爵位を国王陛下から与えられたのだった。


「今でも貴族なんて柄じゃねぇ」

「そんなことはありませんよ。このお料理も素晴らしいです」

「これより美味く出来ねぇなら、お前は二度と料理を作るな。わかったな!」


 ギロリと睨まれ、ナディアは苦笑いで誤魔化した。


「じゃあ、わたしは作らないので……エドムンド様も何かお召し上がりになってください」

「お前に関係ねぇだろ」

「関係あります。わたしは妻ですから」


 そんなことを言うナディアを、エドムンドは面倒くさく思った。なぜかナディアといると調子が狂う。なぜ料理なんて作ったのか、エドムンドは自分の行動が、自分で理解できなかった。


「で、お前は俺のために何ができるんだ?」

「エドムンド様のために?」

「仮にも妻だと言うなら、俺の役に立ってみせろ」


 そう言うと、ナディアはパッと笑顔になりキラキラと瞳を輝かせた。


「はい!」

 

 やる気満々だったナディアだったが、結果は散々だった。普通の貴族令嬢ができることがまるっきり出来なかったのである。


 料理が出来ないことは決定している。しかしその他も歌を歌えば音痴だし、ヴァイオリンを弾かせたら鳥を絞め殺すような音が出た。


 毎日暇をしていたエドムンドは、一生懸命挑戦して酷い結果になるナディアのことを観察するのが面白かった。


 最後に貴族の御令嬢として必須の能力とも言える刺繍をさせれば、何を縫ってるのかさっぱりわからない。


「……この魔物はなんだ。呪われそうだな」

「魔物なわけがないではありませんか! こ、これは鷹です。エドムンド様の……バンデラス伯爵家の紋章を縫ったんです」


 ナディアがごにょごにょと小さな声で鷹だと言った刺繍は、どこからどう見ても不思議な生物だった。


「くっ……はは、お前本当に何も出来ねぇな」


 エドムンドはナディアのあまりの不出来さに、つい笑ってしまった。


「……すみません」

「むしろここまで出来ねぇと清々しいぜ」

「そんなに笑わなくても」

「でもまあ、色々試してみたら人間なんか一つくらい取り柄があるはずだ。気を落とすな!」


 楽しそうにゲラゲラと笑っているエドムンドを見て、ナディアは複雑な気持ちになった。


 どんな理由であれ笑ってくれるのは嬉しい。できれば自分の失敗が原因じゃなければ、もっと嬉しかったのだが。


 以前の死んだような瞳で部屋に籠っているエドムンドよりはいいが、ナディアは自分が何も彼に貢献できていないと哀しくなった。


「明日、陛下と話してくる。認められたら即、離縁するから荷物まとめておけよ」

「ええっ! 嫌です」

「俺は結婚する気はないって言っただろ。これは決まりだからな」


 エドムンドはナディアにはっきりとそう伝えて、自室に戻って行った。


「わたしはエドムンド様のために何もできていないわ」


 しゅんとしたナディアに、使用人たちが駆け寄ってきた。


「ナディア様、そんなことはありません」

「ええ、あんな楽しそうなエドムンド様は久しぶりに見ました」

「私たちでは、お部屋から出てきていただくこともできませんでしたから」


 たった一週間だが、ナディアはエドムンドの使用人たちと親しくなっていた。


 バンデラス伯爵家の使用人たちは一風変わった経歴の方ばかりだ。怪我をして剣を握れなくなった元騎士が執事になっていたり、未亡人のご婦人が侍女をしていたりする。孤児出身の使用人も多いらしい。


「ここにいる皆は、居場所がなかった者たちばかり。それをエドムンド様が拾ってくださったのです」


 使用人たちは皆、エドムンドに感謝して彼を慕っていた。常に俺様で口が悪いエドムンドだが、本当はとても優しい人なのだ。


 いくらエドムンドが訴えても国王陛下は離縁を認めないことをナディアはわかっていた。


 だって、陛下からはナディアに『エドムンドの生活を元に戻す手助けをしてくれ』と言われたのだ。だから、それが叶えられるまではナディアはこの屋敷にいられるはずだ。


「……一年くらいかもしれないわね」


 ナディアは本当はずっとエドムンドの妻でいたい。でも、彼が元の格好良くて強い騎士に戻るのも時間の問題だろう。


 今までは立ち直るきっかけがなかっただけだ。左目を失明しているとはいえ、エドムンドが強い騎士であることは変わりないのだから。


 エドムンドがまた英雄騎士に戻った時に、自分は彼の隣にはいないのだろうなとナディアは冷静に思っていた。



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