48 結婚式②
支度を終えたナディアが、教会の扉の前に立った。先程泣いていたとは思えない美しさは、バンデラス伯爵家の侍女が優秀だからだろう。
「ナディア、行こうか」
「はい。お父様」
まさか父親とヴァージンロードを歩けるとは思ってもいなかった。二人で予行練習をしていないので、上手く歩けるか心配していたがそんな心配は杞憂に終わった。クラウスがナディアを完璧にエスコートしてくれたからだ。
「お父様、案外慣れていらっしゃるのね」
ナディアはヴァージンロードを歩きながら、周囲にはわからぬようにクラウスに小声で話しかけた。なぜそんなことを言ったのかというと、ナディアにとって父親は騎士というイメージが強く、クラウスが貴族らしい社交をしている場面を見たことがなかったからだ。
「知らないかもしれないが、実は私は貴族出身なんだ」
クラウスが真顔でそんな冗談を言うので、ナディアはくすりと笑ってしまった。ナディアの笑顔を見たクラウスは自身もにっこりと笑った後、少しだけ寂しそうな表情をしてエドムンドの前で立ち止まった。
「ナディア、二人で幸せになりなさい」
「はい。今までありがとうございました」
「エドムンド様……娘をどうぞよろしくお願いします」
「はい。俺が一生かけて彼女を守ります」
ナディアの手がクラウスの腕からするりと離れ、エドムンドへとエスコートが移った。二人は幸せそうに顔を見合わせ、同じ歩幅で祭壇まで進んでいった。
昔のエドムンドを知る人たちは、結婚式で見せたエドムンドの柔らかい表情に驚きを隠せなかった。空気をピリピリと張り詰め鋭い目をしていたエドムンドが、ナディアの前では優しい空気を纏っていたからだ。
凛々しくて逞しいエドムンドと可愛らしくも凛とした強さのあるナディアは、誰の目から見てもお互いを信頼している良い夫婦だった。
「新郎エドムンド。あなたはここにいるナディアを病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、妻として愛し敬い慈しむ事を誓いますか?」
神父の言葉に、エドムンドは横にいるナディアをチラリと見た後にはっきりとした声で答えた。
「はい、誓います」
その返事だけで、ナディアは嬉しくて涙が出そうになった。
「新婦ナディア。あなたはここにいるエドムンドを病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、夫として愛し敬い慈しむ事を誓いますか?」
ナディアはバンデラス伯爵家の屋敷に来た時から今までに起きたことを思い出した。最初は態度や言葉こそ冷たかったけれど、それでもエドムンドはずっとナディアに優しかった。やっぱり、ナディアにとって運命の人はエドムンドしかいなかったのだということがわかった。
「……ナディア?」
長く返事をしないナディアを心配し、エドムンドに声をかけてかけられた。ナディアはニコリと笑い、しっかりと前を向いて返事をした。
「はい! 誓います」
元気な大きな声で答えたナディアに、参列者からはくすくすと笑いが漏れた。エドムンドもはははっと声を出して笑い、嬉しそうにナディアを見つめた。
大人しくしているナディアは美しかったが、やはり元気なナディアの方がエドムンドは好きだった。
そのまま指輪の交換を終え、残すは誓いのキスだけになった。
「では、誓いのキスを」
エドムンドはナディアの顔を隠していたヴェールをそっと上げ、二人の間を隔てていたものは何もなくなった。
「ナディア、愛してる」
「わたしもエドムンド様を愛しています」
エドムンドとナディアは幸せそうに見つめ合い、そっと唇を重ねた。その時、教会の窓から光が差し二人を明るく照らしていた。
「……さすがに長くない?」
「確かに」
「普通はすぐ離れるよね」
参列者たちが幻想的な雰囲気に感動していたのは一瞬のことで、すぐに皆がざわつき始めた。
ナディアの父クラウスは複雑な表情のまま壇上の二人から目を逸らし、それを横目で見た母のエミーリアはくすりと面白そうに笑った。
誓いのキスは通常なら三秒ほどで終わることが多い。なのにエドムンドはナディアの肩をがっしりと掴み、まだキスをしている。
「んーっ、んんーっ!」
ナディアがエドムンドの胸をポカポカと叩きながら暴れているが、鍛え上げられたエドムンドの身体はびくともしない。
「……あの馬鹿!」
結婚式を見守っていたパトリックは、呆れたようにため息をついた。隣にいるミリアはあまりに長いキスを見て恥ずかしそうに頬を染めている。
「ナディアちゃんのご家族もいるのに」
パトリックはあんな事件があったばかりなので、式の参加を辞退するつもりでいたが『不参加は困ります! エドムンドのご友人はパトリック様しかいないんですよ。席が埋まりません』とナディアに泣きつかれて今に至る。
パトリックも『お前が最前列に座らなかったら空席だろうが』と言ってくれた。なので、今の地位は平民ではあるが妻のミリアと参加をすることに決めた。
「……でも、エドムンドらしいか」
パトリックは堪えきれずに声を上げて笑った。あの女嫌いのエドムンドが、こんなに溺愛する女性が現れるだなんて人生はわからないものだ。
長すぎるキスのせいでナディアの身体の力が抜けたのをしっかりと支えながら、エドムンドはやっと唇を離した。
神父は少し気まずそうな顔をしていたが、何事もなかったかのようにごほんと咳払いをした。
「お二人の結婚が成立しましたことを、ここに宣言します」
戸惑っている参列者の中で、パトリックが一番最初に大きな拍手をした。すると他の参列者たちもパチパチと手を叩き出し、教会内は大きな拍手に包まれた。
酸欠でくたりとしたナディアを、エドムンドは勢いよく横抱きにした。
「ひゃあっ!」
「運んでやるからしっかりしがみついとけよ」
「エ、エドムンドさまっ……!」
「ナディアは俺のだって皆にわからせねぇとな」
ニッと意地悪そうに笑ったエドムンドは、そのまま祭壇を降りた。参列者からフラワーシャワーが降り注ぎ、ひらひらと舞う花びらがとても綺麗だった。
「エドムンド様、わたし今日が人生で一番幸せです」
ナディアは嬉しそうに微笑み、エドムンドの顔に甘えるように自分の頬を寄せた。
「ありがとうございます」
「まだこれからだろ。二人でもっと幸せにならねぇとな」
「……はいっ!」
今のナディアにとって、これ以上の幸せは思いつかない。だがエドムンドと一緒にいれば、もっともっと幸せなことが待っているのだと思うと未来へ進んでいくのが楽しみになった。
以前のナディアは一日が過ぎるのが怖かった。いつ寿命が来るかわからなかったからだ。だがこれからはそんな心配はなく、大好きなエドムンドと共に生きていけることがとても嬉しかった。




