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何もできない妻が愛する隻眼騎士のためにできること  作者: 大森 樹


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49 ひとつ

 バンデラス伯爵領はエドムンドとナディアの結婚式で、街中がお祭り騒ぎになっていた。今日から三日三晩、バンデラス領内は祝いを続ける予定なっている。


「ついにあのエドムンド様がご結婚を!」

「ああ。王命で無理矢理妻を娶ったと聞いた時は、もう俺たちは諦めてたのに」

「奥様も気取らない良い方だし良かったよな」

「本当ね。こんな嬉しいことはないわ」


 結婚式と披露宴を終え、屋敷に戻るため街に出てきたエドムンドとナディアを領民たちは大歓声で迎えた。


「エドムンド様、おめでとうございます!」

「ナディア様、エドムンド様をよろしくお願いしますね」

「お二人ともお幸せに」


 領民たちと距離の近いエドムンドは、皆に向けて手を挙げた。


「おう、ありがとうな! この街に活気があるのはお前たちのおかげだ。これからはナディア共々よろしく頼む」


 その言葉を聞いて、領民たちはわーっと盛り上がった。その中にはエディとナナもいた。ナナはぶんぶんと嬉しそうに手を振りながら大きな声で「おめでとう!」と言ってくれているが、隣にいるエディは相変わらずめんどくさそうで「早く帰りたい」と顔に書いてあった。その様子を見たエドムンドとナディアは、あまりにエディらしくて顔を見合わせて笑ってしまった。


「あれはナナにここまで引きずり出されたんだな」

「そうですね。エディさんには、式場へ来るのは全力で拒否されましたから」

「あの研究馬鹿なエディがあそこにいるだけで奇跡だろ」


 ナディアはナナに満面の笑みで手を振り返し、その場を後にした。


「お二人ともおかえりなさいませ」


 バンデラス家の屋敷に戻ると、モルガンや他の使用人たちがずらっと並びエドムンドとナディアを出迎えてくれた。


「ご結婚おめでとうございます!」


 二人の関係を初めから見守ってくれた皆からの祝福の声に、ナディアは嬉しくてまた涙が出てきた。


「うぅ……ありがとうございます。皆さんのおかげです」


 ぐすぐすと泣き出すナディアの肩を、エドムンドはそっと抱き寄せた。


「世話をかけたな。皆に感謝する」


 エドムンドのお礼の言葉を聞いて、使用人たちは嬉しそうに目を細めた。


「ナディア様、捻くれ者のエドムンド様と結婚してくださり感謝します!」

「この方の奥様はナディア様しか務まりません」

「そうですよ! 怖くて誰も近づけなかったんですから」


 好き勝手なことを言い出す使用人たちを、エドムンドはギロリと睨み「うるせぇ!」と一蹴した。


「ほら、すぐにこんな感じですよ」


 このやりとりに慣れている皆は、エドムンドに睨まれても平気な顔だった。なぜなら、エドムンドが本気で怒っているわけではないことを、長年の経験でわかっているからだ。


「でも……ここにいる使用人たちは全員、エドムンド様に救われたんです。なにか事情があってここで働いている人間がほとんどですから」

「そうなんです。だから、ナディア様。エドムンド様を……どうかよろしくお願いします」

「私たちも引き続き誠心誠意お二人にお仕え致しますので!」


 エドムンドは領民たちや使用人たちから愛されている。それはエドムンドの不器用な優しさが、皆に伝わっているからだ。


「ありがとうございます。エドムンド様のことはわたしにお任せください!」


 自信満々にそう答えたナディアに、エドムンドはそっと耳打ちをした。


「夜は俺に任せて欲しいんだがな」


 それがどういう意味かに気がつき、ナディアは真っ赤に頬を染めながらエドムンドをバシバシと叩いた。


「エドムンド様ったら! 皆さんの前でそんなこと言っちゃだめです」

「まだ何も言ってねぇだろ?」

「だって、だって!」

「いったいなんの想像してんだか。ナディアはやらしいな」


 エドムンドは色っぽい顔でニッと笑いながら、ナディアの顔を覗き込みおでこをツンと指で突いた。


「や、や、やらしくなんかありません」

「俺はナディアならやらしくても大歓迎だけどな」


 そんなことを言われて、ナディアは人差し指をつんつんとしながらごにょごにょと答えた。


「それが……エドムンド様の好みなら……その……が、頑張ります」

「ふっ……はは。そんなとこまで頑張んのかよ」


 エドムンドは声を出して笑い、くしゃりと目を細めた。


「だって、好きな人の理想になりたいじゃないですか!」


 ナディアが唇を尖らせ拗ねたそぶりをしたので、エドムンドはポンポンと頭を撫でた。


「ナディアは俺の理想そのものだ。何も変わらなくていい」

「……エドムンド様」

「じゃあ、寝室で待ってるからな」


 ひらひらと手を振り自室に戻って行ったエドムンドの後ろ姿を、ナディアはぼんやりと見つめていた。エドムンドはそのままのナディアを受け入れてくれていることが、とても嬉しくて涙が溢れそうだった。


「さあ、ナディア様! 準備をしましょう」

「忙しいですよ」

「やることがたくさんありますからね!」


 そんなセンチメンタルな気持ちを吹き飛ぶくらい、たくさんの侍女たちに囲まれナディアは夜の準備をすることになった。


 薔薇の入ったお風呂に、いい香りのヘアオイル、全身のマッサージもしてもらい、仕上げに全身クリームを塗ってもらいしっとりもちもちの肌になった。


「このクリームは甘くて美味しいらしいですよ」

「あ、あまい……?」

「ええ。エドムンド様が口にされても大丈夫です」


 侍女たちからそんな余計な情報を教えてもらい、ナディアは真っ赤になりながら支度を終えた。


「これでいいのかしら」


 嫁入り道具として密かに持ってきていた夜着は、背伸びをして買った大人っぽいものだ。


 ガキだと言われ続けたナディアがこれを着て、エドムンドががっかりしないかが心配だった。


 ナディアが初めてバンデラス伯爵家に来た時に比べると、顔つきも少しだけ大人になった。胸はそれなりに膨らんでいるし、鍛えていたせいか腰のくびれもちゃんとある。


 だが、今のナディアは化粧をとったせいでまだ可愛らしさが残ってしまっている。


「いや……女は度胸よね!」


 正式な結婚を機に、新しく作られた夫婦の寝室の前でナディアはパチパチと自分の頬を叩いて気合いを入れた。そして意を決してドアノブに手を伸ばした瞬間、中からいきなり扉が開いた。


「うわぁ……!」


 驚いて体勢を崩したナディアを、エドムンドがしっかりと抱きとめた。


「さっきから一人で何してんだ?」


 どうやら寝室の前でウロウロしていたことが、足音でばれていたらしい。


 エドムンドは風呂をあがったばかりのようで、ガウンを気だるげに着ていて普段より何倍もセクシーだった。


「エ、エ、エドムンド様っ!」


 まだ少し濡れている髪がなんとも言えない雰囲気を纏っていてナディアは胸がドキドキしていた。


「なかなか入ってこねぇから、待ちくたびれた」

「す、すみません」

「ナディアは普段賑やかなくせに、こんな時だけ静かになるのかよ」


 エドムンドはナディアの顔を覗き込み、怪訝な顔をしていた。


「き、緊張してしまって」


 ぱちぱちと瞬きを繰り返すナディアに、エドムンドは穏やかに微笑み、ナディアの柔らかい頬を大きな手で包み込んだ。


「なるべく優しくする」

「は、はい」

「ナディアの全部が欲しい」


 低く響く声でそう乞われ、ナディアはこくんと小さく頷いた。


 ――ずっと恋焦がれていたエドムンドに、自分を欲しいと言われる日が来るなんて。


 ナディアは、これはまるで奇跡のようだと思っていた。好きな人に好きになってもらえるなんて、こんなに幸せなことはない。


 ナディアの許可を得たエドムンドは、優しいキスをナディアの頬や首に降らしていった。


「んんっ」


 恥ずかしくてナディアから甘い声が漏れた。生地の少ない夜着の上からエドムンドのごつごつとした指で身体のラインをなぞられる。


「よく似合ってる」

「は、恥ずかしいです」

「綺麗だ」


 エドムンドは痣のあった場所を確かめるように、ナディアの胸や腹にそっと口付けた。まるで治療するための神聖な儀式のように、エドムンドはナディアを愛していった。


「痣は全て消えたな」

「はい。でも、お腹と背中の噛み跡は少し残っています」


 エディやナナのおかげで噛み跡もほとんど消えたが、古傷なので完全には消えなかった。


「……生きていてくれてよかった」


 エドムンドは、ナディアの腹に残った噛み跡にちゅっと強く吸い付いた。いきなりのことに驚いたナディアの身体は、ピクンと跳ねた。


「ひゃっ……!」

「ヴェナムに噛まれたところ全部上書きしねぇとな」


 エドムンドは燃えるように紅い右目で、ナディアを見下ろした。欲を含んだその瞳はギラリと光って、ナディアは目を逸らすことが出来なかった。


「ナディアに触れていいのは俺だけだ」

「……はい」

「俺に触れていいのもナディアだけだ」

「はい」


 エドムンドは幸せそうに目を細め、ナディアを生まれたままの姿にし全身を隅々まで愛していった。


 ナディアはだんだん恥ずかしいという気持ちは消え、ただエドムンドと一つになれる喜びでいっぱいになっていた。


 ――ああ、痛くて苦しいのに心地よくて幸せ。


 相反する気持ちが、ナディアを駆け巡る。こんなに優しく激しいエドムンドを見たのは、ナディアが初めてだろう。それがとても嬉しかった。


「エドムンド様、大好きです」


 ナディアはもっと一つになりたくて、エドムンドの背中に手を伸ばした。


「エドムンド様、愛しています」


 ギリッと唇を噛んだエドムンドは、何かを耐えるようにふうと大きな息を吐いた。そして、汗をかいたナディア前髪をかき分けおでこにそっとキスをしてくれた。


「あんまり煽るな。我慢できなくなる」

「我慢……しなくていいですよ」

「優しくしてぇんだよ」

「いつも優しいですよ。なんて言ってもエドムンド様は、わたしを救ってくれた憧れのヒーローですから」


 ナディアがふわりと笑うと、エドムンドに唇を塞がれた。


「ナディア、愛してる」

「全部が可愛い」

「ずっと傍にいてくれ」


 エドムンドの愛を一晩中受けたナディアは、だんだんと意識が薄れていった。


「俺に愛を教えてくれてありがとう」


 エドムンドの切なく甘い声を聞きながら、ナディアはゆっくりと瞼を閉じた。



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